第33話 雷鳴の向こう

 ロボ之助の飛行はヘリコプター式だ。だからあまり高度を取れない。高度を取ると空気が薄くなり、揚力が低下するからだ。プロペラの羽根を大きく出来ればもう少し高度も取れるのだろうが、それは物理的に無理だった。よって低空を飛ぶことになる。


 立ち並ぶ神殿の屋根より少し高いところを飛びながら、ロボ之助はまっすぐフジヤマに向かっていた。ロボ之助の体型は空気抵抗が大きいのでスピードも出ないのだが、それでも道を走っていくよりは最短距離を進める分だけ速い。


 その飛行の様子は、ロボ之助の頭に止まったカラス型ツーラーのカー吉が送信してくる映像で、知恵の神殿において確認されていた。無数に並ぶモニターの中で一番大きなモニターに、夜の空が映し出される。下から照らすは都市の明かり。そして空には星明かり。


 しばらくは同じような景色が続いた。アルファ501も、イプシロン7408も、イオタ666も、そしてジョセフ・カッパーバンドも、ただ行き過ぎる夜の景色を見つめていた。だが、その様子が変わった。ロボ之助の向かう先に、都市の明かりが少なくなってきたのだ。


 フジヤマの麓には、人間もロボットも住むには向かない、分厚く広大な溶岩地帯がある。その上に差し掛かったとき、空の星明かりも消えて行った。カー吉が見上げる。映像は光学処理され、知恵の神殿のモニターにはそれがハッキリと映し出されていた。


 真っ黒な雲が、音を立てんばかりの勢いで渦を巻いている。そこに閃光。中央司令室のモニターは一瞬真っ白になった。そして轟音。天空を裂かんばかりのその音に、それが落雷であると一同は気づいた。


「これも宇宙樹の仕業か」


 アルファ501の問いに、クエピコは答えた。


「回答する。現有データでは判断不能。だがその蓋然性は低くない」


 またモニターが白く輝く。そして轟音。イプシロン7408は叫ぶように声を上げた。


「これが神さまに当たったらどうするの!」


「回答する。落雷ではロボ之助は破壊されない」


「ロボ之助さまの頑丈さは兵器レベルですから」


 イオタ666が感動したように言った。それがイプシロン7408には気に入らない。


「ものには限度があるでしょう。神さまがどれだけ頑丈でも、雷の直撃を受け続けたらいずれは壊れるに決まってる」


 またも落雷。しかしロボ之助は順調に飛び続けていた。


「当たらなきゃ壊れないですよ」


 イオタ666の口ぶりにイプシロン7408はカチンと来る。


「何ですって」


「実際、これだけ近い場所で落雷が連続で発生しているのに、どれもこれもロボ之助さまにはかすりもしない。もしかしたら、最初から当てるつもりはないんじゃないですか」


 そして落雷。閃光はロボ之助のすぐ側を通過したが、特に影響を与えなかった。


「ほらね」


「つまり、この落雷は宇宙樹が発生させている、そしてロボ之助さまには当たらないようにコントロールしている、と言いたいのか」


 アルファ501の鋭い視線を、イオタ666は正面から受け止めた。


「現状からの推論です。おかしいところはありますか」


「いや、特にはない」


 ここで落雷。当たり前のようにロボ之助には当たらない。


「だが何故だ」ジョセフは首を傾げた「いったいあのロボットと、宇宙樹の間に何があった」


「クエピコは何か知らないの」


 イプシロン7408の問いに、クエピコは答えた。


「回答する。諸事情は不明だ。ただ、ロボ之助は南極の宇宙樹の根元で二百年間氷漬けにされていた。見方を変えれば、破壊されず保存されてきたのだ。宇宙樹の側が何らかの感情的なものをロボ之助に抱いている蓋然性は少なくない」


「何らかの感情、たとえば恋とか」


 そう言うイオタ666に怒りを向けたかの如き落雷がモニター画面を埋めた。大きかった。中央司令室の中は真っ白に輝き、轟音はしばしの静寂を呼んだ。


 モニターの中の景色は動き続けている。やはりロボ之助は無事らしい。


 からん。何か固い物がプロペラに当たった音。からん、からん、からからからからからからザアーッ。ロボ之助は高度を下げていく。


「クエピコ、何が起きている」


「回答する。ひょうが降っている模様」


 と、アルファ501に短く答えた。




 天からザンザンと降る氷の欠片に打たれ、さすがのロボ之助も飛び続けることが出来なくなった。よろよろと着陸する。地面はみるみるうちに雹で覆われて行く。しかしまだ、そこに道路があることは見て取れた。


 ロボ之助はプロペラを収納し、両脚を格納する。入れ替わりにタイヤが飛び出す。エンジンの回転数を上げると、背中から出る排気が白く濁った。ロボ之助は道に飛び出した。そして雹にその身を打たれながら、両目のサーチライトを輝かせ、上り坂を一気に駆け上っていく。


「カー吉、痛くない?」


 道路を走りながら、ロボ之助は尋ねた。落ちてくる雹はがんがん頭の上のカー吉にも当たっている。カラス型ツーラーのカー吉は「カア」と元気そうにひとつ鳴いた。


 空気が冷たい。平地より少し標高の高い所を走ってはいるのだが、それでもまだ九月。いかに夜とはいえ、寒すぎる。おそらくはフジヤマの頂上の宇宙樹が山頂の気候を極地化したために、その冷気がふもとまで降りてきているのだ。


 だがフジヤマをロボ之助が登りながら、感じるのは冷気だけではない。ボディがピリピリしていた。強烈な磁場がロボ之助のボディ表面に渦電流を生じさせている。しかしそれを無視して、ロボ之助はアクセルを開いた。この山頂に向けて伸びる道路が完全に雹や雪に覆われないうちに、登れるところまで登っておく必要があるからだ。


 しばらく走ると、トラックが三台止まっていた。中を覗くと、どのトラックも幌の内側に武装したツーラーを何人も乗せているのだが、誰もぴくりとも動かない。強烈な磁気の影響だろう。ロボ之助は助けてあげたいと思ったが、いまは無理だ。


「ごめんね」


 そうつぶやくと、再び走り出した。

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