13.成人悪魔の圧勝
「きゃ」
「根岸くん」
「なに」
「……ありがとう」
久しぶりに優が三王子の一人であることの実感が湧いた。無表情だったからかもしれない。これが笑顔だったら素直にお礼を言えなかっただろう。
フィードに魔力を見せつけるための行為だったようで、風は徐々に弱まりやがて完全に元の無風状態に戻った。
「これでワタシとの力の差が分かりましたか?」
腰巻を揺らしながらホホホと笑う悪魔に、フィードが唇を噛み締めるのが見えた。
「疲れてさえなければこんな奴……っ!」
「負け惜しみを聞くのは愉快ですねー」
声高く笑う悪魔の姿を真愛は嫌悪を堪えて観察し、なにかフィードの役に立てないかと考える。悪魔を見ていてふと疑問が頭をよぎった。
「あの悪魔は成人してるの?」
「あぁ、あれは悪魔の身体でオレのような仮初の器じゃない。本体で来られるのが成人だけである以上あいつは……」
「――いいえ、彼は未成人です」
狭い室内に現れた黒い穴。そこから意志を持っているかのようにロープが伸びてきて悪魔の身体に巻き付き、あっという間に自由を奪う。
「な、なんなんですか、これは!」
首から足先までを隙間なく巻かれ身動きを取れなくなった悪魔は、派手な音を立てて床に転がった。困惑と動揺を顔に浮かべながら、悪魔はみの虫のごとき動きで暴れる。
放送室にいた誰もが状況を理解できない中、ロープの出ていた穴から人影が現れた。視線がその人物に集まる。
出てきた男は警察を思い起こさせる制服を身にまとっていた。満面の笑みを浮かべ恭しく頭を下げる。
「やぁ、諸君。こちら魔界公安局のスタージと言います。別にお見知りおかなくて結構ですけどぉ」
「こ、公安局ですってっ?」
一番大きな反応を見せたのは床に転がる悪魔だ。
「公安局がなぜ人間界に?」
フィードも訝しげな様子でスタージと名乗った男を見やる。
身動きの取れない悪魔を担ぎあげ腰に付いているチェーンを揺らしながらスタージは真愛たちの方へと顔を向けた。満面の笑みが場にそぐわず、落ち着かない気持ちにさせる。
「おんやぁ、知りませんでしたか? 公安局は魔界だけでなく、人間界でも取り締まりをしてるんですよ。それに今は未成人が大量に人間界に行っていますからね、こういう事件が頻発するのでいつもより多めに回っております」
「こういう事件だと?」
「はい、この方は貴方と同じく前世の魂を追って人間界に来たのですが、前世の魂を別の者に奪われ永遠に成人できなくなってしまったようです。成人できないと確定した者が、法を破って本体で人間界へ行きエネルギーを集めて魔界転覆を考えるというのはよくある話ですので」
担がれた悪魔の身体がわずかに反応したのが、真愛の目にも見えた。
「いやぁ、残念でしたね。前世の魂を失ってしまって。同情しますよ、心から」
ぺらぺらな嘘を平気で吐いたスタージは、ずり落ちた悪魔の身体をもう一度持ち上げる。
「同情なんていりませんよっ。どうせ成人にこの苦しみが分かるはずもありませんから」
「それもそうですね。私は成人。貴方は一生未成人。この差は現世で埋められるものではありませんからね」
手錠を服のポケットから出しながらスタージが言った何気ない言葉に、フィードの身体が震えるのを、真愛はしっかり見ていた。
(フィードも前世の魂を探してるって言ってた。それがないとこんな風に……)
人間に悪い魔法を掛けたりはしないかもしれない。けれど成人との差に苦しむ時が必ずあるのだ。フィードの事情をよく知らない真愛だが、彼が今感じている恐怖を思うとなにか言葉を掛けずにはいられなかった。
「フィード……」
「スタージさん」
気遣わしげな真愛の声を避けるように、フィードはスタージの元へと寄る。
「なんでしょう?」
「この悪魔はこの学校の生徒に大規模な魔法を掛けているんだ。解かせてから連れてってくれないか?」
「あぁ、そうでしたね」
パチンとスタージが指を鳴らした。
「はい、解けました」
「は……?」
なにが起きたのか分からずスタージに視線で説明を促すフィード。
「なにを驚いているんです? 公安局の一員たるもの、未成人のかけた魔法を解除することくらい朝飯前ですよ。まぁご飯より仕事を優先せることなんてありませんけどぉ」
では、と最後に短い挨拶を残して黒い穴の中へと引き返していった。そのまま姿を消し、穴のほうも何事もなかったかのように塞がり、残ったのは二人の人間と一人の悪魔が作る沈黙だけだった。
「これで、この一件は片がついたな。認めたくはないがオレひとりでは解決できなかっただろうから、公安が来てくれて助かった。もう生徒たちに掛かっていた恋する魔法も消えているだろう。よかったな、マナ」
スタージとのやり取りを感じさせない普段通りの態度を見せるフィードに安心していいのやら、無理をさせている心配をすればいいのやら。それが真愛には判断できなかった。
まごまごしているうちに、放送室の扉が外側から開かれた。音と同時に動きをやめ、ぬいぐるみのふりをして横になった冠クマちゃんを抱き上げ、ドアの方を向くと、そこには芹香がカードキーを片手に立っていた。
「あれ? 何してんの二人とも、こんなところで」
「せ、せ、芹香こそ」
危なかった、と内心ヒヤリとした。もしも悪魔が去る前に彼女が入ってきていたらと考えると、気が気じゃない。
「うちはこれから放送。もう最終時刻だから、二人も帰りなよ。……ていうか、本当二人してなにしてたの? あ、え……まさか、本当に二人はそういう仲で……」
「ち、違う!」
勘違いしひとりで盛り上がっていく芹香。彼女の誤解をなんとか解いた真愛は、その日ぐったりとした状態で帰宅することになった。
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