第167話お母さん! ホワイトシーフ王国に帰ります!

 ______ヴァ二アル城前______


「色々と世話になったわ」


「もう少し、ゆっくりすればいいのに」


「そんなに国を空けておくわけにいかないわ」


「... ...そうだね。シルフ、困ったらいつでも僕らを頼ってくれ」


 ハンヌは右手をシルフに差し出し、シルフはニコッと笑い、ハンヌとガッチリと握手。


「本当にもう行ってしまうのか」


 才蔵や天音やエイデン、伊達は憂いを帯びた顔で俺を見やる。


「ああ。俺も元の世界に戻らなくちゃいけないし」


 この世界に来て、半年以上が経過した。

 言葉も通じるし、何よりも仲間が出来た事で居心地はすこぶる良い。

 別に元の世界に戻らなくても何ら支障はないのだが、唯一の肉親である母親の事が気掛かりで一度は地球に戻りたかった。

 まあ、一番の理想はこの世界と地球を行き来出来れば一番良いのだけれど。


「いや、花島じゃなくてパス様の方に言ったんだが」


「あ?」


 才蔵の声を聞き、俺の後ろに隠れていたのか、ヴァ二アルがひょっこりと顔を出した。


「うん! 僕は花島のお嫁さんだから付いて行かないわけにはいかないよ!」


 ヴァ二アルは子供のように俺の背中に抱きつく。

 子供のような仕草や体格だが、反比例するようにたわわに実った二つの果実が俺の背中を圧迫してきて、別れの時だというのに変な気分になってしまった。


「まあ、俺は付いて来ても大丈夫だけど... ...」


 一応、シルフにも確認しようと目線を送ると。


「私も別に良いわよ。むしろ、住人が増える事は喜ばしいわ」


 といつになく朗らかな笑顔をヴァ二アルに向けた。

 そのやり取りを見て、内心、安心したのだがブラコンであるハンヌは俺に敵意ある視線を向ける。

 こわっ... ...。

 俺がワザと目線を逸らすと金色の甲冑を揺らしながら、鋭い視線のまま、ハンヌがこちらまで詰め寄ってくるのが分かり、殴られ体質の俺は反射的に防御態勢を取った。


「花島。パスをよろしく頼む」


「... ...へ?」


 目の前には垂れ下がったハンヌの頭。

 ハンヌにならうように才蔵、天音、伊達、鈴音、トムも頭を下げた。


「え、あ、ああ。はい」


 その光景に圧倒され、力のない声で答えると。


「おい。貴様、何だその気の抜けた返事は」


 と綺麗なお姉さんである鈴音に高圧的な物言いをされ、生唾をゴクリと呑んだ。


「はい! 必ずヴァ二アルを幸せにします!!!」


「ヴァ二アルじゃないだろ!!! 結婚しているんだからそろそろ名前で呼んで!」


 後ろで黙っていたヴァ二アル______パスが名前で呼べ!

 と急に大声を出したので身体がビクッとなった。

 俺は人を驚かすのは好きだが、驚かされるのは苦手なのだ。


「はい! 必ずパスを幸せにします!!!」


「それでよろしい!」


 パスは満足気に笑顔を見せ、馬を褒めるように俺の背中をバンバンと二度ほど叩く。

 恐らく、俺はパスの尻に敷かれるだろう。

 まあ、M体質だから別にいいんだけどね。


「それにしても、これ、本当に借りて行っていいのか? 国宝文化財みたいな重要なものなんだろ?」


 俺は袋の中から一冊の本を取り出し、ハンヌに再確認。


「ああ。ヴァ二アル国を助けて貰ったからな。それくらいの礼はさせてくれ。それに、ムノン語は僕達には理解出来ないから」


「まあ、王様がそう言うなら遠慮なく借りていくよ」


 漢字を見た時、パスは”ムノン語”という言葉を発した。

 後で、分かった事だが”ムノン語”というのはヴァ二アル国が出来るずっと昔にあった失われた時代や国の言葉を総称した言葉らしく、漢字=ムノン語という訳ではないようだ。


 貰った古い本は少なくとも1000年以上は経過しており、所々、虫に食われ、全ての文字は解読不能。

 漢字で書かれている一文やページもあったが、象形文字のような意味不明な文字も描かれており、まるで暗号文のようだった。

 描かれていた漢字は『神』『魔』『雨』『邪』『汝』といった単語がチラホラあっただけで意味のある文章はなく、解読するには時間がかかりそうだ。


 以前、シルフが異世界から来た人物に命を助けられたと言っていたし、実は大昔からこちらの世界に人が来ていたのかもしれない。

 この本を読み解けば地球に帰る事が出来る。

 そんな淡い期待を胸に抱き、俺は本を袋に納めた。


「おぎゃああ!!!」


「よしよし。もう、行くからねー」


 文字通り、ホワイトの大きな腕の中でサンは「早くしろよ!」と言わんばかりに大声で泣き、みんなを急かす。

 全く... ...。

 あいつは赤ん坊になってもマイペースなんだから... ...。


「じゃあ、また」


「ああ。また」


 別れの言葉でその場を締めるとシルフは踵を返し、俺らの先頭をきって歩き出した。

 ホワイトやパスもその後に続く。


「どうした? 花島? シルフの事だから早く行かないと置いて行かれるよ」


 ハンヌはSッ気たっぷりの笑顔で俺を見る。


「あのさ。本当にあいつらの面倒任せて良かったのか?」


「ん? ミーレとレミーの事かい?」


 俺はコクリと頷く。


「この国は災害や戦争といったものに対して弱いからね。僕にとっても彼女達が滞在してくれるのは心強い」


 ミーレとレミーは先の戦いで相当量の魔力を消費し、大事を取ってホワイトシーフ王国には戻らずにヴァ二アル国にしばらく滞在するそうだ。


「ミーレはとんでもなく飯を食うから気を付けろ。下手したら国中の食い物を食いつくすかもしれん」


「ああ。大丈夫。この国には食糧は沢山あるよ」


「レミーは基本的には優しいが、お節介なところもある。そういった時は遠慮しないでレミーにお節介だと言ってやってくれ。それと______」


 ハンヌに二人の取り扱いを教えているとハンヌは口に手を当て、クスリと笑った。

 何?

 俺、変な事言った?


「花島は二人の事がやっぱり気になるんだね」


「あ? 別に______」


 俺は断じて二人を思ってなどいない。

 ミーレとレミーはああみえても魔女だ。

 ゴーレム幼女のように暴走しないとも言い切れん。

 それに、あいつら前科持ちだしな。

 俺はそうならないようにハンヌに色々と忠告をだな... ...。


 ハンヌは俺の言葉を遮り、肩に手を当て、強引に俺の背中を後ろに向けた。


「花島。僕もこれでも王だ。あとは僕に任せて君は君のやる事をやってくれ」


「俺のやる事?」


 遠くに見えるのは国を一人で守るエルフの王の姿。

 俺はあいつに国を再建してくれと頼まれた。

 両親が死に、唯一の心の拠り所であったセバスももういない。

 シルフが俺の事を正直、どう思っているのか分からない。

 恐らく、都合の良い男としか見ていないだろう。

 だが、そう思われていたとしても今、あいつの側に居てやれるのは俺だけだ。

 俺のやれる事というのはそういう事だろう。


「やれやれ。手のかかる王様を持っちまったな」


「良いじゃないか。女性は手のかかるくらいが丁度いいさ」


「なんだよ。お前、良い男気取りかよ。モテた事ないからわかんねえよ」


 背中越しにハンヌの笑い声が聞こえた。

 いや、俺、皮肉を言ったんだけど... ...。

 まあ、いいか。


「ん? ってか、あいつら歩くスピード速くねぇか?」


「シルフ達、走っているわよ」


「え!? 何で!?」


 走っているところなんて見た事ないのに、シルフがここに来て、俺を置いてけぼりにしようとしていた。

 その光景を見て、本当にシルフに必要とされているのか若干不安になったが俺は昭和のアニメキャラクターのように「置いて行くなよ~!」と言いながら三人の背中を追った。



 ◇ ◇ ◇

 ■ ■ ■



 ______ゴーレムの森______


 夜鳥が鳴き、月明かりに照らされている薄暗い森の中を半袖丸が腕を振りながら走っている。

 ヴァ二アル国から夜通し走り続けた半袖丸の服はボロボロで足や腕には血が滲み、目も虚ろで焦点が合っていなかった。


「こ、ここまで来れば... ...」


 そう言うと半袖丸は地面に顔面から倒れ込む。


「ぶほほほ! 大丈夫? 良い男が台無しよ~」


 半袖丸が顔を上げると紫色のデザインパーマの爺さんみたいな婆さんと10歳くらいの赤毛を生やした少年が目の前に立っていた。


「お前は... ...」


 半袖丸は目の前にいる爺さんみたいな婆さんを知っていた。

 王位継承戦第二回戦大喜利対決で客席の中から選ばれた審査員の一人で自身の巧妙な作戦を邪魔した人物。

 プライドが高い半袖丸は自身の作戦を破綻させた張本人に恨みの感情すら持っていた。

 ゴーレム幼女の暴走によって国は崩壊する。

 帰る場所がなくなった半袖丸には当面の生活を確保する必要がある。

 半袖丸は二人に出会った瞬間に金目の物を奪おうと考え、かすむ目を擦りながら舐めるように二人を見る。

 両手、両足、二人の服装を見ても金目になりそうなものはない。

 そんな中、少年がポケットの中から光輝く白い魔石を取り出す。


「し、白い魔石!?」


 半袖丸は目を見開き驚く。

 この世界にある魔石は赤、青、黄、緑、紫とある程度色が決まっている。

 五色のどれかの色が混じり、赤っぽい青い魔石や紫色っぽい緑色の魔石などは稀に存在するが目の前の魔石は何の混じり気もない新雪のような白。

 

 周りに人は居らず、森に囲まれ、相手は爺さんみたいな婆さんと少年。

 疲弊しきった身体でも自分より劣った存在に負けはしないと半袖丸は腰に差していた短刀に手を掛ける。


「レレイヤ・レンヤ」


 少年が小さな声で呪文を唱えると白い魔石は黒煙を上げ、内から自身の色を黒に変え、半袖丸は声も上げる前に黒い魔石に吸い込まれた。

 半袖丸が魔石に吸い込まれると嬉々とした顔を浮かべながら、少年は黒い魔石を眺める。

 黒い渦が魔石の中をしばらくグルグルと回るが、黒い渦は次第になくなり、魔石は元の白に戻ってしまった。

 それを見て、少年は「またハズレかよ」と愚痴を零す。


「ぶほほほ! そんな魔力の弱い人間を喰った所で腹の足しにもならんのよ!」


「うーん。やっぱり、あのゴーレムと双子の魔女を喰っておくべきだったな」


「ぶほほほ! あんた、昔から爪が甘いよ! エルフの王も喰わず仕舞いだったしね!」


「あいつはメインディッシュだからな。まぁ、でも、そろそろ... ...」


 そう言うと、白い魔石を懐に仕舞った少年と爺さんみたいな婆さんは闇に溶け込むように、不敵な笑みを浮かべながら森の奥に消えて行った。

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