第弐話

 小さくなりながら店へと上がりこみ、早足で椿の居る二階へと上る。途中、一人の遊女に笑いかけられ、逃げるように曖昧な笑みを返した自分にかなりの情けなさを感じたりもする。美人というよりは可愛いと云ったほうが似合いそうなあどけなさを残した少女の顔に、千花と同じぐらいの歳なんだろうかとふと考えてみたりしたからだ。

「……襖、閉めとくれ」

 椿は突き当たりの部屋で草雲に声を掛けた時と同じように朱い格子窓の縁に腰掛け、煙管の煙草を燻らせていた。彼を見ず、少し気だるげに云ったその台詞に弾かれるようにして草雲は襖を閉めると、そろりと目の前の自分に用事があるらしい人物を観察する。

 艶やかな紫紺の髪。蝶の刺繍が施されている羽織を引っ掛け、何処か気だるげな表情を浮かべて夜の街を見下ろしている。伏目がちの灰色の瞳の所為で、余計にそう感じるのかもしれない。胸の下で結んでいる帯の鮮やかな黄色が、濃紺の着物によく映えている。

 ほぅっと一つ、息を吐いた。

 一言で云ってしまうなら。椿白零は美人である。昼間に出会った真光寺翡翠とはまた違う、物憂げな美しさ。翡翠を昼と例えるのなら、椿は夜であろう。何処となく人を寄せ付けない雰囲気を漂わせているのもまた、魅力の一つなのであろう。

 紅い唇が、ふぅっと煙を吐き出した。

「全く。先生、こういう場所はからっきしなんだねェ。道理で、初心なお話ばかり書いてるわけさね」

「……へ? い、いや、どなたかと間違われているのでは……。私の本など、それほど出回ってはいませんから」

「まァたご謙遜を」

 つ、としなやかな身のこなしで立ち上がり。

 しどろもどろになっている草雲の耳に、とある名前を耳打ちする。それを聞き、彼は一気に頭の天辺まで真っ赤になった。凍りつきそうになったり燃え上がりそうになったり、全く今日は忙しい。

「――先生の、事だろう?」

 面白そうに目を細めて椿が云った。身体中、火がつきそうに熱くなりながら小さな声で肯定をする。

「そ、そんなところまで、調べたのですか」

「この店の娘達がお気に入りなのさ。先生の本をね」

「は、はぁ……」

「なんだい、煮え切らない顔だねェ。もう一寸、嬉しい顔をするもんじゃないのかい。まァ良いけどさ」

「いえ、いきなりそんな事を云われても、どうにも慣れていないもので……」

 慣れるとかそういうもんじゃないような気がするけどね、と椿は呟き。

「こんな所にいてこんな商売してるとね。先生が書く夢物語に憧れたりするのさァ。いつかは自分もってね、夢を見れるンだろうよ」

「はぁ……。夢物語、ですか……」

 ぽつり、と零れた。

 気に触ったかい? という椿の問いに、いえ、と曖昧な笑みを浮かべて返す。

「確かに、私が書くものは想像の産物で所詮綺麗事だらけの寓話です。現実には起り得ない――夢物語、ですよ」

 そんな事は、書いている草雲自身がよく分かっている事だ。今更椿に云われたところで納得こそするとすれ、気に触る事などありはしない。

 だから、彼が曖昧な笑みを浮かべたのには別の訳がある。

「私が書き散らすような、そんなちっぽけな夢物語に――憧れる方がいらっしゃるとは思いませんでした」

 ――所詮は、作り物。

 作り物だからこそ許される絵空事。一時楽しむ人間がいるとすれ、それに憧れる人間がいるとは思ってもみなかったのだ。少なくとも、自分が書いている程度の話に憧れる人間がいると、彼は考えた事が無かったのである。

 ふん、と椿は鼻で笑った。

「馬鹿だねェ、先生ェ。綺麗事で夢物語だからこそ、憧れるンじゃないのさ。先生の商売はね、夢も希望も無いしょぼくれた人生を送ってるあたし達に、夢を見せる事が出来る商売なのさ。云うなれば、夢を売ってるンだよ」

 そういう意味では、ここの女達と同じようなもんさね。

 それを聞き、草雲はもう一度頭の先まで茹で上がった。自分の書き物と、春をひさぐ事で一夜限りの夢を売っている女達との商売にそう違いがないと云われ、なんて極論なんだろうと思いつつも心の片隅には同じなのかとそこはかとなく考えている自分もいたりするところが嘆かわしいというか情けないというか。

「わ、私は、そんな――」

「ほんッとに初心なんだねェ、先生は」

 草雲の馬鹿正直っぷりに流石に呆れたのだろう。苦笑を浮かべて椿が云う。

「今、先生が何を考えたのかは知らないけどね。でもね、ここの女達は皆、生きる事に一生懸命なんだよ。どう思ってもらっても構わないけどさ、それだけは覚えておいてやっておくれな」

「あ……いえ、私は、そんなつもりじゃ」

 生きる事に、一生懸命。

 椿の言葉が、どっしりと心に重く圧し掛かる。

 ――そうだ。

 それだけでも、自分なんかとは違うではないか。

 確かに自分は、生きる為に夢物語を紡いではいるけれど、それは決して一生懸命とは違う。ただ、云われるままに求められた物語を紡いでいるだけだ。書かなければ収入が無いのだから、生きる為ではあるのだけれど、それでも、一生懸命とは違うと草雲は思う。

 に一生懸命だとしても、に一生懸命では無いのだ。

 すっかり意気消沈した草雲を見やり、そろそろ本題にしようかねェと椿は云った。伏目がちの灰色の瞳に見つめられ、草雲は何となく居住まいを正す。

「……私に何か用があると聞きましたが。でも私は、特別な事は何も知ってはいませんよ」

 どうにも落ち着かず、自然早口になる。この椿白零という人物、腹の底が全く見える気配が無い。それでいて、態度だけはどうにも思わせ振りなものだから、非常にやりにくい事この上ない相手である。

 ――美人は、美人なんですけどね。

 心の中で、深い深いため息をついた。

「先生ェってば、本当に謙遜がお上手だねェ。不思議話に妖奇談は特別な事、には入らないのかい? 不思議話を聞き集めるのが、先生の趣味なんだろ?」

「……え? まぁ、趣味と云えば趣味、のようなものですが」

 そのような事は、私などよりずっと詳しいのではありませんか?

 そう云うと、椿はからからと笑った。

「そんな事はないよ、先生ェ。あたしは勝手に聞こえてくる不思議話はともかく、聞こえてこない不思議話までわざわざ聞きに行く程そんな話を集めたいとは思わないさ」

 余程、必要に駆られない限りはね。

「はぁ。それでは何か、気になる事がおありなのですか。私に分かるような事であれば、お話しますが」

 云いながら、いつも持ち歩いている帳面をぱらぱらと捲る。自分の上手くも無くかと云って下手でもない何ら特徴の無い文字を眺めたい訳でもないが、ここに着いてからきょろきょろしっ放しだった視線を一所に落ち着かせる事が出来るのは彼にとってほっとする事ではあった。

 椿は少しだけ考え込むように顎に手をやってみせたが、

「……いや。特に何を聞きたいってわけじゃア無いンだよ。ただ、ここのところ、都を離れていたもんだからねェ。その間にどんな事が起っていたのかぐらい、把握しておきたいと思ったのさ」

 この場にいなきゃ、勝手に聞こえてくるもんさえ聞こえないだろ、と付け加えるように続ける。その一寸した沈黙に何処かしら違和感を覚えながらも草雲は「そうですねぇ……」と帳面に視線を落としたまま呟いた。

「お話出来そうなものは、然程ありませんよ。それでも、構いませんか?」

「ああ、構わないよ。話しとくれ」

「それでは」

 帳面をはらりと捲り。

 こほんと一つ咳払いをして、草雲は最初の不思議を語り始めた。



 ――俺は、生まれた時からあんたが嫌いなんだ。

 あれから一言も言葉を交わす事無く、二人は足早に真光寺へと向かった。それ程大きくはない寺の前で雷封は足を止め、まるで睨むようにその門を見上げる。

 翡翠は数段しかない石段を相変わらずの危なげない足取りで上り、ふと彼を振り返った。

「貴方の中に封じられているもの。それを、解き放ってはいけません」

 まるで、歌うように独特の音程をつけて云ったその言葉。その言葉に、内心ぎくりとする。

 見下ろしている曇りの無い翠色の瞳が、自分の心の中を見透かしているような気がして、彼は舌打ちをして目を逸らした。

 ちりん、と小さな鈴の音が鳴る。

「……そんな事。今更あんたに云われなくたッて」

 ――分かっている。

 この封印を解いてしまったら、一体どうなるのか。

 そんな事は。

 分かり過ぎる程。

 二度と――使わない。

「だけど貴方は、選択を迫られる事になるでしょう。貴方はいずれ、選ばなくてはいけなくなるわ」

 そう告げた翡翠の姿は、ぞっとする程美しい。

 ざわり、と何かが背筋を駆け上っていく感覚。

「選ぶ? そりゃ、封印を解くか解かねェかって事態が起こるって事か?」

 思わず聞き返した雷封の顔を見つめ。何処か寂しげな表情を浮かべ、季球の巫女はその答えを口にする事のないまま踵を返した。



「それで沙雪は今、紫音寺にいらっしゃるのですよ」

 霜雪さんが、雷封さんと一緒に暮らすよりは余程人間らしい暮らしが出来るだろうとおっしゃって、と草雲は続け、まぁそうでしょうねぇと一人で納得をする。

 椿は、結構な聞き上手だった。相手が話しているのだという事を理解しながらも、聞きっぱなしではなく合間合間で相槌をいれる。話が興に乗って逸れそうになるとそこはかとなく方向修正をしてくれる。それがまた、絶妙な場面で入るので、話している方も気持ちよく話し続ける事が出来た。

 お陰で草雲も、最初の緊張は何処へやら、である。話せる事は然程ありませんよなどと云っておきつつ、これで四つ目の話だった。

 気持ち良さそうに納得している草雲を見ながら、椿は一言、全くあいつらしいよ、と呟いた。

「あの兄弟、なんだかんだ云ったって根本的に甘ちゃんだからねェ。血が繋がってないくせに、そンなところだけよく似てやがンのさ」

「似てますか、ね」

「全く、そっくりじゃないか。あたしなら、わざわざ面倒抱えてまで他人を助ける気になんてならないけどねェ」

 だって、一文の得にもなりゃしないじゃないか。

 そう云い捨てると椿は草雲の顔を真正面から見据えた。覗き込んでくる灰色の瞳の奥に思いつめたような光を見つけ、草雲は逸らそうとした瞳を思わず覗き返してしまった。それはあまりに、目の前の冷めた女性には似合わないもので、ちくりと彼の好奇心を刺激する。

「ところで、先生ェ。今までの話の他に、最近何か変わった事は無かったかい? そうさね……例えば、この都近辺で」

「都近辺で、ですか……」

 呟きながら帳面をぱらぱらと捲る。だがどうにもネタ切れで、上手い話が見つからない。

「妖の仕業じゃなくても構わない。ただ、人間の仕業かどうかも分からないような事件……。そんなのでも、良いンだけどね」

「はぁ……。それなら一つ、聞いた話がありますが」

 まるで降って来たように、小耳に挟んだ話を思い出す。云いながら帳面を閉じ、聞きかじっただけの話なので、正確なところは分かりませんよ、と念を押す。

「今から、二週間ぐらい前になりますか。都の外れに、大きな枝垂柳が生えているでしょう? あの、柳なんだか別の木なんだか分からないぐらい大きな木にですね、死体がぶら下げられるという事件が起きまして」

「ぶら下げられる? ぶら下がって死体になったンじゃなく?」

「ええ。自分でぶら下がったとするなら、それこそ人間の仕業じゃありませんよ。発見された時、その死体は胸に柄まで潜りこむ程深く刺し込まれた短刀をめり込ませたままだったそうですから」

 それだけなら、ただの殺しなんですけどね。

 云って、何となく襟元を正した。ふぅっと深く、息を吐く。

「その死体、まるで操り人形のように手首足首に紐を掛けられ、吊るされていたんだそうです。関節の骨を砕かれてふにゃりとしていたから、見つけたお爺さんも最初は人形だと信じて疑っていなかったそうで」

 そりゃあそうだろうと草雲は思う。

 その状況で瞬時にぶら下がっているのが人間だと思う方がどうかしている。人間の足は柔らかく内側に折れ曲がったりしないし、腕だってぐるりと捻じ曲がったりなんて断じてしない。

 それに何より、胸に短刀を刺したままにしているなど。

 発見者もそう思ったに違いない。否、そう思いたかったに違いない。人形だろう、人形であってくれ、、と。

 凶器が刺さったままであった所為で出血が少なく、余計に奇妙な造りオブジェのように見えたのだと云う。

 それこそ、人形劇で使う、操り人形が枝に引っ掛かっているかのように。

「……人形」

 ぽつりと椿が呟いた。心成しか、先程の光が更に深刻さを増したように見える。

「ぶら下げられていたのは、丁度ここに滞在している旅芸人一座の一人だって話でしたね。あちらこちら渡り歩いているわけですから繋がりを探すのも大変なようで、結局今のところは人間の仕業なのか妖の仕業なのかさえ決め兼ねているという状況のようです。ただ、やり口から相当な恨みの念も見て取れるとかで、人間が起こした事件だっていう見解の方が有力なようですが」

 一息に云って、またふぅっと大きく息を吐く。それを見て椿が「大丈夫かい?」と声を掛けた。

「はぁ……。いえ、どうもこういう話は苦手でして」

「お化けだ妖だって話は興味があるのにかい? 全く、おかしなお人だねェ」

「いや、それもそれで怖いのですが……。ただ、どうにも血生臭いのは精神的に受け付けないのですよ」

 何とか作った苦笑いを浮かべ、情け無さそうに頭を掻く。どうにも、浮世の話は生臭くていけない。

「何だか、頼りない先生だねェ。で、その苦手な話をわざわざ選んでくれたのには一体どんなわけがあるんだい」

「わけも何も。他に」

「話が無かったから、何て簡単な嘘をつくのはおやめなさいな。その帳面に書いてなくたって、先生の引き出しの中にゃもう一寸は選択肢があったンだろう? それでもわざわざ、苦手な話を引っ張り出してきたのは一体何故なんだい?」

 あたしに聞かれたから、なんてベタな答えは無しだよ。

 椿の灰色の瞳がそう語っている。そんな事を云われても、と草雲は相変わらずの苦笑いを浮かべ、朱い格子窓の外へと視線を泳がせた。

 もう、日が暮れてかなりの時間が経つというのに。この界隈だけはまるで昼のように煌々と明るく照らし出され、一時の夢に溺れながらも賑わっている。ここにいると、今が一体何時であるのかと、忘れてしまいそうな感覚に襲われる。

 それはそうだろう。

 ここでは、夜が昼なのだから。

 ――嗚呼。

 境界など、まるで曖昧なものなのかもしれません。

「私には――正直、よく分からないのです。この事件、人が起こしたものなのかそれとも違うのか。だって、出来るとか出来ないとか、そんな単純な基準で判断して良いものではないでしょう?」

 それを聞き、椿はふっと軽く笑った。馬鹿にしたようにも聞こえるその響きとは裏腹に、細めた瞳には優しい光が灯っている。

「つまり先生は。人間ってやつに希望を持っていたいンだ。人である以上、そんな残酷な事は出来ないと、そう思っていたいのさ。だから妖という名の、人以外の何かが犯人であって欲しいと――そういう事だろう?」

「……いけませんか。人である以上、人を信じたいと思う事が」

「悪いとは云ってないよ。所詮人生だって夢物語なんだ。それなら、自分が信じる夢を見ると良いさ」

 ――全く。

 雷封が、あんたと付き合ってるわけが分かったような気がしたよ。

 その台詞は、椿の胸の中でだけ、綴られた。



「――それで」

 お目当ての話は聞けたのかよ、と黒衣の青年がぼそりと云った。未だに虫の居所が悪いのか、口調がかなり険悪である。

 先程と同じ花宿の一室で話をする二人の人物。その構図は同じであるが、組み合わせは椿と雷封という二人に代わっていた。

「あんたこそ。お姫様のお守りは済んだのかい」

「はっ。全く、退屈でしょうがなかったぜ」

「しっかしあの先生ェ……。真光寺翡翠にとって一番注意しなきゃならないのがあんたなんだって事を知ったら、一体どんな顔をするかねェ」

「人を危険物扱いすンじゃねェ。なるべくなら、関わり合いたくもねェよ」

 拗ねたようにふいっと横を向いた雷封を見、椿はくつくつと楽しそうに笑った。

「あんた、あの女の事になるとやけにムキになる。もしかして」

 ――惚れてンじゃないのかい?

「……殴るぞ」

「あはははは、冗談だよォ。ちゃあんと分かってるよ、そんなんじゃア無いって事はさァ」

 云いながらも可笑しそうに笑みを浮かべている椿をじろりと見上げ。何か云いたそうに眉をぴくりと動かしたが、それだけだった。小さく息をついたのは、気持ちを落ち着かせる為なのかそれとも諦めたからなのか。

「……俺の事はどうだっていいンだよ。お前の用事はどうだったンだよ。これで何も聞き出せませんでした、じゃア、迷惑量貰うぜ」

「――ああ」

 生返事を返すとふっと笑みを消し、能面のように表情を消し去った。表情が無くなるとただでさえ端整な顔が際立って、まるで作り物であるかのように見えてしまう。

 それこそ、人形のように。

 魂が入っているか否か、判断がつけ難いほど生気が感じられなくなる。

 ゆるゆるとした緩慢な動作で、肩に掛かった髪を払った。

「……あたしが都を離れている間に、どうやら最悪の事態になっちまったかもしれないねェ」

 遠く、窓の外を見ながら云ったその台詞に、雷封はやれやれと首を振った。

「だとしたら。更に面倒な事になるぜ。やっぱり迷惑料、上乗せさせてもらっていいか?」

「ふん、別に何が何でもあんたに手伝ってもらおうって話じゃアないンだ。面倒なら降りたって構いやしないよ」

「そういう話じゃねェンだよ。俺が云ってる面倒な事ってのは、仕事の話じゃねェ」

 俺が云いてェのは。

「先生を、巻き込んじまったッてェ事だよ」

 云って頭を抱えた雷封を、椿は不思議そうに見やる。

 青年は、何処と無く諦めの混じった遠い目をして続けた。

「お前が何処で俺と先生の繋がりを嗅ぎ付けたかは知らねェし、聞く気もねェ。だからこれは、安易に先生を紹介した俺の失敗だって事になるンだろうが……」

「一体、何が云いたいンだよ。歯切れが悪いねェ。あの先生にゃ、一寸話を聞いただけじゃないか」

 その言葉を聞き、黒衣の青年はふっと自嘲気味に笑った。

「ああ、その通りだよ。俺達から見りゃただ話を聞いただけ。ただの情報提供者だぜ。だけどな、あの先生の場合、それで終わらねェンだよ」

 笑みを浮かべたまま、窓の桟に座る椿を見上げ。

 ――あの先生、ンだよ。

 何故だか奇妙に凄みのある低い声で、雷封はそう告げた。

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