***・オブ・シークレット
山路 桐生
ハイジ号編
第1話 トレイン・シークレット
――それは、奇妙な偶然だった。
――これは、奇怪な必然だった。
私たちは、どこへ行くのだろう。
私たちは、どこにも行けないのに。
***
目を覚ますと、ポォー……と警笛の音が聞こえました。もうすぐ、どこかの駅に着くのかもしれません。
さっきまで長いトンネルの中にいたのに、気がついたら森の中にいました。
目をぱちぱちさせながら、私は大きなガラスでできた窓の外の森を見つめます。
こんなに大きくて、立派な列車に乗るのは初めてで、私はとってもどきどきしていました。だって、こんなにふかふかのお席、座ったことがないんです!
思わず眠っちゃうぐらい、ふかふかで、なんだかお姫様になったような気持ちでいっぱいなんです。
この列車のお名前は、『ハイジ号』といって、私が住んでいるエーゲラス国の中でも一番の列車なんです。
お国のえらーい人が決めた人しか乗れないんだとか、予約が三年…いや十年待ちだとか、色々な噂がたくさんあります。それだけ、この列車はすごいのです。
それにどうして、小さな村に住んでいるだけの、お金持ちじゃない私が乗っているかというと、この列車はもうすぐ、動いてから十年を迎えるんです。それで、列車を動かしている会社の人が、色んな地域の人をご招待して列車に乗せてくれているんです。
たまたまそれに私が選ばれたので、村の人たちとちょっとの間お別れをして、今は立派な列車の中で、うとうと眠っていたのでした。
気がつくと、列車は駅に停まっていました。
乗る人はいますけど、降りる人はいません。
みんな、一緒の場所に行くので、この列車は終点まで、降りる人がいないんです。
ところで私は今日、立派な列車に乗るので、精一杯のおめかしをしてきたのです。でも、慣れないお洋服なので、そわそわしちゃいます。
薄いオレンジ色の、肩が膨らんだ長い袖のワンピース。ピンク色のフリルとリボンがあちこちにいっぱいついてて、かわいいんです。
お気に入りの、フリルがいっぱいついた、ウサギの耳みたいなものが垂れ下がっているカチューシャもつけて、おすましさん。いつもこんなお洋服は着られないので、それだけでも心がふわふわしちゃいます!
蒸気で走る列車は、ぐんぐんと走っていて、野原が遠くに見えました。
終点に行くまではまだたくさんの時間があるので、私は列車の中を見て回ることにしました。
お席は決まっているので、誰かに取られることはありません。トランクから大事なうさぎさんのぬいぐるみのカバンだけを取り出してから、私はふわふわの席から降りました。
列車は長くて、たくさんの車両がついています。後ろの方には、食堂車といって、おいしいご飯が食べられるところと、寝台車といって、眠れるところがあります。
前の車両には行ったことがないので、行ってみようと思いました。
ガラガラ扉を開いて、狭い廊下の右側には、たくさんのお部屋がありました。私のお席といっしょで、個室のようです。
勝手にお邪魔するのはよくないので、通り過ぎます。
前へ前へと歩いていくと、突然、目の前に綺麗な野原と、二本の線が見えました。近くのプレートには、展望車、とありました。
二本の線に沿って、列車は動いているみたいです。野原がぐんぐんと目の前を通っていきます。何だか嬉しくって、私は手すりの近くまでだっと走りました。
手すりから向こうを見ていると、後ろのドアが開く音がしました。誰かが来たみたいです。
「……きれい」
「そうだね、アデル。…おや?先にお客さんがいたようだ」
「…うさぎさん」
アデル、と呼ばれた女の子は、私を見て、うさぎさんと言いました。
同い年ぐらいでしょうか。でも私よりちょっと小さな女の子です。
黒くて腰まである長い、まっすぐな髪が、きれいです。紺色で柔らかそうな布をした、白いフリルがスカートの前側に段々に付いているお洋服を着ています。
服とおそろいの布でしょうか、左右に小さいリボン結びが付いているカチューシャが、とってもかわいいです!どこかのお嬢さんみたいです。
「私、私、アリーといいます!」
「アリーちゃん。…わたし、アデル…」
そう言うと、お父さんでしょうか、大人の人の後ろに、さっとアデルちゃんは隠れてしまいました。
「アデル、ほら、照れていないで、お友達を作りに来たんだろう?」
そうお父さんらしい人は言いますけど、アデルちゃんはもじもじしたまま、動きません。
どうしたらいいかな、と考えて、私はうさぎさんのリュックを目の前にかかげました。
「えっと、えっと…あっ、そうだ!うさぎさん!うさぎさん、さわりませんか?」
「…うさぎさん」
アデルちゃんはそっと出てきて、うさぎさんの手と、握手するようにさわりました。
いつも弟をあやすときにしている、ちょっと高い声で、うさぎさんの両手を振りながら、うさぎさんとしてお話をします。
「ワタシ、うさぎのメリー!アデルちゃん、ヨロシクネ!」
「メリーちゃん…」
「ソウダヨ! アリーともなかよくしてほしいナ!」
「…うん、なかよく、する」
アデルちゃんはたどたどしく、そう言いました。
うさぎさんをそっと下げて、私はにこにこしながらアデルちゃんの手を取りました。
「アデルちゃん、よろしくね!」
「…うん、よろしくね。…アリーちゃん」
ふんわりと花が咲くように笑ったアデルちゃんといっしょに、しばらくの間、お日さまに照らされてきらきら輝いている湖を見たり、原っぱでご飯を食べている牛さんやお馬さんを見たりしていました。
「…アリーちゃんは、一人でこの列車に乗っているのかい?」
「はい、そうです! 私は、弟といっしょに、おばさんの家にいるのですが、おばさんは、お忙しそうですし、おじさんは中々お家にいないので、私だけ、ここに来ました!」
「そうなのか。 寂しかったら、いつでもアデルのところに来てくれて構わないよ。私たちの席の番号は、402号室だから」
アデルちゃんの頭を撫でながら、彼女のお父さんは言いました。
なんということでしょう!私のお席のお隣は、アデルちゃんのところだったのです!
「そうなのですか? 私のお席のお隣です! 私、403号室なのです!」
「おや、それはいい! 是非、遊びに来てくれないかな? アデルもお友達が出来て、嬉しそうだからね」
「…うん。…また、遊ぼうね」
そう言って、アデルちゃんたちは、お部屋に戻っていきました。
私はしばらくそこで、山の向こうに沈んでいくお日さまを見つめながら、おばさんの優しくて温かい言葉を思い出していました。
『あなたはまだ小さいけど、しっかりしているから、大丈夫だと思うわ。お土産話、とっても期待しているからね!楽しんでくるのよ』
たくさんの思い出をぎゅっと詰めるための旅。
それが、それがあんなことになるだなんて。
今の私には、ちっとも思い付かなかったのです――。
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