第32話窓際の抱っこちゃん

「よく見て、怪しい車は停まってない?」


わたしはフルフラットにしたプロボックスの後部座席、寝ながら訊いた。


「うーん、特には。あっ、」


「なになに?どうした?ハッピーちゃん?」


あっ、という声に反応して起き上がりそうになる。

後席とリアガラスは濃い目のスモークガラスとなっているがここで起き上がるわけにはいかない。

ルームミラーの美沙の視線を追う、左に注視している。


「そっちに何があるんだ?」


「なんかねぇ、背の高い女のひとが乳母車押してる。」


乳母車、それだけで無関係とは断言できない。

「何歳くらいの女?」


「んー、たぶんわたしより2-3下くらいかな?」

ということは27-8。

27-8の女が乳母車を押している、別に不思議な光景というわけでもない。

ほぼアクセルを踏まず、惰性で走っている感じ、わたしの指示を忠実に守ってくれる。


視線が左のドアミラーに移った。

追い抜きざまに、見てやろうとしてくれている。


「どんなだった?」


「あっ、」

ケラケラと笑い出す美沙、


「ん?何がおかしいんだ?え?」

もどかしい。すぐに起き上がって、わたしの目で確かめたいが気持ちをおさえる。


「乳母車の中、あれは抱っこちゃん人形ね。」


「えっ?なんだそれ?乳母車のなかは、赤ん坊ではなく、抱っこちゃん人形?」


「怖い、女のひとめっちゃこっち見てる。」


「行ってくれ、急いでくれ。しばらくまっすぐでいいから。」


「はーい。」

言って強めにアクセルを踏み込んだらしく、わたしの体が前に転がりそうになった。

先刻来、そのような乱暴なアクセルの踏み方をしなかったところからも、その抱っこちゃん人形を連れまわす女に

恐怖を覚えたのだろう。


「どんな服着てた?その女。」


「なんかねぇ、ふりふりのメイドカフェの店員です。みたいな感じだったぁ。」


「髪はどんな?」


「セミロングの金髪だったぁ。」


「身長はどれくらい?」


「んー、たぶんだけど165くらい?でもかなり高いヒールだったわねぇ。」


「よくやった。さすがはハッピーちゃん。」

意外に観察眼には長けていたので驚いた。全く期待をしていなかったことを心中でわびる。


「つぎのデカい道路に当たったら、右に行ってデカイ道路をしばらくまっすぐ。

そしたら、コンビニがあるからそこで運転変わろう。」


今は松屋町筋を南進しているはずであり、間もなく中央大通りに当たるはず。

このあたりに駐車場付きのコンビニは数少ないのだ。

あー、タバコが吸いたい。


緊迫の探偵ごっこから開放された祝杯をあげたい。

でもダメ、これから岡山に向かうのだ。

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