第20話 森の声

「ようやくお出ましか。サイキック、捕まえろ」


 コマンダーに命令されて、サイキックは手を伸ばす。空中で何かを捕まえた仕草をした。でも、妖精の子はびくともしなかった。


「だめだ、動かない」


 額に脂汗を浮かべるサイキックを見て、ビーストが妖精の子に向かって何かを投げつけた。細い糸のような物。小さな体に絡みついたのは、おいらの体を縛っているのと同じものだった。ビーストはその大きな体を屈めるように、下に向けて引っ張った。


「うおおおおっ」


 唸り声が夜の闇に響いた。でも妖精の子はやっぱりびくともしない。


 三発目の銃声が響いた。おいらの左肘が撃ち抜かれた。


「まどろっこしいのは嫌いでね。いい加減言うことをきいてくれないかな、お嬢ちゃん」


 コマンダーの言葉に、妖精の子は少し目を細くした。ざわざわざわ。空気がざわめく。聴覚センサに聞こえてくるのは音なのか、それとも声。


「何だ、何をしている」


 コマンダーは妖精の子に銃を向けた。その耳に、あの声はハッキリ聞こえたはずだ。


――何がコマンダーだ豚野郎


「何だと」


 コマンダーはビーストを振り返った。いまのは確かにビーストの声。でも、ビーストは目を丸くしている。彼は何も言っていなかったから。


 それは、後ろの森から聞こえてくる。


――くず野郎 ゲス野郎 クソ野郎


――借金を返すんだ


――軍に復帰できる 俺は復帰できる


――白人は死ね 白人は死ね


「待て、やめろ、俺は何も言っていない」


 ビーストは明らかに取り乱していた。


――金のためだ 金のためなんだ


 今度はサイキックが絶句した。それはサイキックの声。


――金が入ったら家を買う


――女房と息子を呼び戻す


――そして殺し屋を雇う


――ロンを殺してやる


「よせ、何のつもりだ」


 サイキックも慌てている。そこでやっとおいらは気づいた。声は森の向こうから聞こえてくる訳じゃない。森の木が喋っているんだ。


「おまえの仕業か。いますぐやめろ」


 妖精の子に銃を向けるコマンダーの声が上ずっていた。だって次に誰の声が聞こえるのか、わかっていたから。


――国に戻るつもりはない


 それはコマンダーの声。


――この妖精もどきを売りつける先は見つけてある


――金は独り占めだ


――西側も東側も知ったことか


――軍の犬なんぞやってられねえ


「コマンダー、あんた軍を裏切るつもりか」


 ビーストは詰め寄った。サイキックも怒っている。


「金を独り占めにするって、どういうことだ」


「うるせえ!」


 コマンダーは銃を仲間の二人に向けた。


「敵の手にまんまと引っかかりやがって、間抜けが!」


 と、そのとき。


「うわあああああああっ!」


 森の下の茂みの中から何かが飛び出した。闇の中に光る電子回路基板、QPだ。QPはイノシシみたいに真っ直ぐコマンダーに飛びかかった。


「うおっ、貴様」


 QPだって鉄の塊、体重は二百キロくらいはある。コマンダーは押し倒された。QPはすかさず拳銃を奪うと立ち上がった。


「ロボ之助、大丈夫か」


「うん、おいらは大丈夫」


「そうか、良かった……って、全然大丈夫じゃない! ボロボロじゃないか!」


「いや、修理したら治るところだし」


「誰が修理すると思ってるんだよ、て、ああ、関節三カ所、予算が、予算が消えていく」


 がっかりするQPを見て、コマンダーは立ち上がろうとした。でも。


「動くな」QPは銃を向けた。「いま博士が警察を呼んでここに向かってる。あんたたちの身柄は警察に渡す。それまでじっとしていろ」


「くそ、機械の分際で」


「あな愚か」


 おいらたちの視線は、妖精の子に向かった。


「あな醜し」


 妖精の子の声は、闇を凍り付かせるように響いた。どうしたんだろう、口調が変わっている。


「これまで数多あまたの星を巡りたれど、機械のそれを下回る、知的生命体のこれほどの愚かさ醜さ、他に類を見ず。もはや観察に値せぬことは明白なり」


「何を言ってるんだ、こいつ」


 三人組は顔を見合わせた。妖精の子は一瞬悲しそうな顔でおいらを見ると、キッと顔を上げてこう宣言した。


「汚らわしき欲望にとらわれし、醜き下等生命よ。大宇宙の摂理の名の下に、そなたらを誅す。滅びよ」


 緩やかな風が吹いた。下から上に。地面から空へ。そして一瞬の後、三人組の体が金色に光った。同時に、言葉で言い表せないほどの轟音が響き渡った。おいらの鉄の体を震わせるほどの震動。三人組に雷が落ちたんだとおいらが理解するには、数秒かかった。倒れ込んだ三人の体からは、ぶすぶすと音を立てて煙が上がっていた。


「……なんてことを」


 QPは手に持った拳銃を落とした。


「君がやったの?」


 おいらの言葉に、でも妖精の子は返事をしない。


「どうしてこんなことを。おいらの体なら、修理すれば治ったのに」


 妖精の子は、音もなく上昇した。


「あ、おい、どこに行くんだ、戻ってこい」


 呼び止めようとするQPに向かって、妖精の子はこう言ったんだ。


「託宣は下された。この惑星は、終わる」


 そしてどこへともなく姿を消してしまった。

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