時間の流れ

忘れられてしまったら、もう二度と私が存在したという証明はできないのでは無いかと思う。

ここ数年この場所から市中を眺め続けている。

初めてここを訪れたのは、数年前のある春の日だった。なんとなく、高いところから街を見たくなり訪れたのだ。その時の私は新しい環境になじめず、日常に疲れていた。

仮病を使ってこの場所に来たはいいけれど特にこれと言った面白さはなく、目新しさもなかった。ただ「街を見下ろせる」そんなつまらない感想だけを抱いてその日は帰宅した。

柄にもなく私がこんな話を記すのは、このビルがついに取り壊されるからだ。

この知らせを聞いた時、私の居場所がなくなってしまう気がした。現に私は、これからどうしたものかと途方に暮れている。行く場所も無ければ、帰れる場所も無い。

自分から捨ててしまったのだから、恨み言を言うのは違う気がする。

だから、こうして何かに残しておこうと思ったのだ。私の居場所は確かにあったのだと、誰かに知っていて欲しかった。それだけだ。

「そろそろ、かな」

私は縁に足をかける。取り壊されるのなら、私はここで……。


「彼女は、それが無意味な行為だと知っていたのでしょうか」

濁りのない瞳で年若い友人は、私に尋ねた。

「どうだろうねぇ。知っていたのかもしれないし、知らなかったのかもしれない。君はどう思うんだい」

光で満ちた天上の園を見渡して、遠くに見える宮殿を見ながら少年は言った。


「知っていたのかも、しれませんね」

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