第120話お母さん! 第五回戦は3ON3!②

「よし、ホワイト作戦通りお前が飛んでくれ」


「う・うん。分かった」


 ホワイトはセンターコートに立つ。

 向こうのジャンパーは約190cmあるトムだがホワイトの身長は3mを超えている。

 トムも大きいのだが巨人族であるホワイトと比べたら子供のようだ。


「作戦ってこれ? 随分とシンプルね」


 鈴音は陳腐な作戦を鼻で笑った。

 バスケのリングの高さは305cmでホワイトが近くに立つとちょうど目線と被る。

 手を伸ばせばボードの一番上に余裕で手が付き、ボールをゴール下で受けてそのまま叩き込めば得点出来るので一見、楽な試合にも見える。

 だが、近年のバスケではゴール下に居続ける事は禁止されており、三秒間しかゴール下に滞在出来ない。

 司会にそれを確認すると、こちらの世界でもそのようなルールが適用されているようだった。

 なので、ゴール下でボールを受ける為にはポディショニングをシッカリする必要があり、身長が高いホワイトが居れば簡単に勝てるというようなものではなさそうだった。


「えっと。ボールが上に上がった所で受け取ればいいんだよね?」


「ああ。そうだ。それで俺か天音のどちらかにパスしてくれ。あとは作戦通りだ」


 ホワイトはバスケの経験がない。

 頭はいいのでルールを教えたらすぐに理解してくれたが実戦経験がないのが不安な点だ。

 しかし、この身長というものは大きな武器となり、活用しない手はない。


 ぴー!


 再び、笛が鳴ると皮製の球体が宙に待った。

 トムがそれを奪取しようと垂直に飛び上がり、腕を伸ばすが一ミリも飛んでいないホワイトにあっさりと盗られてしまう。


「よし! ホワイト! パス!」


「え? あ、うん!」


 ホワイトは左サイドにいる俺にパスを出そうと頭の上に掲げている胸の位置に下げ。


「ちょ、おまえ!」


「____え??」


 ホワイトの顔の前にボールが浮き上がり、ホワイトの1メートル手前に落下。


「HAHAHA! バスケは身長が高ければ良いってものじゃないぜ!」


 バスケにおいてキープ力というのは地味だが重要だ。

 バスケ玄人はシュートの精度やドリブルの上手さよりもキープ力がある選手を評価している。

 ボールを取られないという事は相手に攻める時間を減らす事が出来、当然、その分、得点の機会を減らせるのだ。


 素人であるホワイトはボールをキープする事が出来ない。

 キープ力は体幹の強さなども関係してくるが、一番はボールのポディション。

 基本的にボールを相手から遠ざければ取られにくい。

 初歩的な事だがホワイトにボールポゼッションを教えておくのを失念していた。


「おらぁ! ボール取った!!!」


 ミーレは魚が餌に食いつくように勢いよく飛びつく。


 後ろを見ると既に鈴音がゴールに向かって走り込んでいた。

 俺の位置からは鈴音を止める事は不可能。

 一番近くにいた天音にアイコンタクトを送り、俺はミーレのパスコースを防ぐ為に詰め寄ったのだが......。


「甘い! 甘い!」


 俺の脇を赤毛の魔女が抜けていく。


「はえっ!」


 こいつ、こんなに動けたのか!?

 後ろを振り返った時、すでにミーレはセンターラインを超え、2Pラインまで達しており、2対1の状況となっていた。


「天音!」


 天音は警戒すべき相手を鈴音に絞っていたのだろう。

 ゴールまでの近さや実力を考慮すると俺でもその判断をした。


 だが、俺も鈴音もミーレという赤毛の魔法少女をただの魔法使いだと安易に考えてしまっていた。


「よっと!」


 2Pラインでドリブルを止めるとミーレは胸の位置から両手投げでボールを放る。

 所謂、女子のシュートの打ち方だ。

 この打ち方は弾道が低くなりがちなのだが、ミーレの放ったボールは美しい放物線を描き、リングに当たることなく、ゴールネットを揺らした。


 ____パツッ。


「おーっと! 初得点はまさかのミーレ選手! 破天荒な行動からは想像出来ない美しいシュートだ!」


 司会の熱の入った実況に呼応する観客。


 試合開始から僅か5秒。

 俺たちは得点を許してしまった。


「花島!」


 あまりの早さに茫然としていると天音はすでにゴール下からこちらに向かってパスを出そうとしている。

 前にはミーレがいるのみ、俺はゴール下まで走り込み、パスを受ける。


「行かせないよ!」


 俺の後ろにピタリとくっ付き、プレッシャーを与えるミーレ。

 豊満なバストの感触を普段なら堪能しておくのだが、今回は悠長な事は言ってられない。

 俺はそのまま反転し、ミーレの体を置き去りにした。


「花島選手! 速い! ミーレ選手は追いつけない!」


 ミーレはオフェンスは強いがディフェンスはまるでザル。

 それはプレッシャーのかけ方と足の位置と腰の高さで推測出来た。


 何を隠そう、俺の高校は県でベスト4になった強豪校。

 そこで俺はスタメンにはなれなかったのだがベンチに入っていたほどの実力者である。


 あれしきのディフェンスをかわす事なんて自転車に乗るくらいに簡単だ。


「あーん! 抜かれた!」


 ミーレは完全に抜かれると追ってくることすら止めた。

 進行方向にはホワイトとトム。

 ゴール下にさえ、ホワイトが行けばパスを出してそのままダンクすればいい。

 簡単な作戦を思考していると、後ろから何かが近付いてくる気配が... ...。


「___花島! 後ろ!」


「ん?」


 _______パン!


 次の瞬間、今まで等間隔に聞こえていたドリブル音は消え、俺の目の前を茶色のボールが転がった。


 ___しまった!


 ミーレは完全に置き去りにした。

 考えるられるのは一人しかいない。


 俺の脇を海上から見えるクジラのような影が通過し、目の前で急浮上するとボールを両の手でガッチリと掴み、こちらを挑発するように鼻を鳴らす。


「甘い。甘い。私はあんたらに一点も取らせる気がないよ」


「くっ... ...! 鈴音... ...」


 バスケ勝負ということを知り、こちらに利があると考えていた事は甘い考えだと一蹴された。

 だが、この一連の出来事は鈴音の強さを表す、ほんの一部であったことを俺は後に知る。






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