『EJECT』
朱里井音多
『EJECT△□』
※前編・中編・後編で一続きです。
『EJECT』 ー前編ー
高二の夏休み、幼なじみの橋口と久しぶりに会った。
夏期大会で敗退して、部活漬けの日々が終わったところへ、「メシでも食おうぜ、石川」と、電話がかかってきて。
最近、橋口の方もバンド活動が忙しいらしく、顔を合わすのは二ヶ月ぶりだった。
ファミレスに現れたあいつは、なぜか左腕の付け根から先まで包帯を巻いていた。
「しばらくだな。昔は毎日遊んでたのにさ」
橋口が軽い調子で言うから、
「そんなことより、その腕、どうした?」
と、こっちが気づかう
「ああ。バイクで転んで折ったんだ。これじゃベースも弾けないから、バンドも休みにした。おかげで暇をもてあましててさ」
「おいおい。気をつけろよな」
と言った後、腕のことはそれっきりで次の話題に移った。
あっさりしてると思うかも知れないが、男同士ってそんなものだろう。相手が可愛い女の子なら、小一時間、心配する振りしてもいいけど……。
で、俺たちの次の話題というのは、まさに可愛い女の子のことだった。
小柄で、ショートカットで、目が大きくて、俺と橋口がずっと片想いしていた女。
あの頃はよく三人で遊んだのに、みんな別の高校に進み、集まることもなくなった。
「里実、今ごろ元気かな? 俺も暇になったし、久しぶりに遊ばないか」
そう言い出したのは橋口だ。
「うん。あいつがOKなら俺はいいよ」
さっそく橋口がメールを送ると、その場で返信が戻ってきた。
今日は用があって無理だけど、来週なら空いてるよ——と。
メールの往復が続いて、再来週の土曜に花火大会へ行くことが決まった。はしゃいでいる橋口を見て、まだ里実が好きなのかな、なんて思ったりした。
「それはさておき、今年もやるってよ。例のやつ。橋口のところにも連絡来ただろ?」
メロンソーダを
「ああ。『ヤロウ会』の話だろ。今週の金曜だったよな」
ヤロウ会は、つまり女子会の反対で、中学時代に男子サッカー部だったメンバーの集会だ。毎年このくらいの時期に開かれ、江戸川の土手に集まってサッカーしたり、だべったりするのが恒例だった。
出席するかと聞いたら橋口は笑って、
「暇なのにさぼったら、憲ちゃんにぶっ飛ばされるだろ」
「じゃあ、また得意のアレが聞けるんだな」
楽しみにしてるぞ、と俺は言った。
アレというのは、ヤロウ会名物『橋口の怖い話』のことだ。
昔から橋口は恐怖体験とか心霊モノが好きで、いろんなメディアから話を仕入れて知っている。橋口がその中のとっておきを
「でも、いい加減みんなも飽きただろう」
橋口は苦笑して言った。
「いやいや。むしろ、アレがメインじゃないか。俺も毎年、期待してるし」
こいつの怖い話は内容も怖いが、語り口が独特で臨場感がすごい。
例えば、『赤いチャンチャンコ着せましょか』みたいな定番の話でも、コイツにかかると鳥肌が立つほどリアルで恐ろしくなる。
稲川淳二の後を継ぐべきだと、以前、本気で忠告したくらいだ。
「今年もやるかどうかは考えとくよ……」
橋口は乗り気でないような口ぶりだった。
――人を恐がらせるのが好きなくせに、もったいぶりやがって。
そのときの俺はそう思っていた。
◇ ◇ ◇
次に橋口と会ったのは十日後。
花火大会当日の夕方だ。
その前に開かれたヤロウ会は、橋口が夏風邪を理由に欠席したからだ。
おかげでヤロウ会は怖い話抜きで終わり、締まらない空気のまま解散した。会の企画者の憲ちゃんが、「今度はあいつが来られる日にやろう」と言い出したくらいだ。
神社の境内で里実を待つ間、そのことを話したら橋口は笑って、
「だったら石川がやれば良かったのに。おまえだって怖い話くらい知ってるだろ?」
「俺がやってもダメなんだよ。みんな橋口の語りを楽しみにしてるんだから」
「それは悪いことしたな。来年は風邪ひかないように気をつけるよ」
そう話しているところへ、
白地に咲いた青の
里実のやつ、さらに可愛くなったな――と俺は思った。
たぶん橋口もそう思ったはずだ。
「浴衣着て来るなんて気合入ってるじゃん」
そんな軽口をたたく前に、少し間があったのが証拠だ。
「私、自分の浴衣持ってないから。お姉ちゃんのを借りたんだけど……変?」
里実が不安そうに聞いてくる。
「変じゃないと思うよ」
俺は答えた。すごくきれいだ、とは言えなかった。
「夏らしくていいじゃん」
と、橋口は俺よりマシな返事をした。
里実の方はわからないが、俺たち二人はかなり緊張していたと思う。
どんな距離感で接すればいいか迷ってしまい、最初のうちは会話もぎこちなかった。
花火会場の土手にブルーシートを敷き、屋台を回って食べ物を調達する頃になって、ようやく昔のノリが戻ってきた。
いよいよ花火が打ち上がり始めると、俺と橋口は声が枯れるほど叫んだ。フィナーレの大連発の時には、肩を組んで中学の校歌をうたった。
里実は俺たちを見て笑い転げていた。
あの頃に帰ったみたいだった。
花火が終わり、地元に向かって歩きながら、懐かしい話でまた盛り上がった。
墓地のそばの道に差しかかった時、里実が思い出したようにこう言った。
「昔、三人で遊んでてこういう場所を通ると、いつも橋口君が怖い話を始めたよね」
「そう言えば、そうだったよな」
「本当に怖かったよ。そういう夜は、一人で眠れなくて――お姉ちゃんのベッドにもぐり込んで怒られてたんだから」
「里実らしいよな、それ」
俺は笑った。
たぶん、里実の怖がる姿が見たくて、橋口はわざとやっていたんだと思う。
「安心しろよ、今はそういうのやめたから」
と、妙にマジメな口ぶりで橋口が言った。
「へえ、どうして?」
「飽きたんだよ。幽霊がいるわけないんだし、結局、全部作り話だろ。そういう子供だましみたいなのは卒業したんだ」
「怖い話をやめたの? 橋口君の特技だったのに」
里実が確認するようにこっちを向く。
俺も初耳だったからびっくりしていた。
「なあ……ひょっとすると、ヤロウ会に来なかったのもそれが原因か?」
だが、橋口は質問に答えなかった。
話を聞いていなかったような顔をして、
「さて、この後どうしようか? ひさしぶりに三人で集まったんだし、解散するにはまだ早いだろ」
話し合った結果、里実の意見が通って、みんなで橋口の家へ行くことになった。
◇ ◇ ◇
橋口家は公園の向かいの大きな家で、本人と父親の二人暮らしだった。
その父親も出張で不在がちのため、中学時代は同級生の溜まり場だったし、友達を泊めることも多かった。
とにかく多趣味な橋口は、まるでおもちゃ箱みたいな部屋に住んでいて、それが同級生の集まる理由でもあった。
ゲームソフト、ゲーム機、小説、CD、アニメや映画のビデオ……それぞれ専用の棚があったくらいだ。
膨大なマンガのストックを目当てに、俺や里実もよく
中でも、橋口が一番の自慢にしていたコレクションは、大型テレビの下に並んだ大量のホラービデオだった。
大昔のスプラッタ映画から、テレビで放映した怖い話特集の録画、一時期はやった『呪いのビデオ』まで、あらゆる種類の恐怖映像がそろっていた。
それが橋口の怖い話のルーツでもあったわけだが――。
この夜、俺と里実が部屋に入っていくと、ホラービデオのコレクションがすっかり消え、かわりに洋楽のCDが並べられていた。
俺の記憶が正しければ、二ヶ月前に来たときにはまだあったはずだ。
気になって聞いたら、橋口は首を振り、
「ああ。少し前に全部捨てた。そういうのは卒業したって言ったろ」
そこまで徹底してるのか……。
なんだか腑に落ちないものを感じた。
「あんなに好きだったのにね」
と、里実も不思議そうだった。
「そんなことより、みんなでこれやろうぜ。最近かなりハマってるんだ」
そう言って目の前に出されたのは、スーパファミコンのソフトだった。
「いまどきスーファミかよ。もうすぐプレステ3が出るっていうのに」
「
橋口の猛プッシュに押しきられ、3人でそのソフトをやることになった。
で――始めてみると確かに面白い。
里実もかなり気に入ったようだ。
想像以上にのめり込み、2時過ぎまでぶっ通しで遊び続けた(途中、里実は友達の家に泊まると母親に連絡していた)。
ゲームが終わっても夜は終わらなかった。
橋口がオススメのアクション映画をビデオで流し始めたからだ。
俺は懸命に睡魔と戦ったが、オープニングロールを見終わる前にソファの上で意識を失った。
◇ ◇ ◇
目が覚めたとき、窓の外はまだ暗かった。
部屋の壁時計は四時三十分を指していた。
ふと見回すと橋口も里実もいない。
あいつら、コンビニにでも行ったのかな?
玄関から外へ出ようとしたら、向かいの公園で抱き合っているカップルが見えた。
こんな時間によくやるぜ、と眺めているうちに、それが橋口と里実らしいと気づいた。
俺は慌てて家の中へ入った。
見てはいけないものを見た気がしたからだ。
物音を立てないようにドアを閉め、橋口の部屋へ帰って横になった。
もう一度、眠ろうとしたが寝つけない。
目を閉じたままいろいろ考えた。
橋口が里実に未練があるのはわかっていたが、こうなるとは想像もしなかった。
青春だなと思いつつ、
応援したい気持ちの裏側で、仲間外れのような
朝日が昇り始める頃、橋口と里実は部屋に戻ってきた。
さらに一時間、寝たふりを続けてから、俺はようやくソファから起き上がった。
なぜか二人は目を合わせようとしなかった。抜けがけしたみたいで、うしろめたいんだろうな、と思った。
コンビニで朝飯を買って食べた後、その日は解散することなった。
里実が交通事故に遭ったと聞いたのは、その一週間後だった……。
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