第28話 対決

 夜半を過ぎた町には静寂が広がっていた。歌祭は昨日まで、もう夜に歌う声はない。この時間に街に繰り出す影もない。星明かりの下、知恵の神殿の前に立つ姿は一つ。ブラウンの革のコートに金色の髪が輝く。


 キルビナント・キルビナの視線は神殿の中をうかがっているようだったが、不意に顔を背けると、夜の歩道を歩き出した。その足取りが、徐々に速くなる。そしてついには走り出した。しかし。


「ついてくる、か」


 いや、ついてくるどころか、はキルビナント・キルビナを追い越した。そして前に回り込むと、手に持ったライトで彼を照らした。


「個体識別番号を言え」


 止まれとは言われなかった。スピードには余程の自信があるらしい。顔の左右でひょうたん型に結った銀色の髪。アルファ501の誰何すいかに、キルビナント・キルビナは立ち止まり、まぶしそうに眉を寄せた。


「そんなものは知らん」


「だろうな」


「仮に知っていたとしても、おまえのような無礼な小僧に教える理由はないが」


 アルファ501は小さく笑った。


「こちらの個体識別番号は常にネットワーク上で公開している。貴様がネットワークに繋がってさえいれば、礼を失するまでもない」


「あの赤いロボットにも同じことを言うつもりか」


 アルファ501の眼が釣り上がる。わかりやすいな、キルビナント・キルビナは内心で笑った。ゆっくり一歩、アルファ501が近づいた。


「貴様と同一と思われる正体不明機アンノウンの情報は百年以上前から確認されている」


「それはまた随分と早くから気づいていたのだな」


 二百年前からこの惑星にいるのに、とは言わなかった。


「目立った動きがなければ放置しておくつもりだった。だが貴様、ここ最近ロボ之助さまの近辺で動いているな。いったい何をしている」


「答える義理はない」


「こちらには答えさせる義務がある」


 また一歩近づく。キルビナント・キルビナは苦笑を浮かべ、小さくため息をついた。


「あの古いロボットには興味があった。つい懐かしくてな。だがそれ以上の用はない」


「では何のためにこの都市でうごめく」


 さらにまた一歩近づいた。


「わかりやすく言うなら復讐だな」


「ロボットが復讐だと?」


 馬鹿にされた、アルファ501はそう受け取った。


「下らんことを」


 ライトが宙に舞う。アルファ501は高速で駆け寄った。スピードならばデルタやゼータの純軍事モデルにも負けない。一瞬で近接し、手刀を繰り出す。しかし相手は紙一重でその突きをかわした。


「ほう、速いな」


 余裕に満ちたキルビナント・キルビナの声が、アルファ501のかんさわる。ライトが地面に落ちる音。


「ちいっ!」


 右左右の突き。電光石火の三連撃をかわした革のコートは、しかしさすがに体が流れる。アルファ501の姿が一瞬沈む。左脚の回し蹴り。頭部を襲ったそれを、金髪の男は手のひらで受け止めた。素早く飛び退ったアルファ501に、キルビナント・キルビナは小さく微笑みを返す。


「なるほど、単体で挑んでくるだけあって、センスは良い」


 アルファ501は手のひらを向けた。その真ん中には丸い穴が開いている。キルビナント・キルビナのセンサはそこに凶暴な香りを察知した。


「火薬式の銃か。厄介だな」


 破裂音が三発。キルビナント・キルビナは氷上を滑るように後退した。アルファ501は追いすがる。直進速度ならアルファ501の方が上だ。しかしキルビナント・キルビナはクネクネと蛇行しながら逃げて行く。


 キルビナント・キルビナは逃げながら考えていた。さて、どうする。武器はある。ただし残弾は一つだけ。こんなところで使っている場合ではない。


「どんな気分だ」


 ここはひとつ、あおるに限る。キルビナント・キルビナはそう決めた。


「なに」


 アルファ501は易々と乗ってしまった。後ろ向きに滑りながら、キルビナント・キルビナは満面の笑みを浮かべた。


「復讐を下らぬ物と否定して悦に入る気分はどんなものだと聞いている」


「貴様」


 アルファ501の駆ける脚が少し乱れる。キルビナント・キルビナは後退の速度を上げた。


「命には、ときとして生きる理由が必要なのだ。おまえたちにはまだ理解できないだろうがな」


「貴様もロボットだろうが」


「確かに、おまえたちは私に近い。だが近いというのは同じではないという意味でもある」


 闇を滑る影、闇を駆ける影、交わらぬ二つの影は火の神殿に近づいていた。

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