第126話お母さん! 第五回戦は3ON3!⑧

 第三ピリオドはハンヌ陣営のタイムによって中断したので、こちら側の攻めから試合が始まる。


 俺はドリブルで難なく、センターコートまで進む。

 どうやら、鈴音達はオールコートディフェンスを止め、ハーフコートでディフェンスをするようだ。

 オールコートディフェンスでは体力の消耗は激しい。

 第三ピリオドを捨て、第四ピリオドまで体力を温存しておくつもりなのだろう。

 だったら、追いつく気が失せるくらいにこの第三ピリオドで点差を離してやるか... ...。


 ゴール下にはホワイトがいつでもボールを受けられるポディショニングをしており、パスが出るのを警戒してか、ミーレや鈴音の意識は目の前の俺や天音よりもホワイトに向けられている。


「花島!」


 ん?

 天音を見るとどうやらパスを欲しがっている。

 今まで率先して勝負に行く姿勢はなかったのだが、才蔵に告白された事で何か変わったのか?

 まあ、この試合は天音が鈴音に打ち勝つという重要な意味合いもある。

 ここで、姉に打ち勝って欲しい。


「天音!」


 天音はパスを受け、鈴音を見やる。


「随分、派手な告白をされたじゃない。あんな冴えない男のどこがいいの?」


 鈴音はあからさまに天音を挑発。


「才蔵は素敵な人よ。それが分からないなんて姉さんは悲しい人よ」


「はっ!? 天音! 何を言って____!?」


 普段、反抗する事がない天音が初めて牙を見せた事に鈴音は動揺。

 天音はそれを見逃さずに華麗なドライブを決め、鮮やかに鈴音を抜き去った。


「HAHAHA! パスは出させない!」


 ゴール下には鈴音が抜かれることを予見していたのか、トムが巨体を更に大きく見せる為に両手を広げてまるで網漁のように待ち構えていた。

 トムは天音がシュートではなく、ホワイトにパスすると踏んでいたのだろう。

 山のような巨躯はパスコースも完全に塞いでいた。


「天音!」


 天音は止まる事もパスすることもなく、トムに突っ込む。

 そのまま、突っ込んでトムにぶつかればオフェンスファウルの笛が鳴ってしまう。


 ____きゅっ!


 トムにぶつかる直前、天音はトップスピードから急停止。

 そして、天音はそこから後ろに飛び、シュートを放つ。

 シュートという選択肢が頭に無かったトムは一瞬、ブロックするのが遅れる。

 トムが手を出した時には彼の指先をかすめるようにボールは通過し、そのまま、ゴールネットを揺らした。


 ____パスッ!


 その鮮やかなプレーに魅了されたのか、1テンポ遅れ、歓声が湧き上がる。


「あ、天音ー! かっこいい!」

「すごーい!」

「あれは綺麗なフェイダウェイだった... ...」


 天音は表情を変えることなく、淡々とディフェンスをする為に自陣に戻り、俺と天音は横並びの態勢で鈴音達を待ち構える。


「花島。絶対に勝とう」


 天音がポツリと言った。


「ああ。ここまで来たら勝とう」


 天音が居て、ホワイトが居て、みんなもいる。

 現役時代でもこんなに気持ちの良い試合が出来た事はない。

 まだ、試合中にも関わらず、胸が熱くなってしまった。


「花島! 来るよ!」


「お、おう!」


 ミーレがボールを上下に突き、イノシシのようにこちらに直進してくる。

 先程から俺は1対1でミーレに一度も勝てていない。

 是が非でもここは死守したい。

 ミーレが間合いに入る前に、俺は手をコートに付け、腰を落とす。

 高校時代に先輩からディフェンスは腰の低さが重要だと言われ続けてきた。

 あの時の感覚を思い出せ! 花島!


「腰を落としても抜いちゃうけどね!」


 右か?

 左か?

 ミーレは右に左にボールを自在に操り、進行方向が分からない。

 視線を動かしたり、細かなフェイクも入れてくる。

 ただ、花島よ。

 そんな、ちょこざいなフェイクなんか気にするな。

 考えるな! 感じろ!


「うおおおおお!!!」


 待っていては抜かれるだけだ。

 今度はこちらが牙を見せる番だ!


 ____ばふっ... ...。


 ん?

 何だ?

 視界が闇に閉ざされた。

 それに、何か柔らかい感触や顔面を包んでるぞ... ...。


 上を見上げると赤面したミーレの姿が。

 そして、俺は瞬時にこれがラッキースケベだと察した。


「きゃあああ!!! 何してんのよ!!!」


「___ぶへっ!」


 ミーレの悲鳴と共に俺の鼻は殴打され、まるで、糸くずのようにコートの端まで吹き飛ばされ、それと同時に笛が鳴る。


 ____ピー!!!


「オフェンス! アンスポーツマンライクファウル!」


 審判はミーレに向かってファウルを宣言。

 アンスポーツマンライクファウル。

 押すや蹴るなどの他に故意的な行為をした場合に適用されるファウルで滅多に取られる事はなく、俺も初めて審判の口からその言葉を試合中に聞いた。


「はあー!? あたしが!? あいつが悪いのよ!」


 ミーレは当然に不服申し立て、審判に詰め寄る。


「ミーレ! やめとけ! 退場にならないだけマシだ!」


 鈴音はミーレを後ろから羽交い締めにし、強制的に審判から離した。

 鈴音の判断は正しい。

 取られたファウルも悪質であり、その後の行為によっては一発退場だって言われかねない。

 ミーレは完全に頭に血が上っていたので、鈴音が止めなければ恐らく、審判のことも殴っていただろう。


「やったな! 花島! フリースローだ!」

「大丈夫?? すごい吹き飛んだけど」


 天音とホワイトが俺に近付く。


「ふん! 作戦通り!」


 鼻に詰まった血の塊を吹き出し、俺は鼻血を垂らしながらドヤ顔をした。

 コートの先に見えるミーレは俺の事を親を殺した宿敵に向けるような鋭い眼光を向ける。

 やれやれ。

 これは試合が終わったら確実に殺されるな... ...。

 ご都合展開でミーレの記憶が一時的に消失している事を願った。


「さあ! 花島選手! フリースローラインについて下さい!」


 審判から促され、俺はフリースローラインに立ち、ボールを貰って、二回その場で球を突く。

 これは俺が現役時代からずっとフリースロー前に行う所作。

 ルーティンってやつだ。


 これのお陰か否か、俺はフリースローは得意なのだ。

 大体、90%くらいの精度を持つ。

 与えられた権利は二回。

 一度は外れたとしても二度外す事は考えにくい。


 俺はゆっくりとボールをおでこのところまで持って来て、腰を落とし、膝を曲げ、狙いを定める。

 よし。ここだな。

 狙いが定まり、ボールを放つ。

 指のかかり具合も抜群。

 ボールが手を離れる前に「入った!」と確信出来るシュートだった。


 ____ガン! ガガン!


「____はっ!?」


 ボールは頂点に達した後に重力に引っ張られ、一直線に直径45cmの穴に吸い込まれて行った。

 軌道、高さも完璧。

 だが、俺の放った球はゴールリングに弾かれた。


「残念!」


 ミーレはしたり顔でこちらを見る。

 そうか... ...。

 今まで両者どちらも使う事はなく、使える事を忘れていたが魔法が使えるんだった。

 恐らく、ミーレは魔法を使ったのだろう。

 ただ、特別ルールでプレーヤーやボールに対して直接の術式は禁止していたはずじゃあ... ...。


「花島? リングってこんなに小さかったっけ?」


 リングと目線が同じホワイトは疑問符を浮かべる。

 ゴールが小さい?

 ___まさか!?


「審判! ちょっと、リングの大きさを測ってくれ!」


「お、大きさですか?」


「早く! ホワイト! 審判を担いでやってくれ!」


「はーい」


 ホワイトは審判をヒョイと子供のように持ち上げ、リングを目視させる。


「うーん。確かに45cm無いですね。40cm? いや、40cmよりも少し狭いか?」


 審判はムムムと唸り声を上げながら状態を解説。


「38cmよ!」


 腕を組みながらミーレは正確な大きさを伝え、その時、俺はミーレがボールではなく、リングの大きさを変えたのだと知った。

 プレーヤーやボールへの魔法は禁じられている。

 だが、リングの大きさを変える事は何ら問題ない。

 そもそも、この試合は魔法を使う事は禁止ではない。

 魔法を使った事を驚いているのではなく、「このタイミングで使ってきたのか?」と第四ピリオドではなく、第三ピリオドに使用した事を疑問視したのだ。


「あいつら... ...。第三ピリオドで決める気なのか?」


 得点板には15:16の数字が記入されていた。









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