されど異世界はそこに在り

阿山ナガレ

第1話 トラックのトラックによるトラックのための転生

 迫りくるトラックを前に、俺はようやくそのことを思い出した。

 

 ――俺は、すでにこの光景を知っている、と

 

 このトラックに轢かれてしまうのが、正しい流れなのだろう、とも思った。

 だが、俺の身体は咄嗟に反応した。そのトラックがどう動き、どう俺の身体に衝突するのかを、既に知っていたのだ。俺は軽やかなフットワークで、その車両を華麗に避けた。

 

 俺の居た地点から数メートル進んだ場所で、トラックは静止した。その運転手が慌てて車を降り、青ざめた顔で俺に頭を下げてきた。どうやら考え事をしていて、赤信号が目に入っていなかったらしい。なんとも、はた迷惑な話であるが、俺はそれを笑って許した。紙一重ではあったが、無傷で済んだのだ。「これからは気を付けてくださいよ」と告げ、その場は水に流してやった。

 ペコペコと頭を下げながら、運転手はトラックに乗り込んだ。やがて信号が青になり、その車体はゆっくりと動き出す。俺はその赤いテールランプを見送り、安堵の溜息を吐いた。

 

 ――二度と御免なのだ。あんな世界に行くのだけは。





「こら!」


 どこからともなく声がした。辺りを見回すも、誰もいない。


「こら! タカユキ!」


 再度、声が響いた。間違いなく俺の名前を呼んでいる。俺はもう一度辺りを見回したが、やはり人影はない。


 ああ、言い忘れていたが、俺の名前は岩切タカユキ。どこにでもいる普通の高校生だ。……あ、いや、普通の高校生と言っておこう。つい先ほどまでそう思っていたのだが、あのトラックを見た瞬間に思い出したのだ。俺は、普通の高校生ではない。断じてない。


 声はさらに続ける。


「どういうつもりだ、タカユキ。何故トラックを避けたりした?」


 どこから聞こえてくるのは分からないが、俺は空を見上げて、その声の主に語り掛けた。


「このクソジジイ! その声、その口調、忘れもしねえぞ!!」



 俺はその声に覚えがあった。もし、俺があのままトラックに轢かれていた場合、今頃はこの声の主と対面していたことだろう。俺はその名を呼んだ。


「神様だな!? また俺を殺して、異世界に連れ込む気か!?」


 そう、この声の主は神様である。ただ、この世界の神様ではない。の神様だ。あのトラックを遣わしたのも、こいつの仕業だ。かつて、俺はこの爺さんに殺されたことがある。その時も、凶器はトラックだった。そして今、俺は前回と全く同じ交差点、全く同じタイミングでそれと遭遇し、無事に避けきったわけだ。

 神様が俺の言葉に反応した。


「その通りだ。お前の力がまた必要になったのだ」

 

「ふざけんじゃねえ、クソジジイ!! 俺は、絶対に行かねえぞ!!」

 

「そうはいくか。何としても、お前の魂は連れて行く」


 そう言うが早いか、俺の視界にまた別のトラックが現れた。それは正面から真っすぐに俺に向かってくる。さらに見ると、もう一台、俺の右側にもトラックが現れた。これまた俺に向かってまっしぐらに疾走している。


「二台かよ!?」と叫ぶと、また神様の声がした。


「違うぞ。四台だ」


 そう言われ、慌てて周りを見回した。その言葉に間違いは無かった。その交差点の前後左右、全ての道にトラックが現れていたのだ。その四台すべてが、俺に標的を絞り、まるでホーミングミサイルのように俺の動きに合わせて迫ってくる。どう考えても、逃げ場は無かった。


「うおおおおお!!??」


 俺は思わず絶叫していた。そして必死に考えた。この状況から生還することを。この危機を脱する方法を――。



 まずは前後から来たトラックが、俺の居た地点で正面衝突した。双方のフロントグリルがぶつかり合い、ぐしゃりと潰れた。もしも俺がそこに立ち続けていれば、間違いなく肉片と化していたであろう。さらに、その側面に三台目、四台目と激しい音を立てて衝突する。四台のトラックがぶつかり合い、その車体が大きくひしゃげた。


 そして、俺はというと――、正面から来たトラックの屋根の上に居た。できるかどうかは一か八かだったが、に成功し、俺は思わず涙ぐんだ。さらに、危機を脱した安心感と共に、多量の汗が全身から流れ出た。

 脱力し、トラックの上でへたりこむ。その周りを、白金製の八枚の羽根が飛び回った。このうちの一枚が、俺の身体を空中へ運び、命を救ってくれたのだ。


「むう? 魔法を思い出したのか!?」


 神様の声が響いた。

 そう、最初にトラックを見た瞬間、俺が取り戻したのは昔の記憶だけではなかった。俺がで最も得意とした魔法、白金の羽根の魔法プラチナ=フェザーもまた、俺のものになっていたのだ。


「お陰様でな! これでトラックが何台来ようが平気だぜ!!」


 プラチナ=フェザーは、空中を飛び回れる白金製の羽根を八枚まで呼び出せる魔法である。これは色々と応用が利く万能魔法で、俺はでは、かなりこれにお世話になった。この羽根は自在に動かせるだけでなく、羽根から魔法弾を放つことや、羽根に乗って移動すること、そして羽根を耳目の代わりとして情報収集することも可能なのだ。もちろん、羽根そのもので敵の身体を貫くことだってできる。俺はこの魔法ばかり使っていたので、あっちの世界では『白金の魔術師プラチナマスター』なんて二つ名も付いたほどだった。

 

 ともあれ、これで俺は羽根を足場にして空中を移動する手段を持った。神様が何台トラックを用意したところで、空を歩ける俺を捉えることは不可能だ。俺は勝利を確信して、高らかに笑った。


 神様が悔しそうに歯ぎしりする音が聞こえた。やがてそれが止むと、冷静さを取り戻した神様の声が響いた。


「うーむ……。ならば仕方ないな。今日のところはこれで勘弁してやる」


「ん? 今日のところは?」


「今日は前哨戦みたいなものだ。明日から本気を出すぞ。覚悟しておけよ、タカユキ」


 そして、神の声は消えた。その最後の言葉に、俺は呆然とした。諦めていないのだ。あの神は、あの異世界の神は、なんとしてでも俺を殺し、異世界に転生させるつもりでいるらしい。


 だが、俺はそんなことは絶対に御免である。前回の転生では、全くロクな目にあわなかった。またあんな世界に放り込まれるくらいなら、死んだ方がマシだ(これは意気込みを語ったまでで、実際に死んだら転生させられてしまうのではあるが……まあ、それくらいあっちの世界に行くのは嫌だということなのだ)。


 やがて、トラックの一台が炎を上げはじめた。漏れたオイルに引火したようだ。慌ててトラックの上から飛び降りると、その直後、四台のトラックは大爆発を起こした。間一髪で、俺は難を逃れたのだ。恐らくは、これも神様による死の罠の一つだったのだろう。

 

 燃え盛るトラックを見つめ、俺は心に誓った。

 

 異世界転生なんざ、死んでも御免だ。何としてでも、この世界で生き延びてやる、と。


 そして、この日から、俺と異世界の神による、仁義なき戦いが始まったのだった。

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