第31話第四次産業革命

「昨日会社に行ったら、血相を変えた若いホストみたいな男が雑居ビルのポストに何かを入れようとしていて、

見るからに警察ではないからと思って声をかけたんだ。」


ふたたびクリスは語り始めた。


「おたくうちに何か用?」


男は出し抜けに

「タチビソフトの方ですか?」


「そうだけど。」

って軽く答えたら、降臨した神を見るような眼で谷中を見て、抱きついてきたという。


そう、その男こそ代行屋社長、仲本亨(なかもとあきら)そのひとだった。


ミナミダ刑事が、ササキに書かせたメモをわたしてこれを見てって、

足下から鳥が立つが如く突きつけてきた。 包丁かなにかで刺されやしないかと、一瞬ひるんだという。


代行屋は借主の実態把握などどうでもいいことだからしない。

専用番号を借りるとなれば、ある程度の審査のようなものも必要になるが、共用番号なら

社名と連絡先、緊急時の連絡先と担当者くらいの情報を登録すればそれだけ。

会社所在地ですら提出は任意。


ミナミダ刑事はそれを見越して、わざわざ脅迫文をササキに書き取らせたのだ。


そしてメモをポストへ投函するように仕向ければ、仲本亨を立日ソフトに潜入させることが可能になる。

なんという2時間サスペンス顔負けのシナリオ。


でもちょっと待て、未だ未だ疑問が噴出する。


「ちょっと待って、谷中さん、ササキの実名を割る必要があったのだろうか?」


「それはだな、君、ミナミダは代行屋自体を信用していないから、確実に任務を遂行させるために必要だったんだろ?」


「でもそんなに易々と、ササキの家まで、こんな短時間でわかるものなんですかね?」


「短時間?なぜそう思うんだ?何年も前から練りに練られた計画という可能性もあるんでないのかね?

お前、何か心当たりがあるんだろ?休暇まで取ってどこで何をしていた?」

鋭い、でもこれ以上、谷中をだしに情報を取ろうとしてもダメだと思った。


「言われなき差別はよくないですね。谷中さん。で、その後はどうなったんです?」


「どうもこうもないけど、立ち話もなんだからって事務所の中に入れて、部長にも説明させた。」


「ミナミダの電話、聞いたんですか?」


「まぁ、いちおう、一係長の立場として立ち会ったよ。」


「で部長はなんて言いました?」


「まぁ、ここの事務所も2年過ぎて、そろそろ鞍替えの時期だったしちょうどよかったのかなって。

驚く風もなかったな。

で、上と話しに行くから、今日はもう帰っていいぞって。」


「えらい落ち着いてますね。府警二課とかなんとか、物騒なメモでも動じなかったんですね?」


「あー、電話の感じでは、脅しの材料にしているだけで、実際にうちを潰そうとしているような感じは

なかったからだろうなぁ。ほかに質問は?」


「うーーん、とりあえずは。」


未だ未だある、どうして、事務所の場所が割れたんだ?しかもこの短時間の間に。

ボディバッグからヴィトンの札入を弄って出し、そこに刷られた番号を確認する。

06-6422-****


尼崎市域であり、北区大深の住所のそれとは違うことを見抜いたのだろう。


事務所の住所、南区大国町、わたしは佐知子にその場所は言っていない。


「そうか、じゃあまた進展があったら、おれは親切だからあんたに連絡してやるよ。」


「谷中さん?」


「なんだね?」


「仕事なくなってしまってすみませんでした。」

なんとなく一言詫びておくべきだと思った。


「あー、かまわんかまわん、別におれは大黒柱じゃないしな。大黒柱にぶら下がってる立派なお飾りの

注連縄(しめなわ)だしな。」

乾いて笑う。


「じゃあ、つぎは3Dプリンター買って人身売買はじめるんですか?

軌道に乗ったら、また谷中さんと仕事がしたいです。」


谷中は常々、AVで稼げる時代ももう終わり、

次は3Dプリンターを買って精巧なダッチワイフのオーダーメイドデリバリーを

始めるよう、事あるごと、わたしを説き伏せてきた。


自分で大枚叩いてやらないところがなんともこの男らしい。


これまでは、金型ありきでしか造ることができなかったので全形オーダーというのは不可能に近かった。


だが、3Dプリンターの登場によりまさに革命がもたらされたのだと熱弁をふるってきたのだ。


「おー、ダッチのことか、あんたもくだらんことをよく覚えてるな?そんなにおれが好きか?」


好きも嫌いもあれだけ洗脳するかのように吹き込まれれば、余程でないかぎりは覚えますがな。


でも電話でこんなに長話しをしたのが初めてで、でもだんだん谷中という男が好きかもしれないと自分でも

思いはじめている。

やはりこの、クリスペプラーの声の魔力か。


「好きかもしれないような気が、なきにしもあらずんば虎児を得ず、ですかね。」


「なんだよ?それ?」

どうやら、しらないらしい、本家クリスの名台詞。


「ほかに質問がなければ、もういいかな?おれも忙しいんだよ、失業保険の申請とかいろいろ

やらんといかんことが山積みでね。」



「お手数をおかけして申し訳ない。

本当にまた、何かあればこっちからも連絡しますし、クリスさんからも電話してくださいね。」


「クリス?誰だよそれ?」

間違えた。


「いや、なんでもないです。それじゃあ、谷中さん、ありがとうございました。」


「あん?おっ、おー、それじゃあな。」

耳から離し、クリスがフックボタンを押したことを確認して、ケイタイをポケットへ戻した。


「おーい、ハッピーちゃんーー?起きて?起きて?」

バックミラー越しに、こくりこくりと居眠る美沙、子供みたい。

愛くるしいハッピーちゃん。

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