第2話お母さん! エルフの王女は残酷です!

 人間の耳や目から得る情報はとても曖昧で、不確かなものだと目が見えなくて子供を養っている白髪の戦士が言っていた気がする。

 俺の聞き間違い。

 再び、質問をしようと身構えるが、立て続けに少女は気怠そうな態度で。


「早く殺してー」


 と近くにいた兵士達に命令。

 兵士達は躊躇する事なく、腰に差したサーベルを俺の首に当てる。


「ええ!? ちょまっ!!!! なにこれ!? マジなやつじゃない!?」


 慌てる俺に対して、まるで、くだらない映画を見ている観客のように少女は鼻で笑った。


「あはは。そうだよー。怖い?」


「勘弁して下さい!!! うあああ!!! 何でもするから!!!」


「ん~? 何でも? じゃあ、死んでー」


 左団扇ひだりうちわで悠々としている少女はどうやら本気の様子。

 こんな美人に殺されるのはドMな俺にとって理想的ではあるが、まだ、死にたくはない!

 生への執着を見せる俺を哀れに思ったのか、どこからか可哀想な子羊を擁護する声が聞こえた。


「あの... ...。シルフ様。これは些か乱暴では?」


「へ? ああ! そうだよ! これは横暴だ!」


 誰かが権力者の行き過ぎた行動に苦言を呈す。

 これに便乗するように、俺は声を振り絞った。

 この声を上げてくれた恩人の顔を拝見してから死ぬなら死にたい。

 男性の声だったから兵士の人か?

 右を見るがそのような素振りをしている人はいない。

 そういえば、近くから聞こえた気がする。

 では、今、正にサーベルを振り上げ、首を狙う兵士か?


「ふしゅ~」


 上を見上げると鎧の隙間から見えるギラギラした眼光で恐らくこいつは幼少の頃よりスプラッターとしての英才教育を受けた人種で、俺の事を丸太としか思っていない。

 

 どうやら、こいつでもないようだ。

 あれ? 

 いない?

 ふと、壇上を見上げると探し人は意外な所にいた。


「まだ、敵と判明した訳ではありません。こやつは、この国にとって有益な情報を持っているかもしれませんよ」


「有益? 外部から来る人間は病気のようなものよ。この国にとって害悪でしかないわ!」


「鎖国をしてから百年。シルフ様は先代の王様の意志を引き継いで良くやってらっしゃる。しかし、これはあまりにも暴力的ですぞ... ...」


 あの子。

シルフって言うのか... ...。

 いやいや! 

名前なんて今はどうでもいい!

 それより、あの馬! 

 喋ってる!?


 口周りに涎を付けながら、ダンディな低い声で流暢にシルフと会話を行う白馬。

 この世界では馬と話すのが金持ちとしての一種のステータスなのかもしれない。

 

「お前!」


 声を荒げて俺の方を見やる馬。

 まさか、馬にまでこんな高圧的な態度を取られるとは... ...。

 まあ、流石に馬に罵られたからといって興奮はしない。


「単刀直入に問おう! 貴様は何をしにこの地に来た!? 貴様は敵か!?」


「... ...」


 この回答で運命が決まる。

 中途半端な返しは自身にそのままブーメランのように返って来るだろう。

 俺はどちらかと言えば口は上手い方。

 この状況を切り抜けるために嘘を言わなくては... ...。


「結論から申し上げますと、私は、あなた方の敵ではありません」


 ざわつく兵士達。

 

「私はアンブルレイサス国第七皇子の花島と申します。鷹狩りに夢中になって、気付いたらこの地に迷いこんでしまった... ...。気が動転してしまい、失礼な態度を取ってしまい申し訳なかった」


 我ながら滑稽なべんちゃらを思い付く。

 この手の漫画やアニメなどは腐るほど見てきた。

 目の前にいる貴族のような人間共は『他国の皇子』というワードにめっぽう弱い。

 一国の皇子を傷物にしたら、戦争に発展し兼ねないからだ。

 ハハハ!

 笑いが止まらない。

 俺は確かな手応えを感じていたのだが、足元から鳥が立つような言葉が返って来る。


「お前のような汚い身なりをした者が皇子な訳がないだろう。見え透いた嘘をつくなよわっぱ


「へ?」


 ですよね。

 俺は盲目か!? 

自分の身なりも忘れていた。

 ポロシャツにジーンズにスニーカー。

 英国の王子の休日の服装という言い訳をしても聞き入れてはくれまい。

 俺を擁護してくれた馬も「こりゃ、いかんわ」と言いながら、俺から目を背ける。

 まさか、犬についでの人類の友と言われる馬にまで見捨てられてしまうとは... ...。


「この期に及んで私に嘘をつくならもっと滑稽な嘘をつけば良かったのに。そうすれば、は生きながらえる事が出来たのにね」


「え~。じゃあ、俺、違う世界から来たんだけど... ...」


「アッハッハッハ! おもしろ~い! はい。じゃあ、死んで」


 笑いのツボは浅いが、氷点下のように一気に冷める。

 もう、無理かな... ...。

 満足とは言い難い人生が終わる音が頭上からする。

 このまま、すごすご殺されていいのか!?

 いや、良くない!


 俺は性格が良い方ではない。

 というか、性根が腐っている。

 最後にあいつの鼻っ柱をへし折ってやる!!!


「おい! お前! 可愛いからって調子に乗ってんじゃねえぞ! このアバズレ! ボケ! カス! この野グソ野郎!」


 我ながら、最大級にカッコ悪い悪足搔きをする。

 むしろ、カッコ悪過ぎて逆にカッコイイとも感じてしまう。

 いや、もう、どう思われてもいい。

 どうせ死ぬのだ。

 俺は死を受け入れ、目を閉じる。


「... ...」


 あれ?

 俺の首まだあるよね?

 飛ばれるはずだった首は胴体から離れる事無く、定位置にある。

 本来であれば俺の首と胴は切り離されている予定なのだが... ...。

 真相を確かめようと目をゆっくりと開けると、目の前にはペロペロと舐め回したくなるような美しいおみ足があり、上を見上げるとシルフが可愛らしい顔を真っ赤にしていた。

 

「だ・れ・が・野グソ野郎ですって!?」


 シルフは、 恥ずかしさと怒りが混在しているような表情をしている。


「ああ!? お前に決まっているだろう! お前のような清楚系女子が野グソしているに決まっている!」


 長年愛用してきたキメ台詞のように根拠のない事を羅列し、シルフに断言。

 

「野グソってあんたが一番野グソしてそうよ! この変態!」


「ああ! 俺は自他共に認める変態だ! お前が野グソしている光景を想像しながらカレーを食う事だってやぶさかでないね! ああ! 愉悦! 愉悦!」


「気持ち悪い! ゴミ! 変態! この鼻でか!」


 俺にとってはご褒美である暴言を湯水のごとく浴びせるシルフ。

 彼女は変態という生き物の生態をよく知らないようだ。

 どうれ。

 本場の変態というものをいい機会だから教えてやろう。


「どうせ、お前の母ちゃんも野グソ野郎なんだろ!」


「はっ?」


 一瞬、シルフの表情が強張り、赤面した顔が元に戻っていく。

 人には決して言ってはいけないワードというのが存在するが、どうやら地雷を踏んでしまったらしい。


「私はともかく、お母様を愚弄したわね... ...」


「そうだよ! お前の母ちゃん、公園で犬のクソを片付けるふりして自分のしたクソを片づけてたぞ!」


 普通の人間であれば対峙する相手が真顔になった時点でトーンを下げる。

 しかし、俺というクズ人間は悪口のスピードとキレのギアを更に上げた。


「... ...」


 1000℃以上に熱された鉄の塊が水につけられたかのように一気に冷める熱。

 俺を蔑む目には冷たさを感じる。

 だが、その視線は俺にとってバナナチョコレートパフェのような甘美な代物。

 ”子供と変態には甘い物を与えてはいけない”

 という格言を体現するかのように俺は更に甘いものを欲す。


「『お前の母ちゃん! でべそ!』ってお前の母ちゃんが由来の言葉だからな! でべそで野グソ野郎ってどうしようもねえな! ガハハハッ!」


「... ...」


 どうしようもないのはお前だ。

 と周りから釘をさされそう。

 だんまりを続けるシルフは一呼吸を置き。


「こいつ、ここで死ぬのではあまりに軽い。ゴーレムの森に連れて行きなさい」


「______!? ご・ごれーむの森ですか!?」(一同)


 声を合わせるかのように周りにいた兵士やメイド、馬も驚きの声を上げる。

 中には恐怖からか、泣き出す者もいた。

 ゴーレムの森... ...。

 なんか、RPGゲームの一番最初の方の面みたいな名前だ。

 まあ、そうか。

 ここで、殺される事はないんだ... ...。


 何故か、俺はそこでホッとして、今まで溜まっていた疲れもあってか、気を失ってしまった。

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