第199話お母さん! 母と魔女②

 人肌の温かく、柔らかな感触を感じながら目を覚ますのは何年ぶりだろうか。

 目を開けるとそこには眠りの森の美女がスースーと音を立てながら子犬のような寝顔を見せていた。


「喋らなければいいのにな......」


 心に仕舞っていた声が感嘆の声とともに漏れ、それを耳にし、ブラックはパチリと目を見開いた。


「ん~? 朝から失礼なこと~」


 と俺の鼻を指でチョンと押すブラック。

 鼻を押された事で何故か急に恥ずかしいという感情が湧き、俺はそれを悟られないようにベッドから起き上がり。


「そ、そういえば、お前、いつ帰るんだよ」


 と胸元が大きくはだけた魔女に対して強気な姿勢を見せる。


「あなたがユスフィアに戻るまでは~」


「はぁ? それじゃあ、お前、一生いんのかよ!?」


「そういう事になるわね~。まぁ、人間の寿命なんて70年くらいでしょ~」


「......70年って」


 おいおい。

 冗談じゃねえぞ。

 こいつ、本気で居座る気かよ。

 デッケェニートは要らねえぞ。


「ベッドって気持ちいいわね~」


 ゴロゴロと小動物のように俺のベッドの上を転がるブラック。

 見た目は20代後半~30代前半。

 美女耐性がない俺の心と下腹部をブラックの愛くるしい動作はいたずらにくすぐった。


「ちょっと! あんた達! 朝ご飯出来たわよ!」


 一階から響く軍隊長のような地鳴り声、ブラックは自らの身体をヒョイと魔法で宙に浮かせ、扉に向かう。


「ごはん~」


「おいおい! ちょい待て!」


 俺は脇を浮遊するブラックの腕を強引に掴み、「いいか! ここは異世界じゃねえんだ! 人前で魔法を使うなよ!」と注意した。


「はいは~い」


 とブラックは聞いているんだか、聞いていないのだか定かではないが生返事で答え、歩いて階段を降りて行った。



 ◇ ◇ ◇



「京子~。これ、美味しいわ~」


「そうかい! じゃあ、ドンドン食べなさい!」


 食卓には納豆、白米、焼き鮭、なめこ汁、ほうれん草のお浸しといつになく朝飯らしい気合の入った品々が並んだ。

 母親はブラックの事を外国人だと思い込んでいる。

 サービス精神から日本風の朝飯が良いと考え、力を入れたのだろう。

 普段はおにぎり一個なのに。


「そういえば、あんた、今日の予定はどうなってる!?」


 ブラックと話している時の穏やか顔が一転、仕事モードに入り、真顔になる母親。


「今日は中古物件の調査が入っている。小石沢の倉付きの一軒家あったろ」


「あぁ! あれね! 入沼の団地の脇抜けた辺りだっけ!?」


「違うよ。調整池の裏辺りのやつ」


「そんな物件あったっけ!?」


「この間、不破さんの親戚から売ってくれって依頼があったんだよ。本家でずっと持ってたんだけど管理できないから処分したいんだってさ」


 味噌汁を啜りながら仕事の話をしている中、ブラックが話についていけないと思ったのか、母親は気を遣い。


「ブラックさん! ごめんなさいね! 朝からこんな話で!」


「大丈夫よ~。今は何の話をしていたの~?」


「あぁ! 売り出し予定の物件を調査するって話よ! ほら、うちは不動産屋だから!」


「不動産屋~?」


「そう! ほら、アパートとか借りた事ない!?」


「う~ん。よく分からないわ~」


「はぁ! 外国には不動産屋ってのが無いのかね!?」


 いや、普通にあるわ。

 異世界にはないけど。


「そうだ! あんた、ブラックさんも連れて行ってやんな!」


「ん!? 何で!?」


「日本の事知りたいだろうし!」


 いやいや!

 ただでさえ、この辺は田舎なんだからよそ者を連れているだけで目立つ。

 しかも、ブラックは金髪美女だ。

 こんなん連れて行動していたら一瞬で町中に噂になる!


「いやいや! ブラックは体調が悪くて!」


「いいわね~。私もこの世界の事、もっと知りたいわ~」


「ちょっと!? 何言ってんの!?」


「いいじゃない~。連れて行ってくれないなら空を飛んで付いて行っちゃうかも~」


 ブラックは悪い顔で俺を見やる。

 クソ!

 ブラックに掌の上で踊らされるのはシャクだが、空中浮遊などの魔法を使われたらそれこそ弁明の余地すらない。


「空!? 外国人は空を飛べるのかい!?」


「そ、そんな事ある訳ないだろ! TVで外国人タレント空飛んでるか!?」


「いや、生の外国人は飛ぶかもしれないでしょ! あんたそんな事も分からないのかい!?」


「......ぐっ!」


 ばかやろう!

 それはこっちのセリフだよ!

 本当、よくこんな天然のおばあちゃんが不動産屋で社長やってるよ!


「分かった! とりあえず、同行させるからくれぐれも変な事や単独行動するなよ!」


「は~い」


 そうして、俺は朝飯を食べ終わり、ブラックと共に愛用の軽トラに乗車した。

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