第23話からの深津絵里復活劇

わたし、撃たれて死んだと思ってましたけど・・・

声に出して言ってはいけない。


精神破綻者か何かと勘違いされる、

まぁ、あながち勘違いでもないのだけれど・・・



「佐知子ちゃんは、ほんまようやってる。うちもお父さんの代から世話になりっぱなしや。」


チャンミの2階らしい、居住スペースと思われるリビングテーブルで、チャンミの女将(おかみ)たる、

辛(シン)さんと、世間話。


鶏粥をスプーンで口へ運ぶ。

美味い!


これまでに食べたことのある、どのお粥よりも美味い!


心の中にとどめておくつもりだったが、声に出てしまったらしい、

「あら、カンベさん、これがお上手ね。」


親指と残りの四指を重ね、くちばしのかたちをつくり、パクパクさせる、

口が上手いね、お褒めの言葉、


「いや、ぼくこうみえて三代続く江戸っ子なんで、おべんちゃらとか言わないっす!」

また嘘を吐く、なんとなくここは、江戸っ子の粋な感じを演出しておくべきと思った。

わたしの心付けは華麗にスルー、


「あっ、そうそう、カンベさん、これ、」

言ってテーブルの隅にあった、D縣信用金庫の文字が刷り込まれた封筒を取って、

わたしに差し出してくる。


最後の一掬いを口に運びながら、

「なんです?御餞別ですか?」

御香典ですか?

言いかけて、勝手に突いて出た御餞別なぞ、オシャレな言い回し、自分でもびっくりする。


湯呑の何かをすすりながら、かぶりを振り、

「いやいやいや、佐知子ちゃんから、カンベさんが起きたらこれ渡してくれって。」


「その湯呑、信楽焼ですか?それとも清水焼?」


慌ててかぶりを振る辛さん

「これ?」

テーブルに置いたそれを人差し指でさしながら、困惑の表情、

黒髪のまっすぐなおかっぱ、50がらみ、本当は73歳の前衛芸術家と言われても

信じてしまいそうな感じ、


「これね、わたしの親戚が栃木の宇都宮、ほれあの、餃子が有名な街に住んでいて、

益子焼の陶器市で買ってきたのよ?」


「ほー、いい色ですね。翡翠色というのかな?」


「何色かはよくわからないけど・・・。」

また、困惑がにじみ出た表情、


「おおきに、申し訳ございません。」

言って平身低頭、頭をさげ、封筒を受け取るが中身は今ここであらためない、


「そう、カンベさん?携帯は見てくれましたんかいね?」


「あー、ごめんなさい、上に置きっぱなしですわ。

このお粥、今まで一番、というのは撤回しますけれど、間違えなく二番目です。」


「ほー、じゃ、イチバンは?」


「そりゃぁ、わたしが小学校五年のとき、風邪で寝込んでしまいましてね?

でも、オモニは仕事に行くっていうので、土鍋で炊いてくれた白粥、あれだけは一生忘れないでしょうね?」

またタバコが吸いたい。


「あっ、さっきね?3階でタバコ吸っちゃいました。ごめんなさい。」

後頭部に手をやり、ポリポリ手をやり恐縮のうえ、いちおう謝罪のポーズ、


「ううん、いいのいいの、でも美味しかったんだったらわたしの嬉しい。」

ニカッと笑う、前衛芸術家の辛さん、


「いやー本当においしかったです。ごちそうさまでした。

一宿一飯の恩義とはこのことですな、ありがとうございます。」

手を合わせ、前衛芸術家に合唱、


「そんなそんなそんな、やめてくださいな。

困ったときはお互い様、それにお世話になってる佐知子さんのお友達、これくらいの恩返しさしてもらわんと、

わたしも困ります。」


平身低頭、頭を垂れる辛さん、

前衛芸術家に頭をさげられる云われはない、はず、なので返って恐縮してしまう。


「このお粥、チャンミでは出してないんですか?」


「みな、酔客相手のショウバイ、誰が酔ったその脚でお粥食べるか?」


「それもそうですね、でも、締めのお粥ではなく、朝粥っていうのも悪くないと思いますけどね?

いや、でも本当に美味かったです、ごちそうさまでした。」

再度、前衛芸術家に対して敬意の頭を垂れる、


「じゃ、わたしはそろそろ、おいとまいたします、一宿一飯の恩義は、忘れません。」

言って、わたしは席を立ち、空いた食器をさげようとするが、両腕を伸ばして制してくる辛さん、


「もう置いておいてくださいよ、気ぃ使わんと、また次のときに御礼、返してください。」

ニッコリ笑うと、目じりに皺、もう干支を聞いたりしないが、おそらく50がらみという初見の見立てに狂いはないと

確信する。


いちおう、封筒を手繰り寄せ、

「ほんとうにありがとうございました。またお邪魔させてもらいます。」

立って45度のお辞儀、


「そんなそんな、友達の友達はみな友達です。」

輪!和!

頭の上で両手を組み、全身で表現するOKサイン、wa!と言ったほうがいいかなという気もしたが自粛、


「本当にありがとうございました。3階から荷物を引き上げたら失礼しますので、ここで大丈夫です。」


「いえいえ、こちらこそ、佐知子さんにもよろしく言うというてください。」

もう一度、45度のお辞儀、


「了解です!それじゃ、」

面をあげ、ひらひらと手をふり、おうじてくれる辛さん、本当にいいひと、にじみ出てる。

踵をかえして、階段を上がる。

さっきは気づかなかったが、わたしの寝ていた部屋の反対には、木の引き戸があった。

悪いと思いながらも好奇心が勝ってしまい、気になって戸を引いてみると、

四畳半程度の広さの部屋、奥は洗濯物が棚引くベランダ、窓は全開、柔軟剤の甘い香りが風に乗ってやってきた。


ベランダに出て下を見下ろすと、スーパーの搬入口になっているらしく、せわしなくパン屋さんが

カーゴを押してガラガラガラと、納品の真っただ中、タバコを吸いたいけれどここは我慢、

早く退去せんければ。


引き返して引き戸を閉め、襖を開ける。

せんべい布団を四つ折りに畳む。

ボディーバッグを肩にさげ、先刻受け取った封筒を中に突っ込み、弄って携帯を出す、

不在着信4件、

一件はわたしの仕事の同僚たる谷中(やなか)氏、7:53

あとの3件は知らない、電話帳未登録の番号から


6:53

7:32

8:49


それだけ確かめて、襖を閉め、階段を下る。

新着メールのアイコンもなし、メッセージアプリからの新着もなし。


結構急な階段、頭を屈めないと上に頭をぶつけそう。

2階、

「それじゃあ、どうも、ありがとうございました!失礼します!

またよろしくお願いします。」

叫んだが、もうパンクロッカーみたいにしゃがれた声ではない、

むしろ、一生しゃがれた声がよかったかも、


暖簾の奥から

「はーい!呑みすぎには気をつけて!またいつでもぉ!」

一階まで下る、

下った先に、こっち向きに揃えられた、わたしのローファー、ドライビングシューズ、

素足のまま履き、トントントン、踵を入れる。


太陽の光が擦りガラス越しに差し込む引き戸をめがけて歩く。

もう脚は地についているし、まっすぐも歩ける。

鍵は開いており、ガラガラ、勢いよく開けて、踵を返し無言のままお辞儀、

ありがとうございました、こころのなかで言い、一歩後退し、ガラガラ、戸を閉める。


ジリジリと照りつける夏の日差し、もう9月も半ばを過ぎたはずなのに夏の陽差しに

一瞬だけクラッと来た。

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