第15話 千年前の

 オウエンが扉を開くと、よく見知った面々がそろって振り向いた。見た目には普通の民家だが、中にいる者は全員武装している物騒な建物である。オウエンとアネット、そしてイーノックは、ようやくマルコワにたどり着いたのだ。


「あっ! 帰って来た! 」


 アンが嬉しそうに立ち上がり、その拍子に倒れた椅子を放り出して駆け寄ってきた。アネット、イーノックと続いて入室する。外は少し肌寒かったが、その分部屋は暖かい。アネットはそれが心地よく、ほっと息をついた。

 アンに続いて、エズメも相好を崩して歩いて来た。


「オウエン! アネット! 良かった。心配してたんだから」

「この通り無事だ。心配をかけた。それより──」

「そちらは? 」



 エズメはオウエンとアネットに続いて入室したイーノックに気付くと、オウエンに声をかけた。オウエンはアーツ軍がここへ向かっていると言いたいのに、別の話が始まってしまった。


「イーノックだ。オーツの領主筋らしいが、オーツ、はもう……」


 オウエンは沈痛の表情で黙り込んでしまうと、はっとしたようにアンやエズメ達も息を飲んだ。彼等もまた、マルコワまでの道中でオーツが占領された事は聞き及んでいる。一同にどんよりと暗い空気が漂い始めた。


「わたしはイーノック。故郷はアーツによって滅ぼされました。自棄になっていたところをオウエンやアネットに助けられた。微力ながら、あなた方の戦力になりたいのです」


 イーノックはそう言うと、背負っていた弓を見せた。来ている着物や袴はぼろぼろで、原型が和服だったとは思えぬ程だ。だが、本人は大きな怪我もなく、心痛を除いて元気そのものだった。


「此度のオーツのこと、我らも心を痛めていたところでござる」

「ここでは皆、似たような境遇の者ばかりだ。我々と共に行こうではないか」


 エズメはイーノックの心境を慮るように、鎮痛の面持ちで俯いた。それを尻目に、エトナは早くも先輩風を吹かしている。


「何を偉そうに」


 アンは持っていた杖でエトナを殴りつけた。エトナは涙目で抗議するが、アンは気にも留めない。


「皆さん仲良しだなあ。良いことだ」


 うんうん、と一人ほっこりするイーノックに、アンとエトナは同時に振り返った。もはやここまで来るともうお決まりである。


「どこが!」


 同時に叫ぶと、二人は喧嘩を再開した。それがイーノックにはおかしくてたまらない。涙も声も気にせずに、ゲラゲラと大笑いし始めた。

 アネットが目の前の喧騒にポカンとしていると、閉めたはずのドアがまた開いた。


「よう。やっと合流できたぜ」


 アネットが振り返ると、戸口にアドルフが立っていた。さらに彼の後ろからソウジロウもいる。

 ソウジロウはイーノックを見ると、すっとんきょうな、歓喜と驚愕の混じった声をあげた。


「お、お、お、お館様? もしや、カタモリ様では……」


 そう言うや否や、アドルフの後ろにいたソウジロウはガバリと土下座した。彼はまだ玄関の外にいて、部屋には入っていない。


「ソウジロウ? ソウジロウなのか! 」

「は! ソウジロウにございます!」


 イーノックの大笑いも涙も瞬時に引っ込んだ。足をもつれさせるようにしてソウジロウに駆け寄る。


「カタモリ様! 駆け寄って頂くなど…!」


 恐縮しきりのソウジロウを宥め、イーノックは構わず彼を抱き締めた。


「良い、良いのだ。それよりもよく生きていてくれた。部隊は全滅したと聞いていた故、そちも、もう……」


 ソウジロウは、イーノックに抱き着かれながら目を白黒させている。


「イーノックは、カタモリさんだったの? 」


 アネットが不思議そうな顔で問うと、彼の代わりにソウジロウがずいと身を乗り出してアネットを睨み付けた。抜かれてはいないものの、その手は既に刀の鯉口を切っている。


「おい、この方をどなたと心得る。我が主を呼び捨てにするとは──」

「良い。命の恩人だ」


 息巻くソウジロウの前にイーノックがすっと手を出すと、途端にソウジロウはおとなしくなった。


「済まなかった、アネット。これは忠義に厚い。許してくれ」

「え、ええ……」


 そうイーノックが言うと、ソウジロウはさっと1歩下がると片膝を付いた。イーノックに頭を垂れると、ソウジロウはその姿勢のままじっとしている。それをアネットはポカンとして見ていた。まるで時代劇でも見ているかのような光景だ。


「私の名は、カタモリ・イーノック=マツダイラ。オーツの民は通常、ミドルネームは持たない。しかし、領主の一族は代々オーツネームとは別にミドルネームを持つのだ」

「イーノックはミドルネームなのね」 


 そういう事だ、とイーノックは頷いた。

 ソウジロウを伴ったイーノックは、それまでとはまるで別人のようだった。絶望して自棄にになっていた彼はそれまで貫禄など全く感じられなかったのが嘘のようだ。顔つきまでがキリリと引き締まっている。


「いやはや! 我がヤマシロと文化はよく似ているのは存じておったが、我らには皆ミドルネームがあり申す。面白うごさるな!」


 わはは、とエズメは嬉しそうに笑った。そこへオウエンが割って入る。


「それよりも、アーツ軍がマルコワへ向かっている。ここへ来る時に奴らの野営地をすり抜けた。そこで聞いた」

「なんと!」


 エズメは目を見張った。歓喜に溢れていた部屋の空気が一気に張り詰めたものに変わる。雷に打たれたような鋭い緊張が走った。


「誠です。我らは確かにそう聞いた」


 イーノックはそう言うとソウジロウを伴い、ドアを閉めて部屋に入り直した。それと同時に、部屋の奥からエイブラムがやって来た。


「皆、戻ったのだな。待っていたぞ」


 他の者が一斉に振り返ると、エイブラムはこほんと咳払いした。


「悠長なことはしておれぬようだの。ここには貴重な宝が眠っておる。これだけは死守せねばならぬ」

「宝、ですか。如何なる物でしょうか」


 イーノックがエイブラムに問うと、代わりにアドルフが話し始めた。


「千年前に滅んだとされる種族がいるのは知っているかい? 」

「まさか、エルフではあるまいな」

「ご名答」


 アネットには初耳であった。でも、もうさすがに驚かない。魔法だの魔王だのに翻弄され、側には盗賊や剣士、侍までいる。本当に、何が起きてもおかしくない。もう何でもござれである。


「そのエルフがいるんだよ。この街に。眠ってるけどな」









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