才川くんと異世界転生

@921921

一章 始まり

第1話 【始まりの始まり方】

 



 俺はその日、夢を見た。


 =====




 まだ薄暗い、春の日の朝。俺はいつも通り英単語帳と睨めっこしながら登校していた。



 俺の通う高校は勉強出来てなんぼの都会から離れたところにある市立高校だ。俺はそこで1位という順位をキープしている。


 全国でもトップクラスの高校が都会から離れているのには理由がある。この高校に通う生徒のために自然などの環境を考慮したため、らしい。確かにここら辺は森に囲まれているし、空気も美味い。

 そして、元々都会から離れた所に住んでいた俺にとっては通学しやすくて好都合だ。




 ここに通う生徒は基本的に暇さえあれば勉強、勉強で忙しい。こうして朝の時間を潰しているのも、午前中にある小テストのためである。

 昨日の夜、睡魔に負けて寝てしまったせいでもあるが。




 ふと、後ろから大型トラックのエンジン音が聞こえて振り向く。

ここは車一台分しか道幅が無いため、トラックなんてのは珍しい。歩行者用に一応歩道があるから危ないなんてことはないが、あれ通れるのか?



 いかんいかん。トラックに気を取られててテスト駄目でしたとか洒落にならない。

集中集中。これじゃあ順位が上位から外れてしまう。



 俺は首を横にブンブンと振り、閉じかけた単語帳を開き直す。先程まで覚えようと見ていた単語を探しながら止めていた足を動かし出した。



 えーと、どこだったか。まだ半分しか覚えてないぞ...あ、もう学校に着くじゃないか。

まだ時間には余裕あるけど、学校では他の勉強しないといけないしな。出来てあと5分ってところだな。

おいおい、今日のテストやばいんじゃないか?




 心なしか後ろのトラックのエンジン音が大きくなっている気がするが、近付いているせいだろう。

 いや、待て、こんな音するか?この焦燥感を煽るような音は、近付いてるだけじゃなくて一気に加速してるような...



 俺が動き出した足を止め、振り向くと先程まで50メートルは後ろにいたはずのトラックは20メートル程の距離まで来ていた。

 それもトラックの鈍重な車体を猛スピードで走らせながら。




 危ないな。道だったこんなに狭いんだし、ましてや俺という歩行者がいるんだぞ。運転手は一体何考えてるんだよ。



 目線を運転手にずらすと、運転手は凶悪な笑みを俺に向けて浮かべながらハンドルを握っていた。

 ゾワッと背中に悪寒が走り、全身の毛が逆立ち、嫌な感覚が体を襲う。



 なんであんなに笑ってるんだ?しかも俺の方を見て。気持ち悪いな。いや、おいおい、まさか...




 そう思ったと同時にトラックが方向を変え、俺の方を向いて迫ってきた。既に10メートル程の距離まで来ているトラックは、先程よりもスピードを上げて近付いて来ている。

 トラックそのものの迫力も相まって、俺は体を硬直させることしか出来ない。



「ウゴァッ‼︎」



 俺は今まで出したこともない声とともに、体の正面にトラックがぶつかり、宙を舞った。

 視界が、血なのかそれとも跳ねられた衝撃なのか赤々と染まり、グラグラしている。体には力が入らず、空中でだらんとしたまま。

 しかし、動かない体とは逆に思考はぐるぐると巡る。



 やばい、やばい、やばい、やばい、やばい‼︎このままじゃ死ぬんじゃないか⁈

体は痛くないのに動かないし、視界も真っ赤だ。

 あぁ、あれは地面か?きっと、このまま落ちたらさっきのトラックに轢き潰されるんだろうな…



あの運転手、見たことなかったけど何だったんだ?いや、ただの快楽殺人者なのかもしれない。



 母さん、ごめん。俺、母さんに何も返せなかった…今までありがとう。




 俺の体はベチャッともボテッとも言えない音とともに地面に落ち、トラックという圧倒的な質量に押し潰された。



 =====



 意識が、まるで水面に浮かんでくる泡のように朧げに現実へと引き戻された。

 俺はそこで目が覚めた。

 視界には暖かみのある光と木の天井だけが映った。どうやらベッドに寝ているようだ。木特有の匂いが鼻腔を優しく撫でながら肺に入って来た。

木の匂いで覚束ない思考が働き出す。

 どうやらさっきのは夢だったらしい。



 なんだ、今の夢…夢のレベルを超えてリアルだったな。あぁ、怖かった。

 今日はあの道通らないで行こう。トラックにも十分に気を付けて行かないとな。

正夢かもしれん。



 俺は起きてすぐの重たい体を起こそうとした。しかし、体は起こせず、せいぜい指や手首を動かす程度で、顔すらも起こせなかった。



 は?なんでだ?いや、ここは見覚えない部屋だ。俺の部屋は木では出来ていないしな。

 

まさか…あれ夢じゃなかったのか?とすればここは病院だが…俺は死んでないのは確かだ。きっと全身骨折とかしてるんだろうな。

 

いや、それなら痛いんじゃないか?さっきから全く痛くないぞ?麻酔か何かが効いて…




 ふと、鼻をムワッと嫌な臭いが包んだ。長時間嗅ぐとえずいてしまいそうだが、どこか嗅ぎなれた臭い。その臭いと同時に自分の下半身に違和感を覚え、下半身の感覚を探る。すると、下半身辺りが何かで濡れていることに気付いた。



 はぁ...最悪だ。確かに夢は怖かったけど、高2にもなっておねしょかよ。どうするよ、これ。体動かないし、誰かに服替えてもらうのか?

 いや、それは恥ずかしいな。でも放っておく訳にはいかないし...



 俺がそこまで考えると、寝ている俺の足の方から女の人が歩いて来た。

 部屋を満たす光を優しく反射させる金髪を背中まで伸ばし、整った顔で困ったような笑みを作って近付いてくる。



 やばい、看護師じゃないか?このままじゃバレるんじゃ…いや、でも替えて欲しいし。てか、あの顔もう気付いてるんじゃないか?もう手遅れってか。終わったな。



 俺が諦めの域に達した直後、ふとおかしな点があることに気づく。



 ん?金髪?看護師で金髪って居るのか?まさか怖い人だったりしないよな。優しそうな顔はしてるけど…

 いや、日本人じゃないんじゃないか?顔も整ってるけど日本人とは違うし。でも、白人みたいな顔って訳でもなさそうだな。どこの人なんだろう。




 金髪の女性は俺のすぐ横まで来ると、慣れた手つきでズボンとパンツを脱がせて新しいものに替えてくれた。パンツというかオムツっぽいけど。

 一瞬女の人にズボンを脱がせられて悲鳴をあげそうになったが、替えてもらっている側として礼を失する為耐えた。



「☆$¥€○*・・☆♪%#」



 女性は俺のオムツを替えながら何かを言っていたが、何を言っているのか全く分からなかった。

 これでも一応英語、ロシア語、イタリア語は話せるんだけどなぁ。話している感じから韓国語ではなさそうだし、フランス語っぽくもない。

 うーん。何語だ、これ?これがこの人の自国の言語なのか?



 女性は新しいパンツで爽やかになった俺を抱き上げ、俺の顔を自分の肩に乗せると歩き出した。



 はぁ⁈どんな怪力だよ!男子高校生を軽々と抱き上げるなんて…


 やっぱり怖い人だったのか⁈このまま俺は臓器を抜かれたりするの‼︎折角死なずに済んだっていうのに…

 これならトラックの方がマシかもしれない。



 驚きと落胆を爆発させていると、俺は体にさっきよりも明らかな違和感を感じた。



 どう考えても手足が短いのだ。腕は女性の半分くらいしかないし足も手と同じくらいの長さしかない。



 うわっ、まさか切り落としたのか?いや、でもさっき指あったよな。じゃあなんで…



 俺の問いかけに応じるかのように女性の後ろ、つまり俺の目の前の窓に答えがあった。

 

そこには驚いた顔をした赤ん坊が、金髪の女性に抱かれている姿が映っていた。




 つまり、俺は、赤ん坊になっていた。




 =====





 それから、大体1週間が経った。

 この1週間、俺が赤ん坊になった理由を考えてみた。しかし、どう考えても名探偵のコ○ン君しか出てこない。



 だってそうだろう、俺は元々高校生で起きたら赤ん坊なのだから。

 違うところを強いていうなら気の失い方が酷かったことと、小学生じゃなくて赤ん坊になったところ程度だろう。


 唯一コ○ン君以外に出てきた仮説といえば、前まで読んでた小説に出てきた転移だ。だが、これはそもそもが違う。



 転移というのは元の状態を保ったまま違う空間へ移動することであって時間は巻き戻せない。

それに仮に時間を戻せたとしても、俺は元々日本人な訳だから、金髪に俺の顔とは似ても似つかぬ顔のこの赤ん坊にはならない。




 つまり、そうだな、いうなればこれは転生だ。

「生まれ変わり」という訳だが、その場合高校生の俺は死んだことになる。そんなの嫌だ。もとの高校生の俺が死んだなんてことは、正直認めたくない。

 だから、本当は転生の案は最初に出たが考えなかった。考えるのが怖かったからだ。



 それに仮に、もとの俺が死んだとしたなら俺は前世の記憶を持って生まれ変わったことになる。

 確か転生すると記憶を失うだとかいうことを何かで読んだ気がする。まぁ誰も転生なんてしてないから信憑性の薄い情報ではあるが。




 他に、この1週間程の中で分かったことはある。その一つが家族だ。



 俺には今分かっている限りで母親と父親が一人ずついる。母親は最初に俺のパンツ、もといオムツを替えてくれた金髪の女性だ。通りで看護師っぽい服も着てない訳だ。


 次に父親だが、この人は数回しか見たことがない。朝早くに家を出て、日が暮れた頃に帰ってくる。きっと仕事か何かに行っているんだろう。

 この人も金髪だが、母親の女性とは少し違った色合いをしている。顔も中々に整っていて、女性に人気がありそうだ。

 美男美女の夫婦という訳だな。



 そしてもう一人、少女がいる。最初は姉かと思ったが、髪の色が違うし、いつも家事をしている。多分お手伝いさんか何かだ。



 年齢はわからないが大体中学生くらいの見た目をしている。紺とは違う、深みのある青髪をうなじのあたりまで伸ばしてあり、垂れ目が穏やかな印象を受ける美少女である。


 ここは美男美女しかいないのだろうか。だとしたら生きづらいだろうな。俺は自分の顔に自信が全くない。まぁそれは高校生の顔であって、この顔ではないのだが。



 彼女も偶に俺のところに来ては、頭を撫でたり、抱き上げたりする。

 美少女に抱き上げられるなんて、ここは天国か。やっぱり俺は死んだのかもしれない。




 冗談は置いといて、もう一つ分かったことがある。それは、俺の名前だ。俺の名前は、アルムというらしい。俺は元の名はあきらだが、「あ」しか合ってない。

 それにこの名前、思いっきりキラキラネームだ。痛々しい名前なことこの上ないな。



 自分の名前を知るのには、元の世界と言っていいのか分からんが、そこでの知識を使った。

 考古学者などが、言語を解明する際は共通する文字から意味を埋めていき研究するのだ。

 それを文字でなく音で出来るかは不安だったが、案外出来るものだった。



 これからもっと多くの言葉を理解し、最終的には話せるようにならなくてはならない。ほぼ、転生で確定しているとはいえ、元の世界には戻りたいのだ。



 まぁ、戻れればの話ではあるのだが…

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