第33話 答えも解き方も一つとは限らない
2年に進級してから半年が過ぎた。夏休みは東条や守と何度も遊んだし、茜とも出かける時間はたくさんあったが、もう遊んでばかりもいられない。そろそろ進路についてちゃんと考えなければいけない。
思えば今まで自分の将来についてちゃんと考えたことはほとんどない。中学生の頃は自暴自棄になりながら毎日喧嘩ばかりしてきたし、高校生になってもそんな過去に決別しようとして必死だった。……でもそれも言い訳。
本当は自分が何をしたいかなんて全く分からない。そもそも俺は後先考えずに行動する感情タイプの人間。そのせいで損をした経験は山ほどある。そんな自分を変えようと努力してる……つもりだけどそう簡単にはできそうもない。勉強だけはそこそこ真面目にやってきたからとりあえず大学に行くにしても、何の目標もなく大学に行っても、やりたいことは見つからないかもしれない。もし大学に行くのなら叔父さんと叔母さんにもきちんと進学する理由を話さなきゃいけない。どんな勉強をするにしろ負担を増やしてしまうのは間違いない。とにかくちゃんと考えなきゃ………。
「東条。お前進路とか考えてんの?」
「え?そりゃ少しは考えてるよ」
自分一人で考えていても埒が明かないので質問してみた。まずは東条。
「怪我の功名、じゃないけどやっぱり俺は体を動かすのが好きだしそっちの仕事をしたいと思ってるよ。部活には入ってないから体育大の推薦は無理だけど」
「お前今からでも部活に入れば?陸上部なら歓迎してくれるだろ」
「それは遠慮しとくよ。母さんとの時間だって大事だし……それに一人で鍛えてる方が性に合ってる」
「そっか。まぁ部活に入って結果出すことだけが将来につながる訳じゃないしな」
「スポーツジムのインストラクターか筋トレやダイエットの動画配信者を目指したい」
「おう……」
マジかよ……思ったより具体的に決まってるんだな。どっちにしろこいつの見た目なら女性人気は確実に掻っ攫えるだろうな。
「智樹は決まってるの?」
「いや……何も……」
「そっか。焦らずにゆっくり決めたらいいよ」
「守は将来どうすんの?」
「僕はゲームクリエイター目指します!」
質問したら即答で返ってきた。こいつも自分の目標ってのをはっきり決めてるんだな……。
「作りたいゲームは3Dアクション系ですかねぇ。でもやっぱり人気アニメが題材のゲームも捨てがたいですね。僕が好きな異世界転生系作品ならノベルゲーの可能性もありますし。でもやっぱりハーレム系作品ならキャラクターのバックボーンに着目したストーリーと普段は着ないようなコスチュームが上手く映えるようなグラフィックに……」
早口でまくし立てる守のゲーム論は並々ならぬ熱意の表れだ(話が最近のアニメの女性キャラの乳首の規制についての話題に逸れたことは置いといて)。
「兄貴はどうするんですか?」
「いや…まだ何も決まってなくてさ…」
「意外ですね。兄貴なら色々考えてると思ったんですけどね」
「そんなことねぇよ。俺なんて人よりできることなんてせいぜい喧嘩ぐらいだ。……そんな自分がめちゃくちゃ偉いと勘違いしてた頃もあったけど」
「茜は進路決まってるのか?」
「あたしは調理師目指すよ」
「マジかっ!?」
「そんなに驚く?ていうか手が止まってるよ」
「おう……」
茜と二人でボートに乗りながら(男気を見せるために俺だけが漕いでる)さりげなく将来について聞いてみた。
驚いた理由は茜が俺に手料理を作ってくれたことが一度もないからだ。バレンタインは市販のチョコを渡されたし、二人で出かける時も一度も料理を持参してこない……これは僻んでる訳じゃないけど……。
「付き合ってるからって彼女の手料理がタダで食べられるなんて思ってないよね?」
「べべ別に!そんなこと思ってませんけど!女が料理を振舞うのがあたり前なんて考えるのは古臭い悪弊だと主張します!」
「そんなにかしこまらなくてもいいのに…軽い冗談だったのに」
冗談では出せないような
「でも……智樹がどうしてもって…言うなら…作っても上げても…いいけど…」
「マ、マジで!?」
その瞬間「ボトンッ」と何かが湖に落ちる音がした。水面を見れば俺が左手に持っていたはずの舟を漕ぐオールがゆっくりと沈んでいく……。おかしいな……さっきまでちゃんと握ってたのに……。
「って何でぼーっとしてるの!?早く拾ってよ!」
「…おう!そうか!」
必死にオールを拾い上げようとしたけど時すでに遅し。オールは水底まで沈んでしまって手を伸ばしただけでは引き上げるのは無理。
「大丈夫!今から潜って取ってくるから!」
「そこまでしなくていいから!後で係の人に謝って取ってもらおうよ」
「ごめん……」
「漕ぐやつもう一本あるんだから向こうまでは行けるし大丈夫だよ」
「本当に面目ない……」
「もういいから。……ところで智樹は進路どうするの?」
「実はその……まだ決めてなくて……」
「そっか…」
「ごめん」
「何であたしに謝るの?」
「それは……俺は一応…茜の彼氏な訳だし…将来のこととか…ちゃんとしなきゃいけないよなって…」
「…うん…」
やべぇ……すっげー恥ずかしい!茜の顔がまともに見れない……
色々話は聞いてみたけど、結局自分が将来どうしたいのかなんて分からず終まいだ。誰かの進路を参考にしても、最後は自分で考えなきゃいけない。誰も正解を知らない。誰もアドバイスしてくれない。
皆が羨ましかった。ちゃんと自分のしたいことがはっきりしていて。俺がはっきりわかったことは自分だけがしたいことが何もない、空っぽだという疎外感だけ。
「俺って空っぽなんだよな」
「え?どうした急に」「遅めの中二病ですか?」
休み時間にぽつりとつぶやいたら東条と守がびっくりした顔でそう返ってきた。
「…俺は皆と違ってさ……夢とか目標とかないから、さ…」
「兄貴が空っぽな訳ないじゃないですか」
「え?」
「兄貴が中身が何にもない空っぽな人間なら僕も東条さんも仲良くなったりしませんよ」
「それもそうだな」
東条も守もうなずいて見せる。それがどういうことなのかわからないけど、2人のなかではガッチリと符合しているみたいに。
「ちょっとその話詳しく聞かせ、」「いやです」「やだよ」
守も東条もきっぱりと俺の質問をかわしてきた。
「そんなの自分で想像してくださいよ。ほら、もうすぐ授業始まりますよ」
そう言って守も東条も自分の席に戻っていった。
……なんかすごくめんどくさいことを聞いてしまって自己嫌悪する……。
ウジウジしていても仕方ない。とにかく、今できることをやろう。
すぐに答えが出てこなくても、そんな自分と周りのギャップに劣等感を抱えるようになろうとも。
俺の答えを知りたいと思ってくれる奴らがいるから。
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