JK肉壺切断くん

梅星 如雨露

第1話 神殺しの独り言

 ×××××・×××××の経済状況は決して芳(かんば)しいものではなかった。

 ましてや×××××自身には××・××××に贈った武器の製造費用に対した借金を××××××に返済しなくてはいけない義務がある。×××××の運営費用(主に食費)に借金と重なってくれば、××の収入だけでは到底回しきれない。かくなる上は身売り! とも思案した×××××ではあったが、それは詰まる所はアルバイトのことであって、彼女はそういった周辺事情によって毎日のほとんどをその激務へと身をやつしているのであった。

 彼女の仕事は往々にして日雇いの売り子が相場であったが、今回彼女が選んだアルバイト先は精肉業であった。この何とも血なまぐさい体を想像してしまう業務に至っては些かの葛藤がなかった訳ではなかったが、結局は高収入が約束されていたものであったために、求人を確認した×××××はそう長い時間考える事もなく、アルバイトを申し込む結果になった。

 かくして今日、晴天の街道をゆるりと歩む彼女は、おそらく、その仕事に対する不安よりも、その後に待っている給金によって得られる今晩の食卓をどのように彩るかに心を踊らせているのであろう。

「ふふん。やはりここは××××××100個食いというのもわるくないんじゃないかな!」

 誰に問う訳でもなく口をついて出た言葉はすれ違う人々の失笑を誘う楽天的な風情である。

「きっと××君の満足する夜にしようじゃないさ」

 気分ウキウキ、抑えきれない感情が×××××の満面の笑顔が物語っている。微笑ましい言葉を、なおも口遊(くちずさ)む。

「今日の私はちょっと違うんだぜ××君! きみはきっとそんなボクに愛を語ってしまんうんだよ。間違いないんだ! うはー!!! どうしよどうしよっ、照れるぜ××く~ん!」

 腰をクネクネしながらの「はっはっはー!」……彼女の笑い声が街道を貫き天へと良く響くのであった。


 街道沿いにその店は、ぽつりと一点だけくり貫かれたかのような、そんな違和感と共に軒を構えていた。

 開店前なのであろうその店は未だシャッターに固く閉ざされている。×××××はあらかじめ伝え聞いていた通りに裏へと回り裏口の戸を叩くのであった。

「すみません。本日お世話になる×××××と言いますが……」

 語尾が尻切れになってしまったのは、予想外に威圧的な面構えの裏口が立ちはだかっていたからだろう。お肉屋さんと求人を出されていた仕事であった。しかし、これではあまりにも退廃とし過ぎではないかと×××××は、この店の外観を眺める。こんなんでお客さんは付くのか? 本当にお肉屋さんなのだろうか? それら彼女の疑問は想像ではあるが、得てしてそれら想像というものは意外にも現実を裏切らないものになり得る時が、ままあるのが実状である。

「あのー! ご主人はいらっしゃいますか?」

 何の反応も反ってこないために×××××は声を張る。

 そこで中の方で物音がし始める。ガチャガチャといった金属がぶつかり合うような物音であった。やがて店の裏戸が開かれる。

「……はいはい。居ますよ亭主。フヒョ……」

 店の主人がずんぐりと戸口から顔を覗かせる。×××××はその風貌に一瞬怯んだのか少しあと退る。想像以上の長身である。ひょろりとした痩身ではあるものの彼の持つ空気、雰囲気でもいいが――それは見る者を圧倒する力が在った。

 異様ともいえる。作業着姿、ミリタリーのブーツで更に底上げされた長身、何の為のものか脛当てをつけており、極めつけは顔面を覆い隠すガスマスクである……マスクから溢れ出た長髪は濡れガラスの如く漆黒である。

 どのように見ても異常。あるいは下らないホラー映画に出現する殺人鬼ではないかと思える戯画化された容姿であった。例え×××××でなくとも、初対面でこの主人を前にして平常な精神を保てる者はいなかろう……。

「いやいや、そんなに怖がらないで……まあ、僕も人に驚かれるのはなれているのよ。フヒョ……気負わなくていいよ、適当に『主人』って呼んでくれて構わないからさ。フヒョヒョ……」

 かすれ気味の主人の声がかえって不気味さに拍車をかけているきらいはあるが、×××××も只者ではなく、女神なのである。この程度の異様にいつまでもたじろぐ仕草は見せない。

「そうか、では主人……今日はよろしくたのむよ」

 彼女の声には、はっきりとした張りが感じ取れた。

 やや上から目線のもの言いは女神ゆえか……。

「フフ、よろしくね、×××××ちゃん……」

 主人のあいさつを後に×××××は店の中へと入っていった。固く軋んだ扉の立てる音が酷く不快に響く。


「ここは、ほら……お肉の解体作業を主に行うスペースでね。女の子にはちょっとつらいかね? フヒョヒョヒョ……」

 顔をしかめる×××××を見かねて主人は言う。無理もない、その作業部屋にはこれまでに解体されていった『肉』たちの、臓器や血によって生まれた、酷い臭いが充満していたからである。

「いえ、気になさらずに……すぐになれると思います」

 鼻を摘みながら×××××は主人に応える。

 それにしても、×××××の服装はこの空間では浮いて映る。この血なまぐさい空気にさいして、彼女のそれはやや露出の多いドレス姿だ。つまりは平常つね日頃の一張羅なのである。契約段階の話では売り子を担当する手はずではあったが、より働きやすさを考慮した服装を心掛けるべきではなかったかと思われる。適材適所。仕事の性質上、どうしても、必要に応じた服装があるということだ。

「主人よ。私の考え違いでなければ……その、もしや……肉の解体作業から始める感じかな?」

 ×××××が辺りを見回しても、それらしいものは見当たらないが、時間も早い。これから卸業者が入ってくるのだろう。肉の解体作業を想像したのか、×××××の顔色は見る間に青ざめていく。

「……心配しなくても、それは僕の仕事です。安心してください。×××××ちゃんは今日一日、笑顔を絶やさない。僕が求める仕事内容はそのようなものです」

 それを聞いて、安心したのか×××××は溜め息をこぼす。女神とはいえ×××××とて恋に恋する女の子に過ぎないのだろう。出来うることなら、精肉作業は御免蒙りたいのが心理というものだ。

「そ、それなら及ばず。ボクはいつだって笑顔のままでいるさ!」

 余分といえるボリュームの巨乳を誇示するかのように、×××××は主人に向けて胸を張って受け答えた。給金ははずむ。

「ボクと××君のめくるめく夜会の為に……女神たるこの×××××、半日と経たないうちにお肉を完売してみせようじゃないか!」

「フヒョ、そいつは頼もしい限りだヨ」

 そのとき、空虚に呟いた主人の声が、×××××と彼の温度差を如実に表していたことに彼女は気が付かなかった。


「僕にとっての、精肉とは空気を損なわない、あるいは、それ、そのものの本質を過剰なまでに演出することにある……フヒョ」

 主人の言葉が理解できなかったのか、×××××は眉を寄せて首を傾げる。

「……んー、よく解らないけど……それはボクが××君に抱く愛情みたいに、お肉に対する主人なりの敬意の表し方みたいなものかな?」

「まあ、そのようなものです……」

 ヒョヒョヒョ、と主人は微かに笑う。その笑い方が引きつけを起こしたような音となって響き、室内の不吉さが増す。

「ふん。ボクの××君への愛は、そんじょそこらの奴らには到底理解できないほど深いさ。ともすると、主人の考え方も解らなくもないね」

 上からの物言いではあるが、それに主人が不快に感じている気配はない。そもそも、マスクで顔を隠しているのである、表情から感情を読むなど×××××には出来っこないのである。

「ところで主人よ。販売用のお肉の仕込みなどは、どうするのかな? 今から業者なり牧場主やらから、今日の分の……その、お肉になる家畜などが届くのかな?」

 室内にそれらしい代物がないのであるから、彼女が疑問に思うのも当たり前である。それに対して主人は軽い口調で答える。

「ヒョヒョ……ありますあります。肉ならありますよ。フフ、ほらそこ……×××××ちゃんの後ろ。そこが冷凍庫になってます。肉はその中に保存されてるんですよ」

 言われて×××××は、後ろを振り返る。確かにそこには強固そうな巨大な密閉扉があった。

「なるほどなるほど、備えあれば憂いなし、って訳だね」

 中に保存されている肉が、既に食用に加工済みなのを想像したのか、彼女は涎をこぼしながら頷く。そんなはしたない仕草ですら、気にした風もなく主人は×××××の脇を通り、冷凍庫の扉に向かう。

「中はとても寒いです。よろしければここで待っていてください」

「気遣いは無用だ。ボクも一緒に入って手伝おうじゃないか」

「元気がよくてなによりです。フヒョヒョ……その調子で笑顔、お願いしますよ」

 主人に言われるまでもなく×××××の表情は明るい。

 固く閉ざされた扉を開ける刹那、主人はおもむろに問う。

「しかし、どのような形であれ、××・××××という方を、最後まで愛することが出来ますか?」

「……?」

 質問の意味が解らなかったのだろう、×××××は難しい顔を造る。

「言っている意味がよく解らないが……主人は意味深な言葉が好きなようだね……」

「フフ……そんなことありません。こちらを見ていただければ、一目瞭然です。フヒョヒョヒョヒョ」

 今までにも増して不快な声音で笑う主人。冷凍庫内の冷気が外に漏れ出て来たのを肌で感じたことも相俟って×××××は身体を震わす。

「そうだね、例えば……××君が息絶えて、ただの肉塊になり果てようとも、このボクが××君を愛する気持ちは不変だともさ!」

 それは軽口の類いだったのだろう……ましてや、この後の展開は、彼女の口が招いた結果でもないだろう。そうして、冷凍庫内の光景を目の当たりにした×××××は慄然する。

 

 天井に敷かれたレール。そこに引っ掛けられた鎖。鎖に吊るされる肉。だが、その肉は想像の埒外の『物体』であった。整然と吊るされて整列されていた肉は……家畜のそれではなくて……あたかも人間を真似たような造形であった。

「……いやね、本当に大変でしたよ。なにせ××・××××を標榜する輩がこんなに沢山いるのですから。そりゃあ苦労しました。一人一人、毎日毎日、この日の為に、神の信憑性を下げる為に解体するのは……ね!!!」

 主人の奇声にも似た笑い声が冷凍庫内に反響する。冷気の靄が晴れていく。驚愕に見開かれていた×××××の目には、果たして……かつて人間であったとおぼしい肉塊が、庫内に山のように吊り下げられていた。

 現実ではあり得ない地獄絵図。それが悪い夢であるのを願うかのように目を覆う×××××。

「見るのです! これはあなたが招いた結果でもあるのですよ。謂わばあなたが築き上げた城塞の成れの果てなのですから……あなたが、女神×××××が、そう在るように創り出した神話の補完装置。それが、かつて××・××××の名前を語った彼ら。あなたが愛する××君なのですから……あなたは言いました、決して肉塊になったとて、その愛は不変であると……ならば示しなさい! あなたが、×××××でいられる為に犠牲になった〝ミーム〟を……!!!」

 もはや×××××は涙を流し、鼻水を垂らし、涎を拭うことも構わずに、泣き崩れていた。

「見ろ。見ろ。見ろ。ヒヒャ……ヒヒャヒャヒャ」

 痙攣しながら笑う主人は、泣き伏せる×××××を無理矢理立ち上がらせる。ぱっくりと、腹部が切り開かれた、肉塊を。かつて人間であった塊を彼女の目の前に突きつける。狂気に苛まれた彼女の理性が限界を迎えたのか、過呼吸のように引き攣った声が、だらしなく開けられた口から漏れる。

「ひっ……××君……××くん……ひひっ……××くん、があー……あああああーーーーーーーーーーー!!!!!」

 発狂した叫びが上がる。肉に向かって手を伸ばすが、その手は虚しく空を切る。がくがくと、首が揺れる×××××。×××××だったもの……。

「神話性の崩壊を確認。これより……」

 主人の手には一振りのナイフが握られる。

「これより、神殺しを執行する……フヒャッ!」

 大上段に構えられたナイフが×××××を一刀両断する。

 

 ナックルガード付きのタクティカルナイフ(軍用・サバイバルナイフ)=傭兵的な殺伐とした印象。硬質で鉄臭くそれでいて純粋な格好良さが感じ取れる。ミリタリー的な角ばったフォルムが自然とそう感じさせるものだと考えられる。銃火器に匹敵する面構え、あるいは戦闘機のような尖鋭的なデザインが格好良さを求める幼い子供心を刺激して止まないのである。またナックルガードが良い。単純な指への負担を軽減するものと謂うよりかは、すでにそれその物が刃に相当する攻撃力を有する外見である。尖り威圧し殴り潰さんが如くの在り様は筆舌に尽くしがたい脅威が滲み出ている。

 大上段から振りかざされたナイフの一閃。人体の何たるかを極めた彼のその一撃は痛みすら与える事の無い鮮やかにして大胆なものであった。血飛沫は起きない。皮膚脂肪筋肉臓器を保護する膜を縦に一字……切り付けられた者にすらなにが起こったか判別しない。しかし、前面に晒された胸部腹部下腹部は見事なまでに切り裂かれ、それが持つ中身を外へと覗かせていた。新鮮にして色艶やかなそれは……内臓。生きる者を生存させる為の生(なま)なる神秘の器機。

 心臓肺胃大腸小腸腎臓肝臓膵臓子宮膣膀胱……臓器臓器臓器。総てを曝(さら)け出した人体はあまりにも凄惨、グロテスク。しかし、女神のそれは芳醇な果実の果肉の如く、みずみずしく艶やかであり、甘美にして絶世なる姿であった……。

 彼女はこの時に初めて自分が置かれている立場を知る。

――ああ…ボクが解体される肉だったのか……。

 彼女の意識が途切れる。この後に何がどうされてどのようにして加工されていくかなど見たくも知りたくもないだろう。

「超超超ぅーーー!! ラジカルハッピーじゃん! フヒョッ……」

 肉屋の亭主。この主人の歓喜の声は、異常な解体小屋のしじまに微かに滲んで消えていった。


 肉解体用の銀色の作業台に寝かせられた×××××。まるでこれから防腐処理を受ける惨殺体のようであるが、彼女は未だ生きながらえている。

「ひぐ……っひっひー……あがっ……!!!」

 ×××××は苦しみのあまり嗚咽を漏らす。

 構わず主人は×××××を覗き込む形で、おもむろに何やら器具を持ち出す。頭をヘッドギアの拘束具で固定する。両耳、その可愛らしい小耳の穴に、電極のような楔を刺し込む(ギターシールドのジャック部分みたいな器具)。滴る血液、漏れ出る叫び。声にならない声……。楔は脳にまで達して、それから放出される『波』が直接脳を犯す。彼女に気絶という逃避を決して赦さない為に。

「一度セカイに顕現してしまったキャラクターはね、そのキャラクター性を完膚無きまで破壊しなくちゃならないの、ヒヒ……。やり方は色々ある……僕はヒトの叫びが非常に好きでね。だから、僕は、その身に苦痛を与えて破壊する、そうやって元あった世界に君たちみたいなパチモンを還すのさ……フヒョヒョ」

 主人は×××××に優しく言い聞かせるように耳元で囁く。それと同時に、彼女の剥き出しの内臓に指を忍ばせていく。優しく、手荒に、そうやって主人は彼女の腸をおもむろに、引き出す。

「ぐえっーーーーーぷぎゅはあぁーーーーーーーーーーっっっ!!??」

 嗚咽を漏らす×××××。くかか、と厭らしさのこもった笑いをマスクから漏らす主人。

「僕はパチモンの医師? だから、腑分けは、あまり得意じゃなくってさ……ヒュヒョヒョ。でも、だからいい案配に、君みたいな存在に過剰な苦痛を与えられる。あー……素人って、度し難いものがあると思わないかい? ×××××ちゃん?」

「……くたばれ、クソ変態ヤローが…………っがひーーーーーーーーーーーーー」

 肩で息している×××××の口汚い言葉は、主人の一刀のもとで、悲痛な叫びに転じる。十二指腸と胃の付け根辺りに一太刀。下腹部の骨盤の奥に腕を突っ込んで直腸の出口付近に一太刀。大腸、小腸を、ずるりと×××××の腹から引き抜く。

「あっっっぎゃーーーーーー……ぐぐぐるるるぅ……」

 想像を絶するであろう痛みに耐え兼ねて×××××は叫び続ける。

「やだよーーーーーーー、やだ……××君……××君××君××君っ……こんなのいやだよ助けてっ……うるぐばはっ……」

「無駄無駄無駄っフヒヒヒッヒヒ……」

 不気味さを超えて、もはや歪でしかない主人の声が、×××××の願いを否定する。

 主人は×××××の、腸が無くなった腹の中から、今までは取り出しにくかった臓器を手早く処理していく。ナイフの軌道が目にも止まらぬ速さで躍動する様は芸術的ですらある。

「これが、腎臓、フフ……子宮、卵巣、膣、色々……これは? うん、良く解らない……ヒゃヒャヒャ」

 ×××××の身体の中身が徐々に無くなっていく。その感覚は脳にまで達した『管』のような器具が、鮮明に彼女の脳裏に浮かび上がらせる。彼女はむせび泣き、懇願する。

「お願い……やるなら……はやく……ぐぐっ……はやくっころ……ころせ……」

「そんなつれないことを……あなたは望まれてこのセカイに顕現したとはいえ、そんな無茶苦茶……本来は赦されるものではないんだからね……そのこと、理解してるのかな?」

 首を左右に振りながら、静かに主人は話す。これが、この解体劇がまるで自然の摂理であるかのように……。

「……ふむ、胸部から臓物を取り除くのがちょっと手間かな……フフ。×××××ちゃん。自分で胸を広げてくれないかな?」

 その言葉に目を見開く×××××。主人が言う言葉が理解できないといった風情で、首を振る。

「わけわかんない……よ。なに? なんでかってにてが……いやいや、××くん!!! いやだよっ……こんなのおかしぃ……が、あががっく……」

 自分の意思とは関係なく自らの胸を両手で開いていく×××××。これも脳に達している『管』の影響である。泣き、叫び、懇願する。×××××の顔は既に、苦痛で歪み、元の造形美は微塵も感じられない。汗と涙と鼻汁と涎で覆われた彼女の顔はあまりにも醜く崩れていた。

「まったく、汚らわしい。あれほどの美巨乳が、今じゃただの脂肪の塊に過ぎない……ヒヒヒ。いいじゃんいいじゃん! 君はなんだ? 何なんだい? ヒトか? 家畜か? フヒヒ……まったく、度し難い腐肉かぁ~~~~~!!!」

 主人に罵られ、否定され、蔑まれ、汚物のように扱われ、過剰に痛めつけられる。徐々に×××××の眼から光が失せていく。

 ×××××の両腕で開かれた胸部に顔を近づける主人は吐き捨てるように言う。

「まったく、きったね~、糞肉壺が……くせーくせー……びーびー泣き叫んでも、誰も君なんかを助ける奴なんて、居やしないのさ! ヒャハッ」

 主人は露わになった×××××の胸部に腕を侵入させていく。育ち過ぎた彼女の胸を、掴みやすい把手かなにかのように鷲掴みする。肋骨の内側に侵入させた手で以って、主人は器官から、何から何までも、無茶苦茶に引き千切る。

「うぎゃらごばぶはっ……ひゅーひゅーっひゅーひゅー……」

 盛大に血を吐き出した×××××に最早、言葉は無かった。目玉をひん剥いて、ぴくぴく、と身体全身を痙攣させる。上から×××××を見下ろしていた主人は、彼女の顔といましも、引き摺り出した臓器とを見比べて、つまらなそうに臓器を床に放り投げた。

「……自我は……砕けたかな……まあいい」

 そして、主人の無骨なデザインのブーツが彼女の心臓を踏み潰す。

「――――っ……」

 それを最後に×××××だったものの、全身の痙攣が止む。

 主人は乳幼児が一人入るぐらいの、ガラス製のシリンダーを持ち出す。それを腑抜けの彼女の脇に置き、次に身動きの無くなった彼女の頸部を、慎重にナイフで切り裂いていく。首の皮一枚、といった喩えの似合いそうなところまで施術した主人は、彼女の頭を、くいっくいっ、と捻りながら、胴体から抜き出していく。頭部を抜き終えると、脳に繋がる脊髄が、てらてらと粘り気のある光沢を纏いながら、厭らしく外のセカイに露わになる。主人はそれを慎重にシリンダーの中に移して、彼女だった頭から二本のジャックを引き抜く。

 次いでシリンダーの中に、濃い緑色をした、粘性の強い溶液を注いでいく。シリンダーに蓋をして、それを、お気に入りの宝物でも扱うように胸に抱えて主人は解体小屋をあとにした。

 銀の台の上に首なしの、腹を掻っ捌かれた肉だけが残り、床には夥しい量の血液と臓腑が無造作にばら撒かれていた。


 Φ


 脳みそシリンダーにするっつーんだから、彼女の世界はなんら犯されてはいないわけだ。だからといって、それが本当の彼女の物語である確証はない。嘘偽りにまみれたセカイ。それは裏返してみれば真実の世界なのかもしれない。だってそうだろ? 世に出回る娯楽的要素なんてものは誰かの手によって想像されたものなのだから。それを神だからって……傲慢にも自分達が創造主であるなんて発想こそが、そいつに刻み付けられたミームである可能性に目をつぶるのは、愚かしさを通り越して滑稽ですらある。知れ。自分たち、いや、お前たちの現実が果たしてどのような意味を持って営まれていることかを。まあ、事実そんなことを考慮することに意味なんて無いのだろうがね。散々もてはやされ、もてあそばれたあげく、それに飽きることによって初めて終わる。結局すべては諸行無常なのだから。せめて、その時が来るまでは人生ってやつに意味を見出したっていいのではなかろうか……。

 つっても……。

「神殺しの独り言だがな!!!!!」 

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