畍吟抄鬼談

@oobun

巻頭に

 『畍吟抄』(かいぎんしょう)は、小さな箱に入ったまま本家の二階の植木鉢だらけの部屋に放置されていた古びた数巻の奇談集でした。夏のつれづれにそれをひとつひとつ読み、改めて『畍吟抄鬼談』と題して、ここにその中身を書き留めておくことにしたのです。

 この『畍吟抄』という書名は「かいぎんしょう」と読むのだろうと思いますが、別にふりがな等は付けられていなかったので、正確なところは知れません。

 ただ、各巻に付された目録の字の中には「畍」の字を「界」のかたちで書いていることもあるので、「かい」であろうことは確かであろうと思っています。


 原本は比較的端麗な細字で書きつづられた肉筆本で、余の親戚にあたる人物がそれを忠実に写本させたと本家に古くから居る者からは聞きました。余り虫喰いや汚損は無いものの、無造作に積み上げられていた頃に、一番上にさらされていた部分を不用意に触れたものが多かったのか――おそらく植木鉢をいろいろと動かす時に汚れたり千切れたりしたのでしょう――その巻の何話分かは失われています。


 原本筆者である秋霊堂樋月という人物についての来歴は不明ですが、ていねいに見た目そのまま写し採られていた陰陽二顆をたてにならべた角形の印章に「あきれ堂」という陽刻と「斗伊計都」の陰刻があるのを読み取れたので「あきれどう―といげつ」というのがその筆名のよみであるようです。

 秋からの連想で、田の字のある「畍」の字を採ったかどうかはわかりませんが、収められた奇談には、ほのかに秋の持つ物哀しい景色を漂わせるものもあり、個人的には、この古びた本をひらくたびに秋を感じるのでした。


昭和戊寅八月五日

波瑠沙乃鬼 志るす

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