オレらゲイじゃありません!

水木レナ

赤いカチューシャ

「……バレた」

 夕島ゆうじま家の二階。薄暗い部屋、カーテンの隙間から朝日がのぞく。デスクトップに

『おまえネカマ?』の文字。

『えー、ちがいますよう』

 打ちこむ細い指先は爪が切りそろえてある。

『ほうら、正直に言えよ』

『うそなんてついてないですよ』

『おまえのガンダムフリークは女のものじゃねえ』

 史郎しろうははっと息をついた。

 そこに気づいたか。


『垢BANは勘弁してください』

 キーボードを叩く指が震えている。

『やっぱ男か。垢BANしてやる。氏ねよ』

『勘弁してください』

『親にバラスぞ』

『もう、来ないんで、ゆるして……』ちっ」

 なんとか相手の怒りを鎮めるのに成功。

 外見が女子と見まがわれる史郎。青白い肌。夜の湿気を吸った黒髪が額に張り付く。シャワーを浴びよう。

 オンラインで女になるのは、シャレだろう? 目くじらたてんなっつーの。せめてネットでは自分を受け入れて、なよっとして生きていたかった。男らしくとしつけられ、窮屈な家庭――忘れたい。ダイニングで目に映る妹のカチューシャ。

「あれ? キティちゃんのカチューシャどこ?」

 妹の声に素早く部屋に駆け戻る。バレてない。

 半ばやけくそになって赤いカチューシャをつけて登校。これでこわくない。女の子っぽいものを身につけていると強くなれる気がする。

「よーう! 史郎!」

 話しかけてくる良太りょうた。いつも史郎をかわいいと連呼してくる変態だ。

「おっ、何それ史郎、かわいい!」

「カチューシャだよ」

「なんで赤いの? かわいい!」

「わりいか、くそが」

「ごめん、かわいい!」

「おまえは顔さえよければいいんだろ……」

 薄い学生カバンを奴の背中にヒットさせ、怒りをぶつける。これはこれで不毛。

 だが良太、

「生き方は顔にでるからな」

 ――ふーん、妙な哲学。

「今日も凶暴ないい顔してるぜ、おまえ。そんでもってかわいい!」

 全面的に受け入れてる良太。本当に変な趣味してる。

「うっとうしいよ、おまえ」

(オレは今朝ネカマがバレたんだ。垢BANするって脅されたんだぞ)

 垢BAN……サイトに登録しているアカウントをどういう手法か読み取って、身元をバラス、これがネットスラングでいうところの垢(アカウント)BANだ。

 言えるはずもなく、史郎は早足。

 かまわず絡む良太。


 *


 嫌な空気があった。それも頭につけた赤いカチューシャのせいだと思えば、合点がいくのでなんら不思議ではない。顔のせいではない。ないはず。

「なんだおまえ?」

 移動教室で合同クラスの八雲がじろじろ。

 ――八雲信二(やくもしんじ)乱暴者。とにっかく、なにがなんでもオモチャにする。しないと気が済まない。何かあればクサすし、いけ好かない。……という噂である。

 良太、さすがに気がついて、

「オレの史郎になにしてる」

 だーっと、廊下の向こうから駆けてくる。

 いつからおまえのもんになった? なれなれしいんだよ、ほっとけっつーの。

「史郎、なんで戦わないんだよ」

「いや、オレ平和主義……」

「やっていいことと悪い事があるんだよ、八雲」

「良太おまえ……」

「史郎をいじめるなんて許せねえ!」

 オレのことはいいんだよ。

「史郎はこう見えて男らしいんだぞ! 毎日オレのセクハラに耐えて女子の屈辱を肩代わりしている」

 おいこら、あれはセクハラだったのか?

「だけどおまえに正義はない! 史郎をいじめる卑怯者に一片たりとも正義は――ない!」

 八雲、

「なんだと?」

「だっておまえはかわいくないもん。かわいいは正義なのだ! 言い返せるものなら言ってみろ!」

 ――良太のセリフに一瞬感動しかけた史郎沈没。

 毛穴の開いた八雲の鼻っ柱を良太の鉄拳がみまう。

「おい! 良……!」

 軽くはじいただけに見えたが、廊下に血しぶいた。なんちゅうセンセーショナル。噂になってしまう。

 ――何だか知らないが、サムズアップしてくる良太。なんのつもり?

 史郎、とまどい、

(良太が勝手にやったことじゃないかよ)

 事情を聞きに来た教師に背を向け、二人が連れていかれた――というのも、良太の左拳は八雲の血でまみれていたから、加減はしたのだろうがその様子だと、ケガを心配されてもしかたない――保健室に会いにもいかなかった。


 *


 渡り廊下からすぐ見える、理科準備室の裏で二人はにらみ合う。

「よお、昼前にはやってくれたな」

「あれくらいで保健室のエンジェルに世話になるとは情けない限りだな」

「んだと!」

 八雲、鼻に詰めたコットンを飛ばす。

「あ、汚え」

「御覧の通りだ。続きはするのかしないのか? あん?」

「やすい挑発だが乗ってやんゼ」

「そうかい、ありがとうよ!」

「歯あ、くいしばれ! 史郎の仇!」

 出血の恐怖におびえた八雲はその拳を過剰な動きで避け、息を切らせた。

「はあはあ、オレが史郎になにしたってんだ」

「あいつの過去を知らねえで……」

「あんな野郎、どうせくそだろうがよ」

「史郎をくそとか言うな!」

 殴り合いになった。

「オレと史郎が同じ保育園の園児だったころ、近所のロリコンに絡まれたちーちゃんを助けようとして、そろってフルチンにさせられた!」

「お? なんだ? 昔話か? おもしろそうじゃねえか!」

 良太は強くつよく、八雲をにらんだ。

「オレらはそいつに殴られた。大人が駆けつけた時は俺たちは二人で泣いていた!」

 黙る八雲。

「情けねえよな。だけどあいつは引かなかった。普通なら逃げるところであいつはふんばった。オレはそのときからあいつを尊敬してる!」

 躍りかかって良太は相手を組み敷いた! 

「だれも! 戦わないから! あいつは! 外道な暴力に泣いて! 許せねえ。許さねえ! 悪いのは、あいつじゃねー! 外見で! 判断、すんな!」

 正義感に燃える良太。たじろぐ八雲。

「あいつが! 殴らないなら、かわりに! オレが、お前を! なぐる!」

 ――良太、涙を流し、頬を汚しながら八雲をタコ殴り。

 二人、傷だらけ。良太の拳も、血まみれだ。

「なんだよお、おまえらホモかよお」

 ぼろぼろになりながら八雲が言う。

「親友だ!」

 と殴る。

「あいつがどう思っていようと、親友はオレが守る!」

 寂しそうに言った。拳が少し緩んだ時、渡り廊下を歩いてきた女子が声をあげた。

「なにやってるのよ! リョータ!」

「あ、ちーちゃん……」

 萩原はぎわらちとせだ。ミス・ナンバーツー。

 八雲が瞬時に身をかえして言った。

「なんのようだ。まさか彼女かよ?」

「ただの腐れ縁よ、だれがリョータなんかと」

 通りがかった女子は力強く言い放った。

「ちーちゃん、そりゃないよ」

「せんせーに言いつけるから!」

「えー!」

「だってボーリョク事件でしょ」

「これは友情のための聖戦なんだよ」

「事件は事件よ!」

「ちーちゃあん!」


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