僕が弓道を続ける理由

冬水涙

プロローグ

第0話 失った栄光

 ――明日は絶対に見に来てね。来なかったらぶっ飛ばすからな。


 起床した瞬間、幼馴染にかけられた言葉が頭の中を駆け巡った。

 二度寝しようと思っていた僕は、重い身体をベッドから起こす。窓から差し込む木漏れ日が、モノトーンだった部屋をカラフルに染め上げていく。温かな雰囲気に浸りながら、僕は大きく両手を広げて伸びた。


「そっか……大会だったっけ」


 昨日の学校帰り、隣に住む幼馴染の試合を見に行く約束をした。

 はじめは大会なんて見に行くつもりはなかった。

 僕には応援に行く権利などないし、幼馴染にかける言葉もない。

 そう思っていたから。

 そんな僕とは裏腹に、幼馴染は昔から変わらない男勝りな態度で僕を快活にどやしてきた。寝起きに思い出すくらい強烈な印象を植え付けた幼馴染の発言に、昨日の僕は迷わず首を縦に振っていた。

 ベッドから抜け出し、身支度を整え、家を出る。うだるような暑さに、クーラーのきいている家内に戻りたくなった。それでも幼馴染の怒る姿が想像できた僕は、戻りたい気持ちを抑え、駅へと向かう。

 電車を乗り継ぎ、大会会場の最寄り駅である大宮公園駅に到着すると、携帯で時間を確認した。既に大会が始まっている時間だったけど、幼馴染の出番まで少し時間があった。携帯をポケットにしまい、ゆっくりと会場に向けて歩を進める。

 大会会場に着くと、懐かしい光景が目の前に広がっていた。仲間を応援する各校の生徒。袴姿がより一層、真剣さを伝えてくる。競技直前の人もいるのか、中には弓や矢を持って見守る人もいた。


「弓道か……」


 僕も弓道をやっていた時期があった。

 初めて弓道を見たのは小学校五年生の頃。最初は弓道をやりたいとは思わなかった。そんな僕に弓道というスポーツを輝かせてくれた人がいた。その人に影響された僕は、その瞬間に弓道をやると心に決めた。そして弓道部のある中学校に進学した。

 僕には弓道の才能があったのかもしれない。

 はじめてから数ヶ月で、上級生と同等の結果を出すことができた。顧問の先生にも褒められ、数少ない大会で優勝を勝ち取るまで成長できた。

 全ては順風満帆だった。

 そんな僕を中学二年生、十二月の練習試合中に悲劇が襲った。

 今まであたっていた矢が、ことごとく的に中らなくなった。

 それでも、中らないだけなら改善の余地がある。射形が崩れているのが、大半の理由だと僕は知っていたから。だからこそ必死に立て直そうとした。中学生最後の大会で優勝を勝ち取るために。

 努力の結果、少しずつ中りを取り戻すことができた。

 でも、僕は中りよりも大切なものを失うことになった。

 僕が一番大切にしていたもの。

 弓道人として、陥ったら致命的な病気にかかった。


 それ以降、僕は弓に触らなくなった。

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