12.対面、変質者!
中央棟の一階、昇降口横の放送室。防音式の為他の教室とは異なり、引き戸ではなく重い開き戸の扉になっている。
「どう、フィード」
扉の前でフィードは精神を集中させて中の魔力を探る。
「……ここだ」
悔しげにそう呟くと、優はフンと鼻を鳴らした。眼鏡の奥のグレーの瞳は得意気である。
険悪な雰囲気に気付きながらも、真愛はそれに気付かないふりをしてフィードに次の言葉を掛ける。
「この扉開けられる?」
放送室にも当然カギがあり、それは今ここにはない。職員室に借りに行くにしても正当な理由もない上に、最終下校時刻の放送をするために放送委員の誰かがカギを持って移動しているかもしれないのだ。フィードがカギを開けられないのなら今日は諦めるしかない。
明日になれば放送委員である芹香に頼んでカギを借りることも出来るのだから、今日無理して中に入る必要はないかと真愛は考えていた。
「いや、その必要はなさそうだ」
「え……」
フィードの声に応えるように、誰も触れていないのに放送室のドアが開いた。
「なになになに! 学校の怪談っ?」
「騒ぐな、マナ! こっちが向こうの魔力を検知できたのと同様に、向こうにもこっちの魔力に気付かれたらしい」
「それってこの中に悪魔がいるってことっ?」
足元に立つフィードの身体は背筋がピンと伸びていて、緊張が伝わってくる。それが答えだった。
(ほ、本当に悪魔がいるの……?)
魔力の痕跡を探していたのであって悪魔本体を探している自覚はなかった。ここにきてようやく真愛は恐怖を覚えた。恐怖にすくむ真愛の手が横からそっと握られる。
「え?」
血の気の失せた顔の真愛が横を向くと、そこには無表情でも冷たい笑みでもない優しい顔をした優がいた。
「真愛って考えなしで間抜けなんだね」
真愛の精神状態を的確に見抜いた上での辛辣な言葉であった。
「台無し! え、今すっごいいい顔してたのになんで出てくるのはそんな言葉なのっ? どこでねじ曲がっちゃったのっ?」
「……さぁ、入るよ」
慌てふためく真愛の手を握ったまま、優は中途半端に開かれた扉をくぐって中へ行こうと歩みを進める。心の準備ができていない真愛は重心を後ろに掛けて必死で抵抗する。
「待って待って待って! まだ待って! 悪魔と対面する準備をさせて」
「なにを今さら。悪魔腕に抱えて歩きまわれるんだから平気でしょ」
「それもそうか……って無理! 人にもいろんな人がいるように、悪魔にもいろんな悪魔がいるでしょ。フィードは常識的で私に優しいから平気だけど、人間に魔法掛けるような悪魔に対面するには勇気がいるから! 待ってってばー!」
男女の力の差は無情にも真愛に襲いかかり、抵抗空しく放送室の中に強引に連れ込まれた。
放送に必要な機材が部屋の中に置かれていた。ガラス戸の向こうには動画放送用のブースが用意されているのが確認できる。しかしそれらをじっくりと眺める余裕は真愛にはなかった。ガラス戸の前に無視できない存在感を放つ人型の生物が突っ立っていたのだ。
「きゃあ……ムグッ」
「うるさい」
悲鳴をあげかけた真愛の口を無理やり塞いで、優はそう言い捨てた。そして今ままで引いていた手を離す。
「ここまできたら逃げられないだろうからね」
「なんで仲間に悪役混ざってるんだろう……った!」
優に蹴られた脛を抱えてうずくまっていると、ちょこちょことフィードが駆けてきた。
「オマエら、先に行くな!」
「行きたくて行ったわけじゃないよ!」
痛みと恐怖で込み上げてきた涙を拭い、真愛は立ち上がって悪魔を見据えた。視界の暴力に目を覆いたくなる。
そこにいたのは露出過多な男性の姿をした悪魔だ。深緑の髪からは角が生え、背中からは同色の羽が生えている。しかし真愛を驚かせ……もといドン引きさせたのはその異形な姿ではなく、彼のファッションセンスだった。
上半身裸でありながら下半身は体のラインが出るピッチリとしたズボンを履き、上から布をスカートのように巻いているという、真愛には理解できないセンスをしていた。
「へ、変質者……」
その言葉が真愛の中では一番しっくりくるのだ。
「変質者とは失敬な。この麗しいワタシを捕まえて言う言葉ではありませんね」
「ひぃ……口調もなんかキザったらしくてキツイ」
「なんて失礼で、美に理解のない女なんでしょう」
あまりの気持ち悪さに、本能的に優の後ろに隠れた。目の前の悪魔の悪趣味さと比べれば、どんな性格であれ優に近づく方がマシに思えたのだ。
逃げ腰の真愛とは対照的に、フィードは一歩前に進み出た。意志を持った強い瞳で、真っ向から悪魔を睨む。
「おい、無駄だとは思うが、とりあえず言っておく。この学校のやつらにかけた魔法を解け」
「分かりきってることを聞くんじゃありません。……まぁでも話し合いって大事ですよね」
ちゅっぱぁぁぁ、としつこい水音とともに変態風悪魔から投げキッスが放たれる。それを優の背中越しに見てしまった真愛は口を覆ってしゃがみこんだ。
「……吐きそう」
「大丈夫、真愛?」
振り返った優が親切そうに背中をさすってくれる。その行為を厚意として素直に受け取るのは難しかったが、それでも幾分か吐き気は収まった。
「僕が消毒してあげようか?」
見上げるとすぐ近くに優の綺麗な顔がある。性格を考えず、容姿だけを見れば王子様そのものだ。
意地悪い笑みを一切感じさせない顔の優が、状況についていけずに固まっている真愛の顎に手を掛けた。
(これって……)
優の言う消毒がなんなのか察した。悪魔の投げキッスを相殺するために、優がキスをしようというのだろう。そうして優の狙いに気付いた真愛の脳裏に一つのことわざが浮かんだ。
「……毒をもって毒を制す」
近づいていた優の顔が止まり、ピクリとこめかみが震えた。それを見た真愛は自分が失言したことに気が付いた。
「そこの美に狂ってる悪魔さん」
真愛に背を向けた優は悪魔に対してそう呼びかけた。
「なによ」
「この女にもう一度投げキッスを」
「やめて! 根岸くん、裏切らないで! ごめん! 謝るから!」
「冗談だよ」
そう言って優は笑う。
(絶対に冗談じゃなかった)
優が笑っているのが何よりの証拠である。
「なんなんですか。人の投げキッスを、まるで悪臭や汚物のように扱わないでください」
「どっこいどっこいだよ! ……うぷ」
この悪魔、まるで自分が分かってない。あまりにも間違った自己認識に、勢いよくツッコミを入れてしまい。何かがこみ上げてきそうだった。
口を押さえて立ち上がった真愛を一瞥した優はスススッと当然のように距離をとる。
「なに、なんで離れるの?」
「なにって……避難してるんだよ。今ちょっとヤバかったでしょ」
「な……」
「落ち着いて。あんまり喋らないで」
真愛の言葉を遮り、無理やり話を切った。労わるような言葉と表情。しかしその本心は絶対に自分にかかって欲しくないからだろう。
(吐くときは絶対に根岸くんに吐いてやる)
残った力で拳を握り、真愛はそう決意した。
「で、元に戻すのか? 戻さないのか? どっちなんだ」
「戻さないよ!」
吐く時は優に、と決めたが吐くつもりになったわけではない。華の女子高生が人前でおう吐など、避けて通れるのであれば避けて通りたいものだ。
「いや、違う。マナに言ったんじゃなくて……」
フィードはコホンと咳払いをして仕切り直す。
「お前だ、そこのキザったらしい悪魔。ここの生徒の魔法を解いて元に戻すのか? それとも力づくで言うことをきかせて欲しいか?」
「怖いことを言いますね。ですが、それは無理というものでしょう。力づくでワタシに勝てると思っているのですか? それともワタシとの魔力の差が分かりませんか?」
その瞬間室内に強い突風が吹いた。
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