七夕

葉月たゆら

七夕

ぱらぱら。

ぱらぱら。

窓の外には灰色の世界が広がっていて、空からは雨粒が規則的に降ってくる。

雨は好きだ。

透明な雫も、ぱらぱらと傘に雨粒が当たる音も、薄暗くなる景色も。

でも、だけど、今日は、今日だけは晴れてほしかった。

カレンダーに視線を向けると、今日の日付に目がいった。七月七日。そう、今日は七夕だ。


わたしには遠距離恋愛中の彼がいる。

年に数回会えるか会えないか。そんな感じで二年が経った。

毎日メールや電話はしてる。だけど、やっぱり会って話すのとは全然違う。だって顔が見えない。触れられない。温度がない。

どんなに焦がれても、そう簡単には会えない。お互い仕事があるんだから。わかっていても、時折すごく寂しくなる。不安になる。

手の届かない場所にいることが、こんなにもつらいなんて知らなかった。

「会いたいな……」

無意識に零れた言葉に、思わずため息を吐く。

いつからこんなにわがままになったのだろう。会いに来てほしいなんて。会いに行きたいなんて。

頭を軽く振って、考えを追い払う。手近にあるクッションを引き寄せて顔をうずめた。

ああ、そういえばこれも。

まだ遠距離恋愛になる前のこと。二人で買い物に出かけた時、偶然入った雑貨屋さんで見つけたものだ。わたしが一目惚れして、でも値段を見てあきらめた。たしか給料日前だったっけ。彼はあきらめたわたしに「いいの?」って聞いて、わたしは「いいの。今月ちょっときつくって」なんて言って笑った。

その日の帰りだった。彼がいつの間にか持っていた買い物袋を「あげる」って、それだけ言ってわたしに差し出したのは。

中を見たら、あきらめたクッションが入ってた。いつ買ったのって聞こうとして、ふと思い出した。珍しく彼が別行動の時間を作らないかと言ってきたのだ。あの時は不思議に思ったけど、このためだったんだとわかった。

クッションを受け取って「ありがとう」って言ったら、照れくさそうに笑ってくれた。

そんなことを思いだして、また会いたくなった。

今日はやけに感傷的だ。もしかしたら今日が七夕だからかもしれない。離れ離れになった恋人が一年に一度だけ、会うことを許された日。そんな貴重な大切な日なのに、今日は雨だ。織姫と彦星は会えているのだろうか。

今までこんなこと考えたこともなかった。自分が遠距離恋愛になったから、気になるようになったのかもしれない。

ちらりと外を見ると、雨足は変わらず、空からは透明な雫がぱらぱらと絶え間なく落ちてくる。

晴れたからと言って、わたしたちが会えるわけじゃない。でも、織姫と彦星は会えるはずだ。そう思うと、晴れてほしい気持ちが強くなった。

「早く晴れればいいのに」

そうつぶやいて、次いであくびが出た。

今日は仕事も休みだし、やらなきゃいけないことは終わらせた。

時計を見るとまだ午後五時。夕飯には少し早い時間。三十分くらいなら寝ても夜には支障はないだろう。寝て起きたら感傷的な気持ちも少しは晴れているかもしれない。

そう思って、わたしはベッドに倒れ込んだ。


ふと、目が覚めた。

まだしっかりと開かない目を擦りながら携帯を手繰り寄せて時間を見る。一瞬思考が停止した。

「え!? 八時!?」

信じられない。三十分のつもりで寝たのに、目を覚ましたらなんと三時間も経っていた。

貴重な休みの三時間を寝て過ごしてしまったことやら、そんなに疲れていたのかということやらで複雑な気持ちになる。

そこに追い打ちをかけるように、小さくお腹が鳴った。

とりあえず、晩ご飯を作らないと。

そう思ってベッドから起き上がると、携帯がメールの着信を知らせた。

誰だろうと、携帯を見ると彼だった。仕事が終わったのかななんて思いながらメールを開くと、わたしは自分の目を疑った。

ーー外見てみて。

そのたった六文字に、心臓がバクバクと早鐘を打ち始める。もしかしたらという気持ちと、そんな訳ないという気持ちがせめぎ合う。

胸のあたりをぎゅっと握り締めて窓の外を覗いた。

と、同時にわたしは駆け出した。

ルームウェアだとか、寝起きで寝癖がついているとか、そんなことは頭から抜けてしまっていた。

急いでサンダルを引っかけて、アパートの階段を駆け下りる。

そこには、携帯を片手に持ってこちらを見ている恋焦がれていた彼がいた。その顔はどこか照れくさそうで。

ああ、ほんとうに愛おしい。

そう思いながら、わたしは彼に抱きついた。


いつの間にか雨はあがっていて、夜空には綺麗な星が輝いていた。


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七夕 葉月たゆら @hazuki_tayura

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