第2話 告白は観覧車で

「さ、次行きましょう。ほら、早く早く」

そう言うと彼女は、俺の手を引いて歩き出した。

ここにきてからノンストップで、絶叫マシン、絶叫マシン、絶叫マシン……と俺の胃はもう限界を迎えていた。


もう言わなくてもわかると思うけど、俺たちは遊園地に来ている。

なんでこんなことになったか、それはもう単純に彼女のあの一言が原因だ。

『私とデートしてください』

そう言うと彼女は、有無を言わせず俺を市内の遊園地まで引っ張っていった。


「受験とか忘れて、パーっと遊びたいんです」

だそうだ。

まぁ、何も言わないでついてく俺も俺だけどさ。結局俺も、どこかで煩わしいものから逃げたい気持ちがあったんだろうな。


そうして地獄の絶叫マシンパレードが始まったわけだ。それにしてもなんで彼女は大丈夫なんだろうか?

俺の三半規管はずっとSOSを告げているのに、彼女は平然としている。


もっとも、テンションの方は全然平然としてなかったが。

何に乗っても楽しそうに、まるで初めてのようにすら思えるくらいはしゃいでいた。


「次はこれにしましょう」

気がつくと次の目的地に到着していたようだ。

次に彼女のお眼鏡にかかったのは、メリーゴーランドのようだった。

「これでいいのか?」

さっきまであんだけ絶叫マシンに乗っていたのに、突然静かな乗り物を選ぶもんだから思わず聞いてしまう。

「なんでですか?」

「いや……なんていうか少し子供っぽいかなって……」


そう言うと驚いたことに、彼女は少しショックを受けている様子だった。

「いや、別にいいんだけどさ」

余計なことを言ったかとあわてて訂正をする。

そもそも俺からしたら、ゆるい乗り物の方がありがたい。


「じゃあ、乗りましょう」

「俺はいいよ、外で見てるから」

「ダメです。いっしょに、ね?」


結局じっと見つめる彼女に耐えられず、俺は白馬の王子様になることになった。

いや、ごめん自分で言っててなんだけど気持ち悪いな。

訂正しよう。

メリーゴーランドに乗ることになった。


そうして乗ることになったメリーゴーランド一つにしても、それだけで彼女は楽しそうで、それを見たらなんだか、来て良かったなと俺も思った。


それからたくさんの乗り物を回って、閉園時間も近づく頃にはすっかり空も暗くなっていた。


「あー、楽しかった。今日はありがとうございました。まさか、本当についてきてくれるとは思わなくて、嬉しかった……あなたのおかげで本当に楽しかったです」


「いや、俺こそありがとう。俺もすごい楽しかった。本当、久しぶりに……」

進路のことも能力なことも忘れられた。

それができる時間がどれだけ貴重なことか。

全部彼女のおかげだ。


「最後にあれ乗りましょう、あれ」

指のさす先には、イルミネーションで輝いた観覧車が廻っていた。


中に入ると、上から今日乗ったたくさんの乗り物が見えて、今日は本当に楽しかったなと改めて思う。

彼女と過ごした時間は本当に楽しかった。

楽しかった、できればずっとこうやって何も考えないで過ごしたい。

それでも、やっぱりこれは聞かなきゃいけないことなんだろう。


だから俺は聞く。

目の前で楽しそうに下を見る彼女を、現実に引き戻すように……


「なあ」

「はい」

「あれ嘘だろ? 受験とか忘れてパーっと遊びたいって。本当はもっと何か別の理由、あるだろ?」

彼女の顔が一瞬で強張った。

一息置いて彼女はやっと声を出す。

「本当ですよ。私はそういう人間なんです」

「嘘だ」


たった一日だけど、そんな短い時間でも彼女がそんなことだけで一年も時間を巻き戻るようには思えなかった。

それに、今日彼女はたくさん笑っていたけど、ふとした時にその笑顔が陰るときがあった。


きっと彼女は何か理由があって時間を戻ったんだ。


「君が時間を戻った理由はわからないけどさ、俺ができることだったら協力する。だから話してくれないか? 君の力になりたいんだ」

俺なんかには似合わない言葉だけど、それでも彼女の力になりたい気持ちは本当だ。


「ふぅ」と息を吐くと、彼女は諦めたように視線を落とした。


「あれ、見えますか? 病院。あそこの807号室が私の監獄なんです」

彼女の静かな声が個室に響く。

「小さい頃からずっと病気で、私はあそこに閉じ込められてました。一年後の……つまり今の私は大丈夫なんですよ。手術もしましたし、もう大丈夫なんです」

彼女は精一杯、元気そうに振る舞った。


「でも、この時期の私は結構危ない状況で、少し荒んでました。それで、北海道におばあちゃんがいるんですけど、そのおばあちゃんが来てくれたんです。北海道からわざわざ。それなのに私はおばあちゃんに冷たくしたんです。この頃の私は自分だけが辛いと思い込んでて、みんなに当たって最低ですよね」

彼女の顔は辛そうに歪んでいた。俺は余計なことをしているんだろうか? それでも一度聞いた以上、俺には最後まで聞く責任がある。


「私は本当に馬鹿でした。これがおばあちゃんに会える最後とも知らないで、そんなことしたんです。それから手術の話が来ました。そして手術が終わって、おばあちゃんに謝りに行こうとしたときに聞かされたんです。私がおばあちゃんに当たった一週間後に……もう身体も限界に近かったみたいなんです。それなのに私は……そうまでして来てくれたおばあちゃんに…… 手術を控えてる私には内緒にしてたみたいです。おばあちゃんにもう会えないって知った時、私はとりかえしがつかないことをしたんだって、やっと気づいたんです」


「そんな時、時間を巻き戻る力に気づきました。原因はわからないけど、とにかく私はおばあちゃんに謝らなきゃと思って、あの日の次の日に戻ってきたんです」


「どうして冷たくした日に戻らなかったんだ?

その事実ごと消しちゃえばいいんじゃないのか?」

「それは、違う気がしたんです。私がおばあちゃんにひどいこと言ったのは事実ですから。それをなかったことにしちゃいけないと思ったんです。しっかり受け止めて謝らないとって……」

誠実な考え方だ。

でもそれは、自分を傷つける考え方でもある。


「でも、結局無理でした。北海道まで行きたいって言ったら、自分の身体のことわかってるのって言われちゃいました。今の私は大丈夫なんですけどね。それで喧嘩して病院を飛び出して来たんです。そこであなたにあって、つい病気が治ったらやりたいと思ってたことを……

そんなんだからダメなんですよね」


「そんな……ダメなんかじゃ……」

「いいんです、きっと罰なんですよ。おばあちゃんにあんなにひどいこと言って、それをもう一度やり直そうなんて思っちゃいけなかったんです。罪人はおとなしく檻に戻ります。

今日は本当にありがとうございました。生まれて初めてでした。あんなに楽しかったの」


観覧車はいつの間にか終点に到着していた。

「待っ——」

扉を開けて出て行こうとするその手を、俺はつかめなかった。

俺なんかになにができる?

そう思うと俺は彼女を追いかけることができなかった。


夜の遊園地に俺は一人取り残された。

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