第104話お母さん! ヴァ二アル・ハンヌは予想以上でした!

 ヴァ二アル・ハンヌ一行はシルフの前で立ち止まる。

 王子がこんな街中に現れるなんて思ってもみなかったのだろう。

 民衆達は慌てふためき、騒動の発端でもある店主は青ざめた顔を浮かべる。


「大丈夫かい? ケガは?」


 なーにが「大丈夫だい?」だ。

 全く、スカしてんじゃねえ。

 騒動の発端のもう一人は腕組をし、「は? 誰?」と敵対心丸出しであった。


 よしよしよし!!!

 いいぞ! シルフ!

 スカしている王子の鋼鉄の鼻っ柱を折ってやったぞ!


「貴様! 無礼者!」


 艶のある黒髪と大きな胸元が特徴的な護衛部隊の一員が王族に対して無礼な振る舞いを行ったシルフに刀を向ける。

 刀を抜く所作は風のように早く、気付いた時には刃がシルフの目の前にあった。


「______姉さん! 止めて!」


 ん? 姉さん?

 だんまりを続けていた天音がシルフに向けられた刀を見て止めに入る。


「... ...天音。帰っていたか」


 天音の姉であるという護衛兵は振り返ることなく、視線は王子を侮辱した標的から反らさないが、シルフも自身に敵意を向ける者から目を離さない。

 流石のゴーレム幼女もあそこまで間合いを詰められていると手出しが出来ないのだろう。

 黙ってその状況を見守る事しか出来ずに、下唇を強く噛んでいた。


「これは姫君に失礼しました。そういえば、鎧を付けたままでした」


 一触即発状態を回避するためか、ヴァ二アル・ハンヌは頭に被っていた金色の鎧を外す。

 鎧を外した瞬間、民衆の中の女性から黄色い声が溢れ出た。


「ハンヌ様!!!」

「きゃあ~!」


 鎧を取って現れたのはヴァ二アルと同じ赤茶色の髪と金色の瞳のイケメン。

 口髭を生やし、ボサボサの髪の毛から少しワイルドはイメージを受け、男の子か女の子か分からなかった中性的な顔立ちをしているヴァ二アルとは対象的。

 そして、白い歯を見せながらの笑顔は腐女子達には効果は抜群だったようで民衆の何人かは卒倒した。


 くそ~。

 全く、面白くない。

 だから、イケメンってやつは嫌いなんだよ。


 見るからに嫉妬しているとゴーレム幼女に鼻で笑われ、背中をポンと叩かれた。


「で、誰? 早く名を名乗りなさい」


 流石! シルフ! 突然のイケメンにも全く動じない!


「貴様! 口を慎め!」


 天音の姉が束に力を込める。


「まあ、鈴音。彼女も怖がっているだけさ。刀を下してくれ」


「... ...ハンヌ様のご命令でしたら」


 不満そうに刀を鞘に戻す鈴音の耳元でハンヌが「ありがとう」と言うのを俺は聞き逃さなかった。

 そして、それを言われた鈴音は頬と耳を赤くして一歩下がる。


「... ...面白くねえ」


 ついに本音が口を突いて出た。

 そして、また、ゴーレム幼女に背中を優しく叩かれる。


「私の名はヴァ二アル・ハンヌ。僭越ながらこの国で第一王子を努めております。以後、お見知りおきを」


 そして、ハンヌは跪いてシルフの手を取ってキスをする。

 おまっ! 

 うちの子に勝手にキスすんじゃねえ! 

 と俺は腸が煮えくり返る思いだった。


「そうですか。これは失礼しました。私はホワイトシーフ王国で”王”を努めております。シルフと申します」


「ホワイトシーフ王国? すみません。学がなく、初めて聞く名だ」


「この国を北に数週間ほど歩いた場所にある国です。いくつもの雪深い山を越えるので人目に付くような場所でもありませんから」


「そうですか。で、一国の長がどうしてこのような場所に?」


「それは... ...」


 シルフが社交辞令モードで訳を語ろうとするとヴァ二アルが話に割って入った。


「兄さん。僕が連れてきたんだ」


「... ...兄さん? すみません。こんな綺麗な妹を持った覚えはないのですが」


 流石の兄も性別が変わった弟を認識するのは難しかったのだろう。

 しかし、マジマジと見るにつれてハンヌの笑顔が徐々に青ざめていった。


「... ...ん? んん? んんんんn!?」


「そうです。パスです。訳あって今は女の子になっています」


 それを聞いたハンヌは目を大きく見開いて。


「パスうぅぅぅぅ!?!?!!?」


 とイケメンがタコみたいに口を尖らせたのが面白くて俺は影に隠れて笑った。


「ほ・本当に!? 本当なのか!? え!?」


「本当です。話せば長くなるので割愛しますが女の子になったのは事実です」


「... ...嘘だろ」


「... ...本当です」


 ヴァ二アル・ハンヌは弟の格好などを見て、女装という線も考えたのか、念の為、天音の姉である鈴音にボディーチェックをさせる。


「では、失礼します」


 そういうと鈴音はヴァ二アルに近付き、ヴァ二アルのふくよかな胸をわしゃわしゃと揉む。

 民衆の前で揉まれたからなのか、「あっ... ...」と声を漏らす元男。

 それを見た時、ヴァ二アルは肉体的には勿論、精神的にも女体化しつつあるのかもしれないと鼻の下を伸ばしながら博士っぽい事を考えた。


「ふう... ...。確かな揉みごたえでした」


 何故か鼻血を出す鈴音。

 こいつ... ...。

 もしかして、両刀使いか!?


 鈴音に胸を揉みしだかれたヴァ二アルはどうやら腰を抜かしてしまったようで天音に背中を預けている。


「... ...ハアハア。これで信用して貰えましたか?」


「嘘だろ... ...。どうなっているのだ... ...。お・俺の弟がっ!? パスが!?」


 ハンヌは苦痛に顔を歪ませ、頭を抱えて天を仰ぐ。

 こいつはひょっとして、ひょっとするかもしれんぞ... ...。

 あまりにも女体化した弟に対してショックを受ける兄に対して俺は一つの疑念を抱いた。


「そういえば!」


 ハンヌは思い出したかのように大声を上げ。


「王位継承戦は!? 確か、王になる資格はないはずだ」


 護衛の一人の魔導士っぽいローブに包んだ爺がこれ見よがしに「さようでございます」と話に入ってきた。

 恐らく、出番が欲しかったのだが中々、キッカケがなかったのだろう。

 結構、食い気味に入ってきたのを俺は見逃さなかった。


 しかし、何か妙だ。

 王位継承戦に参戦出来なければ必然的に自身が王になれるのにこの悔しがり様。

 なんでこんなに悔しがる?


 事実確認後、ハンヌは身を震わせながら。


「お・王様になりたくねえ~!!!!」


 は?

 何て?

 まさかの発言と共にハンヌは赤子のように地面を転がって悶絶。


「ぐおおお!!! 嫌だ!!! なりたくねえ!!!」


「... ...え。ええ... ...」


 今までそこにいたワイルド系爽やかイケメンの姿はなく、「仕事したくねえぇぇぇ!!!」と抵抗を見せるニートがそこにはいた。

 いや、しかし、これはどういう事だ??


 真相を確かめる為に才蔵に確認。


「これは一体??」


「ええ。見ての通り、パス様の兄であるハンヌ様は極度の仕事嫌いでして... ...」


 仕事嫌いとかなんかそんな次元じゃないでしょ... ...。

 どう考えても30代に突入している男子が人目も気にせずにのたうち回りながら「まだ遊びてぇぇ!!」と言っているのだから。

 狂気の沙汰だ。


「もしかして、お前らがハンヌを王にしたくなかった理由って... ...」


「... ...ええ。なんて言うか... ...。まあ... ...」


 ニートみたいな事を言う、体は大人・頭は子供の奴でも一応、王族なのだ。

 才蔵は言葉を選んでいるようだが出てきた言葉はどうしようもないもので。


「え~っと... ...。兎に角、ダメ人間なんだ」


 とどうやらオブラートに包み切れなかったようだ。


「嫌だ!! 嫌だ~!! もう、王様なんてコリゴリだ~!!」


 ... ...いや、まだ、何もしていないでしょあんた。

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