おやつの時間


 ――食べないでください――


 たったの一言。それを伝えるためだけに、スコーンに添っていた紙きれを私は摘み上げた。

「何これ?」

 ティーポットにカップ、ジャム、クリームと、手際よく午後のお茶の準備を進めていたケフィは、椅子に腰かけ首をひねった私へちらと視線を寄こしたあと、困惑したように眉を下げた。

「ちょうどここへ向かう途中で、領主様にお会いしたので、いつもの通りに“検分”をしていただいたのですけど」

「そう、それで?」

「今日はスコーンですとお伝えして覆いを開けたら、スコーンを見るなり目を丸くなさいまして」

「う、うん」

「『あぁでも、今はちょっと』と仰ったかと思ったら、急に執務室の方へ走ってゆかれて、戻って来た時にこの手紙を持ってらしたんです」

『すみませんが、ケフィ。これも一緒に持っていってください。食べちゃだめですよ。僕も追いかけますから、食べちゃだめだってカザリアさんに伝えてくださいね』

 呆気にとられていたケフィにそう言付けて、ロウリィは再び走り去ったと言う。

 皿に飾りつけられている香ばしく焼けたスコーンと、それに付けられた手紙を私は交互に睨んだまま、息をつく。もう慣れたけど。もう慣れてしまったけれども。

 目線を上げれば、ケフィも悟りをひらいたような顔でこちらを見ていた。

「毒入りかしら……?」

「毒入りでしょうか……?」

 互いに顔を引きつらせながら、がっくりと肩を落とす。

 ジルから直接受取って領主様以外には誰にも会わずに来たと思うんですけど、とぼやくケフィに、「本当に毎度毎度どこから毒を入れているのかしらね」とぼやき返す。

 つい、と手にしていた紙きれを元の場所に戻して、私は力なく椅子の背に身体を預けた。

 ケフィも茶器をそれぞれ湯で温めつつも、一向に茶葉を用意する気配はない。そもそも彼女がお茶を淹れて注いでくれたとしても、そのお茶を飲む勇気は私にはないのだろうけど。

「ロウリィを待っていた方がよさそうね」

「そうですね」

 頷いたケフィを見て、私はさっき閉じたばかりの本を開きなおした。するりと滑らかな紙を掌で撫ぜ、書かれた文字を指で辿って、口に出す。

 窓の外には雪。かたかたと揺れる窓枠にあわせ、暖炉では薪がまた一つ爆ぜた。

 ばたばたと廊下を駆ける足音が響いて来たのは、ちょうど三ページ目をめくった時だった。

「大丈夫ですか!? まだ、食べたりしていませんよね?」

 息を切らして飛び込んできたロウリィは、私たちが答えるよりも早く、手つかずのままこんもりと盛られているスコーンを目にして相好を崩した。

 よかった、間にあった、と彼はほっとおおげさに安堵の息を吐いて、向かいの席に腰かける。

「見てください、カザリアさん! この間、クレイシル産の蜂蜜を譲ってもらったんですよ」

 ほくほくとした笑みを浮かべて、ロウリィはことりと蜂蜜の入った瓶をテーブルに置く。こっくりと琥珀色に輝く蜂蜜は、一見普通の蜂蜜と変わらないように見えるのに、クレイシル産のものだというのなら高級品だ。クレイシルの蜂は、高山の――しかも切り立つ崖に巣を作るため採るのが非常に難しいのだと言う。そして、その蜂蜜は甘く豊かに香るらしい。

 私も初めてお目にかかる一級品だ。

「早く味見してみたくてそわそわしていたんですよね!」

 さっそくいただきましょう、と意気揚々と瓶の蓋を開け始めたロウリィを尻目に、ケフィを盗み見れば案の上、呆然としていた。

 ここがここでなければ、あんな言付け何とも思いはしない程度のものだけれども。


「なんって紛らわしいことするのよ!!!」

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