ロック・スターへの時間旅行者
諸根いつみ
第1話
プロローグ
「リヴシネといいます!よろしくお願いしまーす!」
チラシを差し出す染川(そめかわ)玲(れ)央(お)の前を、一様に同じ方向へ向かって大勢の人々が行き過ぎていく。笑顔で談笑している人、何人もの同じTシャツを着ている人々。みな満足げだ。真冬だというのに、夜の街灯の光の下、首にかけたタオルで汗を拭いている若い男性もいる。
いいライブだったのだろう。本当は玲央も死ぬほど行きたかった。なにしろ、日本ロック界のトップを走る、ダイナマイト・イリュージョンの年末武道館ライブだ。玲央はダイナマイト・イリュージョンの大ファンだった。曲も演奏も歌詞も、ボーカルの声も、あえてダサい感じのバンド名も、すべてが好きだった。
しかし、今はライブに行くことよりも、自分のバンドのほうがずっと大事だった。だから、こうして九段下の坂道でチラシを配っている。ボブカットの黒髪を冷たい風がなぶるが、負けられない。
「新宿でライブやります!リヴシネと申します!」
連日のリハーサルのせいで、すでにかれている声を張り上げる。やっと一人、チラシをもらってくれた。
「ありがとうございます!」
玲央は、入念なナチュラルメイクで仕上げた顔で笑顔を作った。顔から靴まで、全身カジュアルが玲央のポリシーだった。
チラシをもらってくれた二人組の男が立ち止った。
「きみ、パートはなんなの?」
「あ、ボーカルです」
玲央はなんとか笑顔をキープしつつ答える。バンドをやっているにもかかわらず、初対面の強面の男は苦手だ。
「ガールズバンド?」
もう一人の男も尋ねてくる。
「いいえ、わたし以外は全員男なんです。ラウドロックバンドです。グラウルもシャウトもありますよ」
「へえ。今度ライブ行ってみようかな」
「ぜひ来てください!チケットお売りします!」
玲央は、ポケットからチケットを取りだした。
「でさ、よかったら今から一緒に飲みに行かない?」
男が言う。
「え?あ、嬉しいですけど、チラシを配らないといけないので……」
「俺らの友達にみんな声かけて、ライブ連れてくるからさ。それでいいでしょ?」
「わたしお酒飲めないんです」
「そんなこと言わずに。バンドのこともっと詳しく聞きたいし」
「えーと……」
玲央の声はどんどん小さくなっていく。こういう状況での上手い切り抜け方がいまだに学べない。きっぱり断りたいが、たった二枚でもチケットは売りたいし、どうすれば――
「もしかして、チケット買ってくれるんですか?」
男たちの背後から、明るい声が飛び込んできた。
「俺、リヴシネのベースです!次のライブはですね――」
東順生(あずまじゅんき)が、機関銃のようにライブの説明をまくし立て始めた。
男たちが順生のほうを向いたすきに、玲央はその場から逃げだした。
玲央は、駅前のファミリーレストランでメンバーと落ち合った。
ほかのメンバーはすでにそろっていて、先に食べ始めている。
「遅いぞ」
オムライスを前にした神橋(かんばし)巧(たくみ)が、いつものクールさで玲央を見上げる。リヴシネのギタリストであり、メインコンポーザーだ。時間やその他細かいことに厳しく、堅物で付き合いにくい人物だが、演奏技術や作曲センスはずば抜けているので、文句も言えない。美形であり、常に髪をち密にセットし、絶妙にはねさせている。
「ごめん、場所移動してチラシ配ってたから。さっきはありがとね、順生」
玲央は順生の隣に腰かけた。
「いいよ。でも、きっぱり断ってもよかったと思うよ」
順生は穏やかに言った。ストレートの長髪だが、ゴリラに似ている。玲央の幼なじみで、優しく、思いやりのある性格だ。しかし、ステージ上ではかなり暴れる。
「ナンパされるのは隙があるからだよ。ステージに立つ者としてどうよ」
生意気な口調で言ったのは、もう一人のギターの野口里(のぐちり)久(く)だ。玲央、巧、順生より一つ年下。小柄で、玲央よりも少し背が低い。童顔に似合わず、常に口調は辛らつで、年長者を敬う心はかけらもないらしい。
「まったく相手にされないよりマシじゃない?」
玲央は頬を膨らませる。
「思い上がんなよ、玲央。二時間かけて化粧してやっと美人みたくなってるだけだろ」
「一時間半だし!」
思わずかれた声を張り上げてしまう。二時間よりは三十分も、もとから完成形に近い位置にいるのだ。勘違いしないでほしい。まあ、薄化粧とナチュラルメイクの違いを理解しているだけでも、男としては上出来だが。
「すっぴんだと、お前の顔面偏差値五十だかんな」
「……すっごく嬉しくない」
「久保井もそう思うよなー」
里久に話を振られても、久保井睦彦(むつひこ)はハンバーグを口に運ぶ手を休めなかった。もう一皿、特大ハンバーグがテーブルの上にあるが、彼のものだろう。長身で坊主頭のドラマーは、痩せているにもかかわらず、大食いだ。そしてかなりの無口で、高校の同級生の里久ともほとんど話さない。
「そんなことはともかく」
巧は言った。
「チケットとチラシがどれくらいはけたか報告」
巧、里久、睦彦も、チラシ配りとチケット販売をしていたのだ。
チラシはすべてはけていたが、チケットの売り上げは目標にわずかに届かなかった。路上で売れるチケットなんてたかが知れているから、これでも頑張ったほうだと思う。
枚数を確認し、巧がチケットを束ねる。
「あとは俺のバイト先の先輩に頼んだりすれば、なんとかなると思う」
拠点としているいつものライブハウスで、すでにある程度ははけていたから、残りはそれほど多くはなかった。
「みなみの友達も何人か買ってくれるかもしれないって」
順生が自分の彼女の名前を出し、玲央は少し胸が痛んだ。
「今回は完売できそうだけど、もっとキャパのデカいところも狙っていかなきゃいけないんだからな」
巧の表情は真剣そのものだ。
「里久も睦彦も、高校卒業したらバンドとバイトしかやらないって決めたわけだし。俺らは上を目指すんだから、ひとつひとつのことをしっかりやっていこう」
「バンドとバイトしかしないってなに?」
里久が茶化すように言う。
「第一優先はバンドでしょ」
「その通りだ」
巧は玲央の言葉にうなずく。
「今は路上でチラシを配る身分だが、いつかは俺たちも武道館に立って、ゆくゆくは海外進出も――」
巧は、またいつもの未来設計を語り始めた。
「お腹空いた。パスタ食べよ」
「俺の話を聞け」
巧は、呼び出しボタンを押す玲央をにらむ。
「聞いてますよ」
「お腹空いたよね」
順生がフォローしてくれる。玲央は調子に乗って、ふざけた口調で言う。
「ボーカルはバンドメンバー全員で大切にしようとか言ってるくせに、ボーカルの食事を邪魔するんですか」
「わかったよ」
巧は面倒そうに応える。
「ボーカルを大事にしないバンドは解散する運命にあるからな。嫌でも大事にするよ。だから、そんなガラガラ声でしゃべんないで黙ってろ」
「はーい」
玲央はセルフサービスの水を取りに行った。
高校の軽音部で出会ったこの五人は、高校入学当初から仲良くなっていた巧と順生を中心に、バンドを結成した。玲央にとって、ロックは気弱な自分から抜け出せる唯一の手段だった。
いつからか、巧を中心に、このバンドでデビューしようという意志が固まっていた。
初めは遊び感覚だったのに、もう遊びでも冗談でもなくなっていた。メンバー全員、進学も就職も選ばなかった。このメンバーならいける、と玲央は思っている。見たこともない景色を一緒に見られるはずだ。だって、一緒に音を出していると、自分たちが世界で一番かっこいいって感じがするから。はっきりとは言わないけれど、きっと、ほかのメンバーも同じように思っているはずだ。
玲央は水の入ったグラスを持ち、席へ戻ろうとした。
通路を歩いていると、なぜか横が気になって目をやった。
自分を見ている目と目が合った。
玲央と同じくらいの年齢に見える女の子だった。地味なパーカーとジーンズに、無造作な黒髪ショートカット。一人で背を丸めるようにして座り、化粧気のない顔で玲央を見上げていた。
その目は大きく見開かれている。玲央は思わず、気圧されたように足を止めてしまった。
そのまま数秒が過ぎ、女の子ははじかれたように立ち上がった。
「あ、えっと、あの」
これ以上ないというほど動揺した様子で、顔の横の髪を何度もなでつける。
「ごめんなさい、じろじろ見てしまって……お会いできたことが嬉しくて、つい……」
女の子の手首には、乳白色でなめらかな、目を引くデザインをした大きめの腕時計があった。
「わたし、知賀(ちが)ユヅサと申します。玲央さんのファンです!」
涙を流さんばかりの自分のファンと、玲央は初めて出会った。
十九歳の冬だった。
1
玲央と順生は、狭いホテルの部屋でベッドに腰かけ、沈んだ空気の中で話をしていた。
「ごめん、気を遣わせちゃって」
順生は言い、グラスに口をつけた。打ち上げから引き続き、かなりの量のビールを飲んでいる。
「別に全然いいんだけど……」
玲央は、どう言えばいいものかと悩んだ。
玲央と順生は、今年で二十二歳。リヴシネはインディーズレーベルからアルバムを一枚出し、東名阪ツアーを回っている最中だった。大阪でのライブは、おおいに盛り上がった。しかし、なぜか順生が浮かない顔をしているので、玲央は自分の部屋で順生から話を聞いたのだった。
「こんなことで落ち込んでちゃいけないのはわかってるんだけど」
順生の笑顔が、かえって痛々しい。
「そんなことないよ。誰だって落ち込むって」
順生は、四年ほど付き合った榊原みなみと別れたのだ。そのことが頭から離れず、ツアーにも集中できていないということだった。
「やっぱり、バンドマンと真剣に付き合うって、不安だよね」
みなみに、将来への不安を理由に別れを告げられてしまったそうだ。
「でも、デビューして成功すれば、万事解決でしょ?バンドで頑張って、みなみちゃんを見返そうよ」
玲央は励ます。
「見返したいとかじゃないんだけど……でも、そうだね」
「そうだよ。サイボーグ美羽(みう)もめっちゃ頑張ってるらしいし、わたしたちも頑張ろ」
玲央は、自分たちの隣の高校の出身のバンドを挙げた。もとはダイナマイト・イリュージョンのコピーバンドで、バンド名もダイナマイト・イリュージョンの楽曲に由来している。今はオリジナルに移行し、リヴシネと同じく、インディーズで頑張っていた。
玲央は、サイボーグ美羽のギターから、一緒にバンドをやらないかと誘われたことがあった。かけ持ちはきついからとすぐに断ったが、高校生の時から知っているバンドが同じ土俵にいるのは刺激になる。現在のサイボーグ美羽は、その誘ってきたギターがギターボーカルとなり、エレクトロ要素の強いスリーピースロックバンドとして活動している。
「わかった、もうみなみのことは忘れる!なんか話したらすっきりしたよ」
それを聞いて、玲央はほっとした。
「玲央も飲む?」
「うーん。お酒は控えてるんだよね」
「明日は移動日だし、大丈夫じゃない?」
「うーん」
玲央には、自分の中で決めたルールがあった。酒、煙草、辛いものなど、喉に悪いものは極力控え、マスクは欠かさない。体調管理のために、嫌いな野菜も頑張って食べているし、できるだけよく寝るようにしている。
健康面だけではなく、精神面でも心がけていることはたくさんあった。女だからとなめられたくはないが、男のようになろうとしたり、逆に女であることを武器にしたりはしたくない。そこで行きついたのが、カジュアル主義だった。男装風の恰好はNGだし、セクシーな服もNGだ。ステージに立つ時、派手なメイクや衣装で武装したい気持ちはあるが、照れを隠すために着飾ることに慣れてしまえば、本当の自分を出せなくなる気がするという理由もあった。
ほかにも、こまごまとした心がけはたくさんあった。声量だけは誰にも負けない気持ちで出すとか、今日は生理だから調子が悪いとかいう自分への言いわけは絶対にしないとか。すべては、いいボーカルでいるためだった。
通常なら、酒を飲むことはなかっただろう。しかし、落ち込んでいる順生の勧めだった。二人きりでもあったし、明日は歌う予定はなかった。
「じゃあ、ちょっとだけ久しぶりに飲もうかな」
玲央は、順生の注いでくれたビールを飲んだ。
小さめのグラス一杯飲んだだけでは、まったく酔った気はしなかった。二杯目を注いでもらった。
玲央と順生は、ダイナマイト・イリュージョンのメンバーの酒の席でのエピソードを笑いながら話した。リヴシネは、様々なバンドに影響を受け、ダイナマイト・イリュージョンよりもハードコア寄りの音楽性となったが、順生もダイナマイト・イリュージョンはかなり好きらしい。
しかし、ふとした沈黙に、玲央は寂しさを感じた。
「……なんか、むなしいね」
「あー、確かにね」
順生はぼんやりとした口調で言う。
「もう寝る?」
玲央が言うと、「うん」と、順生はそのままうしろにばたりと倒れた。
「おーい、そこで寝んのか」
玲央はそう言いながら、自分も順生の隣に倒れた。シングルベッドなので、狭い。
「あーそうだった」
順生はとぼけて起き上がろうとした。
「面倒だったらここで寝てもいいよ」
左手で順生のTシャツをつかんだ。玲央の左前腕部の内側には、筆記体でliveshineの文字のタトゥーが入っている。
「ほんと?」
「うん」
玲央はとろんとした目で、長年見慣れた顔を見上げた。
気がつくと、Tシャツとブラをまくり上げられ、乳房をもまれていた。
もうどうにでもなれという感じで、玲央も順生の服を脱がせ始めた。
なんだかすごく痛かったような気もしたが、それ以上の幸福感に包まれていた。
翌朝、玲央は目覚めると軽く悲鳴を上げた。隣に寝ている順生は、その声でぱちぱちと目を開けた。
シャワー室に駆け込んだ約十分後、出てきた玲央は、憔悴しきっていた。
ベッドに腰かけた順生も、すでに服を着ている。
「あの」
順生がなにか言いかけたが、玲央はそれを手で遮った。
「バンド内恋愛禁止のルールを破ってしまった」
その場に立ったまま、罪を重々しく宣告する。
「え、そんなルールあった?」
「わたしの中にはあったの」
「これは恋愛ではないんじゃないかな。一夜の過ちというか……ほんとにごめん」
順生は深く頭を下げた。
「謝らないで。わたしが悪いの」
「いやいや、どう考えても俺が悪いよ」
「わたしが軟弱な心だったからいけなかったの」
玲央は腕を組み、涙をのみ込んだ。実は昨夜が初体験だった。玲央はずっと順生のことが好きだったのだ。まったくモテないので、ほかの誰かと付き合う機会もなかった。
しかし、順生は昔からモテていて、可愛い子から次々と告白されていたので、玲央はすっかり諦めていた。優しく、気遣いのできる性格であるし、ゴリラ似の外見も、むしろ包容力を感じさせるのかもしれない。そもそも順生と友達になったきっかけは、小学生二年生の時、玲央の友達が順生のことが好きで、アプローチに協力したことだった。友達が玲央を付添いに告白した時、順生は、「ごめんね、今月はなになにちゃんと仲良くするって約束しちゃったんだ」と、クラスの中でも可愛くて目立っている子の名前を言い放ったのだ。
玲央が、バンドメンバーとは誰とも恋愛関係にはならないと決めていたのは、浮ついてしまいそうな自分を戒めるためでもあった。
それなのに、二人きりの時に失恋して落ち込んだ姿なんかを見せるからこんなことに、と思ったが、順生のせいにしてはいけない。むしろ、初めてが順生だったことを喜ぶべきなのか。いや、そんなことはどうでもいい。
玲央は顔を上げた。
「バンド内恋愛はやめようって思ったのは、バンド内のパワーバランスが崩れることを防ぐためなの。一人一人が、自分をしっかり持ったうえで結束することが大事だから。ほかのメンバーに、順生とわたしがペアみたいに思われちゃだめだと思うの」
「このことは隠し通さなきゃいけないってことだね」
「でも、隠し事もしちゃだめでしょ」
「まあそうだけど……」
「なんでも言わなきゃいけないわけじゃないけど、嘘をつくのはだめってこと。誰かに訊かれたら、正直に答えなくちゃいけないから、絶対怪しまれないようにしなくちゃ」
「そうだね」
「絶対変なそぶりはしちゃだめ。今まで通りに振る舞う」
「了解」
「そしてまずは、バレないように、順生は自分の部屋へ戻って」
「わかった」
順生は立ち上がり、ゆっくりとドアを開けた。
順生は動きを止めた。
「あ、順生。おはよう。てか、なんで玲央の部屋にいるの?」
廊下には、里久がいた。
玲央と順生が、演技力と冷静さを持ち合わせていればよかったのだが、そんなものはなかった。二人の動揺した様子から、里久はなにがあったかを易々と悟った。
移動するハイエースの中で、里久が巧と睦彦にも話してしまった。後部座席でおにぎりをほおばる睦彦の隣に座った玲央は、身が縮む思いだった。
運転席の順生は、いまだに動揺を抑えきれていなかった。
「あの、ほんとうにもう、ええと、しないから」
「バンド内のパワーバランスは崩れていないから」
玲央は無表情を保った。
「パワーバランス?なにそれ」
助手席の里久は、ぐだっとした姿勢でスマホをいじっている。
「バンド内にペアができちゃうと、多数決に支障が出るでしょ。一人一人が自立したうえで意見を持たないと」
「玲央の言いたいことは、なんとなくわかる」
睦彦の向こうに座った巧は、静かに言った。
「メンバーは平等な関係でいることが望ましいということだろう」
「そうそう。バンド内恋愛は禁止だから」
「でも、玲央は順生のことが好きなんだろ?」
唐突な巧の爆弾発言に、玲央は軽く飛び上がった。
「そ、そんなことないよ。全然タイプじゃないし、こんなゴリラ」
「ゴリラとか言うなよ……」
「俺の人間観察力を侮ってもらっちゃ困る」
順生の抗議は無視された。
「ほんとに、全然好きじゃないから」
「とにかく、二人とも、だらしない気持ちでいてもらっては困るぞ」
「巧先生、もしかして嫉妬してる?」
里久がからかう。
「なんで俺が嫉妬しなきゃならんのだ。俺は女には不自由してない」
巧は憮然として言う。
「ほんとお?」
「里久、いい加減にしてよ」
玲央はたしなめたが、巧の発言が疑わしいのは同感だった。
巧には、ずっと彼女がいない。身長は高いほうではないが、ギターの上手い正統派アイドル風イケメンなのに、ある意味モテない。ファンは多いくせに、男女交際となると全然だめ。女子と会話する時も、聞き役に回らず、コアなロックアルバムのコアな解説などを始めるので、引かれてしまうのだ。
そして堅物なので、打ち上げなどで言い寄られても、軽い女は嫌いだと言って、露骨に嫌そうにしている。
「まあ、別に俺はいいと思うぞ?玲央がビッチだとは思ってなかったから、意外だったけど」
「里久!」
巧と順生がほぼ同時に声を上げた。
「わたしはビッチじゃない!」
無視すればいいとわかっていても、玲央は反応してしまった。
「だって、き、昨日が初めてだったんだからね!」
もう永遠に順生の顔を見られる気がしない。
「でも、玲央の言葉を信じれば、好きでもない男とやったってことでしょ?」
「そ、それは……」
もう好きと言ってしまったほうがすっきりするのではないか?いや、だめだ。バンド内のパワーバランスが崩れる。あ、でも、隠し事をしないというルールは?
「そんなことより、明日のライブに集中しようよ」
とうとう見かねたのか、二個目のおにぎりを袋から取り出しながら、睦彦が口を開いた。
「新曲、難しいのばっかだし」
「つーか、最後のあの曲、やる必要ある?かなりぐだってたけど」
里久も話題をライブのことに変えた。
「新曲は全部やるんだから、やるだろ」
里久と巧があれこれ話し合ったが、玲央は、気もそぞろになってしまった。頭の中がごちゃごちゃだ。二人の声が、窓の外を流れる味気ない景色のBGMになる。
2
なんとかツアーを終え、リヴシネはすぐさま次の楽曲制作に取りかかった。
玲央は、巧と里久があげてきた曲に歌詞をつけているところだった。自分のワンルームマンションの部屋で、一人静かに作詞をする。
巧の曲は、すでにデータ上で演奏がほぼ出来上がっている。壮大な曲展開に、ギターの激しいディストーションサウンド、暴れるリズム隊。
性格はロッカーらしくないのに、巧の作る曲は、破壊と暗黒のロックが多かった。
メロディは玲央にお任せだったが、楽器隊がしっかりしているので、どのようなメロディをつければいいのか、どの部分でどのような歌い方をすればいいのか、すぐに見当はついた。メロディは完成し、あとは歌詞だけだ。
里久の曲は、まだ演奏は完成していない。コードとメロディだけが形になっている。いつも通り、里久の曲は、みんなでスタジオに入り、練っていくことになるだろう。激しい巧の曲とは対照的に、メロウだ。いいロックバンドは、静かめな曲こそ力を入れているというのが、里久の持論だった。
どちらも二人の個性が出ていて、いい曲だと思った。しかし、玲央は苦しんでいた。その曲をライブで演奏している光景が思い浮かばないのだ。
いつもなら、最高のテンションで演奏している様を思い描くと、ぽんぽんといくつかの言葉が浮かんできて、種を育てるように、歌詞を書き上げることができる。
響きを考え、たいていは、叫ぶ部分は英語で、クリーンボイスの部分は日本語だ。英語も頑張って勉強した結果、かなり使いこなせるようになっていた。
もちろん、悩むこともあるが、それは、語彙や、メロディに言葉を当てはめる技量の問題であって、歌詞のテーマは一貫していた。玲央は、直接的な明るいイメージの表現を使わず、悲しみや怒りを表現することで、聴いてくれる人に力を与えることを追求しようと決めていた。
曲を聴いた人には、明るい気持ちになってもらいたい。でも、単純に前向きなメッセージを投げかけても、心に響くはずがない。玲央自身、ダークな曲になぜか励まされたことが何度もあった。負の感情を盛り込んだ歌詞こそ、本当に届くものになるはずだ。
テクニックが不足していることはわかっている。大好きなダイナマイト・イリュージョンの歌詞など、太陽、夢、踊るなど、普通なら明るいイメージの言葉が、絶対に逆らえないもの、儚いもの、狂気など、マイナスの表現として使われることがよくある。素晴らしい技法だと思い、真似したくもなるが、それではだめだ。自分の言葉で書こうと決め、毎回、作詞には気合いを入れて取り組んでいた。
しかし、今回はどうにも上手くいかない。なにを書けばいいのかわからなかった。
やはり、あのことが原因だった。思い出してしまって、まったく集中できない。あれから、順生と顔を合わせるのが気まずいし、里久に言われたことが何度も頭の中でリピートした。
里久はいつも口が悪いけど、あんなこと言わなくてもいいじゃん。そもそも、順生が酔っぱらったのがいけないんだ。
また同じことを心の中で呟き、作詞用のノートには、ありきたりな言葉が並ぶだけ。
その時、手元のスマホが鳴った。巧からの着信だ。
「はい」
「俺だけど」
巧の声は、なんだかいつもより暗かった。
「突然悪いんだけど、明日、俺スタジオ行くのやめる」
「え?」
「右手がおかしいと思って病院に行ったら、腱鞘炎だって。薬もらったけど、なんか医者の対応が不親切だから、明日、もっと大きい病院に行こうと思って」
「弾けないの?」
胸がすっと冷えるような不安に包まれた。来週にはライブの予定も入っているのだ。レコーディングもしなければいけない。
「大丈夫、ちゃんと予定はこなすから。大事を取って病院に行くだけ」
「本当に大丈夫なの?ツアーの時はなんともなかったように感じたけど」
「疲れがたまったのかな。迷惑かけてごめん」
「謝ることじゃないけど。明後日は?」
「明後日は行く。明日は、俺抜きで練習して。リードギターがいなくても大丈夫だろ」
「わかった。みんなには連絡した?」
「順生には連絡した。里久と睦彦にも、俺から電話するから」
「そう。じゃあ、明後日」
「じゃあ」
通話を切ると、玲央は苛々とノートにバーッと線を書いた。心配で作詞作業どころではない。
翌日、巧のいないスタジオは空気が沈んでいた。歌詞書けた?という里久の問いに、玲央がまだ、と答えると、舌打ちをされ、玲央と里久がにらみ合う場面もあった。
「焦らなくても大丈夫だよ」
順生が、空気を変えようとしてくれる。
「着実にやってこうよ」
「そうだよね。巧も大丈夫だよね。巧は馬鹿じゃないんだから」
玲央は言ったが、順生の顔は少し曇った。
「でも、巧って意外と無理する性格だからなあ。高校からギター始めて、あんなに上手くなったのもそうだし。電話で話したら、まあまあ痛いって言ってた」
「そんなこと言ってたの?」
「うん」
「やばいんじゃないの」
里久も驚いたようだった。順生にだからこそ言えることがあるということか。
睦彦が、カンカンとスティックを鳴らした。
「練習しよう。巧くんに怒られる」
一同は、巧抜きの曲合わせに戻った。
その翌日、巧は言葉通りスタジオに姿を見せた。右手の親指の付け根から甲にかけて、湿布が貼られている。大丈夫だと言ったが、演奏してみると、やはりいつもとは違って、つらそうだった。
一週間経っても、巧のつらそうな様子は変わらなかった。イベントでのライブを終えたあと、リヴシネはいつもの居酒屋に入った。玲央は打ち上げに参加せずにそのまま帰ることも多いが、里久が、今日は玲央も来てほしいと言ってきたのだ。
その場にはメンバーしかいなかった。いつもなら、ローディーや押しの強いファンなども一緒でがやがやしているのだが、五人の周りは静かだった。
里久が、いつもついてくれているローディーの名前を出し、その人に頼んで、メンバーだけにしてもらったと言った。
明らかにただならないものを感じずにはいられなかった。
「里久、どうしたの?」
玲央は我慢できずに言った。なにかの冗談であってほしくて、引きつった笑みを浮かべた。今日は誰かの誕生日だっけ。結成日ではないし、リリース記念日でもないはず。
「あのさ、俺、このバンド抜けようと思う」
里久の言葉に、音がすべて消えたような気がした。
「あるバンドが、リズム隊二人が抜けて困ってるんだって。俺、ベースに転向して、久保井と一緒にそっちへ移ろうかと思ってる」
数秒後、ただ一言口を開いたのは巧だった。
「俺のせいか?」
「巧の手のせいじゃないよ。アルバム作り始める前くらいから、なんか違うっていう気がしてきたんだよね」
「睦彦も抜けるの?」
順生からすがるような目を向けられた睦彦は、ゆっくりとうなずいた。
「ごめん、順生くん、巧くん、玲央さん。俺、野口と一緒じゃないと嫌なんだ」
それ以上はなにも言いそうになかった。
「なんか違うって、どういうこと?」
玲央はやっと口を開いた。
「音楽性の違いとか言わないでよ。そんなの、一緒にやっていこうっていう気持ちがあればどうってことないって、ダイナマイト・イリュージョンの紺野さんも言ってたよねって、前に話したじゃん。なんか気に入らないことがあったの?わたしが歌詞書けないから?わたしがビッチだから?」
玲央は一気にまくしたてた。冷や汗が吹き出ていた。
「違うよ」
里久はうんざりしたように言った。
「いろんなことの積み重ねだよ。玲央の変なところにこだわりの強い性格は理解不能だけど、ほかにいろいろあるんだよ。巧の曲はギターがムズすぎるとか、俺が歌詞の一部を書いたけど、叫んでて結局なに言ってるかまったく聞き取れないとか、ライブで順生が暴れすぎて俺にぶつかりそうになるのがこわいとか」
「そんな細かいこと、言えば済むことじゃん!歌詞のことは聞いたよ。でも、この曲のこの部分は叫んだほうが絶対合うって言ったら、それもそうだねって言ってたじゃん」
「叫んでもちゃんと歌詞が聞き取れるボーカリストもいるだろ。玲央は発音が死んでるんだよ」
「わかってるけど、仕方ないんだよ!」
女だからとなめられたくないから、必死で喉を潰して叫んでいるのがわからないのか。
「思ったことはその都度、巧と順生にも言ってるよ。でも、全然改善されないんだよ」
「いや、言われてから、里久のパートは弾きやすくするように心がけてる」
「俺だって、動きすぎないように気をつけてるよ。まあ、たまにテンション上がりすぎて記憶が飛んでることはあるけど……」
「もういい。とにかく、俺と久保井はリヴシネ抜けるから」
「待って。お願いだから、もうちょっと考えて。今までずっと一緒にやってきたじゃん」
「お前が抜けるのはいいよ。だけど、睦彦を連れていくのはやめろ。ドラムがいなくなったら、俺たちはどうすればいいんだよ」
玲央は懇願し、巧は怒りをにじませる。
「実は、向こうは久保井のドラムが気に入って誘ってきたんだよ。久保井を連れてくるなら、ギターの俺もベースに転向して入ってもいいってことになってる」
「睦彦、本当に抜けるのか?」
巧に言われても、睦彦は黙っていた。迷っているのではなく、もう決めたのだということは、表情から明らかだった。
「年上三人組さん、久保井のドラムほめたことないだろ。ものすごく正確なリズム感を持ってるのに、巧はもっとフィルを入れろとかしか言わないし」
「睦彦のよさはわかってる」
「そうだよ。わざわざ言わないだけだよ」
巧と玲央が言う。バンドは、ドラムが上手くなければ話にならない。極端に言えば、ギターが下手でもなんとかなるが、土台となるドラムはそうはいかないのだ。その点、睦彦は申し分なかった。派手ではないが、タイトで堅実なドラミングでバンドを支えてくれていた。しかし、それを当たり前だと思ってしまっていた節が、玲央にもあったかもしれない。
里久と睦彦は表情を変えない。順生はじっと下を向いて黙ってしまっている。
「悪いけど、もう決めたから。俺だって迷ったよ。ずっとギターをやってきたし、ギターが好きだから、本当は転向なんてしたくない。でも、やっぱりバンドを続けたいから」
「一緒にバンド続けようよ」
玲央はなんとか我慢しようとしたが、涙はあふれてしまった。
「ぎりぎりまで迷ったんだ。でも、向こうもそろそろ返事をしてくれって。事務所との契約のこととかは、俺が責任を持って片づけるから。俺が出した新曲、あれ、捨てといて」
里久は言うだけ言うと、立ち上がった。睦彦もあとに続き、二人は店を出ていった。
追いかけようとした玲央の腕を、巧がつかんだ。
「なんでとめるの!?睦彦だけでも引きとめなきゃ。レコーディングもライブもできなくなっちゃう!」
「無理だよ。新しいドラマー探そう」
「でも」
「あのさ……」
順生が静かに言った。
「この際だから訊きたいんだけど……玲央って、俺のこと好きなの?」
玲央は固まった。
「順生、今はそれどころじゃないだろ」
巧が言うが、順生は暗い口調で続けた。
「もしそうだったら、玲央と俺が一緒にいるのは、玲央にとってよくないんじゃないかな」
「どういう意味だよ」
巧は険しい口調で言うが、玲央は言葉が見つからない。
「実は、バイト先の店長から、社員にならないかって言われたんだ。断ったけど、気が変わったら言ってくれって言われた」
「おい……」
「俺も、抜けたほうがいいのかもしれない」
玲央は、目の前が真っ暗になるとはこのことだと思った。
3
順風満帆にいっていると思っていた。ほんの少しつまずいたと思ったら、あっという間だった。
巧は、手の痛みがひどくなったので、しばらくギターを弾くのをやめると言っていた。詳しいことは話さなかったが、もう弾けないのかもしれない。最後にメールでやり取りしてから、すでに一か月以上が経っていた。
順生は、居酒屋チェーンの社員になったらしい。里久と睦彦のことは考えたくもない。
玲央は、原宿の人ごみの中をぶらぶらと歩いていた。家に一人でいても、気が滅入るだけだ。
なにも考えず、何度か入ったことのある店に立ち寄る。いろいろなバンドのTシャツやタオルが売られている店だ。
海外ロックバンドのTシャツに混じり、ダイナマイト・イリュージョンのTシャツがかかっていた。思わず触れる。
ダイナマイト・イリュージョンみたいになりたかった。なれると思っていた。ずっとかっこいいバンドの一員でいたかった。
自分のパーカーの袖をまくって、左前腕部の内側を見た。liveshineのタトゥー。二十歳の誕生日に入れたものだ。覚悟はしていたが、彫ってもらった時は痛くて泣きそうだった。
一昔前に比べると、寛容な社会になってきたとはいえ、タトゥーがあると、いろいろと悪いことばかりなのは知っている。でも、どうしても入れたかった。玲央がつけたバンドの名前だ。特に意味はないけれど、すごく気に入っている。このタトゥーが大切だという思いは今も変わらないのに、本当に残したかったものの実体は消え、文字だけはずっと残るなんて――
思わずあふれた涙を押さえていると、か細い声が聞こえてきた。
「だ、大丈夫、ですか……?」
指で涙を拭ってそちらを見ると、玲央より少し年下に見える女の子が、心配そうに玲央を見ていた。化粧気のない顔に、無造作な黒髪ショートカット。
「大丈夫です」
玲央はその場を離れようとした。
「れ、玲央さん!」
女の子は、裏返った声で言った。
「今はつらいと思いますけど、大丈夫です!諦めないでください!」
玲央は、頬を紅潮させた彼女を見つめた。
「なんでわたしの名前を知ってるの?」
「わたし、玲央さんのファンなんです。知賀ユヅサと申します」
丁寧に頭を下げた。揃えられた手首には、大きめで乳白色の目を引く腕時計をはめている。
「そうですか。ありがとうございます」
玲央はおざなりに会釈をした。顔見知りのファンではないが、出会うなんてすごい偶然だ。でも、リヴシネはもうない。
再び玲央は立ち去ろうとしたが、ふと疑問に思って足をとめた。
「リヴシネが解散したこと、知ってるんですか?」
「え?あ、はい」
ユヅサとかいう子はうなずく。ファンだと言う割には、あまり悲しそうではない。
「なんで知ってるんですか?」
「えーと、SNSで見たんです」
リヴシネは、あるSNSサイトに登録し、告知やライブの報告、スタジオでの演奏風景を収めた動画などをアップしていた。玲央はショックのあまり、すっかり忘れていたが、巧か誰かが、報告を上げたのかもしれない。
なんの相談もなしに解散を発表するなんて、と玲央は憤ってポケットからスマホを取りだした。
「あ、あの、もしよろしければ、今から一緒にお茶でも飲みませんか?もちろん、わたしのおごりで。お見せしたいものとか、お聞かせしたいものがいろいろあるんです」
玲央の耳には、ユヅサの言葉は聞いた端から抜けていた。
リヴシネのページには、解散報告などは載っていなかった。最新の更新は、「新しい曲の制作に入ったよ!楽しみにしててね」という順生の文章だった。
ほかの誰かから漏れたのかと思い、里久の彼女やみなみのページも見てみたが、リヴシネに関することはなにも書いていなかった。
「SNSって、どこを見たんですか?」
玲央は尋ねた。
「えーっと、タイムラインで流れてきたのを見たので、よく覚えてないです」
リヴシネで検索をかけても、悲しいくらいなにも出てこなかった。liveshine、リブシネ、りぶしね。どのワードでもなにも出てこない。
「検索しても出てこないですよ」
「削除されちゃったんですかね」
なんか怪しい。
「もしかして、メンバーの知り合いですか?巧のバイト先の人ですか?それとも、みなみちゃんの友達とか?」
リヴシネが解散したことなどなんとも思っていないのに、面白がって声をかけてきたのだろうか。そうだとしたら許せない。
玲央は疑心暗鬼になっていた。「違います」とユヅサが否定しても、そのまま続けた。
「ファンだなんて嘘ですね。わたしだったら、好きなバンドが解散したら大号泣です。諦めないでなんて、簡単に言えるはずない。わたしに声かけてなにが楽しいのか知りませんけど、ほっといてください」
玲央が言い放つと、ユヅサはぶるぶると震え始めた。
「ごめんなさい。わたし、自分のことしか考えてなくて……」
「え?」
様子が明らかにおかしい。
「ごめんなさい!」
ユヅサはその場で土下座を始めた。
「ちょっとやめてよ!早く立って!」
「ごめんなさい!」
ユヅサは、チョコレートパフェをおいしそうに食べていた。
原宿の通りを見下ろす窓際の席で、玲央はユヅサと向き合っていた。やたらとパフェやクレープの種類が多いカフェだ。パステルカラーの店内は、女子たちでにぎわっている。
「おいしいですよ、これ。玲央さんも食べますか?」
「いえ、結構です」
玲央はストローでカルピスをすすった。
ユヅサは動揺から立ち直ったようだ。本当はこんな子に付き合ってカフェになど入りたくなかったのだが、ユヅサが、自分がおごるのでどうしてもと言って聞かなかった。それに、このままこの子の正体を知らずに別れたら、気になって、より一層眠れなくなりそうだ。
「えーと、千葉さん?」
「知賀です。ユヅサでいいですよ。あの、ちょっとこれを見てもらっていいですか?」
ユヅサはポケットからなにかを取りだした。
「なにこれ?」
「スマホです」
「スマホ!?こんな薄っぺらいスマホあるの!?」
それは確かにスマホっぽい形をしていたが、黒いカードとしか思えなかった。
「外国産なんです」
「でも、こんなの見たことない。その腕時計も外国産ですか?」
玲央は思わずそう言った。乳白色でなめらかなデザインの腕時計は、独特な虹色の光沢を持っている。
「はい、そうです」
もしかすると、この子はいいところのお嬢様なのだろうか。服装は地味で、全然そんな感じはしないけれど。
「でも、その腕時計、どうやって時間を見るんですか?針も数字もないみたいだけど」
渦巻き模様や振動などで時間を示す、変わった腕時計もあると聞く。そういうたぐいのものかと思った。
「見ると時間が出るんですよ」
「え?」
「それはともかく」
ユヅサは、スマホを操作した。
「これを見てください」
水彩画のようなものの画像だった。シュルレアリスムだろうか。細長い脚の動物がたくさんいる。
「ちょっとよく見てもいい?」
玲央はユヅサからスマホを受け取り、まじまじとその絵画を見つめた。面白い絵だが、これがなんだというのだろう。
ふとスマホの表面に触れると、目の前に絵が飛び出してきた。
「うわっ」
玲央はのけぞり、後ろに倒れそうになった。
「大丈夫ですか!?」
ユヅサは腰を浮かす。
再びスマホを見ると、まだ絵が飛び出していた。3D画像か。
「驚かさないでよ」
玲央は不機嫌にスマホを返した。やはり、この子は人をからかって楽しんでいるのか?
「違うんです。驚かせようとしたわけじゃなくて。ほんとにすみません」
ユヅサは必死で否定するが、信じられるものか。どうせ、高性能なスマホを自慢したいのだろう。それにしても、こんなすごいスマホが開発されれば、ニュースになりそうなものだ。自分が知らないだけで、世間では話題になっているのだろうか。
「で、この絵、どう思いましたか?」
まだそんなことを訊くのか。
「別に。面白い絵だとは思うけど、なんなの?」
「そうですか……じゃあ、ちょっと曲を聴いてみてもらっていいですか?」
ユヅサはなぜか残念そうな顔をし、スマホを操作した。
突然、スマホから大音量で音楽が流れ始めた。
「ちょっと、音デカいよ!」
「すみません」
「まだデカいって。周りのことも考えてよ」
「それは大丈夫です。玲央さんの半径三十センチ以内でしか聞こえないように設定してありますから」
「どういうこと?」
見回してみると、店内でこちらに注目している人は誰もいなかった。隣のテーブルの二人の女の子さえ、こちらを見ようともしない。こんなにガンガン音楽を流しているのに、聞こえていないみたいだ。
「それより、どうですか、この曲」
「どうって……プログレッシブロックかな。いいんじゃない?音もいいし……てか、どんだけ高音質なの、このスマホ」
「よかった。気に入っていただけたんですね」
「別に気に入ったってほどじゃ……」
ユヅサはほかにも曲を聴かせようとしたが、玲央は痺れを切らして遮った。
「ユヅサさん、どういうことのなの?目的はなに?」
「さんづけはなんか変な感じなので、やめてもらっていいですか?」
「じゃあ、ユヅサちゃん」
本当に苛々する。
「ちゃんと説明してよ」
「ごめんなさい。わたしは玲央さんのファンで……玲央さんがどういうものが好きか知りたかったんです」
「それでいきなりシュルレアリスム絵画?」
変人すぎる。
「本当にファンなの?すっごく疑わしいんだけど。リヴシネが解散したって知って、どう思った?」
「それは、残念だなって」
「絶対嘘。全然感情こもってないじゃん」
「あの、わたし、リヴシネのファンだとは言ってません」
「え?」
「玲央さんのファンです」
玲央はじっとユヅサを見た。もしかして、女に恋愛感情を抱く女?別に偏見はないけれど、自分にその気はないから困る。面倒なことになる前に逃げるべきか。
「そんな目で見ないでください。なにか誤解してませんか?」
ユヅサは恥ずかしそうに目を伏せた。
「ええい、もう言っちゃえ」
ユヅサは気合いを入れるような変な声を出し、顔を上げた。
「わたしは、ソロの玲央さんのファンなんです」
「ソロ?どういうこと?」
「わたしは、未来から来た玲央さんのファンです」
沈黙が数秒続いた。
「わかった。ありがとう。じゃあ今日はこの辺で――」
玲央は席を立とうとした。
「待ってください!」
ユヅサは腕時計を外し、テーブルの上に置いてボタンを押した。すると、瞬時に腕時計は形を変え、小さな人型ロボットになった。
「うわっ!」
思わず叫んだ玲央は、注目されていないかと周りを見回したが、大声を出したにもかかわらず、誰も玲央を見ていなかった。
「周囲にフィールドを張りました。今、わたしたちは極端に存在感が薄い状態になっています」
「なにそれ!?」
「この子にはもっと強力なフィールドを張っています。試してみましょうか?」
ユヅサは、隣のテーブルを指差した。
「スズヤ、そこのテーブルに載って踊って」
身長十センチくらいのロボットは、隣のテーブルの上に飛び乗り、短い手足を広げて、ぴょんぴょんと軽快に踊りだした。しかし、隣で談笑している女の子二人は、まったく気づく様子もない。女の子の鼻先にロボットが飛び上がっても、反射的にまばたきをすることもなかった。
「スズヤ、もういい」
ロボットはこちらのテーブルに戻ってきた。丸くて小さな青い目で、玲央を見上げてくる。
「信じていただけましたか?」
そう言われても、玲央はなにを言えばいいのかわからなかった。
「スズヤは、AIを搭載したロボットです。ネットにもつながりますし、電話にも、3Dプロジェクターにも、音楽プレーヤーにもなります。本当はスズヤがいればなんでもできるんですが、さすがに玲央さんにいきなり見せたら驚くと思ったので、旧式のスマホを持ってきましたけど、意味なかったですね」
「旧式って……」
驚くのはそこではないとわかってはいたが、思考が追いつかない。
「わたし、本当に玲央さんの歌が好きで、作品は全部持ってますし、何度もライブに行ってます。ファンクラブにも入ってます。でも、それだけじゃ満足できなくて、過去の玲央さんに会ってみたくて、こうしてやってきたんです」
ユヅサは笑顔を見せた。
「で、でも、タイムスリップなんて、どうやって」
「それが、よくわからないんです。ナノマシンを体に入れるんですけど、原理を理解できる人間は、まだ誰もいないんです」
「誰もいない?」
「タイムトラベルを可能にしたのは、AIなんです。わたしが生まれた年、玲央さんが三十五歳の時に、シンギュラリティが訪れました」
「しん……?」
「技術的特異点です。超知能が誕生して、人間には理解不能な原理を持つものを次々と発明しました。タイムトラベルも、その中のひとつです」
玲央は頑張って考えた。
「でも、おかしいじゃん。もしそれが本当なら、未来からの旅行者があふれることにならない?ほかに未来から来たって人は知らないけど」
「タイムトラベルをするには、AIが運営している、総合管理局が発行する許可証が必要なんです」
「あなたは、特別に許可されたタイムトラベラーだと」
玲央は皮肉に目を細める。
「ええ、まあ。それと、例外もありますけど、行けるのは過去だけです」
「なんで?例外って?」
「未来はまだ確定していないので、行けないんです。例外というのは、わたしは、今の玲央さんにとっての未来に行くことはできるってことです。でも、自分にとっての現在より未来に行くことはできないんです。つまり、二十五歳の玲央さんには会いに行けるけど、二十五歳の自分には会いに行けないということです」
「でも、どうしてできるのかもわからないのにタイムトラベルするって、こわくない?」
「AIが生みだした様々なものは、広く社会に浸透していて、安全なものばかりです。スズヤだって、ナノマシンが集まってできていますが、どうやって動いているのか、詳しいことはわからないんです。でも、危険かもしれないとは思わないです。飛行機が飛ぶ原理を知っている人はどれだけいますか?」
「そっか……」
玲央はうなずいてから、思わず話に引き込まれてしまっていたことを自覚した。でも、まだ信じられない。
「ユヅサちゃんって、いくつ?」
「十九歳です」
子供の頃の妄想を引きずっていたとしても、ぎりぎりおかしくはない年齢だ。
「さっき、わたしが三十五歳の時に生まれたって言ったよね?てことは、ユヅサちゃんにとっての現在のわたしは、五十四歳でしょ。五十四歳の歌手のファンなの?」
「はい、そうです。年齢は関係ないですよ。それに、今はアンチエイジングの技術も発達しているので、五十代でも二十代に見えますし、体力の衰えもなくなります。この時代は、年齢ってすごく重要みたいですけど、わたしの時代は、そうじゃありません。五十代の玲央さんも、今みたいに、スレンダーでスタイルのいい美人です」
「いやいや……」
ユヅサは本気で言っているようだが、贔屓目にもほどがある、と玲央は思った。やせっぽっちの、顔面偏差値五十女というのが正解だ。
「十九歳の玲央さんに会った時も、わたしの知っている五十代の玲央さんと全然変わりませんでした」
「え?十九歳のわたしに会った?」
「はい。わたしにとっては、玲央さんにお会いするのは二度目です」
「わたしはあなたに会った覚えはないんだけど」
「もちろんです。十九歳の時にわたしと会ったことのある玲央さんは、分岐した別の時間線にいますから」
「時間線?」
「過去から未来へ進む、道みたいなものです。この宇宙そのものを時間の線として例えたものとも言えます。世界と言い換えてもいいです」
「分岐した別の世界?」
ユヅサはうなずく。
「未来から過去へ行くと、時間線が分岐するんです。ちょうど枝分かれする感じで。わたしは、自分と同い年の玲央さんと会って、それから、わたしにとっての現在に少し近づいたところの玲央さんと、今こうして再び会っています。自分の時間線と、十九歳の玲央さんと会った時間線と、今いるこの時間線と、合計三つの時間線にわたしはいたことがあるわけです。三つの時間線全部に、玲央さんがいます」
「えーと……わたしが何人もいるってこと?」
「はい。それぞれ別の時間線に」
本当かどうかはともかく、話としては面白いかも。
「ユヅサちゃんが知ってる五十四歳のわたしと、今のわたしは、別の時間線にいるから、別人ってことになるんじゃないの?」
「ある意味そうですが、やっぱり玲央さんは玲央さんですよ。それに、分岐した時間線でも、まったく違う歴史をたどることは、めったにないそうです」
「そうなの?」
「バタフライエフェクトなんて嘘なんですよ。タイムトラベラーが古代の蝶を踏んでも、歴史は変わらないんです」
「バタフライエフェクトってそういう意味だっけ。まあいいやとにかく、運命は決まってるっていうこと?」
「いや、そう断言もできませんけど。例えば、わたしが自分の親を殺したら、絶対にわたしはこの時間線では生まれないでしょうね」
「それ知ってる。親殺しのパラドックスでしょ」
「実際には、パラドックスなんて起きませんけどね。わたしが存在しない別の時間線が生まれるだけです」
「親を殺した自分が消えるわけじゃないってことか」
「そうです。それで歴史が変わるわけじゃないとしても、わたしが存在しないという少し違った時間線を生み出すことはできるってことです」
「でも、もしユヅサちゃんが、歴史に影響を及ぼすような重要人物だったとしたら?その時間線では、歴史が変わるよね?」
「別の人がわたしの代わりをするのかもしれないし、本当に歴史が変わるのかもしれない。それはわかりません」
「結局、わからないんだ」
「はい。AIがそう言ってました。AIは間違ったことは言わないです」
「でも、わたしの運命は、ほぼほぼ決まってるってことだよね」
ユヅサの話が全部嘘であってほしい。
「どうしたんですか?玲央さんはすごく才能があるじゃないですか。落ち込むことないですよ」
「五十代のわたしの曲、持ってるんでしょ?」
「はい」
それを聴けば、確固たる証拠になるではないか。
「それをいきなりわたしに聴かせることもできたはずだよね」
あなたの話を信じれば、と心の中でつけたす。
「はい。でも、それはいくらなんでも反則だと思いました」
「さっきの絵と曲は?」
「玲央さんが好きだと言っていたものです。ジャケットのもとになった絵と、玲央さんの後輩のバンドです」
「わたしの曲、聴かせてもらえる?」
「これから玲央さんが作る曲に影響してしまうと思いますが、それでもいいですか?」
「いいよ。ユヅサちゃんの知ってる別の時間線にいる五十四歳のわたしにはなんの影響もないわけでしょ?ユヅサちゃんはなんの損もしないんだから、いいでしょ」
「わかりました。スズヤ――」
「ちょっと待って。その、スズヤとかいうやつに指示すればいいの?」
「はい。スズヤ、染川玲央の曲を再生して、とか、似たようなことを言えばオッケーです。スズヤっていうのは、この子の個体名です。ユヅサのアナグラムです」
「そんなことはどうでもいいから。わたしが指示する」
玲央は息を吸い込み、言葉を発しようとした。
しかし、できなかった。こわい。
「どうしたんですか?」
ユヅサが不思議そうな顔で見つめてくる。玲央はため息をついた。
「わかった。ユヅサちゃんの話、全部信じるよ」
「よかった。嬉しいです」
ユヅサはにこにこと微笑んだ。
「十九歳のわたしも信じたの?」
「いえ、十九歳の玲央さんとは、ちょっとご挨拶しただけです。リヴシネのメンバーのみなさんもご一緒でしたので。ファミレスで、握手してもらいました」
「なんだ。じゃあ、こんなに話したのは初めてってわけ?」
「そうです」
玲央は、ぬるくなったカルピスをすすった。
「どうしたんですか?浮かない顔ですね」
「十九歳のわたしが、今のわたしを見たらどう思うかなって考えてた」
「大丈夫です。そんなことはあり得ませんから」
「なんでわざわざ過去に来てわたしなんかに会いにきたの?自分の親とかと会いたくないの?」
「親に会っても仕方ないですよ」
ユヅサは一瞬だけ暗い顔になった。
「本当に玲央さんが大好きですから。バンドが解散してつらい時期だって知ってましたけど、そんな時の玲央さんにも会ってみたかったんです」
「バンドのこと、未来のわたしも話してるの?」
「はい、インタビューとかで。雑誌とかも、スズヤに言って全部集めてるんですよ」
「タトゥー、入ってる?」
「はい。左腕に、liveshineって。二十歳の誕生日に入れたんですよね。よろしければ、見せてもらってもいいですか?」
「嫌です」
玲央は自分を守るように腕を組んだ。タトゥーを二十歳の誕生日に入れたことは、メンバー以外には言っていないし、SNSにも載せていない。
「未来のわたしは、ソロの歌手なんだよね?」
「はい」
「売れてんの?」
「はい、まあ」
ユヅサが暗い顔になったのはどうしてだろう。
「なに?なにか隠してんの?」
「いいえ、なにも隠してないですよお」
「ふーん」
まあいい。別の時間線の自分なんてどうでもいい。バンドで成功できなかった自分なんか。
「わかってます。バンドで成功したかったんですよね」
ユヅサは、まるで心を読んだかのように言った。
「でも、元気出してください。これからも、玲央さんの歌で救われる人はいっぱいいるんですよ」
「わかってない」
玲央は声を絞りだした。
「本当にバンドが好きなの。世界に存在するすべてのものの中で、一番好きなの。わたしが今どんな気持ちか、わかるはずない」
「……ごめんなさい」
「謝ることないよ。わからなくて当たり前なんだから。自分でも、解散してみて、やっとわかったし。どれだけ大切なものだったかってことが」
「そうですか」
「ソロでも、一緒に演奏するバンドの人たちはいるだろうし、そんなに違いはないって思うかもしれない。でも、全然違うの。十代の頃から一緒にバンドやってる人たちが、ずっと同じバンドで、いろいろなことを話し合って決めて、一緒のステージに立つって、すごく特別なことだと思う」
「同じ人生の道を歩むってことですもんね」
「それだけじゃなくて、やっぱり、演奏聴いただけでわかるよ。上手い下手じゃなくて、本当のバンドの音って、絶対あると思う。それは、ただミュージシャンを集めただけじゃ出せないんだよ」
里久の馬鹿。睦彦の馬鹿。順生の馬鹿。里久を不満にさせたうえに、手を壊した巧も馬鹿だ。
もっと別の人とバンドを組んでいたら、違ったのだろうか。今でもバンドをやれていた?もっと上手くいっていた?
サイボーグ美羽のギタリストに誘われた時、うなずいていれば、どうなっていた?
「……バンドやりたい」
思わず、そう言っていた。
「じゃあ、今からでもまた始めればいいじゃないですか。わたしの時間線の玲央さんは、もうバンドはやらずにオーディションでデビューしましたけど、この時間線の玲央さんには、別の可能性があるわけですから」
「でもさっき、運命はほぼ決まってるって」
「絶対決まってるわけじゃないです。可能性はあります」
「そんなありきたりなこと言われても。わたしは二十二歳で、女だよ。しかもボーカルで、一人きり。売れ残り物件も甚だしいよ」
玲央は、ロックバンドをやりたいのだ。男女平等が謳われて久しい現代でも、女性ロックボーカリストは少ない。ほしがるバンドはもっと少ないかもしれない。二十二歳は年増と言っても過言ではないし、「ボーカル以外全部募集」なんて、どうせ下手だと思われるだけだ。ネットで歌っている姿をアップしてメンバーを募ろうにも、本気でバンドをやりたくてボーカルを探しているなら、広大なネットの海ではなく、もっと別の場所を探すだろう。
「今から新しいバンドを組むのは難しいよ……」
「そうですか……」
「あのさ、わたしを過去に戻すことはできないの?」
玲央はほとんどやけっぱちで尋ねた。
ユヅサは、驚いた様子を見せなかった。
「できますよ。ナノマシンを体に入れれば」
「その場合、過去の自分と会ってアドバイスしたりできるの?」
「できます。でも、アドバイスされた自分は違う時間線で違う未来をたどるので、自分の現状が変化するわけではないですよ」
「そっか……」
「もっといい方法がありますよ」
ユヅサは秘密めかして言った。
「本当に、玲央さんを過去に戻すこともできます」
「え?本当にってどういう意味?」
「タイムトラベルには、二種類あるんです。スキップとスライドと呼ばれています」
「スキップとスライド?」
「わたしがしているのは、スキップです。単純に、自分がぽんと過去に戻るのがスキップです。スライドは、時間を巻き戻すんです。もちろん、時間線を逆走するんじゃなくて、スキップと同じく、新しい時間線を創造することになるわけですが」
「全然わかんない」
「つまり例えば、玲央さんを十九歳に戻すことができます。十九歳の十二月、ダイナマイト・イリュージョンの武道館ライブの日、わたしが玲央さんと初めて会った日に戻すことができます」
「ダイナマイト・イリュージョンを知ってるの?」
話の主題はそこではないとわかっていながら、大好きなバンドにはやっぱり反応してしまう。
「もちろんです。玲央さんが好きなバンドですから」
「いいよね、ダイナマイト・イリュージョン」
「ですよね」
話のわかる子だ。玲央は嬉しくなった。
「玲央さん、玲央さんは過去をやり直すことができるんですよ」
「マジで?」
「マジです。でも、スライドで一度過去へ戻ったら、未来に戻ることはできません。スライドの場合、もといた未来へ戻ろうとすると、一度時間線の分岐点に戻ってきてから、再び未来へ向かうという二つの段階を経る必要があります。これに耐えられるのは、ロボットだけなんです」
「やり直しのやり直しはできないってこと?」
「その通りです。やり直しをなかったことにすることもできません」
「えっと、記憶がリセットされちゃったりはしない?」
「しません。正確には、本当に時間を巻き戻すのではなく、ナノマシンを体に入れた人を、過去に向けて弾丸のように打ち出すイメージです。打ち出された人は、過去のある地点に着地して、そこから新しい時間線で生き始めることになります」
「……全然わかんない」
「とにかく、AIはそう言ってます。記憶はそのままで、十九歳に戻ることができるんです」
「うーんと、例えば、武道館ライブの日に戻ったとしたら、そこでわたしはユヅサちゃんとまた会うことになるわけ?」
「いえいえ、違います。そこは生まれたばかりの別の時間線ですから、わたしは存在しません」
「あー、もうよくわかんない」
玲央は頭をかきむしる。
「とにかく、わたしは過去に戻れるわけね?」
「はい。戻りたいですか?」
「戻りたい!戻して!」
玲央は懇願した。
「もうここには戻ってこられないんですよ?」
「それでもいいよ。こんなところに帰ってきたくないし」
「わかりました」
ユヅサはあっさりとうなずいた。玲央さんにはソロ歌手として成功する未来があるとかなんとか言われるかと思ったのに、意外だった。
「バンドやりたいんですよね。わたしが玲央さんを過去に戻してあげます」
「ありがとう」
いまだに疑いの心は残っていたが、玲央の胸は高鳴った。
「でも、ひとつお願いがあります」
ユヅサは、スズヤの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「スズヤを一緒に連れていってください」
「くれるってこと?」
「ええ、差し上げます」
「でも、こんなに高級そうなもの……」
「心配しないでください」
「もしかして、ユヅサちゃんって、すごいお金持ちなの?それとも、未来の人にとっては普通なの?」
「まあ、普通よりはお金持ちかもしれませんけど……」
ユヅサは明らかにそのことには触れてほしくなさそうだった。
「スズヤ、腕時計になって」
ユヅサが言うと、スズヤは瞬時に腕時計になった。今度は、きちんと文字盤があり、前よりもすっきりとしたデザインだ。
「もっと違うデザインがいいですか?デジタルがいいとか、色とか、なにか希望はありますか?」
「ううん、このデザイン、すごくいいね」
乳白色のシンプルな腕時計を、玲央は気に入った。
「いつも身につけていてほしいんです。なにか役に立つこともあるかもしれませんし」
「もしかして、わたしを監視するつもり?」
「わたしがのぞき見するわけじゃありません」
わたしが、を強調して、ユヅサは言った。
「わたしの代わりに、スズヤに見守らせてほしいんです」
「まあいいか」
玲央は、スズヤを右手首にはめた。
「ちゃんとつけてくださいね。約束ですよ?」
「うん」
ユヅサは、ジーンズのポケットから紺色のポーチを取りだした。どうやって両手サイズのポーチがぴったりとしたジーンズのポケットに収まっていたのか、想像もつかない。
ユヅサは、ポーチから取り出したピルケースを開いた。
「これがナノマシンです」
中には、銀色をした、胃腸薬のようなカプセルがいくつも収まっている。
「おひとつどうぞ」
「どうぞって……」
「行きたい年月日と、時間か、もしくはその時の場面を強くイメージし、念じてください。細かい調整は勝手にしてくれます」
「これを飲めばいいの?」
玲央は恐る恐るカプセルをひとつつまんだ。光にかざして見る。軽いし、色が金属っぽいだけで、普通の薬みたいだ。
「はい。効果は一回きりなので、気をつけてください。ナノマシンは、体の中で自然消滅しますし、害はありません」
「で、でも、なんでナノマシンなの?」
「体全体をタイムマシンにするそうです」
「う……今のこのわたしは消えるの?」
「そうです。ご家族やご友人に心配をかけたくないということでしたら、玲央さんの代わりに、玲央さんにそっくりな哲学的ゾンビをつくってあげてもいいですよ」
「いや、いい。家族はわたしのこと見放してるし、友達少ないし……」
気がつけば、気楽に付き合える友達は消えてしまっていた。バンド関係の知り合いは、友達というより、ライバルに見えてしまうし、学生時代の友達とは、すっかり縁が切れている。就職も進学もしないで、バンドをやっている自分が、「まともじゃない人」として扱われそうで、自分から離れていってしまった。
玲央はじっとカプセルを見つめた。自分は弱い。過去に戻ってやり直したとしても、変われるだろうか。
「今はやめておきますか?急ぐ必要はないですし」
ユヅサは、うつむく玲央の顔をのぞき込む。
「いや、決断を延ばしたっていいことない」
変わるんだ。自分と、すべてを変えるように、努力しよう。
「さすが玲央さん。かっこいいです」
ユヅサは目を輝かせる。
ユヅサの素直な憧れの目を見て、玲央はふと思った。
「てか、ユヅサちゃんは、これからどうするの?ここは、ユヅサちゃんのいたところとは別の時間線なんでしょ?ちゃんと帰れるの?」
「帰ろうと思ったら、わたしはきちんと自分がもといたところへ帰れるようになっていますので、心配なさらないでください。今いるこの時間線は生まれたばかりなので、まだ未来は確定してませんから、わたしの帰る未来はひとつしかないんです」
「そういうもんなの。これから帰るの?」
「しばらくは自由にしようかと思ってます。玲央さんとカラオケに行ったりとか」
「今からわたしは過去に行くんですけど」
「別の時間線の玲央さんに頼みますから、いいです。もうちょっと年上の玲央さんなら、優しくなってるかも」
「お好きにどうぞ」
別に優しくなりたいわけじゃない。なりたいのは、かっこいいロッカーだ。
「……年月日と場面をイメージすればいいんだね?」
「そうです」
ユヅサは、不安な顔をする玲央を励ますように言った。
「なにが正しいかなんて、わからないんです。やってみなければ、なにもわからないと思います」
玲央は、カプセルを口の中に放り込んだ。
戻りたい時と場所があった。強くイメージする。
「さよなら、玲央さん。いつか、別のわたしと会った時は、よろしくお願いします」
玲央は、カルピスでカプセルを喉の奥へ流し込んだ。
4
がやがやと騒がしい声が満ちていた。
「染川さん?聞いてる?」
気がつくと、鋭い目をした男子が玲央を見下ろしていた。
「え、あ、うん」
玲央は目をしばたたいた。
狭い空間に人がひしめいている。芳香剤のようなにおいが充満していて、息苦しい。いや、これは芳香剤ではなく、高校生の間で流行していた、安い制汗剤のにおいだ。思い出した。
「どうかな?染川さん、歌上手いから、一緒にやりたいんだ。かけ持ちでもいいんだけど」
目の前にいるのは、狩(かり)沼(ぬま)昇(しょう)だ。サイボーグ美羽のギタリスト。玲央と同じく、高校二年生だ。
「ごめん、かけ持ちっていうのはちょっと――」
玲央は思わず出た自分の言葉に、ぶんぶんと首を横に振った。
「ううん、やりたいやりたい。一緒にバンドやろう!」
玲央は必死に笑顔を作った。
「ほんと?」
狩沼は、一見冷たそうな顔をほころばせた。
「よかった。これ、俺の電話番号とSNSのID。あとで連絡してくれる?」
「うん」
玲央は、事前に用意していたらしい紙切れを受け取った。
「じゃ、今日はお疲れさま」
狩沼は手を振り、共同の楽屋から出ていった。
玲央は、紙切れを失くさないうちに、スマホに狩沼の連絡先を登録した。
「玲央ー、なにしてんの?行くよ」
順生が出入り口から顔を出した。
「あ、うん」
玲央は鞄を肩にかけ直し、人と人の間をすり抜けて、順生とともに楽屋を離れた。
リヴシネのメンバー、巧、里久、順生、睦彦と一緒に、打ち上げとしてラーメンを食べた。高校生バンドイベントは、思ったよりもレベルが高かった。リヴシネのようなオリジナルバンドは少数派で、コピーバンドのほうが多かったが、演奏が上手いのだ。みんなも同じことを思ったらしく、ほかのバンドのことをあれこれと話し合った。
玲央は、なぜか記憶が曖昧で、細かいことは思い出せなかったが、サイボーグ美羽の演奏は印象に残っていた。ダイナマイト・イリュージョンのコピーバンドであるサイボーグ美羽は、ボーカル以外のコピー度はかなり高かった。きっと、エフェクターなどの機材も、頑張ってそろえたのだろう。かなりのエフェクター好きの巧も、その点には感心していた。
玲央は店を出てメンバーと別れ、家路についた。
シャワーを浴びようと、脱衣所に入った。ふと、手首に腕時計をはめていることに気づく。いつもは腕時計なんてしない。そもそも、こんな綺麗な腕時計なんて、持っていたっけ。
そうか。ユヅサにもらったんだった。未来から来たファンであるユヅサにこれと薬をもらい、十七歳の九月に戻ろうとするという夢を見たんだ。
いや、夢じゃない。
左前腕部を見た。タトゥーはなく、なんの跡もない。
玲央は愕然とした。
「……本当に戻ったんだ」
思わず口に出すと、腕時計がぶるっと震えた。
「そうだよ」
少年のような可愛らしい声がした。
「え!?」
思わず身構えると、腕時計の文字盤の表面に、二つの青い光が瞬いた。
「驚かせてごめん。僕はスズヤだよ」
「あ、ああ……」
確か、ロボットだかAIの名前だった。二つの点は、目のつもりらしい。
「染川玲央さん、これからよろしくね」
語尾に星のマークでもついていそうな口調で言う。
「よろしく……」
「僕は、普段は腕時計のフリをして大人しくしているから、心配しないで」
「あ、うん。そうしてくれると助かる」
少しの沈黙。
「あの、お風呂に入りたいんだけど、外していいんだよね?」
「うん。防水だから、僕をお風呂に浸けても大丈夫だけど、外しても構わないよ。外出する時は、一緒に連れていってくれると嬉しいな」
よかった。四六時中つけていろと強要されるわけではないらしい。
とにかく、シャワーを浴びて落ち着こう。
玲央はスズヤを手首から外し、なんとなく落ち着かないので、タオルをスズヤの上にかぶせてから、服を脱ぎ始めた。
現状を受け入れることに手間取ったが、とにかく日常生活を送らなければいけない。
玲央は、約四年ぶりに制服に腕を通し、高校へ通った。クラスメイトが、記憶にあるそのままの姿で教室にいるのが、なんだか不思議だった。それを言うなら、なにもかもが不思議なわけだが。
世界史の授業は、一度受けたはずなのに、きれいさっぱり忘れていた。歌詞なら、英語だろうがきちんと覚えられるのに、人名や年号になると、どうしてこうも覚えられないのだろう。
玲央は、板書をする世界史教師の背中をぼんやりと眺めながら、とりとめもなく考えていた。
本当にイメージした場面の真っただ中に戻ってきてしまうとは。細かい調整は勝手にするとか言っていたから、なんなら、その日の朝とかにして、状況を把握する余裕を与えてくれればよかったのに。まあとにかく、ほぼ無意識に狩沼くんには思った通りの返事ができたことだし、本当によかった。
その時、終業のチャイムが鳴った。
「じゃあ、今日はこの辺で。次回はノート提出だから、ちゃんとまとめておけよー」
玲央は教師の言葉を聞きつつ、伸びをした。今日の授業はこれで終わりだ。
ホームルームも終わり、帰ろうとすると、高橋春奈が近づいてきた。
「玲央、一緒に帰ろー」
確か、高校卒業後、春奈は調理の専門学校へ進み、お互いに連絡を取り合うことはなくなってしまった。この時間線では、別の可能性もあるわけだけれど。
「ごめん、これから寄るところあるんだ」
「スタジオ?」
「うん」
「頑張るねえ。ライブ出るときは教えてね。絶対行くから」
とか言いながら、結局一回も来なかった。かつて自分がいた別の時間線では、ということだが。
「高橋ー、文化祭の企画書作るの、手伝って」
阿部という男子が春奈に話しかけてきた。
「ええー、わたしもう帰りたいのに」
「いいじゃんよ。一年の時、文化祭実行委員だったんだろ?」
「うーん、しょうがないなあ」
春奈は、クラスの中で中心的存在である女子の一人だ。玲央は、そんな春奈の友達ではあるが、自分自身は、中心から少し外れた位置の微妙なポジションに落ち着いていた。
「そうだ、玲央、文化祭でバンド演奏するんだよね」
前にもこういう会話があったのかどうか、覚えていない。
「そっか、染川さんって、バンドやってるんだっけ?なんか意外だよな」
きっと、阿部は玲央がクラスの中ではそれほど目立たない存在だと言いたいのだろう。春奈は呼び捨てで、玲央のことはさんづけである点にも、クラス内での距離感が現れている。
「文化祭には出ないかも」
玲央は言った。このセリフを言うのは、確実に初めてだ。
「出ないの?今年こそは出たいって言ってたじゃん」
「いろいろあってさ」
「ふーん。見たかったのに。隣のクラスの、神橋くんって人がギターなんでしょ?イケメンだよね」
「ああ、あいつな。でも、ちょっと変わったやつだって聞いたよ」
巧は顔も頭もいいが、話しぶりが少し変わっているので、いろいろな意味で有名らしい。
「ベースは、巧と同じクラスの順生だよ」
玲央は二人に教えてあげた。
「東くん、一年の時同じクラスだった。すごくいい人だよね」
「ほかには誰がいるの?」
阿部は尋ねるが、本気で興味があるわけではなく、きっと春奈に話を合わせているだけだろう。いちいち分析してしまうところが、玲央がモテない原因かもしれない。
「もう一人のギターとドラムは一年なんだ。野口里久と、久保井睦彦っていうの」
「あ、野口里久って知ってる。遅刻魔なんじゃなかったっけ」
阿部のそれは控えめな言い方だった。問題のある生徒として有名と言ったほうがいいだろう。そんな里久が、なぜ大人しく穏やかな睦彦と仲がいいのかは謎だが、友情とはそういうものなのかもしれない。
玲央は曖昧な笑みで肯定した。時計を見ると、あまり時間がなかったので、手を振って教室をあとにした。
校門の前では、すでに巧、里久、順生、睦彦がそろって玲央を待っていた。
どうせ解散するバンドだ。せいぜい今のうちに仲良さげにしていればいい。
「ごめん、わたし急用できちゃって。今日はわたし抜きで練習して」
玲央は言った。
「はあ?急用って?」
里久はやっぱり感じの悪いやつだ。
「とにかく、今日はごめん」
玲央は早足でその場を離れた。
玲央はいつもとは反対の電車に乗り、二駅先で降りて、約束のスタジオに入った。
「あ、染川さん」
狩沼が床のエフェクターボードから顔を上げた。
そこには、狩沼昇と、黒髪ロングストレートの、黒縁眼鏡をかけた制服の女子高生と、制服のズボンとダイナマイト・イリュージョンのTシャツを着た、がっしりとした体格の男子がいた。
三人とも、サイボーグ美羽のメンバーだ。
「ごめん、遅くなって」
「俺たちも来たばっかだから」
「あの、よろしくお願いします」
玲央はひょこひょこと頭を下げた。狩沼以外のサイボーグ美羽のメンバーとは、ほんの挨拶程度の会話しかしたことがない。狩沼とも親しいわけではないし、緊張してしまった。
「よろしく。ベースの深谷(ふかや)直子(なおこ)です」
ベースのチューニングの途中だったらしい彼女も、少し堅苦しい感じで言った。
「あ、染川玲央といいます」
「俺はドラムの福留(ふくどめ)健(けん)吾(ご)です。よろしく」
「よろしくお願いします」
「深谷さんは、一個上の先輩なんだ。福留くんと俺は同級生で、染川さんと同い年だね」
「そうですか」
「来てくれてありがとう。いきなりスタジオに呼びつけて悪かったかな」
「そんなことないよ。えっと、みなさん、サイボーグ美羽のメンバーですよね。わたしてっきり、狩沼くんが別のバンドを始めるのかと思っちゃってて」
「いや、ボーカルが抜けることになったから、染川さんに入ってもらおうかと思ったんだ。嫌かな?」
「ううん、全然嫌じゃないよ!みんな上手いし、むしろ嬉しいです。ダイナマイト・イリュージョンも大好きだし」
「そのことなんだけど、オリジナル曲も作ってみたんだ。染川さんに聴いてもらって、意見を聞きたいと思って」
「聴きたい聴きたい。狩沼くんが作ったの?」
「うん。初めて作ったから、自信ないけど。もう演奏はできてるんだ。あ、そこの椅子に座って」
玲央は座り、三人は演奏の準備をした。
「じゃあ、行くよ」
福留のカウントで、演奏が始まった。
三人だけで出しているとは思えない音の迫力があった。リズム隊の息がぴったりと合っているし、音作りがしっかりしているからだろう。ダイナマイト・イリュージョンの影響は色濃く感じられたが、狩沼のソロなどは、オリジナリティが感じられた。
最後はみんなで音を伸ばし、狩沼がみんなのタイミングを合わせて曲を結んだ。
「すごい!ほんとに初めて作ったの?」
玲央は立ち上がって手をたたいた。心からの言葉だった。初めからこんなにしっかりした曲を作れるとは思っていなかった。巧と里久だって、初めて作った曲はもっとしょぼかった。
「よかった。リヴシネの曲はもっと激しい感じだから、気に入ってもらえるかどうか心配だったんだけど」
「すごくいいと思うよ。メロディはできてるの?」
「うん、一応。デモデータを渡すよ。すぐに聴きたければ、俺のプレーヤーに入ってるけど」
「聴かせてもらってもいい?」
玲央は、狩沼の携帯音楽プレーヤーで、デモ音源を聴かせてもらった。
「メロディもいいね」
「キーはあとで調整しようと思うけど。ライブでできると思う?」
「絶対やったほうがいいと思うよ」
「歌詞つけて、歌ってくれる?」
「もちろん」
直子も福留も、ほっとした顔をしていた。いい雰囲気で始められてほっとしているのは、玲央も同じだった。
そのあと、ダイナマイト・イリュージョンの曲を何曲か玲央も参加して合わせてから、ファミレスに夕食を食べに行った。
「やっぱり、染川さんって歌上手いね」
「入ってくれて超ラッキーだよ」
直子と福留の言葉に、玲央は嬉しくなった。
「ダイナマイト・イリュージョンの曲も、女なのに、前のボーカルよりいい感じだし」
「染川さん、声域広いもんな」
狩沼と福留が一緒にほめる。
「そんなことないよ」
玲央は照れて、両手をバタバタと振った。
「その腕時計、綺麗だね」
直子に言われて、玲央は一瞬焦った。
「ああ、ありがとうございます」
腕時計の正体に気づいたとかではなく、深い意味はなかったようだ。
「今度一緒にダイナマイト・イリュージョンのライブに行かない?」
直子が玲央に軽く身を乗り出し、福留が「みんなで行こうよ」と、子供のように言った。
三人とも真面目そうないい人みたいだし、本当によかった、と玲央は思った。
あれこれダイナマイト・イリュージョンのことを話したあと、玲央はカルボナーラをフォークで巻きながら尋ねた。
「うちらのライブの予定とかはないんですか?」
「まだ決まってないんだ。前のボーカルが抜けるって言いだして間もないからね」
福留が、狩沼の言葉にうなずいて続ける。
「今度、大きめのスタジオを借りて、友達とかを呼んでライブしようかって考えてはいるんだけど」
「いいね」
リヴシネも一度、そのような無料のライブをしたことがあった。
「染川さんはリヴシネもあるし、時間を作るのが大変かもしれないけど」
「そのことなんだけど」
玲央は、狩沼が言ってくれたことをきっかけに切り出した。
「わたし、リヴシネから抜けようと思ってます」
三人は驚いたようだった。玲央は続ける。
「みんなは、このバンド一本に集中してやってるわけだよね?わたしもそうなりたいの」
「俺らとしては嬉しいけど……」
「本当にいいの?」
「もう向こうのメンバーには言ったの?」
狩沼、福留、直子は口々に言った。
「まだ向こうには言ってないけど、いろいろ理由があって、こっちのみんながわたしを気に入ってくれたら、こっちに移ってこようって決めてたの」
「染川さんがそれでいいなら、俺らは大歓迎だよ」
狩沼が言い、福留と直子は強くうなずいた。玲央は膝に手をそろえる。
「じゃあ、改めてよろしく」
玲央は、新しいバンドに温かく迎え入れられた。
5
翌日、玲央は放課後の教室にリヴシネのメンバーを集め、脱退の意思を伝えた。
四人は、すぐに納得してくれるわけもなかった。
巧は理由を問い、里久は責め立て、順生は心配し、睦彦は、「玲央さんには抜けてほしくない」と一言だけ言った。
玲央は、聞く耳を持たなかった。結局は自分が脱退する人の言葉など、なんの意味もない。巧には申しわけないが、ほかの道はないのだ。
「とにかく、わたしはサイボーグ美羽に移る。理由はいろいろ。もう決めたから」
玲央は、文化祭に出られないと騒いでいる里久を遮り、話を終わらせようとした。
玲央の強い意志を感じ取ったのか、沈黙が下りた。
「あーあ、最初からこんなやつ入れるんじゃなかった。順生、なんでこいつを誘ったの?」
里久が腹立ちまぎれという感じで順生をにらむ。
「順生はなにも悪くないでしょ!」
玲央は、自分でも意外なほど強い口調で言った。
目が合った順生は、お礼を言うように、ほんの少し微笑んだ。
玲央は恥ずかしくて、すぐに目をそらした。
「つーか、リヴシネに入ったのは里久のほうがあとでしょ?」
解散した時のことが鮮明によみがえってきた。怒りと悲しみが沸騰した泡のようになる。
「どうせ里久はわたしのこと嫌いなんでしょ?」
「はあ?」
里久は大きく口を開く。
「こっちから辞めてやるから!」
玲央は教室を飛び出した。
精神的に疲れ果てていて、すぐに家に帰って休みたかったが、そうもいかない。
ショッピングモールのフードコードへ直行し、アルバイト先のたこ焼き屋でたこ焼きを焼きまくり、汗だくになって帰宅した。
リビングで、パジャマ姿の母がテレビを見ていた。
「お帰り」
「ただいま」
玲央はおざなりに返事をして、冷蔵庫から麦茶を取り出した。母とは、改めて十七歳として顔を合わせても、なんの感慨もなかった。
「明日もバイト?」
「明日はスタジオ」
「勉強する時間ないじゃない。バイトやめれば?お金ならあげるから」
「やめない。スタジオ代とか、かなりかかるし」
「じゃあバンドやめれば?」
「絶対やめない」
こういうことをなんの気なしに言うところが、無理解の表れだ。
玲央は麦茶を飲むと、リビングから出て、二階の自分の部屋へ上がった。父は、仕事で疲れて、もう寝ているだろう。一緒に暮らしているというのに、話す機会がほとんどない。
でも大丈夫。バンドで成功すれば、きっと二人とも喜んでくれる。その時は、もっといい家族になれるだろう。
玲央は自分の部屋に入ると、スズヤを手首から外し、机の上に置いた。
きっと上手くいくよね、と心の中で話しかけたが、もちろんスズヤはただの腕時計のままだった。
翌日の昼休み、玲央は手早くコンビニのサンドイッチを腹に詰め込むと、図書室に付属した自習室へ向かった。課題をため込んで、いよいよのっぴきならない状況となってきたのだ。
まずは、次の時間に提出しなければならない世界史のノートを、再提出にならない程度に仕上げなければ。
音楽、現代文、英語は、ボーカリストとして必要だと思うので、真面目に勉強していた。それ以外の科目が必要だとは思えないが、最低限のラインは守っておかないと、煩わしい問題が増えるだけだ。
玲央はスマホを取り出し、黒板を写した画像を出そうとした。しかし、ふと思いついた。スズヤも一緒に授業を受けていたはずだ。スズヤがすべてを記憶していれば、わざわざ写真を撮る必要もなかったし、もしかすると、テストに出そうなポイントも教えてくれるかもしれない。なにしろ、スズヤは未来のAIなのだ。
「スズヤ」
玲央は小声で腕時計に話しかけた。
「なに?」
針を挟んで、二つの目が現れた。スズヤも小声だ。空気も読めるほど頭がよくて、気が利く。
「今まで受けた世界史の授業の中で、テストに出そうなところを教えて」
「データベースにアクセスし、過去のテストの出題傾向を分析することはできるよ。玲央さんが受けた授業をバーチャルリアリティーで全部再現することもできるし」
「マジ?すごい」
「でも、なんでも僕に頼っちゃだめだよ」
「そんなこと言わずに、教えてよ」
「高校生はちゃんと勉強しなくちゃね」
この役立たず。相変わらず語尾がキラキラした話し方をしやがる。
「本当は高校生じゃないし」
「今の玲央さんは高校生だよ」
「ご主人様の命令に従えないの?」
「僕は、自分の判断で行動するよ。僕は万能だから、使う人間によっては、とんでもない悪事に利用されてしまうこともありうるんだ。そうならないために、僕は、自分で善悪の判断ができるように作られているんだよ」
なるほど。と納得しそうになったが、勉強を教えてもらおうと思っただけなのに、そんな大げさな答え方をしなくてもいいではないか。
「玲央」
突然声をかけられて、玲央はびくりとした。
本を持った順生だった。
「今、誰かと話してた?」
「ううん」
玲央は、スズヤを手で隠した。
「気のせいか。あのさ、今日一緒に帰らない?」
順生はおずおずと言った。
「え?あ、リヴシネのことなら――」
「わかってるよ。引き留めたりしないから。もう決まったことだし。でも、やっぱりちゃんと話したいんだ」
玲央は一瞬迷ったが、うなずいた。
「わかった」
「じゃあ、教室まで迎えに行くから」
順生は、図書室のカウンターへ向かった。
玲央の胸は高鳴っていた。やはり、自分は別の時間線に来ても、順生のことが好きらしい。
最近、健康志向へ転換したファストフード店で、玲央はグリーンスムージーをすすった。
順生は、上質な油に変えたために値上がりしたというチキンナゲットをつまむ。
順生とは小学生の頃からの友達だが、こうして二人きりで店にいるのは初めてだった。
「サイボーグ美羽って、どんな感じ?」
順生は明るく尋ねてきた。
「みんないい人そうだよ。ベースの深谷さんは、一個先輩。ギターの狩沼くんが、オリジナル作り始めてるの」
「へえ。上手くいきそうなんだ」
「まだわかんないけどね」
「リヴシネは、巧が知り合いのボーカルに声かけてて、いま交渉中」
「早速見つかりそうなんだ。よかった」
「こっちもまだわかんないけど」
玲央はかなり複雑な気持ちだった。よかったと言ったのは本音だが、玲央のものでなくなったリヴシネがメジャーデビューして成功したら、素直に喜べないのは間違いない。
「あのさ、ちょっと訊きたいんだけど……」
順生は言う。
「もし誰かになんか嫌なこと言われたとか、されたとかあったら、教えてくれないかな?俺、メンバーの誰かが玲央のこと傷つけたんじゃないかと思って、疑心暗鬼になっちゃってさ。リヴシネ続けたいのに、このままじゃ俺も抜けたくなりそうで」
玲央はすでに高鳴っている胸がさらに高鳴るのを感じた。こんなことをさらっと言うからモテてしまうんだ。順生は誰にでも優しいのだとわかってはいても、内心大喜びしてしまう。
玲央は意識して真剣な表情を作った。
「全然そういうことじゃないの。誰のせいでもないし」
「そうなの?もしかして、里久がなんか言ったんじゃないの?」
「違う違う。でも、これはなんとなくの勘なんだけど……リヴシネって、長続きしないと思う」
玲央は思わず言う。
「それぞれのスキルは高いと思うけど、やっぱり、意思疎通の問題とかさ」
「確かに、それは難しいけど……そうかな」
「ごめんね、こんなこと言って。バンド続けたかったら、お互いよく気をつけようねってこと」
「なんか最近、玲央っていきなり大人っぽくなったよね」
「え!?あ、そうかな」
激しくうろたえてしまう。まさか、中身は二十二歳だとバレることはないだろうが。
そんなにじっと見つめられると、さらに落ち着かなくなってしまう。今の順生は、二十二歳の順生と比べると、外見はかなり幼い。長髪でもないし、まだ垢抜けていないが、初々しい感じもまたたまらない。
玲央はやっと思い至った。順生とはもう同じバンドのメンバーではない。恋愛禁止ルールは適用されないのだ。確か、順生が榊原みなみと出会ったのは、十八歳の時、アルバイト先の居酒屋だった。高校一年生の順生は、クラスメイトと付き合っていたが、相手の子が極度のストーカー気質であることがわかり、すぐに別れた。現在、高校二年生の順生はフリーのはずだ。
もしかして、チャンス到来?いや、無理だ。異性として見られていないのはわかっている。順生にとって、わたしはただの友達なのだ。
その友達関係も、続けられるかどうか怪しい。バンド活動をするという共通の目的を失った今、関係自体がこのまま自然消滅してしまうこともありうる。サイボーグ美羽とリヴシネが、いつまで交流を持てるかもわからない。幼なじみといっても、意識してつながりを保たなければ、そのまま他人になってしまうのだ。
「あのさ」
玲央は必死で口を開いた。
「突然だけど、今度、勉強教えてくれない?順生、生物得意だったよね?わたし全然だめでさ」
「いいけど、珍しいね。どうしたの?」
順生は面白がるように言った。
「やっぱり勉強もちゃんとしとかなくちゃと思って」
「それもそうだけど、俺に頼み事なんて珍しいなと思って。中学の時、CD貸してって言ってきた時以来じゃん?」
「そうかな。あ、それで思い出したけど、この前いいって言ってた洋楽のアルバムあったじゃん。よかったら貸してくれない?」
「いいよ。明日持ってくる」
「ありがとう」
玲央は心からの笑みを浮かべた。
それからしばらくは順調だった。サイボーグ美羽のメンバーとスタジオに入ったり、狩沼や直子の家に行ったりして、新曲を何曲か作った。順生とは、CDを貸し借りして感想を言い合ったり、昼休みに自習室で一緒に勉強をしたりした。春奈やほかの友達からは、付き合ってるの?と訊かれ、否定したが、照れを隠せなかったのでからかわれた。
秋も終わりに近づいた頃、サイボーグ美羽は、大きめのスタジオを借り、仲間内の無料ライブを敢行した。メンバーそれぞれが友達や知り合いを呼んだ。福留の妹の知り合いで、バンドをやっている男の子たちとか、狩沼のアルバイト先の先輩の知り合いなどだ。玲央にとっては、知らない人のほうが多かった。
初披露の新曲もあり、もちろん玲央も気合が入っていた。しかし、不覚にも、二、三日前から、喉の調子が悪かった。マスクもして、気をつけてはいたつもりだったのだが、声がかれてしまっていた。二週間ほど前にも数日間、同じような状態になっていた。
原因は、声の出しすぎにほかならなかった。リヴシネより、サイボーグ美羽のほうが曲の激しさは控え目で、歌いやすいはずなのだが、どうしても声を張り上げてしまうようだ。二十二歳の自分の感覚で歌ってしまうので、十七歳の自分の喉が追いついていないらしい。前の時間線では、上から下から内臓が出る気持ちで歌っても、平気だったのだか。
もっと気をつけるべきだった。しかし、かれてしまったものはどうしようもない。今日も全力で歌うだけだ。
サイボーグ美羽は、スタジオの扉の外で、円になって中央にみんなで手を重ねた。「やるぞ!」という狩沼のかけ声で気合入れをした。
聴衆の待っているスタジオの部屋に入った途端、玲央は内心激しく動揺した。
順生がいる。それはいい。玲央が呼んだのだから。隣にいるのは、榊原みなみだ。どうして。順生とみなみが出会うのは、一年以上も先のはずなのに。
幽霊を見たような気分だったが、ポーカーフェイスを崩すわけにはいかない。玲央は、自分なりのプロ意識によって数秒で気を取り直し、マイクスタンドの前に立った。
演奏が始まった。いつも通り、楽器陣の冴えた音色が響く。しかし、声を出すのがつらかった。注意して張り上げればなんとかましな声色になったと思うが、狩沼の書いてきた曲での最高音は、無様につぶれてしまった。
MCではさらに情けない声になってしまい、知らない誰かが失笑していた。場を和ませようとして用意したMCは、あまり成功しなかった。
思うような声は出ないし、順生とみなみのほうへ目を向けることもできないし、身体的にも精神的にもつらい演奏となった。しかし、終わった直後は、やり切った気持ちだった。これが今の自分の全力だ。全然だめだけれど、今度は絶対いいライブをしよう。
拍手を受け、玲央は頭を下げた。
拍手が収まると、狩沼がコーラス用のマイクで言った。
「福留の妹とか、俺の知り合いとかが差し入れをたくさん持ってきてくれました、ありがとう。お菓子とか飲みものとか、よかったらみんな持って帰ってください」
そうは言ったが、まだ時間があったので、その場でみんな差し入れに手をつけながら話し始めた。
ほかのメンバーは自分の機材を片づける。玲央は、はちみつレモン水を少しずつ飲んで、必死の思いで喉を潤した。
近くから、福留の妹の知り合いの男子たちらしきグループの話し声が聞こえてきた。
「声かれすぎじゃね?」
「頑張ってんだよ」
「てか、女ならもっとポップな曲歌えばいいのに」
三人とも、明らかに玲央に聞こえるように話していた。言葉はそれほどでもないが、馬鹿にした口調が玲央に突き刺さった。
サイボーグ美羽より、リヴシネのほうがハードコア寄りのロックだ。同じようなことを言われたことは何度もある。やはり、頑張っても、女だと馬鹿にされてしまうのか。
直子がすっと玲央に身を寄せてささやいた。
「気にしないで」
玲央はうなずき、優しいメンバーの存在に感謝した。
「玲央」
聞き慣れた声に、玲央は緊張して振り向いた。
「ちょっとつらそうだったね。でもよかったよ」
順生だ。隣にはみなみが微笑んでいる。
「ありがとう。その子は?」
玲央は自分を抑制し、顔に笑顔を張りつかせてみなみを見た。
「榊原みなみさん。バイト先の同い年の子。バンドのことを話したら、興味があるっていうから、連れてきた」
「バイト先って、コンビニ?」
「うん」
十七歳の順生は、コンビニでアルバイトをしていた。のちに、より時給の高い仕事を求めて、コンビニから居酒屋へ勤め先を変えたのだ。みなみとはそこで出会ったはずだ。どうしてコンビニにみなみがいる。
「はじめまして。かっこよかったです」
小柄なみなみは、可愛らしい丸顔で玲央を見上げた。着ているのは、ピンク色のTシャツとデニムのミニスカート。むっちりとしたボディラインがあらわで、大きく張り出した胸がくっきりと弧を描いている。確か、ここではない場所で初めて会ったときは、これまた胸のラインがくっきりと出た、ミントグリーンのセーターを着ていた。モノクロ主体の玲央は絶対に着ないような服ばかり着ているし、玲央とはまったく違う体形をやたら強調しているし、声は高くて可愛いし、なにもかもが自分とは違って見えた。
「ありがとう」
玲央は感情を抑えてさらに笑顔を見せた。
「なんか、いつもと顔違くない?」
順生が面白がるように、少し顔を玲央に近づけてきた。
「化粧したから」
玲央は横を向き、限界に近い喉で咳払いをした。道具は不足していたが、二十二歳の女のメイク研究の成果が少しは発揮されたはずだ。
「順生くん、女の子に失礼だよ」
みなみが言う。すでに下の名前で呼んでいるのか。それとも、もともと馴れ馴れしい女なのか?何回か会ったことがあるだけだし、わからない。まさか、もう付き合っているということはないと思うが――
「でも幼なじみだからさ」
「親しい仲にも礼儀あり、だよ。ですよねえ」
みなみに顔を向けられ、玲央は曖昧な笑みを浮かべた。
「染川さん、順生くんって、ベース上手いんですか?」
「まあ、上手いと思うけど……」
「今度、順生くんのバンドのライブにも行きたいなあ。ライブって行ったことなかったけど、今日楽しかったし」
リヴシネは、巧が見つけてきた新しいボーカルを入れて活動を再開したという話だった。今度のボーカルは男子なので、キーを調整して、従来の曲を演奏しているらしい。自分が愛着を持って歌ってきた曲を、誰とも知らない誰かが歌っていると思うと複雑な気持ちになるが、どうせ解散するバンドだ。気にすることはない。
順生は、じゃあ今度来てよ、とか言っている。外面はクールだが、内心はデレデレしているに違いない。
「ごめん、わたし帰る」
玲央は言った。
「あ、そう」
「来てくれてありがとう。榊原さんも」
「はい」
メンバーは散らばってそれぞれ別の人と話していたので、玲央は直子にだけ声をかけて、そそくさとスタジオをあとにした。
主催バンドのフロントマンなのに、どうしてこんなに侘しいんだろう、と玲央は思った。
「ねえ、どういうこと」
夜、玲央は自分の部屋で、机に置いたスズヤに言った。みなみが現れたことについての説明を求めているところだ。
「ここは、前に玲央さんがいたのとは別の時間線なんだから、別のことが起きてもおかしくはないよ」
ショタ声のくせに、スズヤは子供を諭すような口調で言う。
「でも、ユヅサちゃんは、めったに違うことは起きないって言ってたよ」
玲央は反論する。
「まったく違う歴史をたどることはめったにないって言ったんだよ。順生くんとみなみさんは、どっちにしろ出会ったわけだから、たいした違いではないと思うよ」
「一年ぐらいのずれはたいした違いじゃないって?」
「うん。それくらいずれることもあるんだよ」
そんなこともある、とAIに軽く言われると、より一層やるせない気持ちになる。
玲央にとっては、一年は長いのだ。もしかすると、その間に順生との関係が進展したかもしれないのに。
「玲央さんは、バンド活動をやり直すために、過去に戻ったんだよね?違うことがまったく起きないんだったら、やり直す意味がないよ」
「そうだけど……」
考えてみれば、都合のいいことばかり考えていた。バンドは上手くいって、自分にとって不都合なことはなにも起こらないなんて、そんなこと、あるはずがない。
「わかったよ。わたしは、運が悪かったってことね」
「順生くんとみなみさんが早く出会うと、なにかまずいの?」
「いや、別に」
「ところで、声がかれてるみたいだね。喉の回復を早める方法のリストを作ってみたよ。読み上げていい?」
「ありがとう。でも今はいい」
玲央は電気を消し、ベッドにもぐりこんだ。
6
サイボーグ美羽は、オリジナルバンドに移行し、活動を続けた。時は流れ、玲央たちは高校を卒業した。
直子は一足先に大学へ進んでおり、狩沼は音楽の専門学校へ進み、福留は運送会社に就職した。
玲央は、前にいた時間線と同じく、進学を勧める両親と喧嘩し、一人暮らしを始めた。
家からは出してやるから、あとは一人でやれ。帰ってきて頭を下げれば、許して専門学校かなにかに行かせてやる。そう言われたが、帰るつもりはなかった。実家からそう遠くない場所での新生活だったが、成功するまでは、顔を見せるつもりもない。
一度通ったプロセスだったので、精神的負担は最小限で済んだ。住み始めたマンションも部屋も同じで、慣れるというよりも、なつかしさがこみ上げた。アルバイトも、前と同じ、弁当工場とファミレスのかけ持ちを始めた。当然、仕事を覚えるのが早いので、重宝がられた。
それぞれ別の生活を始め、メンバーの時間を合わせることが難しくなってきたが、データで曲をやり取りしたり、ブッキングなど、マネージャーのするような仕事を福留の妹に任せたりして、できるだけ多くの曲を作り、ライブに出た。
玲央が二度目の十九歳になった秋、夜のスタジオに、アルバイトで疲れた体を引きずるようにして入った。
狩沼が先に来ていて、すでにギターを弾いていた。直子と福留はまだ来ていないらしい。
「染川さん、データで送った曲、聴いてくれた?」
数日前、狩沼の作った新曲が、玲央のパソコンに届いていた。
「うん」
早くも暖房の入っている部屋の中の椅子に玲央は座り、パーカーを脱いだ。
「どう?」
椅子に座ってギターを抱えた狩沼が、期待のこもった目で玲央を見る。
「うーんと……あれで完成じゃないよね?」
「あれで完成だよ」
その曲は、極端に音数の少ないスローナンバーだった。狩沼は、様々なエフェクターを試した結果、バリバリのノイズ系ギタリストに進化していて、ギターから、ギターらしからぬ爆音を鳴らすようになっていた。しかし、この曲は、そんな狩沼の姿からは想像もできないものだった。
「なんか、今までにない感じだから、びっくりした」
玲央は正直に言った。しかし、ピンと来なかったとは言えなかった。
「アルバムの中には、ああいう曲も必要だと思うんだよね」
「アルバム?」
サイボーグ美羽は、まだインディーズデビューには至っていない。音源をリリースしたこともないし、アルバムを作ったこともないのだ。
「インディーズデビューの話がきた」
「マジ?」
狩沼の言葉に、玲央は身を乗り出した。
「俺の前のバイト先の先輩の知り合いの知り合いが、インディーズレーベルの人なんだ。前から俺たちのことを見ててくれてて、そろそろ音源出してもいいんじゃないかって言ってきてくれたんだ」
「へえ」
「まだ染川さんが入ったばかりの頃、スタジオでライブやったじゃん?その時も、その人が来てたんだよ」
「え、そんな前から目をつけてくれてたの?」
「みたいだね。俺はちょっと話したよ。若い男の人」
「へえー」
直子と福留も来て、しばらくその話で盛り上がった。今度、メンバー全員で、レーベルの人と会うことになった。
その遠い知り合いは、松本と名乗った。三十歳くらいのスーツ姿の男は、ファミレスの席でにこやかにサイボーグ美羽のメンバーを迎えた。
松本は、契約についての話をさっそく切り出した。
すぐに付属の事務所へ所属し、曲を固めてレコーディングに入ってほしいということだった。レコーディングの費用は、一割がメンバーの負担となること、売り上げの印税は事務所から均等にメンバーに振り込まれるということ。リリースに伴うライブやイベントは事務所が手配するが、その他の各種営業は自由にしていいということ。
松本は、その場で契約書をまとめようとし、狩沼は応じようとしたが、玲央は、「ちょっと考えさせてください」と割り込んだ。
松本は、三日以内に返事をすることを要求し、そそくさと立ち去った。
「なに勝手に決めようとしてんの?」
玲央は狩沼をにらんだ。
「染川さんは音源出したくないの?」
狩沼は、こっちこそ理解できないとでも言いたげだった。
「出したいけど、おかしくない?費用は一割負担とか。各種営業は自由ってどういうこと?急いで契約させようとするところも怪しいし」
「アマチュアバンドの扱いなんてそんなもんだよ。大物みたいに扱ってくれるわけないっしょ」
「それはそうだけど、やっぱり変だよ。一割とか言って、全額負担させられるかもしれないし、営業自由ってことは、向こうはプロモーションを一切してくれないってことかもしれないし。CDをどこでどれくらい並べてくれるとか、全然話なかったし、本当に売ってくれるかもわかんないし」
「確かに、レーベルも事務所も名前聞いたことないな」
福留が味方してくれた。玲央は力強く言う。
「急がなくても、まだチャンスはあるよ」
リヴシネも、インディーズデビューはもっと遅かった。この時間線のリヴシネも、まだのはずだ。
「深谷さんはどう思う?」
狩沼が尋ねると、直子は言った。
「わたしは、乗ったほうがいいと思う」
「深谷さん」
玲央は、一番信頼している直子がそう言ったことに驚いた。直子は頭もいいし、なんでも冷静に判断できる人だと思っていた。
「松本さんって人、高校の時のライブにも来てくれてたでしょ。だから、大丈夫だと思う」
「そうだよ。ずっと見てくれてる人なんだよ。騙そうとしてるわけないって」
「そうかな……」
「レコーディング費用って、相場的にどうなの?」
福留の質問には、玲央もはっきりとは答えられなかった。リヴシネでのレコーディングは、一切費用を負担する必要はなかったのだ。
「とにかく、早く返事しろって言われてるんだ。どうする?」
結局、福留も話に乗ることに賛成し、多数決で決定した。
玲央は、すぐには気持ちを切り替えられなかった。釈然としない。松本の真意もそうだが、狩沼や直子は、なぜ自分の話に一切耳を貸してくれないのだろう。
家に帰っても、不安と苛立ちで眠れなかった。就職した福留も、時間をやりくりして活動してくれている。つまずくわけにはいかないのだ。もっと整った状況で音源を出したいし、正直、曲に納得できているわけでもないのに、早すぎる。費用を負担するということなら、少ない貯金が底をついてしまうかも。
玲央は気を紛らわせようと、スマホをいじった。しかし、世の中も殺伐とした出来事だらけで、ニュース記事を読んだらさらに気が滅入った。やはり、いつも通りSNSを開いてしまう。
みなみがブログを更新していた。順生と付き合い始めたみなみの日常などのぞきたくもないはずなのだが、気がつくと、かなり前からフォローしてしまっていた。
みなみのSNSには、「彼氏」の話もよく登場した。みなみの紹介によると、熊に似た外見の、とっても優しい性格のバンドマンだということだ。玲央は、熊ではなく絶対にゴリラだと思うのだが、このような細かい点でも、玲央とみなみの気が合わないことは明らかだった。
新しい記事によると、一緒にダイナマイト・イリュージョンのライブへ行ったらしい。玲央が行きたくても行けなかったライブだ。その日は、午前中はアルバイトをし、午後からはずっとスタジオでライブのリハーサルをしていた。
みなみは、ダイナマイト・イリュージョンをほめちぎっていた。初めてダイナマイト・イリュージョンのライブに行ったけれど、演奏も曲も素敵でかっこよかった、というようなことが、熱意を感じさせる文章でつづられていた。
普段なら、ダイナマイト・イリュージョンのファンを見つけると嬉しくなる玲央だが、みなみには、激しい怒りを感じた。
お前になにがわかる。優しい彼氏がいて、能天気で幸せな頭空っぽの女子大生がロックバンドのなにがわかる。
もしかすると、どうせ別れると考えていたのは間違いかもしれない。出会う時期がずれたのだ。なんらかの事象が変化して、別れるものが別れなくなるということもありうる。
そう考えると、巻かずに放置したイヤホンのように、より一層、心がぐちゃぐちゃになった。
玲央は、いままで一度もしたことのない行動に出た。そのSNSで別のアカウントを作り、みなみのブログに、意味不明なコメントを大量につけた。同じことをこれからも続ければ、みなみのブログからは人が離れて、誰も見なくなるだろう。
玲央はとりあえず満足して、眠りに落ちた。
翌朝、ライブ情報などを更新している自分のSNSのページを開くと、みなみからのコメントがついていた。
『お久しぶりです。突然ですが、わたしのブログを荒らしたのは染川さんですね。rinn56というアカウント名は、染川さんと順生が小学生の時に好きだったマンガの登場人物の名前とその漫画の巻数ですよね。染川さんのことはいろいろ、順生から聞いて知っています。順生とは子供の頃から、いろいろな思い出があるみたいですね。でも、順生はわたしの彼氏です。わたしが染川さんの気分を害しているなら謝ります。でも、いつまでも嫉妬していたら、あなたのためになりませんよ。染川さん、順生のことが好きなんですよね。初めて会った時、わたしを見る目つきがおかしかったので、すぐにわかりました。安心してください。順生には言ってません。とにかく、もう同じことはしないでください。次やったら、順生に言います』
玲央は、すぐにそのコメントを削除した。公開されているから、誰かに見られた可能性がある。そう考えると、穴があったら入りたいを通り越して、溶けて消えてしまいたくなった。これはみなみの妄想なのだと自分の中で言いわけしてみても、もちろん誰も聞いていない。
みなみに完全に負けた気分だ。ただの馬鹿女だと思っていた自分が甘かった。
「馬鹿なのはわたしじゃん……」
つぶやいた時、スズヤがぶるっと震えた。
「もうアルバイトに行く時間だよ」
「あ、そうだ」
玲央は急いで手荷物をまとめて家を出た。自分が本当に情けない。いつかすべてが変わって、理想の日々が訪れるなんてことは、あるのだろうか。
契約を交わしたサイボーグ美羽は、いつものスタジオで、アルバムに入れる曲の最終確認を行っていた。来週には、指定されたスタジオに行って、レコーディングに入らなければならない。
玲央も、決まってしまったことはやり遂げるつもりで、無理矢理気持ちを切り替えて臨んでいた。
一曲合わせ終わると、狩沼が言った。
「もっと流れるような感じで歌ってくれないかな。それと、サビの最後の音が違う」
「こう?」
玲央が少し歌ってみると、狩沼はうなずいた。
「うん、それで合ってる。じゃあ、もう一回行こうか」
問題のスローナンバーだった。歌ってみると、この曲はかなりの難易度だった。音程を取るのが難しいし、音数が少なく、ボーカルが目立つので、声色もより一層整えなければならない。気を遣わないといけない割には、壮大さにも新奇さにも欠けるというのが玲央の印象だった。いつもは日本語の歌詞を、今回はすべて響きを重視した英語にしてみた。しかし、曲のぼんやりとした輪郭をはっきりとさせることはできなかった。しかし、狩沼がどうしてもアルバムに入れたいというので、なにも言わないことにしていた。
もう一度合わせ終わっても、まだ狩沼は不満げな表情をしていた。
「うーん」
「まだなんか違った?」
何回でも歌うつもりで玲央は訊いたが、狩沼はかぶりを振った。
「まあいいや。次の曲行こう」
まあいいやとはなんだと問い詰めようとしたが、やることは多く時間は少ない。空気を悪くするのも嫌だったので、黙ってうなずいた。
次の曲を合わせ終わり、狩沼がドラムへ振り向いた。
「サビ前のフィルイン、ちょっと変えてくれない?今は、ドッパーンドコドコ――」
「え?この曲は何回もライブでやってるじゃん」
玲央は戸惑って思わず言った。もうなじんでいる曲なのに、演奏を変えてしまうのか。レコーディングに向けて変えるとしたら、音色くらいかと思っていた。
「レコーディングするんだから、もっとブラッシュアップしないと。それと、最後のところ、もうちょっとソフトな声で綺麗に歌ってくれないかな」
狩沼は面倒そうに言った。
「声張りすぎってこと?ずっとさっきの感じで歌ってきたんだけど」
ずっと不満に思っていたということか?どうして早く言ってくれないのだ。
玲央は、リヴシネでは、歌い方について指示されたことは特になかったことを思い出した。里久は内心不満に思っていたらしいが。
また同じことになるのか。なりたくない。
「ごめん、わかった。綺麗な感じね」
「どういう風にしたらいい?」
福留も熱心に尋ねた。
その日でなんとか曲は固まり、あとはレコーディングにすべてを託す形となった。
当日、メンバーたちは早朝からスタジオに入って、エンジニアとともにレコーディングを開始した。玲央は、とりあえずまともなスタジオだったことにほっとしていた。
レコーディングは急ピッチで進められた。あまり長期間使える余裕はないらしい。福留は有給休暇を取っているので、余裕がないのは同じだった。
玲央もせかされるように歌った。緊張の中で、なんとか自分の歌を保った。
合間にコンビニのサラダを食べていると、松本が姿を見せた。
「やあ、頑張ってる?」
松本は、にこにこと笑顔で気安く言った。
「あ、はい」
玲央はティッシュでドレッシングを口元からぬぐった。
「休憩中?」
「わたしはそうです。ほかのみんなは、別のところで録ってます」
「そうか。きみってほんとに歌上手いよね。歌ってみてよ。聴きたいな」
「あ、はい……」
今食事中なんですけど、と思ったが、早くやれということかと思い、玲央は慌てて準備をしてブースに入った。
「じゃあ、次の曲録り始めるよ」
エンジニアの声が言い、玲央はヘッドホンをして歌った。
「どうですか?」
歌い終わった玲央が、ガラス越しにマイクを通して尋ねる。すると、エンジニアがわざとらしく慌てた声を出した。
「あ、ごめん。今の録れてなかった。ざんねーん」
ガラスの向こうで、エンジニアと松本が大笑いしていた。
その瞬間、自分たちは騙されている、と確信した。
玲央はすぐにブースを出て、トイレに行くと言って、狩沼のいる部屋へ向かった。
狩沼を廊下に呼び出し、人気がないことを確認すると、玲央はすぐに先程の出来事を話した。
「わたしたち、馬鹿にされてるんだよ。売り出す気なんて絶対ない。きっと、お金だけむしり取られるだけだよ。今すぐバックレて、別の道探そう」
狩沼は真剣な表情で聞いていたが、首肯しなかった。
「それはまずいだろ」
「でも」
「てかそれって、染川さんが馬鹿にされてるだけで、俺らが馬鹿にされてるわけじゃないんじゃない?」
「は?」
「なんで馬鹿にされたか知らないけど。失礼な態度でも取ったんじゃないの?」
狩沼は、「じゃ、俺戻るから」と背を向けた。
結局、最悪のテンションで作業は続行された。あまりに気分が悪く、現実感が薄れていくようだった。
夜、冷凍食品などが詰まったスーパーの袋をぶら下げ、玲央は足を引きずるようにして自宅に帰り着いた。
小さな冷蔵庫に買ったものを詰め込むと、もうそれ以上動きたくなくて、畳の上に座り込んだ。
疲れた。そして最悪。喉の調子はよかったのに、これではなんの意味もない。もっと別の環境でレコーディングしたかった。
「スズヤ……今のバンドもだめなのかな」
腕時計に話しかけた。小さな青い目が現れる。
「僕にはわからないよ」
その時、ポケットの中のスマホが震えた。
順生からのメールだった。
「リヴシネ、解散するかもしれないって」
玲央はスズヤに言った。メールには、それだけしか書かれていない。
「そうなんだ。早かったね」
「うん」
前の時間線では、今の時期のリヴシネは好調に活動していたはずだ。
「でも、まだわからないよ」
スズヤは言う。
「知らせてきたってことは、玲央さんに助けてほしいと思ってるんじゃないかな?」
「助けるって、わたしにはなにもできないよ」
「そうかな」
スズヤの発言は聞き流し、順生に返信もしなかった。続報があれば勝手に送ってくるだろう。それに、どうせ順生はみなみのものだ。距離を縮めることもできない。
なにもできない。
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