【第四章】救世主編
第164話お母さん! 後日譚
______ヴァ二アル国______
国が壊滅するほどの被害を受け、早一週間が経過した。
街には日常の景色が戻りつつあり、家々の修繕があちこちで行なわれ、メインストリートに露店が立ち並んでいる。
「おっちゃん! このリンゴ幾らだ?」
「7ソルだ」
「7ソル!? 高くないか!?」
「この街の状況だ。食糧があるだけマシなんだよ」
確かにそれもそうか。
財布を見るとちょうど、7ソルある。
まあ、精のつくもの食べさせてやりたいし、しょうがないか。
「分かった。じゃあ、それ一個くれ」
「毎度」
リンゴを買物袋に入れ、城に戻ると門の前で才蔵が何やらソワソワしていた。
「どうした? 何かあったのか?」
「あ! 花島! 丁度いい所にいた! これを冷やして来いとパス様に言われたんだがどうして良いのか分からん」
才蔵の手には哺乳瓶のようなものが握られている。
「ああ、はいはい」
才蔵から哺乳瓶を受け取り、城の中にある台所で哺乳瓶を冷やす。
「こうやって、人肌くらいになるまで冷やすんだよ。赤ちゃん熱いの飲めないから」
才蔵の頬に哺乳瓶を当て、どれくらいの温度にすればいいのか教えてあげた。
「おお! なるほど!」
「子育てなんて修行みたいなもんだろ。修行好きの才蔵だったら意外と良いパパになるんじゃないか?」
「ぱ、パパ!? 俺が!?」
才蔵は顔を真っ赤にして、口元を緩ませる。
全く、幸せ全開って顔しやがってよ。
っうか、俺、独身で子育てした事ないんだぞ。
「これ、どうせ、届ける予定だったんだろ? 俺もヴァ二アルのところ行くからついでに持って行ってやるよ」
「お、俺が父親に... ...」
あかん。
こいつ、完全に上の空だ。
サイヤ人の王様みたいな奴を無視し、俺はヴァ二アルのいる部屋へと向かった。
薄暗い廊下をしばらく歩いていると奥からミーレとレミーが歩いてきて、俺は相手に分かるようにあからさまに「チッ」と舌打ちすると、ミーレが俺の胸倉を掴み、廊下の壁にガンと叩きつけた。
「まだ根に持ってるの? ああするしか無かったのはあんたも分かっているでしょ?」
「お前らがゴーレム幼女を時空の狭間に飛ばした事実は変わらないだろうが」
戦いの後、ミーレとレミーは傷を癒す為に城に残った。
魔女VS魔女の戦いは想像以上に二人の心身を疲弊させたのか、三日間はひたすら眠った。
国民達やハンヌ達はミーレとレミーの行いを讃えたが、俺は大切なゴーレム幼女を時空の狭間に飛ばした事を恨んでいた。
大人の対応で「あれはしょうがなかった」と一言言ってやれば良いのだが、気持ちの整理が付かない俺は、二人を悪者にしなければ気が収まらなかった。
「ミーレ。止めな!」
レミーがミーレの腕を掴むとミーレはバツが悪そうな顔でこちらを睨みながらゆっくりと俺を下ろす。
「レミー。お前だって同罪だ。シルフの話だとブラックという奴に体を乗っ取られていたらしいが、そんなもん知ったこっちゃない」
「おい! 花島! いい加減にしなよ!」
興奮したミーレをレミーが言葉で制し。
「ミーレ。いい。本当の事________ただ、一言言っておくが完全に体を乗っ取られていた訳じゃあない。ゴーレムを転移させたのは私の判断でもある」
反省の色も国の危機を救った英雄としての自負も感じさせずにミーレは淡々と語る。
俺はそれが気に食わなくて、唾を吐き捨てるように「ああ、そうかよ」と言って、ミーレやレミーに背を向け、廊下の先に足を進めた。
◇ ◇ ◇
ヴァ二アルの部屋の前に立つと部屋の中から赤ん坊の元気な泣き声が聞こえ、哺乳瓶を片手にドアノブを押す。
赤ちゃんはヴァ二アルが幼い時に使っていた木製のベビーベッドに寝かされ、それを取り囲むように天音、鈴音、シルフ、ヴァ二アルの女性陣が何やら口論していた。
「だから!
「天音は昔から本当に名前のセンスがない! 花のように可愛い子になるように
「あなた達、バカなの? この子は魔女の生まれ変わりに違いないから聖なる名前のサンタマリア一択でしょうが」
「三人とも名前のセンスがないね。ゴーレムちゃんの名前を少しは残すべき。そうだな。ゴーちゃん、レムちゃんってのはどうだい?」
四人の美女はどうやら赤ん坊の名前について揉めているようだ。
「おう。何か、殺伐としてんなー」
扉を開けて、すぐに俺は独り言をポツリと吐く。
それに反応するように扉の脇に避難していたハンヌと伊達とエイデンは「さっきからずっとあの調子なんだ」と半ば呆れている様子だった。
「あ! 花島! ねえ! 花島はどう思う!? やっぱり、ゴーちゃんかレムちゃんが良いよね!?」
イメチェンしたのか、赤茶色の髪をツインテールのように脇で縛ったヴァ二アルは寝ている赤ちゃんを抱きながら自身の意見に賛同を促した。
「ちょっと、ヴァ二アル抜け駆けはズルいわよ!」
「そうです! パス様! 琴華の方が良いに決まってます!」
「いやいや! 瑠璃千代が一番良いに決まってます!」
おい。
ここは天国か?
四人の美女が俺を中心に何やら言い争いをしている。
その場はまるでお花畑のように色とりどりの綺麗な花が咲いており、良い香りがして幸せな気持ちになった。
「______おぎゃああ!!!」
「おおっと」
眠っているのにギャアギャアと騒ぎ出す四人に対して、虫の居所が悪くなった赤ん坊は四人を威圧するように大声で泣いた。
まだ生えそろっていないが金色の髪や金色の目はゴーレム幼女そのもの。
日に焼けた褐色の肌はシルヴィアから引き継いだものだろう。
「うわあ! 大丈夫!? ごめんね。うるさくして」
ヴァ二アルが赤ん坊をあやすが中々、泣き止んでくれない。
四人とも子育てをした事がないのでどうして良いのか分からずにワタワタとしてしまっている。
全く。
しょうがないな。
「ほれ。貸してみろ」
「え? 花島に出来るの?」
27歳独身男に不安そうな顔を浮かべるヴァ二アル。
こういう反応されるから今まで赤ん坊に干渉しなかったんだよな。
俺はめんどくさそうに首を縦に二回振り、赤ん坊を抱いた。
「はいはい。大丈夫ですよー」
いつになく、高い声のトーンで赤ちゃんをあやすとヴァ二アル以外の三人は変態オジサンやゴキブリに向けるような目で人間である俺を見た。
無言の暴力とは正にこれ。
精神を抉られながらも俺は赤ちゃんが泣いている理由を探ろうとウンチをしていないかお尻に手を当ててみたりしたがどうやらウンチをしている訳でもなさそうだった。
「はいはい。お腹空いたねー」
ウンチではないとすると残りは”食”と決まっている。
持参した哺乳瓶を赤ちゃんの口元まで持っていくと赤ちゃんは勢いよくミルクを飲み始めた。
「わあ! 泣き止んだ! 花島、すごいね!」
「あんた、子供いないのになんでそんな事出来るの? 気持ち悪いんだけど」
ヴァ二アルは屈託のない笑顔で称賛し、シルフは冷ややかな目で暴言を俺に浴びせた。
恐らく、シルフは赤ん坊が自身に全く懐かない事で俺に対して嫉妬があったに違いない。
「へえ。花島にもそんな特技があったのですね」
「長所がないから無理矢理長所を作ろうと色々と努力したのね」
おい。
鈴音。
何か、その言い方は少し棘があるぞ。
ゴーレム幼女との闘いの後、ハンヌ陣営とも一気に打ち解けた。
まあ、元々、同じ城という空間で一緒に暮らしてきていたのだから言うほどそこまで仲が悪くはなかったんだと思う。
天音に聞いていたよりも鈴音は天音に対しての仕草や言動は優しいような気もしなくもなかった。
「一応、俺、保育士の資格あるからな」
ドヤ顔で俺は四人にそう言ってやった。
不動産屋をする前、俺は一年間だけ保育士をしていた経験がある。
大学がそういう系の大学だったので在学中に資格は取得しており、元々、子供も大好きでそのまま保育の道を歩ものだと思っていた。
「保育士ってなに?」
シルフが不思議そうな顔でそう尋ねる。
「保育士ってのは子供をあやすプロだ」
まあ、語弊はないだろう。
「へえ。花島のくせに意外な特技を持っているわね」
「くせには余計だぞ」
瞬時にツッコミを入れるとシルフは鼻を鳴らすように笑った。
「とにかく! この子に名前を付けてあげないといけないよ!」
「ええ。そうですね。このままでは何て呼んで良いのか分かりません」
「だから! 琴華が一番しっくり来るじゃない!」
三人は親戚の叔母さん集団のようにうるさかった。
赤ん坊がミルク飲んでる時くらい静かにしろよ... ...。
まあ、しかし、そろそろ名前を付けてやらないとなぁ。
「はいはい。じゃあ、僕から提案があるんだけど」
部屋の脇でエイデン達と身を寄せ合っていたハンヌは興奮した女性陣たちをなだめるように前に出る。
「提案?」
「うん。ヴァ二アル国で昔行なわれていた伝統的な名前の決め方があるんだ」
ハンヌの提案を耳にすると三人は思い出したように「あ~。あれか」と声を揃えた。
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