第163話お母さん! 太陽を掴んでしまった男
「花島! ゴーレム! 早く出てきなさい!」
「花島! ゴーレムちゃん!!!」
シルフとヴァニアルが光の輪で手足を拘束されているゴーレム幼女に向かって声を張り上げている。
シルフは額に汗を掻き、ヴァニアルは目に涙を浮かべているようだ。
恐らく、俺がゴーレム幼女の中に囚われていると勘違いしているに違いない。
「... ...どうしよう。めっちゃ出づらい」
普通さ、誰かの身体の中に囚われたらそれなりの出方ってあるじゃない。
ゴーレム幼女の身体が光り輝くとかさ。
でも、俺、普通に岩から出て来ちゃったし... ...。
気まずいなぁ... ...。
瓦礫の影から申し訳ないオーラを全開にしているとゴーレム幼女の身体がフワリと宙に浮くのが見えた。
「花島! ゴーレム!!!」
シルフが浮いたゴーレム幼女の身体を押さえつけるが抵抗及ばす、小さな身体はゆっくりとピンク色の渦に引き寄せられる。
ゴーレム幼女の横にはミーレとレミーの姿。
恐らく、二人が魔法でゴーレム幼女の身体を浮かせていると思われる。
何となくだが、あの空に出現したピンク色の渦の中に吸い込まれたら俺はもう二度とゴーレム幼女と会う事が出来ないと思った。
「うおおおお!!!」
俺は走った。
それはそれはガムシャラに。
別れの挨拶をし、ゴーレム幼女の決断に納得していたはずなのに。
「は、花島!? あんた、ゴーレムの中に______」
「どっせい!」
クーレンキャッチャーの要領で浮いたゴーレム幼女の身体にしがみつくとゴーレム幼女は抵抗し、雄叫びを上げながら、ジタバタと手足を動かす。
「イキャアア!!!」
「くそ! 動き回るなって!」
高度はグングン上昇し、シルフや他の連中が米粒のように小さくなる。
もし、ここから落下すれば命の保証はない。
「花島! 危ないよ! 早く手を離して僕に捕まって!」
琥珀色の翅を器用に動かしながら、飛ぶことが出来るヴァ二アルが俺とゴーレム幼女の身体から一定の距離を保った位置で浮遊しながら手を離すように説得してきた。
「嫌だ!!! ゴーレム幼女は俺が救うんだ!!!」
「花島の方が大事だ! 頼むから手を離して!」
声を張り上げ、ヴァ二アルの言葉に反抗し、ゴーレム幼女の身体を力強く抱きしめると突然、ゴーレム幼女の身体が青白い光に包まれ、頭の中に直接、何者かの声がコダマした。
『花島。ありがとう。我々は感謝している』
「礼なんて要らねえよ! ゴーレム幼女を返せ!」
頭の中に響く声は幾人もの人の声が重なり、更にはエコーがかかって物凄く聞き取りにくい言葉だった。
『それは出来ない。我々にもレインは必要だ。我々には世界を元に戻す義務がある』
「うっせえ! お前らの意見なんてどうでもいい! 世界を元に戻す!? 俺には関係ねえ!」
『我々だけの問題ではない。花島にとっても重要な______』
「わー!!! わー!!! 全然、聞こえませんー!!!」
『... ...』
秘儀”大きな声を出して全然聞こえないアピール”。
これを行う事により、自身の聴力が奪われ、現実を受け入れにくくする。
しかし、30歳前後の大人が行うと白い目を向けられるので使用する際は時と場を選ぶ必要がある。
『#O$W"∴目∴O#(#"Q|?*』
「わー!!! わー!!! 何言ってるのか分かりません!!!」
バタバタと足掻くオッサンの対応を模索しているのか、人間の俺には理解出来ない言葉で会話を始める精神思念体。
まるで、ビデオテープを早回ししている時のような甲高い嫌な音が頭の中に響く。
『了解した。では、レインの身体は花島に返そう。レインの魂は我々が貰っていく』
「は!? 何だって!? 肉体!? 魂!? ゴーレム幼女はお前らの玩具じゃ______」
______パンッ!
抱きしめていたゴーレム幼女の身体は破裂音と共に光の粒になって突然、消えた。
風船が割れたような微弱な振動だけが胸に残り、支えるものがなくなった中年のだらしない身体は重力に引っ張られ、落下していく。
「花島!!!」
ああ。
結局、俺は何も出来なかった。
ゴーレム幼女をよくわからん物体に奪われてしまった。
世界を元に戻す?
はっ。
なんだ、そのSF設定は。
ここは異世界だぞ。
SFやりたきゃ、ヨソでやれや!
「どちくしょう!!!」
雲の合間から
目から溢れ出たものは空気抵抗を受けずにオレンジ色の球となり、光の粒と共にピンク色の渦に吸い込まれて行った。
このまま死んでも良いか。
という考えが脳裏に浮かぶ中______。
『私達は合理的に事態を考える。我々の判断がこの世界が良き方向に向く事を願っている』と一方的な言葉を残し、精神思念体は口を閉ざした。
「花島!!!」
ヴァ二アルが俺の腕を掴み、落下するのを止めようとするが思ったよりも俺の身体が重かったのか、軟弱ボディーのヴァ二アルは落下する中年を支えきれずに一緒に落ちる。
「手を離せ。このままじゃ、お前も... ...」
「嫌だ!!! 離すもんか!!! 花島はこんな僕でも受け入れてくれた! 好きって言ってくれた! だから、絶対に助ける!」
初めてヴァ二アルに会った時、男だか女だか良く分からん奴だと思った。
見た目もそうだが、性格や言葉遣いもナヨナヨしていて、気持ちの悪い奴という印象だった。
王位継承戦を勝ち進み、自分の兄や国民達に事実を告げ、ヴァ二アルは成長した。
必死に俺を救おうとしている今のヴァ二アルからは会った当初の女々しい印象を微塵も感じさせなかった。
「ヴァ二アル!!! ここよ!」
地上からシルフの声が聞こえ、身体を空中で反転させると大きな風呂敷のようなものが広げられていた。
「花島!!! パス!」
「パス様!!! ここです!」
「花島!!!」
才蔵、エイデン、伊達、鈴音、ハンヌ... ...。
争っていた者達が俺とヴァ二アルを救う為に協力してくれている。
「kish loshs k... ...」
シルフが呪文を唱えると落下するスピードが徐々に落ちていった。
「花島... ...」
高速で落下したことでヴァ二アルの頬は艶の良い紅色となり、顔を近付けてきたかと思うと、そのまま、唇と唇が触れた。
「ん? ちょっ! お前、何して______」
「僕は花島が好きだ!」
「ん!? なんだよ急に!」
「死ぬなんて思ったら嫌だよ!」
ああ。
そうか。
ヴァ二アルは俺が生きる事を止めようと思った事を察したのか。
だから、俺を心配して... ...。
「っうか、ヴァ二アルこそ半日前は死のうとしてたじゃあないか」
「それは... ...。僕は良いけど花島はダメなんだ!!!」
え~。
そうなの?
どっちもダメだと思うけど。
「は、花島は僕のことを好きかい?」
つぶらな瞳でヴァ二アルは俺を見る。
「ええっと... ...」
クリクリとした大きな目。
スラッと伸びた美しい手足。
女性陣の誰よりもふくよかな胸元。
元男で背中に翅が生え、下半身の後ろと前に長さが違う尻尾があるがこれらはハンディキャップではなくヴァ二アルの長所だ。
元男という事を差し引いても、今のヴァ二アルは美しく魅力的。
状況とタイミングが合えば、俺は間違いなくヴァ二アルとワンナイトラブをしたいと思う。
「... ...花島」
吐息を吐くようにヴァ二アルは色っぽい声で俺の名を呼ぶ。
「俺も好きだ」
女性経験が豊富な奴は躊躇いもなく、そう言えるだろう。
だがしかし、俺の胸の奥に何かが突っかかり、「好きだ」という一言が言えずに「分からない」と言ってしまった。
ヴァ二アルの質問に答え、俺はヴァ二アルの顔を見ることが出来なかった。
「そうか。でも、僕が花島を好きで居続ける事は問題ないよね?」
「え? ああ、まあ______ん!?」
微笑を浮かべた後、ヴァ二アルは再び、俺の唇を奪った。
舌を絡め、唇と舌を頬張るように味わうヴァ二アル。
水風船のように弾力のある唇は砂糖水のように甘く、高級メロンよりもみずみずしかった。
「絶対に振り向かせてやるんだから」
明らかに故意的にたゆんたゆんな胸を押し付け、俺の目をジッと見る。
そういや、ヴァ二アルはサキュバスという種族だった事を忘れていた。
俺が「分からない」と中途半端な回答をした事でサキュバスのプライド的なものに火をつけてしまったのかもしれない。
っうか、ヤバイな... ...。
こんな風に責められ続けたら、マジでヤバイ方向に開眼してしまうかもしれん... ...。
一抹の不安を残しながら、俺とヴァ二アルはみんなが広げてくれた布の中心にゆっくりと落ち、無事に地上に戻ることに成功した。
「花島!!!」
「パス!!!」
空から帰還すると俺とヴァ二アルは手厚い歓迎を受けた。
中には涙を浮かべる者もいたが、その輪の中に当然にゴーレム幼女の姿はない。
「花島!」
輪の中から少し離れた位置で魔法を使い、俺とヴァ二アルを地上に降ろしたシルフが駆け寄ってきた。
シルフの服はボロボロになっており、戦闘の激しさを物語っていた。
知った顔を見た事で安心してしまったのか、それとも、ゴーレム幼女を連れ戻せなかったことを後悔してか、俺は人目も気にせずにシルフに抱きつき、声を上げて泣いてしまった。
「うわああああ!!!」
普段ならシルフに抱きつけばぶん殴られるはずだが、この時ばかりはシルフも俺に同情したのかギュッと俺を優しく抱擁してくれた。
「花島... ...。頑張ったね」
シルフは俺の頭を撫でる。
天使の羽に包み込まれたかのような安心感。
俺よりも年下の少女に何故か母親の面影を感じてしまう。
「すまん。シルフ。ゴーレム幼女を守れなかった... ...」
「大丈夫。あなたは頑張ったわ。自分を責めないで」
ヴァ二アルが無事に戻ってきた事で喜んでいた者達は泣きじゃくる俺の言葉を耳にし、下を向いた。
光ある所には闇がある。
ゴーレム幼女は魔女であり、この国を滅茶苦茶にした元凶。
国民達の中にはゴーレム幼女を恨む人間が沢山いるだろう。
ヴァ二アル国にとっては歴史に残る悪人ではあるが、俺やシルフにとっては仲間に違いなかった。
「... ...ホワイトは?」
ゴーレム幼女と一番仲が良かったのはホワイトである。
ホワイトシーフ王国では何故か常に行動を共にしており、ゴーレム幼女もいつもホワイトの肩に乗って遊んでいた。
恐らく、ゴーレム幼女がいなくなり、もっともショックを受けるのはホワイトだろう。
しかし、周りを見渡してもホワイトの姿がない。
メンバーの中で一番身長が大きいホワイトを見つけられない訳がないのだが... ...。
まさか... ...。
俺の頭に再び、嫌な予感が脳裏をよぎってしまった。
「おい! あれ!」
エイデンが空を指さし、その方向を見るとピンク色の渦が段々と消えていき、尻つぼみになる渦の中から光の玉が高速で落ちてきた。
「ご、ゴーレム幼女だ... ...」
「え?」
俺がポツリと零すとシルフは困惑した表情を浮かべる。
そりゃ、無理もない。
先程、ゴーレム幼女の身体は空中で弾けてしまい、地上にいたシルフ達もそれを見ていた。
ゴーレム幼女が戻ってくるはずがない。
周りにいた連中は懐疑的な目線を俺に向けた。
「シルフ! あの光の球にさっきの魔法をかけてくれ!」
「無理よ! もう、魔力がない! それに、あの光の玉がゴーレムなんて保証はどこにも... ...」
確かにあれがゴーレム幼女だと保証はどこにもない。
俺だって確証を得ている訳ではない。
先程、俺は精神思念体に『身体を返す』とそう言われた事を思い出した。
「ダメだ... ...。行かなきゃ... ...」
俺は走った。
流れ星を追うように空だけを見て、瓦礫につまずきながらも懸命に走った。
しかし、高速で落下する光の球との距離は全く縮まらない。
ここでも俺はゴーレム幼女を救う事が出来ないのかと思うと、虚無感が心を覆い始めていた。
「レイン!!!」
橙色で塗られた空を風を切りながら遠くに落下していく光の球を見ながら、俺は身体に力を込め、ありったけの声で叫んだ。
「______花島!!!」
その時、小刻みに大地が揺れ、後ろを振り返ると巨体を揺らしたホワイトの姿。
何故かいつもよりも身体が一回り大きく、がっしりと筋肉が付いていた。
「ホワイト!!! あの光の球を!!!」
「分かった!!!」
有無も言わせぬ状況でホワイトは質問することなく、光の球を追う。
足は速くはないが、大きいホワイトにはリーチの長さがある。
光の球との距離はどんどん縮まり、光の球が地面に叩きつけられる直前、ホワイトは両手で抱えるように光の球を受け止めた。
「お、おお!!! やった! やったぞ!!!」
「はあはあ... ...。まさか、あれを受け止めるなんて」
俺の後を追ってきたシルフは驚いた顔で遠くにいるホワイトを見る。
「本当にあの光の球はゴーレムなの?」
「え、あ、その... ...」
改めて、問われると答えに詰まる。
「あれはゴーレム幼女だ!」という自信はどこにもなかった。
ただ、あれがゴーレム幼女だという事を願いたかった自分がそこにいた。
「花島。シルフ様。見て」
夕陽をバックにゴーレム幼女救出作戦から帰還したホワイトは笑顔を浮かべながら握られた掌をソッと開ける。
やったぞ!
ゴーレム幼女を救えた!
掌の中身はゴーレム幼女に違いない。
「... ...ん?」
「か、可愛い!」
掌の中のものを見た時、俺は言葉を失った。
突然、現れた物体をシルフは抱きかかえると。
「______おぎゃああ!!! おぎゃああ!!!」
障害物の無くなった国に産声が響き渡り、新たな命の誕生を祝福するかのように雲の合間から月が顔を出した。
______第三章 ゴーレム幼女暴走編 完。
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