再会はコンビニで

 一九九五年、八月。ロサンゼルスの大地には容赦なく夏の日差しが照りつけ、じりじりとすべての物を焼く。この炎天下では人は建物の中で過ごすし、移動は自動車などの温度調整のきくものだ。外を歩かねばならない時はできるだけ日陰を探して直射日光を避ける。かと思えばビーチにはまるで太陽の光を浴びに来たといわんばかりに素肌をさらして寝そべる若者がたくさんだ。もっとアクティブな者はビーチバレーに興じている。もちろん海にもたくさんの人が繰り出し、色とりどりの水着、スウェットスーツ、サーフボードが波間を飾っている。


「あぁ、あっちぃな……」


 レッシュはバイクでツーリングを楽しんだ後、近所のコンビニエンスストアに飛び込んだ。バイクを休めたかったのもさることながら、自分も涼みたかったのが主たる理由だ。

 バイクは夏は暑いし冬は寒いしなんだよなー、と心の中でぼやきながらもバイクに乗り続けるのはそれだけ愛着があるからだろう。


 足早に清涼飲料水が並ぶコーナーへと足を進めた。途中、アルコール飲料が視界の隅に入ってきてとても魅力的だったが、今は運転中だからと我慢する。

 今年の九月で二十歳になるレッシュは本来アルコールは口にしてはいけないのだが、そのあたりは全然気にしていない。


 ミネラルウォーターのペットボトルを引っつかんでレジに向かったレッシュの前に割り込む人影があった。

 なんだよ、おれが先だっただろ、と文句を言いかけたレッシュだが、男の手にしているものを見て一瞬正常な思考ができなかった。


(すごいコンビニだな。ハンドガン売ってるのか?)


 そして自分ですかさず、んなわけあるかぃとツッコミを入れた。


 改めて目の前の光景をできるだけ冷静に見てみる。

 しかし冷静に見ようがパニクって見ようが、カウンターの向こう側の女性店員にハンドガンを突きつけている覆面男がコンビニ強盗であるという以外に答えはなさそうだ。


「金を寄越せ。変なことしたら頭ふっとばすぞ!」

 強盗の決まり文句。


 ほら、当たった、とレッシュは正解しても嬉しくないどころか傍迷惑な状況に、うんざりとした顔でため息なぞもらしてしまう。

 それが気に入らなかったのか、強盗がくるりと振り向いた。


「おまえ、なに見てやがる!」

「なに、って……。強盗事件?」

「なめてんのかてめぇ!」


 更に気色ばむ強盗犯に、レッシュは更に冷ややかな目を向けた。


「正直に答えただけだぞ」

「これを見てそんな余裕ぶっこいてるなんて、なめてんのかって言ってんだよ。おもちゃだと思ってんのかコラ」


 強盗の男はハンドガンの銃口をレッシュに向けてきた。よほどレッシュの余裕めいた態度が気に入らなかったようだ。


「本物だよな、それ」

「当たり前だ!」

「で、それをこっちに向けてるってことは、あんた、おれを殺す気か?」

「殺してほしいのか? だったら殺してやってもいいぞ。鬱陶しいガキめ!」


 男の殺気だった声と、引き金にかけられた指に、レッシュはニヤっと笑った。

 途端に彼の体を赤色のオーラが包む。


「な、なんだっ?」


 男がひるんだ、その一瞬の後。

 彼は気を失って床にどうと倒れていた。きっと何をされたのかも認識していないだろう。


「極めし者をなめんなバーカ。それとおれはもうガキじゃねぇぞ」


 気絶した強盗犯にレッシュは、立てた親指を下に向けて侮蔑のサインを送った。


 店内にいた他の客、数名と、先程まで銃を突きつけられていた店員は、何がなんだか判らないという顔で呆けていたが、どうやらレッシュが男を気絶させたのだと理解すると感嘆のため息とともに拍手を送った。


 店員がすぐさま警察に連絡を入れた。

 レッシュとしては、このたびは強盗犯を捕まえた功労者だが、普段が普段なので警官とは鉢合わせしたくないと思った。


「あー、後は任せた。念のためにこいつの手、縛っといた方がいいと思うぞ。それじゃ」


 レッシュはカウンターにミネラルウォーター代を置いて立ち去ろうとした。しかし。


「あ、あのっ。……レッシュ?」


 女性店員が、教えていないはずのレッシュの名を呼んだ。

 どこかに名札でもぶら下げてたか? とレッシュは思わず服に視線を落とした。


「わたし、リサです。リサ・ビレッジフィルド。ハイスクールで同級生だった……。覚えてない?」


 言われてレッシュはリサと名乗った店員を見つめた。

 肩より少し長い、内側に緩やかにカールしたブラウンヘアに、同色の愛くるしい目。スレンダーなボディラインの、二十歳近くに見える彼女は、ほんのかすかに記憶に残る高校生活の中にいた、同じグループの少女の面影を思い起こさせた。


 レッシュがハイスクールに在籍していたのはほんの短い期間だ。しかも父が起こした横領事件の影響で仲間からですらつまはじきにされて、最後には自ら姉の家を飛び出してドロップアウトしたから、ハイスクールにはあまりいい思い出はない。


 ちょっと苦い顔をしてレッシュはうなずいた。


「ああ、なんとなく思い出した」

「あ、よかった。すっかり忘れられちゃったかと思った」リサは顔をほころばせてレッシュを見た。「なつかしいね。四年ぶり? レッシュが学校に来なくなってから、どうしてるんだろうって時々思い出してたの。元気そうでよかった」


 どうしてそんな明るい顔でおれを見れるんだろう、とレッシュは思った。今のレッシュがマフィアの一員の下で働いているなどとは知る由もなくても、父親が犯罪を犯したことはリサも知っているはずなのに。

 しかしわざわざこんなところで父のことを持ち出して蒸し返すこともない、とレッシュはさらりと流すことにした。


「まぁ、な。おまえは?」

「見ての通り、コンビニの店員よ。たった今強盗に襲われかけたけど、とりあえず元気」

「……はは、そうだなー」


 レッシュが笑うとリサも口元に手を持っていって、くすくすと笑った。


 ふと、足元で人の動く気配がする。レッシュが視線を落とすと、気絶させたはずの強盗がこそこそと床を這って逃げようとしている。


「逃げんなよ。燃やすぞこら」


 レッシュは強盗の背中を踏みつけてやった。あわれ、目覚めたばかりの男はまた気を失って床に突っ伏した。

 やがてパトカーのサイレンが近づいてくる。


「うぉ、……おれ行かなきゃ。てきとーに報告しといて。できればおれのこと言わないでくれると助かるなー」

「まだ、気にしてるの?」


 リサが少し淋しそうに小首をかしげた。まだ父親が犯罪者だということを気にかけているのかと言いたいのだろう。


「そんなとこ。それじゃ、また来るよ」


 まだ何か言いたそうなリサをその場に置き去りにして、レッシュは店を出た。


 また、と言いつつもレッシュは、しばらくはこの店には近づかないでおこうかな、と思っていた。


 しかしレッシュの意図とは関係なく、リサとは程なく再会した。


「あれ、レッシュ、ここに住んでるの?」


 自分の部屋のあるアパートメントの前だった。数日前にコンビニで聞いた女性の声に引き止められた。


「うぁ……。よぉ、リサ」


 会いたくなかったなと思ったがそれは口にせず、レッシュは軽く手を挙げて挨拶をした。


「わたしの友達もこのアパートなの」

「へぇ、そりゃ偶然だな」


 どこのバカ女だっ。おれの平穏を壊すのはっ、とレッシュは心の中でリサの友人を呪った。


「……ねえ、レッシュは今時間ある?」

「どうして?」

「わたし、この後用事があるんだけど、ちょっとだけ時間が空いてるの」

「つまり、時間の埋め合わせに付き合えと」

「まぁ、そうとも言うわね」

「そうとしか言えねぇんじゃねぇの?」


 リサは「そうかなぁ」といいながら笑った。

 その笑顔に、レッシュはちょっとときめいた。


 いや、なにをドキっとしてるんだおれは、と苦笑いをもらすレッシュ。


(おれには人生の目的がある。それを為すには仕事に身を入れないといけないだろ)


 父親の逮捕に秘密裏に貢献したという諜報員、“カズ”を探し出して復讐する。レッシュはその目的を思い起こして自分に活をいれた。


「あ、何か用事あった?」


 きっととても厳しい顔をしていたのだろう。リサが心配そうに尋ねてくる。


「え? あ、いや。大丈夫大丈夫。ちょっとだけなら付き合ってやるよ」


 あれ、ここで用事を思い出したといえば万事解決だったのに。とレッシュは自分が咄嗟に答えた言葉に後悔した。


 ま、いいか。これっきりにすりゃいいんだ、と思いなおして、レッシュはリサと喫茶店に向かった。

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