第1章 精霊と紋章の召喚士
第2話 プロローグ 精霊召喚
「晴れ晴れしい儀式の
「こ、心細いです……セルティー、一生のお願いです! 儀式が終わるまで隣で見守っていてください!」
セルティーと愛称で呼ばれた少女が優しい声で隣にいる親友を宥めていた。
「無茶を言わないでください。さすがに祭壇の上までついていく気はないですよ? 自分の力に自信を持ってください」
「うぅ~」
セルティア・アンヴリュー。
魔導都市学園の魔法科三年であり生徒会長でもある彼女は、親友のミリア・クランケットを元気づけようと朗らかな笑みを浮かべている。
「こんなに汚して……今日は私たち魔法使いにとって『大事な日』なのですからもっと身嗜みには気をつけてください。ミリーはまだ飛行魔法が苦手なんですから……」
つい先程まで魔法に失敗し竜巻と化していたミリアを救ったばかりだ。暴風の名残かミリアの髪は乱れ、とんがり帽は曲がり、制服も微妙に着崩れていた。
そんな彼女をセルティアが甲斐甲斐しく制服の砂などの埃を払い、髪を整えていく。
まるで手の掛かる妹を持つ姉のようだ。
と周囲のクラスメイトは比喩する。
2人は学園の中でも極め付け魔力が高い事で有名だった。
目前に控えている試験でも彼女たちは好成績を収めるだろうと期待と羨望に嫉妬の視線が混じり、ありていに言えば注目の的となっていた。
「うぅ、ごめんなさい。今日の儀式は私から始まるから急いでて――」
「だからって飛行魔法を使う必要はないですね」
「でも歩いてたら間に合わないし……」
「寮から
「わ、私でも箒を使えば飛行魔法を使えるか試したくなっちゃった……なーんて」
「……」
「……ぅ」
ミリアの視線が段々と低くなり最後には俯いてしまう。
「大方寝坊でもしたのでしょう」
「うっ」
言い訳が簡潔に要約されてしまう。
「原因は緊張して眠れなかったとか」
「ば、ばればれですか?」
「当然です。あなたと出会ってから何年経っていると思っているんですか」
呆れるような口調だがどこか誇らしげだ。
胸を張ってそれとこれを強調してくるのがちょっと忌々しいが、もちろんミリアは何も言わない。
「まあ、今はいいでしょう。そろそろ儀式が始まりますし」
その言葉を聞き、ミリアはぱあっと面を上げるが、
「お説教は儀式が終わった後にします」
がくっと肩を下げて落ちこむ。
「その時に飛行魔法の練習をしましょう。私が手取り足取り教えますから」
「ほんとですか!? 約束ですよ! あぁ~どうせなら飛べる精霊を召喚したくなってきました!」
「その意気です」
ここ魔導都市学園では魔法科が精霊科に進級するための試験が行われようとしていた。
試験の内容は至って単純だ。学園生の前にそびえ立つ石造りの祭壇。その上で召喚魔法を行い精霊を一柱召喚する。
召喚できれば晴れて精霊科1年へと進級し、“魔法使い”という肩書が“召喚士”の称号へと上書きされることになる。
「セルティーはどんな精霊を召喚したいですか?」
「私ですか、ふふ、たくさんいて困っちゃいますね――」
さて、どんな精霊がいいか。
祭壇を見上げながら考えていると、そこでは教師数名が魔法陣に不備がないか最終確認をしているところだった。
「……そろそろ時間のようですよ」
その言葉を聞いたミリアがうっと、呻き声を上げる。
「まったく、しょうがない娘ですね」
やれやれとわざとらしく首を振ると、セルティアはミリアの手を両手で包みこみ自分の胸元へと持ってくる。
「セルティー?」
突然の親友の行動に疑問符を浮かべるミリアだが、振りほどくことなどもちろんしない。
「おまじないですよ。あなたにノイシス様のご加護がありますように、と」
「あっ……」
ミリアの視線がセルティアの左手の甲に向く。
そこには幾何学的な形をした漆黒の紋章が描かれていた。
「ノイシスの加護」
召喚魔法を編み出し、精霊王を召喚した魔法使いノイシス。彼女が世界に残した不思議な魔法、それがノイシスの加護である。召喚士としての資質がある者の手にいつのまにか現れるその紋章は、使用法、用途、発動者であるノイシスの意図、そのほとんどが謎のままだ。
わかっていることは紋章持ちが召喚魔法を行うと強力な精霊を呼び出せるということだけであり、そこに紋章の力が働いているわけではない、ということだけだ。
数百年に渡り学者や魔法使いによって研究されてきたが結論は出ないままで、もしかしたら召喚士となるべき優秀な人材を埋もれさせないための目印になっているのではないかという意見もある。
実際、平民生まれのセルティアが学園に入学できたのは生まれ付き紋章持ちであったためだ。国が学費を免除し、支援をしなければ彼女は学校にすら通えなかっただろう。
もちろん国との制約として魔法使いとして学園で優秀な成績を修め、最終的に宮廷魔法使として王の御膝下で働ける実力を身につけなければならない。未来は確定してしまうがこれは平民では考えられないほどの出世である。
「これにはなんの力もない、ノイシス様の気まぐれだ。と言われていますが、私はたくさんの幸運を頂きました。ミリーにも届くことを願っています」
「う~ん、全てセルティーが頑張ってきた、努力の賜物だと私は思いますけどね」
「……おまじない、効きませんか?」
「いえいえ! そんなことないですよ!」
セルティアが小首を傾げて問うとミリアは頬を赤く染めながら包まれていない方の手をブンブンと振り、力いっぱい否定した。
「大召喚士様の加護は私にはよくわからないけど……でも、セルティーが手を握ってくれたおかげでちょっと落ち着きました」
「そっちですか」
しゅんとなるセルティアだが、結果として親友を元気付けられたのでよしとした。
「ではおまじないはこれで終わりです。そろそろ儀式が始まるはずですから、私たちは祭壇の近くに――」
「それではこれより召喚の義を執り行う! ミリア・クランケット召喚士候補! 祭壇へ上がり準備に取り掛かりなさい」
「は、はい!」
場所を移動しようとセルティアは提案するはずだったが、その前に儀式開始の宣言が教師から上がった。生徒達が適当にばらけているため、教師の言葉はミリアだけに向けるのではなく生徒全員に聞こえるような大きなものとなっていた。生徒たちの中には友人と喋っていた者、地面に座り瞑想していた者、暇な時間を持て余して本を読んでいた者と各々が自分の時間を過ごしていたが、やはり最初の儀式は気になるのか、段々と祭壇とミリアに視線が集まってくる。
「……帰りたい」
「冗談は精霊を呼んだ後にしてください。ほら! みんな待っていますよ」
背中を押すと泣きだしそうになるが、覚悟を決めたのか次の瞬間にはいつも以上に真剣な顔を見せた。
「が、頑張ります」
「ええ、応援していますよ」
祭壇へと走るミリアの背を見送り、これなら大丈夫そうだとセルティアは一安心した。
「ぎゃふ!」
途中で転んでいても問題ない。あれはいつも通りだ。
「ふぅ」
親友には見せなかった今日何度目かのため息が漏れた。ミリアに呆れて吐いたわけではなく、ひた隠しにしていた自分の緊張をほぐすためだ。
「……」
空を見上げる。
水色に澄み渡った絶好の儀式日和だ。
「やっとこの日を迎えることができました。ノイシス様」
今日という日をどれだけ待ち望んでいただろうか。ノイシスの加護をそっと撫でた後、セルティアは震える手を包み込むように強く握りしめた。
それは不安と期待が入り交じった武者震いのようなものだ。
「ふふ」
精霊を召喚できる。
そう考えただけで口元が自然とにやけてしまい抑えられない。
昔から憧れていた存在を自分の力で呼ぶことができる。それがセルティアにとって嬉しくてたまらないのだ。
「ふふ、ふふふ」
精霊との共同生活を妄想し不敵に笑う。
その何とも近寄りがたい姿を見てしまった生徒数名がセルティアから若干距離をとり始めるが、一人の男子生徒がその流れに逆らう様にセルティアへと近づいていった。
「アンヴリュー会長、その気持ちの悪い笑みは止めてくれ。生徒会の品位が疑われる」
「マクセル副会長」
セルティアが声のした方へ振り向くと、そこには生徒会の一員である副会長のロイ・マクセル・ガーディが切れ目を吊り上げ睨んでいた。
「紋章持ちとして気後れしているのかと思えば、なんだそれは。お前には生徒会長としての自覚がないのか?」
思わずむっとする。
「私がどんな顔で笑っていようと生徒会は関係ないじゃないですか。成績による序列で選ばれた肩書にすぎませんし。それに――」
セルティアは人差指で目尻を上げおどけるように言った。
「こんな恐い顔をしているマクセルこそ早々に直すべきです。それでは他の生徒は怯えてしまいますよ」
「……ふん、余計な御世話だ」
ロイは自分の真似をしているセルティアの視線から逃れるようにそっぽを向いた。
ロイとセルティアの関係は知り合い以上友人未満といった微妙な関係だ。入学当初から同じ学級で犬猿の仲、またはよき好敵手としては互いに研鑚を積んできた。常にセルティアが頂点に立ちロイが二番目である。
その所為かロイはよくセルティアに憎まれ口をたたく。元々口の悪い男ではあるのだが、彼女に対しては辛辣を極めている。
貴族としての誇りがセルティアを目の上のこぶと思っているのか、それとも……。
「……ちっ、いつまでふざけているつもりだ。いい加減その変顔をやめろ」
すぐに止めようとしないセルティアに短気なロイは痺れを切らした。
「え? これはマクセルの真似ですよ?」
セルティアが惚けたように目をぱちくりとさせた。
「……それは暗に俺の顔が変だと言ってるのか?」
「いえいえ、そんなことはないですよー。そんな自分を卑下する必要はありませんって!」
棒読みだった。
もちろんセルティアはロイの顔が変などと一度も思った事はないが、これはさっきの仕返しだ。女性の笑顔を気持ち悪いなどと言ったロイに対する罰である。それが事実であるかは置いておくとして。
「このっ! ……いや、もういい。これ以上は不毛だ」
勝った。
なんの勝負に勝ったのかはわからないが、ともかく勝った。そういうことにしておこう。
「では、用がないならよそに行ってください。私はこれから儀式に集中したいので……ああ! そうでした! その前にミリーの精霊召喚を見守らないと――」
「いっ、やったあああああああああああああああ! やりました! やり遂げましたよ!!」
副会長の嫌みから解放されやっと妄想に戻れる――ではなく、ミリアの応援ができると喜んだ矢先、応援するはずだった相手から歓喜の声が上がった。
「……」
校舎の二階ほどの高さの祭壇を見上げると、そこでは蒼海のように輝く翼を持った体長三メートルにも及ぶ怪鳥とミリアが抱き合っていた。間違いなくあの鳥は精霊であり、そしてミリアの召喚獣だ。
「忘れていました……召喚の儀は大層な呼び名の割に呆気なく終わってしまうことを」
「……そうだな。だから早朝ではなく通常授業と同じ時間に開始される。お昼前にはほとんどの生徒が召喚し終えるだろうな」
セルティアの異常な雰囲気を感じ取ったのかロイが普通の受け答えをしている。二人の間柄を知っていると少々珍しい光景だ。
「親友の晴れ姿を見ることができませんでした」
「……そう、だな」
空気が重い。
周りはミリアが儀式に成功したことで歓声が沸いているのにここだけ別空間のようだ。まだセルティアにちょっかい掛けている時の方がましだと、ロイはそう感じた。
衝動に駆られ段々と逃げ出したくなってきたが、なんとか踏み止まりセルティアの次の言葉を待つ。
「――いです」
ぽつり、とセルティアの口から言葉が漏れる。
はっきりとは聞こえなかったが、なんとなくロイは察することができた。
「マクセルの、せい、です」
今度ははっきりと聞こえた。しかも楽しみにしていた祭を見逃した子どものような赤い顔で言われてしまう。
「……すまん」
そんな彼女を前にマクセルは、ただ素直に謝ることしかできなかった。
±
時刻は正午前。
儀式は一部の個人的な問題を除き滞りなく進んでいた。
「次! 最後の儀式となる。セルティア・アンヴリュー召喚士候補!」
「はい!」
凛とした声が響く。
親友の見せ場を見逃すという思わぬ失態で気落ちしていたセルティアだったが、ミリアとその精霊と戯れているうちに元気を取り戻していた。
後は生徒会長として、紋章持ちとしてこの儀式のとりを飾るだけである。
本来ならもう何十回と精霊が召喚されているので生徒たちは他の儀式を見学するのも飽きてきている。それに他人の召喚獣を気にするよりも自分の精霊との意思疎通を図るほうが有意義だったりする。
だが、流石の彼らも紋章持ちであるセルティアの儀式は見逃したくはなかった。
「祭壇に上がり準備にかかりなさい」
「はっ!」
セルティアの登場に雑談をしていた生徒がそれを止め彼女を見守る。
「んー困りましたね……」
階段を登り終えたセルティアはそんな生徒たちの様子を祭壇上から確認し何とも言えない気持ちになった。周りからは上級精霊のような強い精霊を召喚することを望まれているのだろう。しかし、セルティアは自分の精霊に強さは余り求めてはいなかった。大切なのは相棒となる精霊との相性であり、信頼関係を築けるか否かだ。
「セルティー頑張ってくださ~い!」
それをすぐに体現できているミリアはすごい。
セルティアは手を振って応援してくれる親友と鳥型精霊を見つめながらそう思った。言葉の代わりに笑顔で応答するとミリアはますます大きく手を振り隣にいる精霊はそれを真似するかのように胸を張り両翼をバッサバッサと律動的に広げたりたたんだりを繰り返し、反復横とびを始めた。
もちろん意味はわからないが息の合っている二人のことだ、精霊も応援してくれているのだろう、とセルティアは解釈した。たとえ翼によって発生した旋風により何人かの生徒が吹き飛ばされてもアレは応援である。
「ふふ」
ミリアたちを眺めてなんとなく和むことができたセルティアは祭壇へと視線を戻した。
周りの生徒たちや教師陣はもう目に入らない。
応援する声も雑音も全て聞こえない。
セルティアにはもう召喚魔法を完成させることしか頭になかった。
祭壇に描かれた魔法陣を確認する。
だが、セルティアはそれを使う気は全くなかった。
「……?」
魔法陣ではなく空中に向かって手を掲げるセルティアに生徒たちが首を傾ける。
そしてその疑問に答えるようにセルティアは魔法を行使した。
『おおおおおおおお!!』
それは魔法陣を魔力によって空中に描く高等技術だ。周囲の人間が色めきたち騒がしくなるが、魔法陣を描くことに集中――いや、没頭しているセルティアは気付かない。
「――よし」
魔法陣を完成させ頷く。
出来上がったのは美しい光の球体だ。
周りの魔法使いたちはその魔法陣に練られた魔力の高さと輝きに感嘆の息を漏らす。魔法陣とは本来、石板や紙などの平面に描き使用するものだ。ただその媒介に利用したものに影響され効果が弱体化してしまうこともある。
しかし、宙に描く魔法陣は別だ。大気中には魔法の素であるマナがあり、それが魔法陣を確立させ純粋なものへと仕上げる。そのかわり空中に魔力で球体を意識した模様と文字を描き、尚且つそれを維持するために膨大な魔力を消費しなければならない。
何故そのような面倒なことをしたのか。
それは大召喚士ノイシスも精霊王を呼び出したときは空中魔法陣を選んだと言われているからだ。
セルティアは自身の力を過信しているわけではない。大召喚士ノイシスより勝っているなど考えたことはない。ただノイシスが魔法陣を空中に描いたことに共感したことが原因だ。理由は聞かれても答えられない。ただそう感じたのだからしょうがなかった。
我ながら随分と適当な考えだな、と誰にもわからない程度にほほ笑む。
「――ふっ」
そして魔力をより制御しやすくするために杖を取りだし空中で固定する。
後は精霊を魔法陣に通してこちらの世界に召喚するだけだ。
全ては順調だった。
誰もがセルティアの召喚魔法は成功すると確信していた。
だがそれは無情にも裏切られる。
「……?」
最初に異変に気が付いたのはセルティア本人だった。
魔力制御のために魔法陣に向けていた手、その紋章――ノイシスの加護が一瞬輝いたように見えた。
その刹那、大量の魔力が魔法陣によって奪われた。
「……くっ」
片膝をつき急激に襲い掛かってきた疲労感に顔を歪ませる。
なに? 何が起こっているの?
困惑するセルティアは己の現状が理解できなかった。だが、精霊を召喚したい一心で魔力の供給だけは意地でも続けた。不測の事態だからといって召喚魔法を中止するという選択肢は彼女にはなかった。
そして魔法陣が狂いだす。
空中に浮かびあがっていた球体型魔法陣がセルティアの意思とは関係なく反転したのだ。
「!?」
球体の反転。
そう形容することしかできなかった。
まるで心臓の鼓動のように一回だけ脈打ったそれはセルティアが描いた模様と文字が全てひっくり返っていたのだ。
紙に書いた文字を裏側から読もうとしても見ることはできないように、セルティアは自分が何をかいたのかわからなくなっていた。亀裂が入りガラスの割れるような音を立てて崩壊していくそれが自分の魔法かすら疑わしい。
『……』
誰もが彼女の魔法が失敗したのかと懸念した。
「うそ……」
セルティアですら儀式の結果に目を見開きへたり込んだ。
「お、おい! あれを見てみろ!」
しかし、異変に気が付いた生徒のうちの一人が魔法陣を指さし、まだ魔法が終わっていないことを告げる。
崩壊し消滅していたのは表面だけであり、球体型魔法陣は中身だけを残し存在していた。
それはどす黒く禍々しい闇色の球体。
「悪魔の、卵……?」
生徒の誰かがそう呟いた。
悪魔など空想上の話でしかない。でも、目の前に存在するそれはまさに悪魔の卵としか表現できなかった。それほどまでに歪で気味の悪い存在だった。
では、そこから生まれてくるモノとは、
『……!?』
一同が見守る中、卵に異変が起きた。
罅が入るわけでも、割れるわけでもない。
ただそれは地面に降りると氷菓のように溶けだし、段々と細く小さくなっていった。
そして、そこに残されたのは一人の男だった。
目を瞑ったまま佇んでいる黒髪の男は上半身裸で傷だらけだった。血に塗れたその姿はまるで死んでいるようにも見えたが微かに胸を上下させていて生きていることがわかる。
「うそ……だろ? 人型の、精霊だ」
「は、初めて見た」
「バカ、当たり前だろ。大召喚士様が召喚した精霊王以来だ」
「じゃあ、あれが精霊王なのか?」
「わからねえ。でもなんであんな傷だらけなんだ」
口を開いた生徒たちが思い思いを言葉にする。先程までの静寂が嘘のように騒がしくなる中、一人未だに言葉を発せない者がいた。
セルティアだ。
彼女は自分が召喚したであろう人型の精霊に目を離さずにはいられなかった。
何事も支障なく滑らかに召喚できたとはいい難い。もし十分前の自分が今の自分を評価するなら落第点と退学を言い渡すだろう。それほどまでに酷く醜い召喚だった。
「……くっ」
口を閉ざしていたわけではない。唇を噛んでいたため声が出せなかったのだ。
人型の精霊であることは問題ではない。むしろ大召喚士ノイシスと同じだということを誇りに思う。
ただ、どうして彼は傷だらけなのか。血で汚れて今にも死にそうなのか。
その理由がわからないことが悔しくてしょうがなかったのだ。
瀕死の精霊が召喚されるなんて前代未聞だ。人型の精霊が召喚されることより珍しく、あってはならないことだ。
魔力の調整を失敗したのか、それとも空中魔法陣がいけなかったのか、いくら考えても原因がわからない。
ただわかっていることは彼が傷つき、召喚したのは自分だとということだけだ。
ぷつん、とまるで操り人形の糸が切れたかのように急に精霊が身体を傾けた。目覚めたわけではない。自然の摂理に従って倒れそうになっている、そう気が付いたときには魔法を駆使し彼のもとへと疾走していた。
「――――!!」
セルティアが精霊の名を叫ぶ。
それが魔導都市学園の召喚士進級試験の終わりを告げた。
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