第8話 蜜柑と心臓

長い夢を見ていた気がする。

とても幸せな夢。


ずっと、できればいつまでも夢を見ていたかった。

ずっと彼と一緒に……


耽る意識の中で、私は気付く。

あれは夢じゃない。

私は確かに彼と過ごした。

この感情は夢なんかじゃない。


重いまぶたを開く。

ここはどこだろうか?


せっかく目を開いたのに、真っ暗だ。


天国? 地獄?

ここはどこ?


暗いのは苦手だ。

もっと言うなら、小さい頃から夜が嫌いだった。独りの夜が嫌い。

お見舞いに来てくれたりしていた人が、夜になると帰っていく。それがどうしようもなく嫌だった。私からみんなを奪う夜が、嫌いだった。


その頃からずっと、私の隣にいた『死』

死ぬってどういうことなんだろう?

生きるってどういうことなんだろう?


わからないけど、もっと生きたかったなと思う。

ああ、なんだろう、急に実感が湧いてきた。


そっか、

「私、死んじゃったんだ」

思わず声に出してしまった。

別に誰かが反応してくるわけでもな——


「そんなわけないだろ」


え?


私、とうとうおかしくなっちゃったみたい。

だって、ここにいるはずがない。

だって、私は死ん——


「死んでないよ。生きてる。しっかり生きてる」


真っ暗な上に、視界が霞んでよく見えない。

それでも目をこすって、涙を拭って、声の方を見る。


本当におかしいな。

なんで?

どうして?

なんて疑問が頭のなかを蠢めく。


それでも、そんな疑問はすぐに吹っ飛んでしまった。


「おはよう」

その声だけで、私の頭のなかは埋め尽くされてしまったから。


彼がそこにいた。

確かにそこに座ってる。


もう二度と聞けないと思ってた。

もう二度と会えないと思ってた。


私は泣いてるんだろうか?

それとも笑ってるのかな?


わからない、もう感情はぐちゃぐちゃで、わけがわかないけど、とりあえずこれだけは言っておかなきゃいかない。


「おはよう……ござ……い……ます」



私の目が確かなら、ここは観覧車の中だ。

彼に初めて会った時に行った遊園地。

その観覧車のなかだ。


「ああ、ここ? なんか止まっちゃったんだよね、観覧車。停電かなんかじゃないな? 真っ暗だし。でも一番高いところで止まるって、ラッキーじゃない?」

やっと慣れてきた目で声のする方を向くと、やっぱり彼はここにいる。

いるはずがないのに。


「そんなことじゃなくて…… どうして、あなたここにいるんですか? どうして、私の目の前に。まさか、あなたも死んじゃったんじゃ……」


「違うよ。さっきも言ったろ? 君は生きてる。もちろん俺もだ」


「でも…… あなたが生きてるなら、私が生きれるわけ……」


彼が死なないと、私は心臓を移植できない。

彼が生きてるってことは、私が死んでるってことのはずだった。


「戻した」


「え?」

何を? 時間を?

でも、そんなことしても……


「そんなことしたって…… 時間を戻したって私が助かるわけ……」


「時間を戻したんじゃない。いや、時間を戻したと言えばそうなんだけどさ、でもただの時間じゃない。俺は、君の心臓の時間を戻したんだ」


もう、言葉も出なかった。

彼が何を言っているのかわからなかった。


「ほら、これ」と言って彼が何か袋を取り出す。


中に入っていたのは、私があげた干しみかんだった。


彼はそれを私の前に差し出す。


その、次の瞬間。

それは起きた。

私は確かにこの目でそれを見た。


自分の目を疑ったけど、それでも、これはどうやら真実らしい。


干しみかんは私の前で、普通のみかんへと姿を変えた。


「食べる? 好きでしょ? みかん」


「私が好きなのは、……干しみかん……です」

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