そこで見たのは地獄だった

バリー

第1話 始まり

そこで見たのは地獄だった。

何もかもが壊れ、崩れてゆく。仲間たち、いや仲間たちだったものがそこら中に転がっている異様な光景だった。

わずかな力を振り絞り、何とかその場から逃げてきた。後ろから視線を感じる。

その時、目が覚めた。いやな夢だ。なんなんだこれは。

「全体、集まれ!」けたたましい放送が流れ、服を着替えて集合した。

「今から我々は拠点の奪還及び確保を行う!全員、戦闘準備!」

指揮官の号令と共に一斉に戦う用意を始めた。

私がいる部隊は海上からの支援、それが終わり次第上陸して味方の援護をする。

私がいる部隊が拠点から出発するとき、敵地の方から爆発音が聞こえた。もう始まっているのか。急を要するかもしれない、急がねば。

位置に着き、海上から敵地に向け攻撃を開始した。積まれている重機関砲の重い衝撃が体を震わせる。横では部隊員が距離を測量し、操縦手に伝えている。遠くで敵の兵士が倒れているのが見えた、攻撃は成功のようだ。

操縦手が岸に向かって進み始めている。もう敵はいないようだ。上陸して見えた光景は夢で見たものとまるで一緒だった。

そこには生きていたのであろう人間と思われる物体の破片や塊、苦痛に歪んだ顔をして絶命したのであろう、兵士の遺体もあった。周りを見るとそこはどうやらかつて人が住んでいた場所のようで、所々住んでいた痕跡らしきものがあった。

小さい車のおもちゃや人形、椅子や机の残骸。家族写真と思われるものもあった。

全体、陣地の確保に移れ。命令が下った。

私は無意識に近くに落ちていた写真を拾っていた。また年端もいかない小さい子供。そのそばには父親とみられる男の姿が写っていた。

そののち、敵地の確保に成功し休息を取ることにした。私はその写真をじっと見ていた。

何か感じる。見覚えがある。そう感じたのだ。

数日後、軍の回収船がこちらに来て基地の作成と私たち部隊の回収を始めた。

その時、何か住居跡に見えた気がした。

何だったのだろうか・・。

本部に戻り、報告をしてからもあのことが気になってしょうがない。一体あれは・・。

持って帰ってきた写真を見てみる。なぜ私はこれを拾ってきたのだろうか?分からない、なんだろうか、これに吸い寄せられたとでもいうのだろうか。そんな気がしてならない。

翌日の事、拠点とした地域についてあることを聞いた。あの地域は町があり、かつては人が住んでいたそうだ。だが、先の争いでその町は戦場となってしまった。たくさんの人が亡くなり、生き残った者はほとんどいないそうだ。その町は不運な事に争う両者の中央に位置し、双方欲しいと思っていた場所だった。

私たちはそんな場所に拠点を立てている。そういう話を聞いてしまった。

この写真はその町にいた親子の写真なのだろうか。だとしたらあの時、何か見えたのは・・。

私は部隊長にその地域の調査を申し出た。

部隊長は気にすることなく了承してくれた。

調査をしていて、拾った写真によく似ている場所を見つけた。そこはもう崩壊していて何があったか分からなかったが、写真で気になるものが残っていた。子供の姿だった。いや、もう子供とは言えないような状態だった。全身は黒く焦げ、一体何が起こったのかを真っ直ぐに見せてくる。写真では服を着ていたが、これはもう・・・。思わず目を背けてしまった。とても見てはいられなかった。こんなにも現実は酷く、残酷なのか。何か手に持っている。子供に手を合わせ、ごめんな、と言いながら手を開いて中にあるものを見た。小さな紙だった。そこにはなにか書いてあるようだ。目を凝らして読んでみた。

「お母さん、どこ?」

泣き崩れてしまった。こんな小さい子供が犠牲になっている。いったい何をしているんだ私たちは。罪のない子供を戦争に巻き込んで。それに加えて、そこに拠点を作るなんて。

その日のうちに私は部隊長を通して指揮官に町の犠牲者を弔うよう場所を作ってほしいと願いを出した。私が出来るのはこれくらいしかない、そう思ったのだ。

結果はダメだった。「そこに使う資材があるなら武器の整備に使え」とのことだ。

悲しい。悲しい。とても悲しい。

どうにかして、せめてこの子供だけでも弔ってやりたい。

私は部隊長に無理を言って少量だが備蓄の資材を頂いた。その足であの子供の元へ。

小さいもので申し訳ないが、せめてもの償いをしようと思ったのだろうか。小さな墓標を作り、近くの地面に子供の遺体を埋めて近くに墓標を刺した。そうだ、写真を見る。

子供は他に持っていなかったか。足元にボールがあった。残骸からそれと思われるものをどうにか見つけだして、墓の前に置いた。

これで安心できるだろう。せめて天国では母親と再会できるといいな。

基地に戻ると部隊長が叱責されていた。物資を無駄に使った事を知られたようだ。

「なぜあのような事をした!理由があれば言ってみろ!」

「指揮官どの、私たちは兵士です。ですが、その前に一人の人であり人間です。人を悲しみ、憂い、せめて弔ってやりたいと思う心があります。私の隊員はその思いに正直になった。それだけです」

部隊長は指揮官の目を真っ直ぐ見ていた。

指揮官はその言葉を聞いて少しひるんでいるように見えた。

そのあとで聞いたのだが、指揮官は私に対して処罰を下そうとしていて、部隊長がそれを止めようとしていたとの事。

お前は気にしなくていい、部隊長にそう言われたが有り難い事だ。

私の行動が引き金となったのか、私がいる部隊を中心として犠牲者を弔う慰霊碑を作ることになった。指揮官はその時の行動が問題となり、軍をやめたという話や階級を落とされたとか色んな話が憶測で飛んでいる。

慰霊碑を作ることになり、犠牲者の方の名前や遺物、なにか身分が分かるものを探索する部隊も編成された。その部隊に私は入ってはいなかった。理由は聞いていない。聞いたところで私には関係のない話だ。

犠牲者の捜索、身元の判明が進むと、ここがいかに酷い戦場だったかが分かってきた。

身元が判明、または証明出来るようなものが見つかったのは少なかった。私が埋葬した子供の身元は分からなかった。犠牲者の中には、とても直視出来ないような状態の人もいれば、地下室に籠っていて状態が良く、顔が分かる人もいた。だが共通しているのは皆、苦しんで死んではいなかった。あの子供を除いては。私も個人的に捜索部隊に参加し、子供の親を探した。親子の姿を見るとすぐさまそのそばに駆け寄り、写真と照らし合わせたが全員違っていた。違う、この人も違う。この人もだ。

捜索を開始して一週間が経っただろうか、残りの場所を探索している時、ある扉が目についた。戦闘があったのにも関わらず、その扉は真新しいように見えた。まるでそこだけ戦闘が行われていないようだった。ゆっくりと扉を開ける。その中は外とは違う、異様な空間だった。部屋の中は綺麗に片づけられていて、まるで生活感を感じられなかった。部屋の中を探索すると寝室があった。その部屋のベッドの上に人の死体。さすがにここまで人の遺体を見ていると慣れてきてしまうのか。

その遺体のそばに書き置きがあった。

「もし、これを読まれているという事は私は亡くなっているのでしょうか・・・」どうやらベッドの遺体になった方が死ぬ前に書いた遺書のようなものだ。

「私はこの町の町長です。今、外では激しい戦闘が繰り広げられています。なぜ私たちが巻き込まれなければいけないのでしょうか?私たちは、ただ平穏な生活をしていただけなのに。何故なのでしょう?」

申し訳ない、その気持ちで一杯だった。

「この手紙の近くにボイスレコーダーがあります。それには戦闘の激しさ、虚しさ、悲しさ、そして私たちの心からの叫びが入っています。これを読んでいる方。お願いです、どうか、この私たちの叫びを、生きていた証を、世界に公表してください。それが私の最期の望みです」

手紙に書いてある通り、ボイスレコーダーがあった。少し血が付いている。もう・・限界だったのだろうか。遺体をよく見ると死因は外傷ではなく何かの病のようだ。ゴミ箱に薬の包。生きてこの惨状を伝えようとしたのだろう、この証明を持っていこう。これ以上こんな人を増やしてはいけない。

探索から戻り、すぐに部隊長と新しく就任した指揮官にこの証言と遺書を見せた。

指揮官は泣いていた。そして、出来る限り早くこの声を届けると言ってくれた。これであの人の願いも叶うはずだ。

その後も捜索は続き、九割の方の身元は分かった。それでも一割の人がいまだに分からない、申し訳ない。こちらも全力でやっているのだ。

その後、慰霊碑の作成が完了し、随時犠牲者の名前を刻んでいった。刻み込む度に悲しみがこみあげてくる。早くこの争いを止めなければ。

悲しみに浸っている暇はなかった。すぐに戦場に戻らないと行けないようだ。

久々に聞く機関銃の爆音。味方攻撃機のエンジンが空気を震わせている。

次々と敵兵士を倒しているが数が減らない。

あちらも本気になってきたのか。

長い戦闘の末、どうにか敵の拠点の一部を手に入れた。まずはここを前哨拠点としなければ。

簡単な設備を設置し、どうにか使えるようにした。ここから攻めないと。

地上で我々が前線を広げている間に空中では味方の戦闘機が空中を舞っている。

偵察機から情報が入った。空中は我々の軍が上位に立ち、敵戦闘機の姿はほとんど見られなくなったとの事だ。次は我々が活躍する番だ、と思ったがここにきて敵の抵抗が激しくなった。あともう少しで敵の本拠地が見えるというのに・・!

抵抗が激しく、こちらの戦力もだいぶ削られてしまった。私が所属する部隊も負傷者が増え始め、残った隊員も数少ない。武器の貯蔵もどんどん減ってきている。これはどちらも耐久戦か。どちらが先に倒れるのか。

敵もだいぶ弾薬や資源を使っているはずだ、このまま押し切れないものか。そう思った矢先、基地の近くで爆発音が響いた。敵の迫撃砲が届いたようだ。向こうは短期決戦にしようとしているのか補給線を断とうとした。それではこちらも対抗しなければ。部隊長からの提案で少数の人数で敵陣地に潜り込み、敵の武器庫及び補給線を破壊し、継続戦闘を不可能にするという作戦が出された。

私も含めて三名の志願者が集まり作戦は実行されることとなった。

実行は深夜二時。敵の照明が当たらない路地裏を進み、最小限の戦闘で敵の陣地に潜り込むことに成功した。

ここからは感と運が重要になってくる。偵察機で情報を得ようにも対空砲が邪魔をし、肝心な基地の全体図は得られなかった。ここでは何が起こるか分からない。

慎重に進み、一つの小さな倉庫を見つけた。

隊長の手信号を合図に隊員がゆっくりと倉庫に侵入した。中は広く、入っている物は見る限りだと日用品のようだ。

「ここは違う様ですね、どうしましょうか?」

「無闇に破壊はするな。こちらの存在がばれてしまう。破壊するのは目標だけだ」

その言葉を最後に我々は倉庫から脱出し次の建物を目指した。隊長が止まり、手で停止せよと命令を出している。

よく見ると先に敵兵士が。目測だが五十メートルほどだろう。巡回中のようで、周囲を見渡している。まだこちらには気づいていない。

「このルートは困難だ。別の道を探すぞ」

「ですが、ここを渡ることが出来れば最短で目標の近くに行くことが出来ます」

「作戦を忘れたのか。我々は破壊工作の為にここまで来た。不要な戦闘は避けるべきだ。いくぞ」

部隊長の叱責が飛び、隊員は少し不服であったが隊長の後を追っていた。

そこから回り道をして、ようやく目標がある建物へ着いた。隊長が慎重に中を確認し中に誰もいないことを確認すると隊員を呼んだ。

そこには数え切れない量の武器の備蓄があり、ここにある量だけでしばらくは戦えるほどだった。

隊員に指示し、早速破壊の準備を始める。

私も爆弾の設置をしていたが、見れば見るほど恐ろしい量だ。これだけの量が味方に降り注いでいたらどうなっていた事か。

全ての設置が終わり、あとはここを爆破するだけとなった。

倉庫の裏口から出て基地から逃げようとしたその時、何か反応した。後ろを見ると赤外線センサー。しまった。基地のサイレンがけたたましい音を立てる。気づかれてしまった!

「全員走れ!逃げるぞ!」

隊長の怒号と共に一斉に走り出した。同時に倉庫が爆発する音が聞こえた。作戦は成功のようだ。

翌日、敵の指揮官が来て降伏するという事を話に来た。あの作戦が大打撃になったようだ。

こちらには戦う意思はもうない。降伏する。

我々の指揮官はその話を受諾した。

降伏した敵軍に対して指揮官が言った言葉は衝撃的だった。

「皆さん、私たちが争っているこの場所で何万もの罪のない方が犠牲になりました。私たちに出来ることはせめてその方々を弔い、償いをすることではないでしょうか。どうか皆さん、力を貸してください。戦争は終わりました。今は敵味方なんて関係ありません。全員が加害者であり、被害者です。どうかお力添えして頂きたい」指揮官は頭を深く下げた。

負けた相手に頭を下げている姿を見て、あちらの兵士は驚いている。それから、両者共同で犠牲者を弔うための慰霊碑が作られた。

そこにはこう書かれている。

この戦争で多くの命が失われました。

二度とこのような悲劇を生みだしてはなりません。

犠牲となった方々に心からの謝罪と安らぎを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そこで見たのは地獄だった バリー @bari-barton

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ