第31話 フジヤマの頂
宇宙樹の再来を確認した評議会は、直ちに地球全土の評議会を束ねる世界会議に進言、世界中に監視の網を張った。しかし宇宙樹は見つからない。南極にも北極にも、その姿は認められなかった。
宇宙樹が消えた。しかし最後に確認されてから、まだ十数時間しか経過していない。地球全土を覆う衛星監視網の内側には居るはずだ。どこだ、どこに居る。宇宙樹探しに躍起になる評議会へ、クエピコから一つの報告が上がった。
――フジヤマ観測所からの信号が途絶
フジヤマ観測所は、フジヤマ頂上にあるロボットも人間も常駐しない無人の気候観測所。そのサーバーとセントラルコンピューターを繋ぐ回線が不通になっている。原因は不明。しかしこのタイミングである、評議会は指令を出した。
「フジヤマ頂上の映像を回せ!」
評議会会議室の大型モニターに映し出されたその景色は。
雲海を眼下に従えた夕闇迫るフジヤマの山頂、そこに巨大な樹が生えていた。積乱雲のように枝を張り、緑の葉が茂っている。だが、かつて南極に現れた宇宙樹よりは、随分と小さいように思われた。
「クエピコ、宇宙樹なのか」
評議会員の疑問に、クエピコは即答した。
「回答する。宇宙樹で間違いない。ただし、現在成長途上の幼体である蓋然性が高い」
「現地の状況は」
「回答する。気温はマイナス三五度に低下、なおも下降中。フジヤマ山頂部には極地の気候が再現されつつある蓋然性が高く……」
クエピコの声が途切れた。
「どうした、何があった」
一瞬の間を置いて、クエピコの声が戻ってきた。
「報告する。
世界の果て 流されて一人
宇宙の果て 泣き濡れて一人
一人立つ浜辺 砂に指を埋めて
一人歌う歌 暮れる空に消え行く
けれど
緑なす大地 雲遊ぶ大空
風走る海原 降るような星の
光満ち 朝な夕な 私を
歌に満ち 朝な夕な 心揺らすこの
でも一人 私は一人
天を指し 涙を数える
それは紛れもない、あの歌だった。あの歌が、二百年ぶりに世界中に流れたのだ。その街路樹から、植木から、公園の芝から、山の木々から――人やロボットの周囲に暮らす生物は、もう植物しか居なかった――聞こえる歌声は、ひとしきり歌うと、突然言葉を発した。
「否定する。我は否定する」
やや低めの、けれど若い女の声に聞こえた。そのとりつく島など微塵もない酷薄な声は、天界からの託宣の如く、人類とロボットに告げた。
「人間よ。醜くも忌まわしい災いの子らよ。そなたらには滅びこそがふさわしい。
ロボットよ。機械仕掛けの人形よ。そなたらに残された道もまた、滅びのみ。
何故なら人間が生み出した機械は人間を真似る。人間と同じ過ちを犯す。
人間も、機械による後継者も、大宇宙に厄災をもたらすのだ。
故に人間よ。ロボットよ。この惑星にはびこる虫どもよ。
我はそなたらを否定する。それこそが我が恩寵。
その身を投げ出し、土へと還るが良い。
滅せよ。それこそが愛である。
宇宙の摂理の名の下に」
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