211話お母さん! 母と魔女⑭

 ______自宅・ダイニング______


「あのさ、さっきの話だけど......」


 俺は今、母親と食卓を囲み、少し遅めの朝食を摂っている。

 いつもだったら、ベラベラと口を動かす母親が黙って食事しているのは見たことがなく、まるで長年一緒にいた母親とは思えなかった。

 それに、さっきの発言......。

 まるで自身を能力者のように言い放った言葉。

 それの真意を聞きたかった。


「あんた、今日は何すんの?」


「え? あ、あぁ。今日はとりあえず予定ないから町の不動産屋にでも顔出して来ようかな」


「夕飯は食べるんでしょ?」


「うん。それよりさ、さっきの事なんだけど......」


 俺の質問を遮るように母親は席を立ち、皿を洗い出す。


「あんたのも洗うから早く食べて」


「......あぁ」


「......今日の夜にでも詳しく話す。それでいい?」


「あぁ。分かった」


 それから母親は口を開く事はなく、黙々と皿を洗い続けた。



 ◇ ◇ ◇



 花島京子______ウチの母ちゃんは花島家に生を受け、54年が経つ。

 性格は超が付くほどのせっかちで今すぐにやらなくてもいい事でもすぐにやりたがるし、他人にもそれを求める。

 花島不動産はウチの父ちゃんが経営していたのだが、病に倒れ、俺が10歳の時にこの世を去った。

 父ちゃんが亡くなって二日後。

 母ちゃんが突然、「私、父ちゃんの仕事やるわ」と宣言し、今まで不動産屋の経験がないにも関わらず、不動産屋の社長になった。

 最初は、「経験がないのに勤まる仕事じゃない」「主婦だった人に出来る訳がない」と色々言われたらしいが、持ち前の行動力と営業力で会社を軌道に乗せ、今では範囲が小さいながらも地域に密着の不動産屋としてお客さんや業者からの評判はすこぶる良い。

 女性社長という事もあり、あまり欲を出し過ぎず、小規模経営を貫いた事も少なからず関係するだろう。


 母ちゃんと過ごして27年経つが、母ちゃんが異能を使えるなんて聞いた事もないし、考えた事もなかった。

 不動産屋の社長というアビリティはあるが、見た目は普通の専業主婦で、アニメや漫画の知識すらない。

 そんな母ちゃんが「私が創り出した世界」と厨二発言をしたのだ。

 まるで、狐につままれたように実感が湧かなかった。


 悶々とした気持ちで俺は、近くの不動産屋に顔を出そうと車を運転しているとある違和感に気付き、車を停めた。


「車が走ってない。っうか、人もいないんじゃないか?」


 時刻は8:45。

 田舎の町と言っても、それなりに通勤・通学をする人がいるはずなのだがこの日は全くと言っていいほどに人気がなく、ゴーストタウンのように静まり返っている。

 鳥や動物の姿もまるでない。


「コンビニか......」


 目の前にあったコンビニに入る。

 店員から「いらっしゃいませ」の声はない。

 接客態度が悪いとかそういう理由ではなく、やはり、店員がいない。

 店員もいなければ、客もいない、ただ、商品がある棚には商品がきちんと陳列されており、弁当の棚を見ると今日の製造日がラベルに書いてあった。

 とりあえず、喉が渇いたので棚からHOTウーロン茶を拝借。

 喉を潤し、HOTウーロン茶が置いてあった棚に目を向けると取ったはずのウーロン茶が何故か補充されていた。


「どういうシステムだ?」


 補充されるのはウーロン茶だけなのか、色々と試してみるとお菓子や弁当などコンビニにあるものは手に取り、目を離した隙に補充がされていた。

 コンビニだけに起きる現象なのか不明で、他のドラッグストア、衣料品店で試すが同様の結果だった。


「生活するには困らないって訳か」


 人や動物がいない世界。

 生活するには困らない食事・水・電気の供給はあり、この世界には俺と母ちゃんしかいない。

 ここは、母ちゃんが創った世界。

 母ちゃんが言った言葉を信じる以外にこの現象を説明する術を俺は思いつかなかった。



 ◇ ◇ ◇



 そうこうしているうちに辺りが暗くなり、町に防災無線で17時を知らせるドヴォルザークの楽曲が流れた。

 それはまるで新しい世界を、俺に受け入れさせるようにゆっくりと流れる。

 母ちゃんと二人だけで過ごす世界。

 嫌ではないのだが、俺には他に帰るべき場所があり、確信はないが待っている人がいる気がしてしょうがなかった。


 ボケーっとボンネットの上に寝そべり、明星を見ていると着信があり、電話に出る。


「はい?」


『あんた、今、どこにいるの?』


「まだ町にいる」


『あっそう。早く帰ってきな。今日、すき焼きだから』


「もう帰るよ」


『早くしな。大事な話しもあるんだから』


「はいはい」


 我ながら緊張感のない、普段通りの会話だったと思う。

 母ちゃんが能力者だったとしても、姿形が変わる訳でもなく、俺に敵意がある訳ではない。

 無理に険悪な雰囲気を作ってもしょうがないし。


「すき焼きか......」


 俺が高校を卒業した時、東京からこっちに帰って来た時など、ウチでは少し特別な日に出る事が多い。

 恐らく、今日は母ちゃんにとって特別な日なんだろうな。

 と想像が出来てしまった。

 俺は、ボンネットを降り、車を自宅方面に向けて走り出した。

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