5.atsu_reki

「……は? 台本を脚色してきた?」

 期末試験期間も終わり、部活は再開した。早くも高橋が眉をひそめる光景に立ち会う。


 彼の目の前には、印刷したコピー用紙を突き出す田中真由子がいた。


 高橋はその台本を手に取る。田中真由子を一瞥し、台本に目を落とす。

 流し読みで読み終えて、わざとらしく、呆れたように溜息をついた。

「……あのさあ。俺たちってそもそも上手くいってないよな。土台すらなってできてないよな。それなのに、自分たちらしい脚色とかできると思ってんの? それに――なんだよこれ。超能力がどうとか実は宇宙人でしたとか……」

 高橋が手放した台本が回ってくる。試験期間中に作ったのだろうか。目を通すと、実は○○は超能力者で、○○はその超能力者を捕らえに学校に潜入していた宇宙人で……と、別にわざわざこの物語に加える必要のない要素が次々と登場する。

 胸がきゅっと締めつけられる。あいつはこれを、どんな気持ちで書いたのだろう。皆にすごい脚色だと褒められると思ったのだろうか。自分のセンスや才能を、誇示したいと思ってしまったのだろうか。高橋にナメられないように、彼の一枚上手に立つために、台本に手を加えるという選択肢を取ったのだろうか。分からない、俺には分からない。けれど――

「オチが弱いから」

 こればかりは、さすがに擁護もできなかった。

「……お前それ、直接先輩に言えんのかよ。……迷惑なんだよそういうの。いい加減中二病は卒業しろよ。――――お前らも黙ってないで何か言えよ、当事者だろうが!」

 見るからに苛立っている高橋はそのまま、俺たち残りの部員たちに向けて怒鳴った。

「なあ、田中ばっかり目立つけど、お前らも大概だぞ! 安藤! 台詞覚えてこいよ! 池田! いい加減うじうじしてねぇでデカい声出せよ!」

 堪えていたであろう不満を、ぶちまける。教室に重苦しい沈黙がやってくる。

「落ち着けよ高橋」

 俺は言う。高橋は俺を睨む。

 「――お前が」

 机の上に置いてあったボトルコーヒーを乱暴に掴み取り、高橋は教室を出ていく。

「どうにかしろって言っただろうが」――そう言い捨てて。



「状況は芳しくないようだね……」

 後半はほとんど分裂状態のまま、練習開始から二週間が経ってしまった。不甲斐ないことに俺たち一年生は、一通りの流れすら完成させることができずに、約束の期限を迎えることになった。誰のせいだとかは、この際言わない。問題はおそらく全員にあって、特定の誰かを責めたところで意味などなく、それは虚しいだけだからだ。

「初めての芝居作りだ。行き詰まってしまうのも無理はないことだろうと思う」

 部長の言葉に俯き、黙り込む一同。重々しい空気を和ませるように、ミサキ先輩は言う。

「あんまり思い詰める必要はないよ。ここからは私たちもいるし、一緒に作っていこうね」

 部長を中心に、ぱきぱきと演出プランが見直されていく。あっという間に最初から最後までの動きが完成した。さすがに、一年の経験差は伊達ではなかった。ある程度の自信もあったのだろう高橋は、自分が考えた演出が容赦なく変更されたことに対して不服のようだったが、先輩方はきちんとどこが惜しいのか、どこが足りないのかを説明してくれるため、最終的には一応の納得を見せた。

 しかし他方、田中真由子は自分が演出を仕切った場面に変更が加えられたことが気に入らなかったらしく、終始黙ったまま、不満そうな顔をしていた。


 結局、採用なんてされることなかった脚色台本。ああいう想像力の話を、やりたくて仕方がなかったのかもしれない。入部したらすぐ、それが叶うものだと思っていたのかもしれない。それは甘ったれた思考であり、痛々しいと否定することは簡単で、――それでも俺は、なんだか胸が苦しかった。どこまで不器用なんだよ、お前。



 芝居の一通りの流れが完成すると、次は演技の稚拙さ、荒が目立つようになる。安藤や池田さんはやはり先輩たちからも多くの指摘を受ける。先輩方の指導は優しく、決してスパルタというわけではないが、今までそのような経験をしたことがない、自分を含めた一年生にとっては、分からないながら全力でやっていることに訂正が入ると、まるで自分を全否定されたかのような気持ちにもなってしまう。池田さんの凹み具合なんか見ているだけでこっちまで落ち込む。普段うるさい安藤や小林も、次第に陽気さを失くしていき、魂が抜けきったような顔で毎日の部活を終える。


「最後、静と動の切り替えがバチンとハマると、もっと笑えていいと思うんだけど」

 演技は決して上手い側ではない田中真由子。自分に対する指摘に対して、彼女はそれを素直に受け入れるということがなかなかできない。重なっていくダメ出しに、やがて田中真由子は、受容限界を超えてしまったのだろうか――耳を疑う言葉を、先輩に向け発した。

「そもそも、後藤先輩の脚本ではオチが弱いです」

 教室の温度が一気に下がった。凍りついたみたいに全員が、動きを止めた。

 先輩たちの、驚愕の顔。同期たちの、やってしまったという表情。

 ――まさか、本当に言うだなんて、誰も思っていなかった。

「おい、お前さすがにそれは――」

「――田中ぁぁぁぁ‼」

 高橋が舞台内に置かれた椅子を蹴り飛ばして、激昂した。

「てめぇ……いい加減にしろよ……」

 田中真由子に詰め寄る。田中真由子は黙ったまま、眉間に皺を寄せる。

「失礼だろ、なあ、先輩に謝れよ! おい! なんか言えよてめぇ! さすがにそこまで最低なやつだとは思ってなかったぞ。失望した、頭おかしいよお前、なあ――」

「高橋君!」

 部長が制する。

「落ち着いて」

 ミサキ先輩が高橋を田中真由子から引き離す。

「……謝りなよ」

 田中真由子の近くにいた村松さんは、彼女に言う。

「――いいよいいよ、自分の力不足はちゃんと理解してるつもりだし」

 後藤先輩は、場の空気を融かすように、努めて明るくそう言い繕う。

 なんで先輩が謙虚になる必要があるんですか。悪いのは全部、田中真由子なのに。



「さすがに今日のは酷い」

 部活終わり。結局この日は最後まで陰鬱な空気のまま、解散した。部室でも皆、黙って制服に着替え、それぞれバラバラに帰っていった。

「思い通りにいかなくてイライラするのは分かるけど、経験積んでいけばいずれ、お前がやりたい内容もできるようになるだろ。きっと認めてもらえるようにもなる」

 田中真由子は黙ったまま。靴に履き替え、昇降口を出る。

「先輩に苛立ちの矛先を向けるのは失敗だよ。結局謝ってないだろ、お前」

 結局、他の部員の立ち回りの合間でうやむやになり、田中真由子が後藤先輩に対して謝罪をしたりすることはなかった。

「ほら、帰るぞ。……公園で練習でもしていくか?」

「いい。バスで帰る」

 立ち止まって、職員室前のバス乗り場の方向へ踵を返す。

「……勝手にしろ」


 ちょうど出発時刻だったらしいバスは学校を出ていく。気疲れか、身体が急に重くなった気がして、なんとなく帰宅するのが億劫になった俺は職員室前の石段に座り込む。

「お、セキヤ君」

「――あ、部長……」

 しばらくぼーっと、今日の部活のことを振り返っていたら、部長が現れた。部室や用具室の戸締りを確認し、顧問に報告してから学校を出るのが、部長の毎日の務めらしい。

「小腹が空いたな、どうだい、コンビニでも」

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