第5話Misa's house

医療が進歩すればお父さんだって、あんな病気で死なずに済んだのに。

そんな動機ではもちろんなかった。


美沙の父親は、ギャンブル狂で若い頃は、D県でその名を言えば泣く子も黙る組の

直系の構成員をしていたらしいが、厄年の頃に破門をされた。

何をして破門されたのかその理由は美沙もしらなかったが、破門されて以降は

働くこともせず、当然の帰着のごとく公営ギャンブルにのめり込み、多額の借金を背負った。

それだから、美沙の母親は40になろうかという頃から勉強を始め、まだ幼い美沙と、

どうしようもない男ひとりを養うために、看護資格をとったのだ。


美沙の家は京阪沿線の、鈍行しか停まらない駅から徒歩7-8分の距離にあった。

80年代後半からにかけて、バブルが創り出した幻想の香り漂う”当時の”新興住宅地風情で、

20戸ほどが密集する東南の角地、3500万ほど。

いま売りに出しても、3分の1にもなるかどうか。


住宅街のなかにあるコンビニの隣にある、24時間以内最大400円という破格の

コインパーキングへ車を停め、4LDK、2階建ての美沙邸へ急ぐ。


タバコを切らしていたのと、美沙からのリクエストコールのとき、シュークリームと

午後の紅茶ストレートを買ってくるよう命じされたのを思い出し、コンビニで物資調達、

ここの店員はどいつも馬鹿丁寧で仕事が遅いタイプで、わたしをいらつかせる。

多少愛想は欠いたって構わない、だから早くしてほしい、わたしの切なる願い。


コンビニを出てタバコを吸い付けると、ポツリと首に雨があたる。

カーラジオの天気予報は降水確率20%と言っていたのに。

コンビニ前の道を左に曲がると、車がすれ違えない狭路、ドブみたいな農業用水路の橋を超えた突き当たり

わたしはポケットの鍵束から美沙邸の鍵をまさぐり、引っ張り出す。

車のキーも、自宅のキーもディンプルキーではないため、美沙邸のそれは手触りですぐそれとわかる。


家の前に着いたが、すぐに玄関にはむかわず、屋根を見上げそれからだんだん下に目線を移し

一通りながめる。

父親が組員として勤務していた頃にキャッシュで購入した、死後ものこった借金のカタに

とられそうなところを、母親がまもり、美沙が引き継いだ家、

姉はすでに嫁いでいてそんな気味の悪いもの要らないと言い、美沙が引き取った家。

吸殻をポケット灰皿でもみ消していると携帯が震える。

取り出してみなくても、おそらく美沙だろう。

ポツポツと首筋に、今度は2滴落ちてきた。

雨・・・鳥の小便でないことを祈り、玄関の3段ある階段を一歩で駆け上がった。



母親は美沙が高校を卒業する年の1月に亡くなった。

朝5時頃に、病院へ急ぐ道すがら、一時停止をせずに突っ込んで来たゴミ収集車に轢かれた。


居間の箪笥の上に即席染みた仏壇があり、母親の位牌と遺影がかかげられているが父親のそれはなし、

父親の顔はしらないが、すくなくとも母親には似ていない、面影すらない。


線香をたむけて、前回の家庭訪問時にわたしが取り換えた以来、そのままであろう埃にまみれつつある供え水の

ビールグラスを流しへ持っていった。


美沙は高校卒業後、パチンコ屋に就職、アルバイトではない、が決まっていた。

金の工面はわたしがするから、あんたも看護師になりなはれ、母親は就職が決まったあとも

顔をみるたび宗教勧誘でもするみたいにしつこく諭してきたが、美沙はその気がなかった。

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