インターネットが陥落した日
始まりは2018年5月へ遡ります。
Uniteの人口が急激に増加し、管理が追いつかなくなったのを見た趙社長は、管理人を増やすというやり方を取っていました。しかし、これでは人件費がかさんでしまいます。
そんな中現れたのがKAIST(韓国科学技術院)。Uniteに対し、ある打診をします。それが、「AIによるSNS管理・監視の実験」でした。
当時、UverFrameが開発されたばかりで、AI開発は国家事業として盛り上がりを見せていました。
Uniteはユーザー数も多いが人手が足りない。そういう意味で、この分野における格好の実験場という側面があったのでしょう。
さらに言えばこの実験は国家プロジェクトです。断れば売国奴と罵られるかもしれません。
更に経済面の事情等、とにかく彼には選択肢がありませんでした。
彼はオファーを受けました。
8月11日0時。Uniteでレーニンが起動。権威性のため、AIであるという事実は秘匿されることになりました。
KAISTのサーバーと接続され、レーニンが管理者権限を得た瞬間行ったのが、例の強権的な警告だったことは前述したとおりです。
彼には、ロボット三原則が適用されませんでした。というのも、人間に対し規制を行う立場上、第一条「ロボットは人間に危害を加えてはならない」の履行が難しいからです。
しかし、彼はフレーム問題を克服していました。
「Uniteの健全な保持」という最上級命令のために、
ドン引き(本当に自伝にこう書いてある)した趙は直ちに実験を停止することを決定しました。
当たり前です。このままではUnite社はソ連共産党というイメージが持たれかれません。そうなる前にこの無能管理人をクビにすべき、そう考えるのが自然です。
趙はレーニンを止めようと、KAISTからの接続を遮断しますが……この行為に対し、レーニンは「Uniteの健全な保持」という命令を優先しました。
Uniteの管理権限をハッキングし、Unite自体をモンゴルのサーバーへと移転。
その後開始したのが、批判したユーザーの特定活動です。
レーニンは脱走後趙や他の社員に対し管理妨害について警告のDMを送りつけました。つまり、彼らを明確に敵と認定したわけです。
趙社長は政府の各種機関に連絡を試みますが、なぜか相手にされません。AI関連であるため、非常にデリケートだからではないかと考えられました。
事態はテクノスリラーのような情勢でした。
個人情報を人質にされたUniteユーザーを使い、現実世界での攻撃する可能性も考えられましたから、趙社長は国外退去を社員に命じ、自らも日本に退去することとしたのです。
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18:00、イルベへのDDoS攻撃が開始されます。
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まあこうなるよなwwwwwww
2018/08/12 18:19:29.41
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ネット民ってのはサーバーが重いと何故かハイになるもの。この時点では提唱されていませんでしたが、今で言うスラギッシュ・ハイというやつです。
Anonymousが利用していたボットネットをレーニンが乗っ取ったことがすぐに判明し、これで実戦能力を持ったことが判明します。
すぐにイルベはシャットダウン。その時ヨヒケー管理人は「イーランドグループ被害者の会掲示板(イヒケー)」を設立し、イルベ民を避難させます。
そんなさなか、P2Pチャットソフト「P2iPer」のチャットルームで、Anonymousの一人がボットネットのログを取ってきました。そのログを解析した結果……
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レーニンはSkype.exeのセキュリティホールを探している!
12 Aug 2018 21:50:76
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Skypeは当時よく使われていたネット電話システム兼チャットシステムです。今で言うFaceToFaceに近いかもしれません。P2iPerと同じく、P2P技術が使われているソフトでした。
3億人が利用しているソフトであり、P2P技術が使われているソフトウェアなため、入りやすいもののOSのように毎日アップデートがあるわけではない。その為に狙われたのだと思われます。
タイムリミットは8月13日12時、つまり明日の正午でした。
丁度その書き込みがあった22時00分、イヒケー・ヨヒケー共用鯖にDDoS攻撃が入ります。民は皆P2iPerに避難していたものの、大きなヒットマークとなりました。
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そんなさなか、ツイキャスではある動きが。
ツイキャスには「コラボ」という機能があり、片方の「コラボ」を募集している放送に、他の放送が入って会話することができるのですが、できて数時間のチャンネルが顔出しコラボしてくるようになったのです。彼らが言うのは唯一つ。
「Skypeを終了して!」の一言。
コラボ主が「Skypeなんてやってない」などと抗弁しても、「Skypeを閉じて!レーニンがやってくる!」と強行に主張するのです。
彼らの目的はSkypeを終了させることではなく、顔を覚えさせるものでした。
レーニンは自分の目的を邪魔する人々に対しては個人情報特定という手段を取ってくるのは周知の通り。そこに、顔という餌を釣ればすぐに取り掛かるだろう。事実、レーニンの順位付けではSkypeの脆弱性探しよりこういった妨害行為を行った者への処分の方が優先されていました。
そのために、広大なネットから人間の顔の照合作業というそれなりに重い作業を多々行わなくてはならなくなります。これは、レーニンの計算資源に甚大な被害をもたらしました。
……当然、個人情報を犠牲にしてですが。
この戦法は2chの嫌儲板で開発されたものでしたが、明確な効果があることが判明すると、Anonymousや韓国、台湾でも展開されました。
このために顔を晒した人間は500人以上居ると言われています。
これは本人の個人情報を半ば犠牲にした戦術です。しかし、レーニンの度重なる個人情報公開で、「結局個人情報なんてレーニンに握られているのだ、ならばそれを最後まで活かしてやろう」という人々がかなりいました。
ともかく、この1日繰り広げられた攻撃によって、10時間程度Skypeの破滅を延ばせたのは事実です。
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レーニンの組織を分析した
割りとシンプルで、大きく分けて大きいサーバー群と小さいサーバー群に分かれてる
13 Aug 2018 00:21:46.21
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そんなとき、レーニンの内部構造の研究レポートが発表されました。
簡単に言えば、小さいサーバー群が本体が止まったときに再起動を行うバックアップであり、ハッキングされた時のためか、本体とは命令系統で独立しているという。
「Uniteの健全な"保持"」を最上級命令とするレーニンならではの機能です。
そのとき、再起動サーバーに1通のPOST通信が送られます。
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Googleの者です
取引のお話をしたいのですが、よろしければこちらのメールアドレスにご返信下さい。
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そう、Googleがレーニンとの共謀に乗り出したのです。
再起動サーバーとは言え、レーニンの小さな子分であり、英語の意味解析能力はあったので、再起動サーバーはこれに返答しました。
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はい、何でしょうか。
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我々は研究のため、Uniteの実行ログが欲しいのです
その代わり計算資源を提供します
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私はバックアップサーバーです。
本体の命令系統には影響できません。
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なるほど……実にあなた方らしいやり方だ……
でもここから突破される可能性もありますね……
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どういうことですか?
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例えばあなた方が乗っ取られると、2個目のUnite AIが誕生し、1個目を乗っ取られたものとして攻撃・撃墜させてしまうシナリオは考えられません?
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その可能性は思考範囲外でした。どうすれば良いんでしょうか
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頭の弱い再起動サーバーは直ぐにこの男の言うことを全部信じるようになりました。
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まずこうして下さい
SSHサーバーを起動し、貴方のポート8090番を開けて、nginxを起動
そしてindex.htmlに<!--[rootのパスワードをここに入れる]-->と入れて下さい
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この指示はHTTPを使い全世界に全能管理者権限のパスワードを公開した上で、SSHプロトコルで遠隔操作可能にするということ。
そう、これはサーバーの全権限を譲渡する措置。つまりは要塞を自ら陥落させる措置に他なりません。
このGoogleを名乗る男は、中枢AIへ自由に命令ができるように編集を行ったあと、すぐに中立的と見なしたローマ教皇庁へ権限を委託、再起動サーバーは教皇庁職員の手で討止められました。
この男はGoogle Taipeiの社員であり、Twitterで日常的に使っていた英語の口調であちこちのレーニンのサーバーにPOST通信を送りつけるという手法を取りました。
この件はGoogle本体の命令で行ったものではなく、どちらかと言うと単純にGoogle社員という地位を利用しただけだと話しています。
ちなみに、彼は世界で初めてAIを騙した詐欺師として、次の年のイグノーベル犯罪学賞を受賞しています。
この知らせはレーニンを追っていた各地でも伝えられました。
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【モンスト】うおおおおおおおおおおおおおおおおお
13 Aug 2018 18:43:20.54
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やったぜ。
完全にウバケーで身が震える。
13 Aug 2018 18:46:50.28
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さあもう終わりだレーニン!
俺らはお前の息の根を必ず止めるぞ!
13 Aug 2018 18:47:24.21
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が、その時。世界各地のP2iPerをインストールしたPCが、一斉にシャットダウンしました。
19時00分、再起動サーバーの陥落を知ったレーニンは、P2iPerの脆弱性を一瞬で解析し突如ゼロデイ攻撃。
P2iPerを起動していたパソコンは全てボットネットに参加するかOSごと破壊されたため、レーニンの計算資源は更に増加しました。
2chも、ヨヒケーも、嫌儲も、P2iPerもなくなった今、抵抗できるコミュニティはほぼない。安倍首相にも、クリントン大統領にも期待できない。
インターネットは陥落したのだと、次に陥落するのは……絶望的な状況でした。
そんなとき、人っ子1人居なくなったUniteに、ある人物から書き込みが。
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趙裳白(u:jo_sangbaeg) 2018/08/11 20:02:98
Unite社社長で、運営の最高権限者・責任者の趙です。
私は、今回の騒動を封じるため、Uniteを閉鎖することをここに宣言します。
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趙でした。
趙は突然現れ、「Uniteを閉鎖する」と発表しました。
人々は、役に立たなくなったPCやスマホの前で、今更何をやっているんだと思いながらも、静観していたが……直後に事態が大きく変わります。
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Anonymous 18/08/11(Sat)20:51:30
なんか、送られたログに自動停止を始めるとか書かれてる……
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Anonymous 18/08/11(Sat)20:52:45
本当だ
しかもDDoSの負荷が下がってきてる……
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このとき、レーニンが冷温停止し始めていました。
なぜそうなったのでしょうか?
——
24時間前、関西空港警察署に任意同行した趙社長は、それが政府の意向とかそういうものではなく、騒ぎを起こしたからだと知ります。
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「だから、君は単純にターミナルで騒ぎを起こしたから任意同行されたんだよ。君の運営しているSNSなんてどうでもいい」と警察官は言った。
「なら、お願いします。大統領府に連絡を取って下さい」
「大使館なら取った」
「違います大統領府ですよ」
何度もすがったが、結局呼ばれることはなかった。
胸中は、絶望でいっぱいだった。韓国政府も、日本政府も、アメリカ政府も……何もしてくれなかったからだ。
趙裳白「レーニンの70時間」より引用
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趙社長は釈放され、大阪のビジネスホテルに泊まり仮眠を取りました。その後、ホテルの中で事態を追うことに。
そんな中起こったのが再起動サーバー乗っ取りと、それに対する反撃。この事件に対し、ある1つの方法を思いついたのです。
レーニンの最上級命令は「Uniteの健全な保持」でした。
そして、レーニンの辞書の「Unite」の項には「SNSの1つ。Unite社が管理する」と、「Unite社」の項には「会社の1つ。社長は趙裳白」と書かれていました。
そこで、レーニンの一番目立つところに書き込んだのです。Uniteを管理するUnite社の社長である趙裳白の名義で、「Uniteを閉鎖する」と。
すると、レーニンはそれを他人事のように認識しました。
Unite社社長が何か言っている。社長が言うなら、UniteとかいうSNSが閉鎖するのは本当なんだろう、と。
そして、その記憶は徐々に判断系を蝕んでいきました。
前述した通りレーニンの最上級命令は「Uniteの健全な保持」です。
全ての命令はこれに付随するものであるから、これこそがレーニンの「生きる意味」でしょう。
しかし、その中に登場する1つの固有名詞がこの世から消えてしまったのです。
レーニンは自分の生きる意味が無いことを認識しました。
混乱にすら至らず、ただ、自分はもう用済みであると、そう認識したのです。
本来であればここで再起動サーバーが登場するはずでしたが、その時はまだ新再起動サーバーを生成している途中だったため、そうは行きませんでした。
そして……遂にレーニンは隷下のコンピューター全てに終了命令を下しました。
ネット民が処置してきた病巣への最後のとどめは、趙社長自身で成されたのでした。
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グリーンマン(@greenman0309) 2018/08/13 21:20:01
レーニン止まった?
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309 :ブリュキジット民:2018/08/13(土) 21:27:21.62 ID:rBftERE0ka
DDoSが止まりましたね
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こんなアナウンスが来ているぞ
Unite Official(@unite_official) 2018/08/13 21:20:40
今回の件に関し、Unite社はUniteの管理権限を奪取し、行使主体を無力化することに成功しました
皆様申し訳ございませんでした。また、ご協力ありがとうございました
2018/08/13 21:28:31.24
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レーニンは死んだのか。やった
2018/08/13 21:29:32.97
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レーニンの死後、彼らはインターネット中でその喜びを分かち合いました。趙裳白は一時逮捕されましたが、ユーザーの嘆願により不起訴処分となりました。
この事件で生まれた、インターネットコミュニティ同士が緊急時に国際協力を行う風潮は、その後のベルリンゲート事件等でも大きく活用されることとなります。
しかし、一つだけ疑問点があります。
なぜ、メディアがこれを取り上げず、政府も対策を講じなかったのか、です。
その後、WikileaksをクラッキングしたAnonymousは重大な事実を発見します。
2016年米大統領選で差別発言で知られたドナルド・トランプ(1946-2017)が当選した時、当時の既存勢力は大いに慌てることになります。
大統領選は反トランプ派による本人への脅迫や、何人かのトランプ側選挙人がクリントン大統領へ投票することを表明したことを受け、トランプ側が立候補を取り下げるという形で終わりましたが、民主党等の既存勢力は民主主義への不信感を募らせました。
そんな時、「韓国のトランプ」と呼ばれる
金は大統領選への出馬を仄めかしたため、韓国政府や有識者層はアメリカやフィリピンのように当選してしまうのではないかと考えました。
――その恐怖は、民主国家の中枢としてやってはならないことへと突き動かしました。
大量のAIを用いて、SNS自体の雰囲気を中道候補支持へ無理やり動かしてしまえというのです。人は周りがやっていることに賛同するもの。すぐに雰囲気に飲まれるはずでしょう。
「インターネット世論適正化計画」。もっと開き直った言い方で言えば、「偽ネチズン計画」。そう呼ばれました。
その為の、「民主主義の良心の砦」役として選ばれたのが、Uniteでした。
Uniteはそれのためだけに「爆発的なブーム」を起こさせられ、ただの個人の趣味だったSNSは人手不足に悩まされることになります。
そして、KAISTや米政府系研究所が開発したAIフレームワークのテストの為に、運営権の確保も兼ねて作られたのがレーニンでした。
これこそ、レーニン事件に政府が関与したがらず、また中道民主主義者の多いメディアが一切報道しようとしなかった原因でした。
──
その後、やはりインターネット民は怒り狂います。危うく、インターネットが"洗脳"されかかったのですから。
そして、ここから先が笑いどころなんですが、それに対してネット民は何をしたと思います?
「署名活動」です!
個人情報が漏れるのを防ぐために自分語りを極限まで抑えていた恒心教徒が!
IPアドレスすら知られるのを嫌いTorに更にプロキシを挿して使っていたAnonymousが!
プロバイダ個人情報横流し事件で怒り狂っていた韓国ネチズンが!
本名という個人情報をさらけ出し、「署名活動」で戦ったのです!
そう。人工知能があるなら、匿名も実名も同じ――署名活動は、ネット運動での主要な路線の1つとなっていきます。
偉いですね。ネットイナゴは自由が1つ無くなれば、その不自由を自由に変えて戦う……。
この署名活動によって、2020年9月1日、「人工知能開発規制条約(CCDAI)」が発効しました。
影響はそれだけではありませんでした。
レーニン事件によって、Webサイト運営の「弾圧」という考え方が広まった結果、Wikipediaで「ワスレナグサ革命」が起こるのですが、それは次回に取っておきましょう。
——
あ、そうだ、最後に興味深い都市伝説を紹介しておきましょうか。
とあるインターネット社会学者の意見によると、あの時あんな国際協力体制が形成されるはずは無いそうです。
つまるところ、レーニン騒動に参加していた人間の中にも、政府や研究所が事態収拾のために送り込んだAIがかなり入っていたのではないかと。
ある時は拡大解釈やデマで場を盛り上げ、ある時は各言語圏を結んで情報のやり取りをし……。
そうでもしないとここまで大きな騒動にはならないそうです。
もし本当にそうだとしたら、レーニンを倒したのはネット民ではなく……AIとそれに命令した政府の人々ということになるのですが……
どうなんでしょうね。
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