第三章 学園に潜む危機
6.それぞれの思惑
心地よい眠りに身を沈めていたその人は、魔力が跳ね返ったきたことで目を覚ました。目覚めたばかりで思うように動かない身体をゆっくりと起こし、焦点を合わせようと努め目を
「真愛に掛けていた魔法が解かれた……?」
魔力が跳ね返ってきた理由をぼんやりとした頭で思考して呟き、行き着いた結論に瞠目した。完全に目が覚めた。
「そんな……バカな」
わななかせた唇を痛いほどに噛む。
あり得ない。人間に悪魔の魔法を解けるはずがない。とすると――。
ある予想が頭をよぎり、目を瞑って周囲の気配を探る。近所から徐々に範囲を広げていき、己の力量の限界まで距離を伸ばす。
(……この状況は?)
人間と言い切れない生体反応が複数感じられた。周囲には複数の悪魔がいるようだ。
(一体何が起きている? …………いや)
動揺した心を落ち着け目を開けたその人は、暗闇の中頭を振って考えを改めた。なぜ悪魔が人間界にこれほどいるのかは置いておいて、真愛に掛けた魔法を解いたのは悪魔に違いないだろう。
悪魔が人間界に来た目的も、真愛の魔法を解いた理由も分からない。しかし情報が足りない中でも、一つだけ確実に言えることがある。
「もう一度かけ直す必要があるね」
真愛に魔法を掛けたのは戯れなんかではなく、魔法を掛けるだけの理由があったからだ。解かれたものをそのままにしておくわけにはいかない。
わずかに持ち上げた右手に力を込め凝視した。魔力が集まり、暗い部屋に青白い光が浮かぶ。
「……あれ?」
小さな光は少しずつ大きくなっていたのだが、ある大きさを境に弱まってしまった。
やれやれとため息を吐き出す。
「今日は想定外のことがよく起こる」
もう一度魔力を集約させようとしても上手くいかないことから、魔力不足だと悟った。額に手を当て、その勢いに任せてベッドに倒れ込む。
「……まぁいい」
口の端には微かだが笑みが浮かんでいた。
足りないなら、奪えば良い。ちょうど手頃な悪魔が人間界に複数いるようだから。
☆ ☆ ☆
フィードが冠クマちゃんに取り付いて一週間が過ぎた。特に問題が起こることもなく平穏無事な毎日を過ごしていたのだが……。
「マナ、オレを学校に連れてってくれ」
明日の時間割を頭に描きながら鞄に教科書を詰めていた真愛はその手を止め、声のするベッドの方を振り返った。冠クマちゃんが、ちょこんという擬音が付きそうな可愛い様子でシーツの上に座っている。
「学校に?」
聞き間違いを疑って生じた数秒の間の後、真愛はそう聞き返した。フィードは頭と胴の継ぎ目を折って頷く。
「最初に話したが、オレの目的は自分の前世の魂を見つけることだ。この辺り一帯は探し終えてしまったんだ」
「うーん、そう言われても……」
フィードの目的については彼が冠クマちゃんに取り付いた次の日の夜に聞いていた。大人になるために必要な前世の魂を探しているということも、大人になれないと生きる上で様々な障害があるということも。勝手に自由なものだとイメージしていたが、悪魔も人間と変わらず大変らしい。
「冠クマちゃん、かさばるしなぁ」
「そういう問題なのかっ?」
「連れて行ってあげたいのはやまやまなんだけどね」
一週間一緒に過ごして、フィードが常識的で礼儀正しいのは知っていた。そんな彼の姿に、前世の魂探しを手伝ってあげたい気持ちも生まれている。しかし鞄に入らないのだ、厚さの問題で。
「冠クマちゃんがシワになっちゃったら嫌だし」
「オレだって無理やり鞄に押し込まれての登校は遠慮したい! そうではなく、抱いて連れてってくれればいいだろう!」
「……クマのぬいぐるみ抱えた女子高生ってどう思う?」
「…………あざといな」
ぬいぐるみを持った姿が純粋に可愛く見える年齢はとうに過ぎている。今そんなことをやったら計算高いとしか思われないだろう。フィードも同じ印象に行きついたらしく、諦めて頭を垂れてた。
そんな姿を可哀想に感じた真愛は冠クマちゃんの頭をそっと撫でた。
「別のものに取り付き直せないの? 例えば……鞄とか」
「そんな酷使されるものになりたくない! あと、せめて候補を人型に限定してくれ。……どちらにせよ無理だ。よく分からないが、一度入ってしまうと移れないらしい」
「残念」
話が終わり、次の日の準備を再開させた真愛に再び声が掛かる。
「どうしてもダメか?」
フィードらしくないと感じた。
「どうしたの? やけに粘るね」
手を止めないままで話を促す。少しの間黙したフィードはためらいがちに口を開いた。
「マナに掛かっていた二種類の魔法のうち、恋を促す方の魔法は不特定多数に掛ける類のものだったんだが……この辺りで他に魔法に掛かっている人間を見かけなかった」
「それって……」
固いフィードの声音につられて真愛の声も少し上ずる。無意識のうちに手は止まっていた。
「まだ確証はないが、真愛が魔法を受けた場所は学校の可能性が高い」
「なっ!」
絶句する真愛へたたみかけるように、フィードは言葉を続ける。
「その調査もしたいんだ。おそらく人間の心を惑わしエネルギーを奪おうとしたといったところだ……。マナを守るうえで気を付けるべきは恋心を封じる魔法を掛けた者の方だろうが、そっちも放っておけない。魔法の性質からして、他にも被害者がいるだろうし」
あまり無理な主張をしないフィードが、一度断られたにも関わらず食い下がった理由が分かった。なんて人……もとい悪魔が良いのだろう。
そんな話を聞かされては真愛も意見を変えざるをえない。たとえぬいぐるみを持ったあざとい女子高生と見られることになったとしても。
「……分かったよわよ。そんな風に言われたら断れない」
「ありがとな」
「お礼を言うのは私の方でしょ。私に掛かってた魔法の調査をしてくれるんだから」
クスクスと笑みを零した真愛につられて、フィードも「ハハハ」と軽く笑った。
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