涼宮ハルヒになりたかった女の子の話

蒼舵

prologue

エントランス

「特別になりたい」

 誰だって一度くらいはそんな風に思ったことがあるだろう。

 例えば「中二病」だなんてものは、そんな願望を掴み得ようとして選ぶある意味間違った、拙い手段のひとつなのだと思う。〝人とは違う〟自分を主張する、仮初のアイデンティティーを確保するための未熟な処世術。アニメのキャラクターになりきるだとか、前世は高貴な血族で特殊な異能の持ち主だとか、あるいはそういった方向性でなくとも、マイナーな趣味を極めている自分はすごいだとか、自分には他の人達とは違った特別な才能があるだとか……思い返したら赤面ものの、痛々しくて恥ずかしい行動を取ってしまうことだって、往々にして不思議なことなんかじゃない。それはおそらく多くの人が通ってくる道であって、黒歴史だなんだとネタにできるならむしろ幸せなことなのだ。一種の共通体験、「小学校の頃ポケモンハマったよね」と同じくらいポピュラーな話題なのである。

 なんて、高校一年生になった自分はもう既にそんな過去を俯瞰したりもしてしまうね。


 この教室においてもおおよそ四・五人程度、そのような過去があったことは〝確定的に明らか〟だ。例えばほら、あの窓際の席に座っている眼鏡のデブなんて――おおっとそんな言い方をするのはよくないな。人を見た目で判断するのはよくないことだ。


 さて、こんな風にちょっとだけ達観したりもするようになった十六歳間近の俺は、学力レベルに合わせなんとなく進学した地元進学校(自称)にて初めてのホームルーム。

 県立北高。何の変哲もないフツーの公立高校。制服は男女共にブレザーで、ネクタイとリボンはオシャレなストライプ。中学時代の学ランはそんなに好きではなかったので、この変化は個人的にかなり喜ばしい。

 周りを見渡しても皆どことなくぎこちない着こなし、いよいよ高校生活スタートという実感がにわかに湧き立ってくる。

 そう、ここから始まるは三年間の高校生活。ほろ苦く、甘酸っぱく、爽やかで、柑橘系果実が弾けるがごとし日常。ああ、一体どんな毎日が待っているのだろう!

 ……とは言ったものの、特別入りたい部活や目標にしたい事柄もなく、これまでの十五年のようになんとなく、時間は過ぎていってしまうものなのかもしれないな。


 担任の自己紹介が終わった。教師生活五年目くらいの女教師だ。それなりに美人なのでこれまたそこはかとなく喜ばしい。美人というのはもうそれだけで好印象だ。残酷にも世界とは顔で決まったりしてしまうものであって、例えばそう先の中二病患者にしたって容姿がよければ「ちょっと変な人」くらいで案外受け入れられてしまうものである。

 担任はひとりずつ自己紹介をしていこうと提案し、窓際の出席番号一番から順に、出身中学や所属していた部活、趣味など手短な自己紹介が行われる。巡ってきた自分の番を無難に済ませ、席に着く。後ろのクラスメイトが入れ替わりで立ち上がる。わざわざ振り向いて聞くのもどうかと思うので、机に視線を落としながらそれとなく耳を傾ける。


「東中出身、田中真由子。平凡な人間には興味ありません。宇宙人、未来人、異世界人、超能力者に興味ある人がいたら、私のところに来て、以上」


 ――――耳を疑った。嘘だろと驚愕した。まさかだと唖然とした。

 天地が引っ繰り返りそうな感覚。そうして思わず振り返った。


 田中真由子は、涼宮ハルヒになりたい女の子だった。 

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