persona(ペルソナ)

@ryoutokura

第1話 遁世

遁世


これから先は死ぬるまで

表に出ないで暮らすひと

たまに表に出るときも

タバコと散歩に日を潰す

働く妻の横顔に力の抜けた目を向ける

鳴るのはテレビの音ばかり・・・。


中略


歌を誰か知らないか?

つまらぬ時に口ずさむ

優しい歌を知らないか?

金のために何をする?

女のために何をする?

人のために何をする?

それでお前はどこへいく?

それで俺はどこへいく?

ららら・・・。


どうだ貴様も暮らさぬか?

俺と一緒に寝て暮らそう



作詞 宮本浩次 (エレファント カシマシ)



晴れ渡る蒼き蒼き空に、ツバメは軽快に舞った。


ワイナリーの入り口の短かき庇の

たいして役に立ったことのない電灯の上に今年も雛が覗く


巣の下に積もるツバメの糞。扉は開いた気配すらない。


甲州のカリスマ醸造家と呼ばれたゴトー(後藤修二)の姿はココにはない。

いつもなら何もかも整然と置かれた醸造システムを見せびらかすようにシャッター扉を開け、ガラスの引き戸を磨き、秋の収穫を夢見て畑仕事に繰り出している。


畑にもいない・・・。


2シーターのホンダの660が軽快に止まる。

荷台には作業台車とケージに入ったニワトリ2匹。

運転席から、驚くほど日に焼けた笑顔の似合う小柄の男、小川が降りる。

と、同時に助手席から首の日焼けあとが痛々しい若い青年、近町。


「たくっ、しょうがねえなあ。どうしちまったんだかなあ。修二。この時期みんな忙しいんだけどなぁ。なあコンちゃん。」


口でツバメの雛の鳴き真似をしながら、入り口の糞を置いてある箒と塵取りでそれ用の一斗缶の中に入れた。


「はあぁ〜。」とため息とも返事とも取れない生返事をする近町。

日本海に面した場所から親の酪農にかける情熱とハードワークに嫌気がさし一度は名古屋に出たが、そこで出会ったワインに衝撃を受けここにいる。口癖は「俺の親父はすごい」。ゴトーに師事したが、あまりにもストイックなゴトーの教鞭に、病的な違和感を感じ小川に相談し今は小川とともにいる。


 ゴトーと小川は山梨一の生産量を誇る明治ワイナリーの製品部ワイン課醸造係を共に勤めた。大学も山梨大の醸造学科の同期、歳はゴトーが1歳上である。主任醸造家を勤めた際国際品評では出品が全て入賞し話題を掻っさらった。本人は全く歓喜せず、自然派と呼ばれる防腐剤を一切使わないワインの作りを極めるため6年前に退職しそのままドメーヌ(自家生産畑で取れる葡萄しか使わないワイナリーのこと)を立ち上げた。

ゴトーはその後主任を務め同じく全出品入賞。ゴトーはその知識と行動力を買われ酵学舎(コウガクシャ)という醸造を教えながらワイン造りをする主任醸造家になり2年前独立。同じくドメーヌを立ち上げる。家庭を持ちやりくりに困窮するのを案じた小川は生産組合に加盟することを進め、ゴトーも加盟した。組合の規約の第1章は相互扶助。小川はそのため飛び回っている。


「大丈スカぁー、ありましたか?」と近町。


「コンちゃん、テープナー(葡萄の枝を鉄線に絡みつける道具)あったあった。あいつ道具新品そのままにしまってある。性格だなぁ。」


「大丈スカぁー」とまた近町。


「コンちゃん、俺を誰だと思ってるのだ?抜かりはない。みんなに声かけた。」

「そんなガラケーでよくみんな呼べますよねえ、メモリー壊れてるのに。」

「コンちゃん、壊れてるんじゃなくて番号覚えてるんだよ。昔は当たりマエダのクラッカー。」

「このおっさんおかしい(笑)」


誰もいないワイナリーに笑い声が少し戻った。


小川が倉庫の脇から外に出ようとした時、1匹の猫が足首に尾を絡みつけた。

「いけねえ、お前も食わなきゃ、いられないよな。」

口の開いたドライペットフードに手を入れると一握り皿に入れた。










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