第103話お母さん! 金色の戦士ヴァ二アル・ハンヌ

 民衆が蟻のように集まる箇所に目を向けるとその中央に肥満体型でエプロンを身に付けている髭面の男に小さな足を押さえ付けられ、市場に売っている鳥の丸焼きのように一人の少年が吊るされていた。


「おい! 早く! 俺の店から盗んだ物を返してもらおうか!」


「だから、知らねえって! 勝手に決めつけるな! クソデブが!」


 うっわあ... ...。

 口悪い子... ...。

 親の顔が見て見たいわ。


「あー。ロストの子か」


「ロスト?」


 俺よりも少し遅れてきたヴァ二アルはポツリと零す。


「うん。親を失った身寄りのない子供が集まって街の外れに集落を作って暮らしているんだよ。で、お金も食料もないからたまにこうやって街に忍び込んで悪さするのさ。困っちゃうよ全く... ...」


 ほう... ...。

 スラムってやつか。そういうのは聞いてはいたが実際に見たのは初めてだ。

 確かに少年はボロボロの雑巾のような服を着て、髪はボサボサで長く伸びた髪はつばの広い帽子のように目を隠している。


 やはり、国が大きくなれば貧富の差ってのは大きくなるんだな... ...。


「助けないのか?」


 そう。

 王様はこういう時に「何をやっているんだ! ロストの子だからといって決めつけてはいけない!」と言い良き指導者を演じるものだが... ...。


「え? なんで? ロストの子が盗んだのだろ?」


 とまるで俺が冗談を言っているかのようにヴァ二アルは笑う。

 それを見て、俺は別にヴァ二アルが悪い奴だとは思わなかったが、本当にこいつは王様の資格があるのか?? 

 とヴァ二アルの王子としての本質に疑問を抱いてしまった。


 まあ、人は平等に___。

 というのは俺の世界で刷り込まれたまるで洗脳のようなもの。

 他の世界では人は平等ではない。

 ヴァ二アルやその光景を嬉々とした表情で見ている民衆達は洗脳という名の教育を受けていないのだから致し方ないか... ...。


 異世界の倫理観を憂いていると、見慣れた金色のロングヘアをなびかせ、この国では異端とされる自称優しい王様が民衆から飛び出して... ...。


「__その子を離してやりなさい! まだ、子供よ!」


「ちょっと! シルフ!」


 天音がシルフを止めようとする。

 王位継承戦の前に悪目立ちするのは避けたかったのだろう。

 しかし、シルフは天音の制止を振り切り、言葉を続け。


「その子が盗った証拠はあるの?」


「俺の店の周りをウロチョロしてやがったんだ! こいつはロストの子。こいつが盗ったに決まっている!」


 サンタのコスプレをすればさまになりそうな顔立ちをしているのに店主は優しさの欠片かけらも見えない表情で掴んでいるロストの子を睨み付ける。


 店主の声に呼応するように集まっている民衆も「そうだそうだ」と頷き、同時におかしなことを言うシルフに罵声を浴びせる。

 ヴァ二アルや天音はこうなることが想像出来たのか、勇敢な行動をしたシルフに頭を抱えていた。


 シルフは罵声を浴びながらも民衆達を鼻で笑い。


「ふん。ロストの子? それがどうしたっていうの? 証拠もないのに犯人にでっち上げるなんてこの店主の方が私は悪人に見えるけどね」


「なに?! お前、今、なんて言った!?」


 民衆の前で鼻で笑われた店主は顔を真っ赤にし、右手で持っていたロストの子を乱雑に地面に落とし、シルフの頬を平手打ち。


 身体の軽いシルフは1mくらい吹っ飛んでその場にズサッと転がる。


「__シルフ!」


 急な出来事に俺は一歩も動けなかった。

 ヴァ二アルや忍者たちも王位継承戦のことを考えて動けず、唇を噛みしめている。

 遅れてきたゴーレム幼女は倒れているシルフをみて状況を察し、見るからに殺気を隠すことなく、店主の方に黙って向かう。


「ちょっと! ゴーレム幼女! 待てって!」


「... ...蒸発させてやる」


 殺すよりも恐ろしい事を言いながら向かうゴーレム幼女の腕を掴んだ時、シルフが涙を目に溜めながら立ち上がり、今度はシルフが店主の顔を平手内。


「女の子を殴るなんて最低ね! こんな店、潰れればいい!」


 叩かれた店主は怒り心頭な様子で再び、シルフを殴ろうと右手を振り上げた。

 このままではシルフを殴る前にゴーレム幼女によって店主が蒸発してしまう。

 俺は重たい足に鞭を打ち、民衆の中から飛び出した。

 その時___。


「__やめたまえ!」


 民衆の奥から何やら声が聞こえる。

 ふう... ...。

 やっと、争いを拒むまともな奴が現れてくれた。

 俺は内心ホッとした。

 民衆から”その名”を聞くまでは... ...。


「あ! ハンヌ様!」

「ほ・本当だ! ハンヌ王子様!」


 誰かが声を上げると民衆という名の海が割れ、道を作り、そこを歩いて来たのは数名の護衛達に囲まれた馬に跨った金色の戦士であった。


「に・兄さん... ...」


 俺はヴァ二アルの言ったことを聞き逃さなかった。

 そうか、こいつがヴァ二アル・ハンヌ。

 ヴァ二アルの兄であり、諸悪の根源。




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