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「はいっ到着っと」

「いつもいつもすみません」

 自動で開く後部座席のドアを開けてもらって、外へ出る。

 伊達メガネを掛けた瞳で、マネージャーの疲れたような顔を見た。

「いいのいいの、社長にも必ず家まで送り届けるように言われているし」

「すみません、ありがとうございます」

「いえいえ、それじゃぁまた明日ね。明日は午後からだから半日オフね。ゆっくり休んで」

「ありがとうございます」

「じゃぁね、お疲れ様」

「お疲れ様でした。お気をつけて」

「ありがと~」

 パタン、とドアが閉まって颯爽と車は駐車場を後にした。

 それを一応見えなくなるまで見送ってからオートロックの扉を開けた。郵便物を回収して、エレベーターに乗って部屋へ向かう。

 部屋の前で人差し指を一本前に。ガチャリと開いた音がする。

鍵はない、指紋でこの扉は開くのだ。(一応ちゃんと鍵はある。自分以外が入る時は鍵でしか開かない)

 玄関を開けてスリッパを履いてリビングへ。オートロックで、指紋認証なんて立派なセキュリティシステムがあるくせに、この部屋はとても狭い。

 キッチン、リビング、寝室、風呂、トイレ、のみ。

「つっかれたぁ~!」

 部屋着に着替えて、ボフン、と音を立てて人をダメにするクッションに身を沈める。

「あぁこのまま包まれていたい」

 この部屋が狭い理由、それはこのクッションのせいだろう。リビングの半分をしめるこの巨大なクッション。ローテーブルに置いたパソコンを弄る時も、ご飯を食べる時も、メイクをする時も、うたた寝する時も。大体家にいるときはこのクッションの上だ。

「いけない、いけない」

 できれば明日の仕事の時間まで永遠にここで寝ていたいが、そういう訳にもいかない。

 のそのそとパソコンの電源を上げると、持って帰って来た弁当のふたを開ける。

「んー、この時間食べられるのはこれと、これ・・・」

 慣れた手つきでマウスを動かし、ダブルクリック。口元には夜の時間でも食べられるもの(といってもそんなにないので本当に少しだけ)を運んで咀嚼する。

「ひょうはろうから?(今日はどうかな?)」

 デスクトップに映されたのは、某有名大型掲示板。スクロールして進み、そのなかの一つをクリック。

「ふむふむ」

《みるくん見守り隊スレ》

 みるくん、とは、みるくの愛称のひとつ。

「今日も上がってる♪」

 その掲示板では早くも今日の生放送の事が書かれていた。

《みるくんガチでフェアリーな件について》

《尊い》

《逮捕されたいでござる》

《ワイのハートはみるくんに永遠ロッキンハート》

《俺の弾丸で打ち抜いてやりてぇ!》

《ってかあの流し目めっちゃ良かったわ~!》

 スクロールするにつれ、出てくるファンの言葉。今日の生放送だけじゃない。新しいシングルや握手会の事、小さなアイドル雑誌の記事の事まで。ここに集うファンはみるくの事を全て知っている。

「ありがたいわー、みるくを応援してくれて」

 牧場みるくのことは、なんでも。

「本当、ファンいてこそだからなー」

 にやり、と笑って、弁当に入っていたから揚げをパクリ。本当は食べてはいけないおかずだけれど、一つくらいどうってことないだろう。

 もぐもぐしながらそのまま仰向けに倒れて大きく伸びをする。手も足も目一杯に伸ばして、目尻に涙を溜めて。

 それから足でテレビのリモコンを探して、器用に電源を押す。パッと映ったのは夜のニュース番組。

 だらしない、とは自分でも思う。足癖は悪いし、口も悪いし、部屋着はクソダサいジャージだし、部屋だと前髪ちょんまげみたいにしてるし。これで本当に夢だったアイドルが出来てるんだから驚きだ。社長マジでありがとう。

 まぁ、胸がでかいからって芸名を“牧場みるく”にしたのは社長のネーミングセンスを疑いたくなるし、本当に許すまじだし、最初グラドルで売り出すとか言った時に、私の歌声を聴いて歌手にしてくれたのはマジ神。(まぁ、私の実力を見れば妥当だけど)

「ファンには申し訳ないけどなー」

 尊い、とか、フェアリー、とか言ってくれて本当に申し訳ないけど、これが本当の私だ。でも大丈夫。

 これから一生どんな時も、ファンの前では可愛くてフェアリーなアイドル牧場みるくだし、本当の干物おんなみたいな姿は絶対に見せないよ☆心配しないで、アイドルは夢を売る仕事だもの。


 だから永遠に私に逮捕されててね☆


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