ハゲでデブで冴えないリーマンだった俺が異世界転生して無双するぜ!
澤田慎梧
本編
俺の名前は
――いや、正確には「だった」だな。
ある日、ポケ●ンGOをプレイしながら歩いていた俺は、歩行者信号が赤なのに気付かずに、うっかり横断歩道を渡り始めちまった。
で、運悪くそこに大特トラックがやってきて、見事に
あっという間のことだったので、殆ど記憶が無いのが幸いってやつかな?
でかいクラクションの音と、すぐ真横に迫ったトラックの鼻っ面が最後の記憶だ。
――ったく、トラックもちゃんと前を見やがれってんだよな?
まあ、それはともかくとして、とにかく俺は死んだ――はずだった。
だけど気付いたら、真っ白な壁に囲まれた不思議な部屋で、パイプ
ピンと来たね、「あ、これ異世界転生ってやつだ!」って。
ラノベ読んどいて良かったね。
案の定、しばらく待っていたら、まばゆい光と共に目の前に女神さまが現れた。
輝く純白の七対の翼に、まぶしいまでに
「ガトー・ユースケさん、突然のことで驚かれていると思いますが……」
「あ、そういうのいいんで。俺、死んだんですよね? で、異世界に転生しろってんですよね?」
「え? あ……はい、その通りですが……」
先読みするような俺の返答に女神さまは戸惑い気味だったが、訓練されたオタクには今や異世界転生は常識――分かり切った説明を聞く必要はないよな?
で、女神さまのお話はやっぱり予想通りだった。
魔王の軍勢に苦しむ異世界に転生して、戦士の一人として戦ってほしい、ってやつだ。
「選ばれたただ一人の勇者」じゃないってのが不満と言えば不満だが、まあ「女神の加護」、つまり俗に言うチート能力も授けてくれるって言うから、そんなに悪い話じゃない。
「それでユースケさん。転生先なのですが、今の
「後者でお願いします!」
話を遮って答えた俺に、女神はまたもや戸惑いの表情を見せた。
「え……? 記憶と能力はそのままでも、全くの別人としての人生を送ることになるのですよ? ご両親から頂いた大切なお名前も、慣れ親しんだ肉体ともお別れすることになります。自己同一性の保持に苦労されることになるので、あまりおすすめは出来ませんが……」
「いえ、新生児としての転生も選択肢にあるってことは、魔王との戦いは短期ではなく長期に渡るってことですよね? 少なくとも十年二十年単位の話なんじゃないですか? だったら、アラサーの俺のまま転生するんじゃなくて、新生児として若くてピチピチな俺として生まれ変わった方が、長く戦力になると思うんですが?」
「……なるほど、一理ありますね」
女神は何やら感心したようにウンウンと頷いているが、俺の口からでまかせに騙されるなんて、もしやチョロ女神なのでは……?
――そう、今の俺の言葉は全く本心ではない。
ただ単に、今の俺の外見とオサラバしたいだけなのだ。
学生時代の不摂生が
親戚はみんなスマートでフサフサなので、法事などで集まった際には、俺だけアウェイ感が酷いくらいだ。
文字通り生まれ変われるのならば、一からやり直せるほうが良いに決まっている!
その後、どんな「
あ、もちろん「美形の両親のもとに生まれたい」という要望も忘れてないぞ?
◇◇◇
『リチャード坊ちゃま~、こちらですよ~』
美しい庭園で、
俺は無邪気な笑顔を浮かべながら、メイド達の方へと駆け寄り、抱き付く。メイド達は我先にと俺を抱きしめ返し、俺はたちまちもみくちゃにされる。
――もちろん、さりげなく胸や尻をお触りすることも忘れない。子供の特権だ。
俺が異世界転生して、既に六年が経とうとしていた。
要望通り、「王都」の裕福な家庭の長男として転生した俺は、
今の名前は「リチャード」と言う。元々の世界にも似たような名前があったが、何か繋がりがあったりするんだろうか?
まあ、あったとしても今の俺には関係ないがな。
両親は絵に描いたような美男美女であり、当然その子供である俺も、ふわふわの金髪に愛くるしい碧眼を持った、文字通りの美少年として生まれた。
更にそこに、女神からもらった「
女神は「魅了」が戦いの役に立つのか? と不思議がっていたが、無条件で他人から好意的に接してもらえる「魅了」は、使いようによっては最強の能力だ。
直接の戦闘力には寄与しない(魔王の軍勢には能力が効かない)が、何も俺自身が戦いの矢面に立つ必要はない。有用な人材を見極めて、その人間を
とは言え、もちろん俺自身も弱いわけじゃない。むしろ強い。
俺が転生したこの異世界は、絵に描いたようなファンタジー世界。剣と魔法がものを言う。
女神が言っていたんだが、俺達の世界から転生した人間は、何故か強大な魔力を持つんだとか。だからこそ、志半ばで死んだ人間をこちらの世界に転生させているらしい……。
で、だ。当然のことながら、俺もチートに近い魔力を持って転生したんだが、加えて、本来は「自分のままで転生」した奴にだけ与えられる、この世界の基礎知識や学問・魔術の知識を、女神に頼み込んで与えてもらってるんだ。
女神には「新生児として一から学び直すから必要ない」って言われたんだが、「出来なくはないんでしょう?」と詰め寄って頼み込んだら、あっさり折れてくれたよ。
お陰で、これから魔術学院に通って十年くらいかけて学ぶ知識や技術を、俺はもう完全に会得していた。
周囲には、「屋敷の図書室にあった魔術書で独学した」って一応の理由を付けてあるがね。
既に王都の一部では、俺の名前は「神童」として有名になりつつある。
いやー、してみるもんだね、異世界転生!
これからのバラ色の人生を思うと、笑いが止まらないぜ!
屋敷のメイド達をはじめ、知り合いの女はみんな俺に夢中だしね! 女に困ることはないな。
今はまだ子供だが、もっと大きくなれば、別の楽しみも出てくるしな!
……おっといかん、下品な笑いが出そうになっちまったぜ。今の俺は天才美少年なんだ。それらしい表情を作らないとな。
まったく、異世界転生は最高だぜ!
◆◆◆
――同じ頃、王都における最高学府・魔術学院にリチャードの母親の姿があった。
彼女は、ある疑念を抱いており、そのことを国一番の賢者であり恩師でもある、大魔導師に相談しに来ていたのだ。
「――先生、相談というのは、息子のことなのです」
リチャードの母親は、憂いを帯びた表情でその悩みを打ち明け始めた。
「息子さんか。かなりの神童と聞くが……なにか、問題が?」
「はい……実は、息子は……息子は、
その言葉に、大魔導師の緊張感が一気に高まった。
リチャードの母親は名門の出であり、大魔導師の教え子の中でも特に優秀であった。
その彼女が、よりにもよって腹を痛めた自慢の我が子を「息子ではない」と言ったのだ。それは恐らく、予感ではなく確信であろう――。
「……詳しく、話してみたまえ」
「……はい。最初は、小さな違和感でした。息子は確かに愛くるしい外見をしていますが、それにしても他人からの愛され方が異常です。ずっと私を目の敵にしてきたトラベルクラ公爵夫人までもが、息子の前では屈託ない笑顔を浮かべていました――あれは、何か良くない
「あの陰険な公爵夫人が、かね……?」
大魔導師は思わず驚きの声を上げた。
トラベルクラ公爵夫人が屈託のない笑みを浮かべるなど、天変地異の前触れとしか思えない――つまりはそのくらいに陰険な女性なのだ。
はっきり言ってただ事ではない。何か、魔術的な作用が働いていると疑うのも無理はないだろう。
「それに……その……息子は屋敷のメイド達とよく
「……それは、才ある者にありがちな、早熟な好色……ということではなく、かね?」
「はい、私も最初は『男の子だからこんなこともあるのかもしれない』と思ったのですが――時折、本当に時折、息子は酷く好色そうな目つきと表情を見せるのです。あれは……
その目つきとやらを思い出したのか、彼女はそこで大きく身震いした。表情は
「ふむ……」
余人がこの話を聞けば、「彼女は我が子の突出した才能を受け止めきれず、神経を病み、妄想を抱いているのだ」と思ったことだろう。
だが、大魔導師には、彼女の言葉が妄想の類だとはどうしても思えなかった。
彼女の様子からは、それほどの切実さと真剣さを感じるのだ。
大魔導師は一つ溜息をつくと、自らの書き物机の引き出しから両面の手鏡を取り出し、そっと差し出した。
「母親の勘は決して馬鹿にできぬ、か……確かに、息子さんに
「これは……?」
「それは『真実の鏡』という。片方の鏡に映した者の真実の姿が、もう片方の鏡に映し出される魔法道具だ。真実の姿とは、即ち魂の姿……。なにか悪いものが憑いているのならば、その姿を映し出すはずだ。
これで、息子さんの姿を確認してみるといい――」
――リチャードの母親は、鏡を受け取ると「ありがとうございます」と一礼し、駆け出すように部屋を出ていった。すぐにでも「真実の鏡」で息子の姿を映し出すのだろう。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
もし、淫魔の類がとり憑いているのなら、退治せねばならないだろう。
問題は、幼子の脆弱な魂が、まだ無事でいるかどうかだが……。
「彼女と、その息子の未来に、幸多からんことを――」
祈るようなつぶやきを漏らすと、大魔導師はパイプに詰めた薬草に火を点け、深く一服するのだった――。
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