しめじ三郎幻想奇談

神村律子

奇談その一 色は匂へど、散りぬるおばあ

 律子はスチャラカなOLである。



 今までの悪行がばれたため、梶部次長の命令で翌日の定例会議の資料のコピーと会議室の予約、テーブルとお茶の手配を言いつけられた。


「絶対に一人じゃ無理だよお」


 周囲を見渡すが、誰も目を合わせてくれない。


(甘やかした結果がこれなんだから、今回は手伝わない)


 同期の香も今日ばかりは心を鬼にした。


 


 そして、午後八時。


 律子は半べそでコピーを続けていた。


 その時、誰かがフロアに入って来た。


「では参る。色は匂へど。続きは如何に?」


 その人物が言う。


(誰よ、鬱陶しい)


 律子はイラつきながら、


「散りぬるおばあ」


 ふざけてそう返した。


「承りまして候」


 時代がかった応えが帰って来た。


「誰、須坂君、それとも杉村君?」


 律子はムッとして振り返ったが、そこには誰もいなかった。


「嘘……」


 律子は水浸しになっている床を見て震えた。


「ひ!」


 その時、携帯が鳴った。律子は飛び上がってしまったが、何とか通話を始めた。


 相手は退職した真弓だった。


「真弓、どうしたの、こんな時間に?」


 律子は不思議に思って尋ねた。


「律子、すぐに摩利支天まりしてんの真言を唱えて」


「え? どういう事?」


「説明している時間がないの! オンマリシエイソワカ。それだけ唱えればいいわ」


 律子は理解不能だったが、真弓の声に感じるものがあり、


「オンマリシエイソワカ」


 すると、バシュウッと音がして、濡れた床から湧き出した黒い霧が消滅した。


「間に合ったみたいね」


 真弓は理由を教えてくれた。


「貴女、いろは歌にふざけて返したでしょ?」


「え?」


 何で知っているのと思った律子だが、怖くて訊けない。


「その歌は遺恨の歌という説があるのよ。区切りの最後の文字を続けて読むと『咎無くて死す』と読めるの」


 律子はその話に震え上がった。


「どうすればいいの?」


 律子は泣き出していた。


「きちんと返してあげれば大丈夫よ。とにかく間に合って良かった」


「ありがとう、真弓」


 律子は何度も礼を言い、通話を終えた。


 そして、いろは歌を正しく唱え、手を合わせて謝罪した。


(どうかお許しください)


 


 後日、改めて真弓にお礼の電話をすると、


「電話してないよ」


 そう言われ、卒倒した律子だった。

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