210話お母さん! 母と魔女⑬

「ふーん。って事は俺がこの世界の根幹のようなものって事なのか?」


「うん。そうだよ」


 野蛮な発言を繰り返していたシルフだったが、曾爺さんの首を絞めたり、手刀で心臓を抉るなんてバイオレンスは行わず、曾爺さんに事情を丁寧に説明していた。


 自分がこの世界の管理者、権限を代理された存在という事を見知らぬ少女に説明されたとする。

 俺にその状況が訪れたら、「は? 何言ってんの」と分かりやすいくらいの高圧的対応をしてしまうだろう。

 それが金髪の美少女でもだ。


 だが、曾爺さんは年の功なのかあまりにも突飛な非現実をすんなりと受け止めた。


「で、俺はどうすればいい?」


 曾爺さんから出た質問に、俺は大きくツバを呑んだ。


「死んで。なんなら、私が殺してもいい」


「......」


 暖炉の明かりが微かに照らす室内に緊張が走る。

 曾爺さんは顔色を変えず、ジッとシルフの目を見つめた。


「......いいよ。俺も長く生きたしな」


 一度、瞬きをし、曾爺さんは歯切れよく答えた。


「は? マジで?」


「あぁ。俺が良いって言ってんだよ。文句あるか?」


「も、文句はないけど......」


 腹が据わっているとか、死生観がどうとか、色々と言いたいことはある。

 表情や発言からは読み取れはしなかったが、どこか、曾爺さんは嬉しそうに見えたのが気持ち悪かった。


「おい。嬢ちゃん。死ぬのは良いが、明日の朝にしてくれないか?」


「明日の朝? あなた、もしかして逃げる気?」


「いいや。逃げやしないさ。何なら、そこの坊主を見張りに付けろよ」


「......」


 シルフがこちらに視線を向け。


「あぁ。別に俺は構わない。俺は、この世界では死なないし」


「......そう。花島がそう言うなら良いわ。期限は明朝8時。それで良い?」


 曾爺さんは小さく頷き、シルフとブラックは自身の部屋に戻った。


「とりあえず、そこに座れや」


「あ、あぁ」


 見上げながら話す事が億劫なのか、曾爺さんは、俺を目の前のベッドに腰掛けるように促す。

 初めて、曾爺さんと目と目を合わせると、どことなく俺に似ているような気がしなくも無かった。

 それにしても、この曾爺さんと朝まで一緒に過ごさないといけないのか。

 何だか気が重い。


「お茶でも煎れて来ようか?」


 気まずくなり、席を立とうとするが、「いや、いい。座ってろ」と丁重にお断りをされてしまい、再び腰をベッドに下ろす。

 俺を、ベッドに座らせ一体何がしたいのか。

 暫く無言で顔と顔を突き合わせていると、シワシワになった口元がゆっくりと開いた。


「あまりにも人の死に慣れちまったからかな。自分が明日、死ぬっていうのに怖いとかそういう感情がねぇのよ」


「そう......なんだ」


 独り言にも聞こえるような言葉に何て返して良いのか分からない。

 俺は、曾爺さんの目から背け、空に言葉を吐き、気まずい心持を悟られないようにパチパチと音を上げながら燃える暖炉をジッと見つめてた。


「確か、お前ら50年くらい後の世界から来たんだよな?」


「そうだけど」


「50年後の世界ってどうなってんだよ? 俺みたいな能力を持った奴とかわんさかいるのか?」


「どーかな。居るんじゃない? 俺は、曾爺さんの血が交わって能力を使えるようになったみたいだけど」


「そうか。そういや、マサエはどうだ? 幸せな人生だったのか?」


「マサエ? ばあちゃんの事? それなら幸せだったと思う。俺が産まれる前に死んじゃったけど写真に写っているばあちゃんはいつも笑顔だったから」


「そうか。そりゃいい」


 あ、笑った。

 笑うというよりも口角を上げたという表現の方が正しい。


「そういえば、ばあちゃんには能力は引き継がれなかったのかな?」


 俺が、曾爺さんから能力を引き継いだのは恐らくだが血のつながりがあったからで、その理屈であれば血のつながりのあるばあちゃんは能力者という事。

 しかし、ウチの母ちゃんは能力者でも何でもなく、ばあちゃんに能力が無いとなればまた別の説を立証せねばならない。


「多分な。20歳を超えてからロクに話しちゃいないが無かったと思うぞ」


「そっか」


 ばあちゃんに能力は引き継がれていない。

 血のつながりが関係しているかと予想したけど、どうやらそれも違うみたいだ。

 しかし、同じ血縁関係の中に能力が二人も居て、しかも同じ異世界に行った事があるなんて偶然の一言で片付けていいものか悩む。

 頭を捻り、考えている中、曾爺さんが何やら寝巻のポケットをゴソゴソとまさぐる。


「お前らが元の世界に戻ったらよ。これを、エゼキエルやレインに渡してくれねぇか?」


「......何これ?」


「俺が描いた画だよ。一度、あいつらに描いてやるって言ってたのを最近思い出したんだ」


 ぐしゃぐしゃになった紙に描かれていたのは風景画なのだろうか?

 連なる山々や描かれる馬車のようなものから推測するに、これは曾爺さんが行っていた異世界での景色なのが窺い知れた。


「あぁ。分かったよ」


 記憶の中でエゼキエルは死んでいて、レインって奴もブラックの口ぶりから生きている保障はない。

『渡す』というのは墓に手向けるという隠語だろう。

 野暮な俺は、「死んでるけど?」とは口にしなかった。


 それから、曾爺さんと他愛のない会話を楽しみ、曾爺さんは眠ってしまった。

 明朝、曾爺さんは殺されるというにも関わらず、淀みのない、迷いのない顔をしていた。

 もう、思い残す事はないのだろう。

 俺が、爺さんになった時、こんな顔を出来るだろうか?

 いや、出来るようにこれから頑張ろう。

 そう心に言い聞かせ、俺もベッドに横になった。



 ◇ ◇ ◇


 

 玄関ホールに集まり、対峙する曾爺さんとシルフ。

 俺とブラックは行く末を後ろで見守っていた。


「心の準備はいいかしら?」


「あぁ」


 台所にあった包丁を右手に持つシルフ。

 曾爺さんはうろたえる様子もなく、死を受け入れているようだった。


「本当にやるのか......」


 曾爺さんが死ぬ事で本当にここから出る事が出来るのか?

 曾爺さんが死んでも、ここから出る事が出来ず、次はブラックやシルフを殺すのか?

 というか、曾爺さんを殺すという方法ではなく、別の方法が正解で曾爺さんを殺してしまうとマズイのでは?

 頭の中ではネガティブな考えしか浮かばず、今にでもシルフやブラックに「止めないか?」と提案しそうな心持だ。


「おい! 孫!」


「え? あ、はい」


 背を向けながら、後方にいる俺を呼ぶ曾爺さん。


「向こうに戻ったらよ。墓にでも来い。また話し相手になってやるからよ」


 死んで、記憶の中でみた世界に行けると思っているのか?

 表情は見えないが、曾爺さんは笑っているかのように思えた。


「ほら、嬢ちゃん。一気にやりな。逃げも隠れもしねぇからよ」


「うん。大丈夫。無駄に苦しめたりしないから」


 大きく両手を広げた曾爺さんの胸元に飛び込むシルフ。

「ぐふっ」という曾爺さんの声が聞こえた直後、曾爺さんの背中は段々と赤みを帯び、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。


「曾爺さん!!!」


 俺は、思わず曾爺さんの元に歩み寄り、ソッと抱きかかえた。

 声を掛けるが反応はない。

 作られた世界の住人であり、ゲームのキャラクターのような存在だがやはり目の前で人が死ぬのは堪えた。


「どうやら、正解だったみたいね~」


 ブラックがそう呟き、辺りを見回すと家の中や窓の外の木々が光の粒になって上に昇っていくのが見えた。

 腕の中にいる曾爺さんの身体も発光し、徐々に光の粒になっていく。

 世界の崩壊というよりも、これから新たな世界が造られるような神秘的な雰囲気で怖いとかそういう負の感情は一切持たなかった。


「お、おい! シルフ! お前!」


 光の粒になっていったのは建物や植物だけでなく、シルフという少女も腕や足が消えかかっていた。


「シルフもこの世界の一部だったって訳ね~」


「お前、良く冷静でいられるな! 仲間なんだろ!?」


「仲間ね~。シルフ。あなたは必ず救って見せるわ~。もう少し辛抱してね~」


 ブラックの発言に黙って頷くシルフ。

 既に身体は半透明になっており、眩い光の粒が周囲を飛んでいるからか神々しい雰囲気を醸し出している。


 シルフは何か言いたげにこちらを見やる。

 しかし、何も言ってこない。

 言えないのか? 言わないのか?

 俺に、曾爺さんのような力はない。

 だが、シルフが俺に「私を助けて」と言っているかのように思えてしょうがなかった。


「分かった。きっとお前を俺が救ってやる。それまで少し待ってろよ」


 俺がそう言うと、シルフは微かに笑みをこぼした。


「あ、見て~。あれが出口じゃない~?」


 シルフの後ろ。

 階段の下の方に光の粒が集中し、まるでワープホールのようになっている。

 恐らく、あれの中に飛び込めばここから脱出出来る。


「じゃあな。爺さん。今度はゆっくり話そうぜ」


 曾爺さんの遺体をゆっくりとカーペットの下に降ろし、俺は、ブラックの後を追うように光の集合体に飛び込んだ。



 ◇ ◇ ◇ 



 光の中は眩しく、目を開けてはいられず、気が付くと見慣れた空間に俺はいた。


「......ここは」


 6畳程の空間にベッドと年季の入った机。

 本棚には漫画本と共に小学校の時に集めていた宇宙人のフィギュアが乱雑に置かれていた。

 見慣れた部屋。

 そう、俺は自身の生まれ育った家に帰って来た。


「あれ? ブラック!? どこだ!?」


 一緒に来たはずのブラックの姿がなく、大声で呼んでも返答がない。

 まさか、光の集合体の中に閉じ込められたのか?

 机の下やベッドの下をくまなく探すがブラックは見付からない。


 ______コンコン!


「はい?」


 部屋の扉が叩かれ、反射的に反応してしまった。

 扉が開くとそこにはエプロン姿の母ちゃんがいた。


「なんだ。母ちゃんか。あのさ、ブラック見なかった? どこにもいないんだよ」


「......」


「何だよ。母ちゃんも会っただろ? ブラックだよ。さっきまで一緒に居たんだけどさ。急にいなくなってよ」


「......」


「な、何だよ。黙り込んでさ。気味が悪いよ」


 いつもだったら、口数の多い母ちゃんがまるで地蔵のように黙っている。

 ブラックの事は嫌いじゃないだろうし、喋らない母ちゃんは奇妙だった。


「ブラックさんはもう戻らないよ。狭間の世界に閉じ込めたから」


「あー。なるほ......今、何て言った?」


 母ちゃんの口から聞いた事がないような厨二発言が飛び出た事にも驚いたが、一番は母ちゃんが俺達の今までいた世界の事を匂わす発言をした事だ。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべる俺に母ちゃんは再び銃弾を撃ち込む。


「前の世界では思わぬ邪魔が入ったからね。この世界はあんたと私しかいない。もう、誰にも邪魔されない」


「え、いや、母ちゃん......。何を言って......」


「まだ分かんないのかい。この世界を作ったのは私だ」


「......は?」








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