狩人と少女のメソッド

文月 燈火

プロローグ

 満月が出ている。

 その白い輝きに照らされ、家々の窓から漏れる明かりもない街が、その姿を青の濃淡だけで誇示する。

 住民が各々の寝床に姿を隠した街はとても静かだった。街の中央を横断する川のせせらぎだけが辺りに響き、その静寂さを際立たせていた。色彩を忘れ、喧騒を失くした夜の街は、昼のそれとは全く別の世界としてそこに存在していた。

 そんな街の闇の中にポツンとランタンの明かりがひとつ灯っている。そのランタンの持ち主は一人の少女だった。年の頃は10歳前後。身に纏ったフード付きのケープから覗くその顔は端正に整っていて、月明かりの下、ランタンの微かな明かりでもハッキリとわかるほど透き通るような白い肌をしていた。

 少女は街の外れに架かる木製の橋の袂に立っていた。川辺特有の冷たい風に吹かれながらも微動だにしないその姿は、人形だと言われても――もっと大袈裟に幽霊だと言われたとしても信じてしまいそうな、そんな雰囲気を持っていた。

 そんな少女の前に男が姿を現した。細い路地の暗がりから現れたその男は、しきりに周囲の様子を気にしながら、ゆっくりと少女に近づいた。男は具合がわるいのか額に脂汗を浮かべ、落ち窪んだ瞳は充血し、呼吸は荒く、肩で息をしている。

 男が目の前まで来ると、少女は持っていたランタンを掲げ、男の顔を照らした。男は右手で顔を覆い、一瞬怯むような素振りを見せたが、少女がそれ以上何もしないとわかると、さらに一歩少女との距離を詰めた。

「グルルルッ……グルルルッ……」

 男の口から発せられたその声は、とても人間のものとは思えない、獣の唸り声のようだった。剥き出しにされた男の歯は異常なほど犬歯が発達していた。男の様子は明らかに普通ではなかったが、少女は怯えたり、警戒するといった変化を示さなかった。表情すら変えぬまま、ただ視線を上げて目の前の男の顔をじっと見据えた。

「グゥオオオオッ!」

 咆哮を上げ、男は遂に少女に飛びかかった。突き出した手が少女に触れるその刹那だった。

ビシューン

 風切り音とともに棒状の飛翔体が男に向かって飛んできた。飛翔体は男の眉間に突き刺さり、その衝撃で男は後方に一回転しながら吹き飛び、激しく地面に叩きつけられた。

 男の眉間に突き刺さったモノは短い槍とも、大きな矢とも見える何かだった。その先端には金属製の刃がついており、今は男の血に濡れ赤く光っていた。

 男は地面に倒れたまま、ビクンッビクンッと痙攣していた。少女は先程から姿勢を変えることなく、その様子をただただ見つめていた。その表情からは驚愕も恐怖も憐憫も、一切の感情が見て取れなかった。男は少女に見つめられながら、やがて動かなくなった。

 それから程なくして、別の男が現れた。その男は少女の後方、対岸から橋を渡ってやってきた。とても巨大なクロスボウを抱えて。

「クリオ……怪我はしてないか?」

 クロスボウの男は少女に優しく問いかけた。その声に少女は振り向いたが、答えは返さず、大きな瞳で彼の顔をじっと見つめるだけだった。

 少女の白い肌には、頭を射抜かれた男の返り血が点々と飛び散っていた。クロスボウの男は自分の服の袖でその血を拭ってやった。

「ルー・ガルーも仕留めたし、今回の狩りも無事完了だな。帰ろうか……クリオ」

 少女はコクリと小さく頷いた。

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